プロローグ 『始まりのランプ』
――ランプに火が灯る。
「おかあさん!みてみて!」
「あら、本当に火がついちゃった」
「ほら、ぼくがいったとおりでしょ? これで温かく過ごせるね!」
「ええ、そうねぇ。本当にありがとう――」
これは幼い記憶、貧民街にあるあばら家での温かな思い出。
母は病のせいで俺を産んでからベッドから起き上がれない生活を送っている。魔術や魔法具は基本、裕福な家が持つ特別なものであり、俺たちのような貧民が手にするような代物ではない。
母は、半信半疑ではあったが家で唯一の魔術式ランプを幼い俺に預け、魔道具を作る実験に使わせてくれた。
これが今の俺を形作る思い出であり――
――今の俺を縛る思い出であった。
◇
「ひ、姫様ぁ! お、お待ちを」
「ハドラー! 遅い、遅いわ!」
老体に鞭を入れて走る執事ハドラーが追いかける相手は、マギアナ王国の第一王女であるマリア=フォス=マギアナである。
マリアは上機嫌に大笑いをして赤絨毯の廊下を踊るように走る。
今日は待ちに待った城下を視察する日だ。基本的に王族は十四歳を過ぎると教育の一環として年に一度城下町を視察する。
三日前、ついに念願の十四歳を迎えた。
あの厚い仮面を被った貴族たちに祝われ、あまり良い気分ではなかった誕生会であったがそんなことがどうでも良く思えるほどに今日という日が待ち遠しかったのだ。
マギアナ王国――建国して百年余りが経過した王国である。
建国の王であるフリムス一世は絶大な魔力を有していた。その力で武勲を立てたことにより褒美として、かつて存在した大国である帝国から現在の王都であるマギアナという名前の領地を与えられた。その後、帝国は崩壊しそれを機に建国を果たしたのが現マギアナ王国である。
マギアナの歴史は魔術の歴史である。
現国王フリムス三世の王妃であるマリステラの父、当時エルガリオ男爵が魔物の動く核である魔力石を利用して魔術道具を改良した。魔力を使わずとも魔術を利用し道具を動かす技術『魔法技術』を開発したことにより、さらにこの王国の繁栄に拍車がかかっている。
というように、この王国は魔術に関しては第一線を走っている。
「こら、マリア。あまりハドラーを困らせるんじゃないよ」
「きゃっ――アイデル兄さま!」
前を見ずに走っていたため、マリアはアイデルとぶつかってしまう。
すぐさま態勢を整え毅然とした、しかしどこかにやけ顔が治らないままマリアは「おはようございます」とカーテシーをする。
「はあ、はあ、はあ、ようやく追いつきましたよぅ……姫様」
「あっ、捕まっちゃった」
ハドラーに持ち上げられるマリア。
「はははっ、マリア。今日が視察の日だからってはしゃぎ過ぎだ。視察は午後からだろ? まだ、三時間も先だぞ?」
「そうなのです、アイデル兄さま。私、待ちきれなくて、お父様に早めていただけるようお話をしに行こうとしていたのです」
アイデルはハドラーの困り果てた顔を見る。
そして、ハドラーを助けるためにマリアの頭を撫でる。
「マリア、いま父上は忙しいんだ。困らせてはいけないよ。それに無理なお願いや我儘はしてはいけないって母上に言われなかったかい?」
諭すようにマリアに語り掛けるアイデル。
その言葉に、ハッと気づきハドラーの顔を見て先ほどまであった熱が引いていく。そして自身のやらかし、母上に言われていたことを破ってしまったことやハドラーに迷惑をかけたことを認識する。
「母さま……ごめんなさい……ハドラー」
「いえいえ、姫様。待ちに待ったものが目の前まで迫っていると、気持ちは高ぶるものでございます。誰もが通る道でございます。きっとマリステラ様もお許しになりますよ。それどころか、こんなに元気に育っている姿を見れば大変およろこばれると思いますよ」
ハドラーは息を整えながらも笑顔でマリアの謝罪を受け入れる。
マリアとアイデルの母――マリステラ=フォス=マギアナはマリアが10歳の頃に亡くなった。
死因は病気である。
もともと体が丈夫ではなかったため、二度の出産やストレスにより体が持たなかったのだろう。
父であるフリムス三世は非常に計算高く、時と場合によっては非常に冷徹な判断を下す人物である。対してマリステラは非常に温厚で正義や平和、平等を願う人物であった。
その思想は子供たちにも影響を与えており、一番長い時間接していたマリアが特に影響を受けていたと言っていいだろう。
「ところで、マリア。そんなに視察を楽しみにしているのには何か理由があるのかな?」
「ええアイデル兄さま! 今日の視察で魔術代行屋にも行くのよ! 私それが楽しみで楽しみで仕方がないの!」
「魔術……代行屋? ああ、国から認可を得て魔術具に魔術を施すお店か。それが、なぜ楽しみなんだい? 王宮にもそんな人は五万といるだろう?」
「確かにいますわ。けれど、貴族でも王宮魔術師でもない方が魔術を使ってる。私、どうしてそういった仕事をしているかに興味がありますの!」
マリアは目を輝かせて熱く語る。
「貴族でも王宮魔術師でもない……ね。確かに、僕らにとっては奇妙に見えるだろうね。うん、なるほどね。確かに珍しいものを見に行けるというのは楽しみだね」
「ええ、そうですの! 楽しみですの!」
アイデルはニコニコと笑みを浮かべながらマリアと話していると、アイデルは廊下を歩いていた理由を思い出し「またねマリア。午後の視察まで大人しくしているんだよ」と手を振り去っていく。
マリアはハドラーに手を握られて、来た方向に歩いていく。
自室に逆戻りしたマリアはハドラーが部屋を去っていくのを見て、装いのドレスのままベッドに倒れこむ。
「あと三時間かぁ。ふふっ」
足をばたつかせる。
ベッドの横には母親がよく読み聞かせをしてくれる際に使っていた魔法技術を使用したランプが置いてある。
今はもう、中の魔力石の効力がなくなり光は宿っていない。
マリアはランプを手に取り「もうすぐ、もうすぐよ」と呟きながら眠りに落ちていく――。
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