まぁ、創世の御方ですからね…
「白波、採れたかー?」
近寄って来るクロに聞かれた白波は、かがんでいた腰を伸ばし頷く。
「はい、籠がいっぱいになりました」
白波が抱えた籠は赤い実で山もりになっている。
そして白波はクロに顔を向けたまま、少し困った様子でクロに向かって聞いた。
「あのクロ……僕、これって蛇イチゴだって聞いていたんですが……違いますよね?」
「ん?なんで?」
「実は…僕、宝と再会できるまですっかり忘れていたんですが、昔暮らしていた島でも蛇イチゴを食べたことがあるんです。それ、こんなに美味しくはありませんでした……」
千年ここで暮らしてきた白波は、以前普通の人の子として生きていたころの記憶はかなりあいまいになっていた。
けれどずっと望んでいた宝との再開後、ふいにふっと昔の記憶を思い出すこともあって――。
「とても同じものとは思えません」
昔々、白波が名無しの子として育った島――そこの林でも、蛇イチゴと呼ばれる赤い実が採れた。
確かに見た目はここにある蛇イチゴと似ている……というか全くそのまま、でもその実は美しく美味しそうな見た目の割には甘くも酸っぱくもないものだった――。
「たしか鈍い草のような味がしたような記憶があります」
舌触りもザラザラで、美味しいと思った記憶はいっさい無い。
それでも食べる物が少なくて、あの頃は見つけ次第千切って口に入れていたと思うが……。
「いや、確かに蛇イチゴだよ」
クロは白波の抱える籠の中を指さし言う。
「スズメが元の界からこのお山を引き取ったときに、一緒にこっちに来たヤツさ」
「え、でも……」
とても甘いし、程よい酸味と爽やかな良い香りもある――。
あの頃食べた蛇イチゴと同じものとはとても思えない。
「ここに来てから美味いものに変わったってだけさ」
「変わっただけって……」
「元の界より断然こっちの方が環境良いからねー」
「当たり前であろう、こっちがこれの為に創った界なのだぞ」
偉そうにそう言ったスズメが、白波の肩で羽ばたく。
スズメの嘴はイチゴの赤で染まっていて、イチゴ摘みをする白波の傍らで、せっせとつまみ食いをしていたのがよくわかる。
「いや、そんな赤い嘴で威張られてもなぁ……」
「そのような些細なことはこのイチゴの味に関係あるまい」
「へいへい……」
肩をすくめるクロを横目に、白波は腰につけていた手拭いでスズメの嘴をそっと拭いてやる。
「……つまり、ここにある蛇イチゴは特別な蛇イチゴってことでしょうか?」
「まぁ、そうなるのかなぁ……。俺のいたお山にも蛇イチゴってあったけど、確かにこんなに甘くはなかったよ」
「そうなんですね……」
「けどまぁ、俺らは蛇イチゴは食いものってより、薬草として見てたからね。味を気にしたことなんか無かったなー。だいたい甘いイチゴがあるなんてあの頃は知らなかったしな」
蛇イチゴはお酒に漬け込み虫刺されの薬にする薬草だ。
「効きのイイ薬になるんだぜ?」
「そうなんですね」
「こっちの蛇イチゴは甘くて美味いけど、逆に薬草には向かないよなー」
きっと匂いが甘すぎて、虫が寄ってきてしまうだろうとクロは笑う。
「ではやっぱり、蛇イチゴではなく普通のイチゴなのでは?」
「いや、それでもやっぱり蛇イチゴ。育つ環境で甘く美味しくなったってだけさ」
「はぁ……」
困惑顔で籠の中の収穫に目をやる白波。
「いいじゃん、美味いんだから。だいたい、ここでイチゴって言ったらそれなんだから」
「まぁ、そうですけど……。でもよく考えたら、イチゴって春のものだった気が……」
イチゴの実のなる季節は一般的に五月から六月だ。
「こっちのお山でも、ここだけだよ?」
白波の疑問にクロがあっさり答えた。
「スズメの仕業だよ。秋に美味い物って、色味の地味なものが多いだろ?だから何か華やかなものがあった方が良いって、ここだけ時間変えてるらしいぞ」
「え?」
この界に来た頃に銀河に教えてもらっと言うクロの言葉に、白波は目を丸くする。
「白波今まで気がつかなかったのか?ここ以外にも、外の界とは時期のズレてるもの結構あるぞ?」
驚いた白波がスズメを見ると、スズメはしれっとした顔で白波の視線を受け止める。
「この界を創ったのはこっちであるぞ。その程度のこと何とでもなる」
「創世の神様だもんなー」
茶化すように言ったクロの言葉に、スズメはふん!と胸を張って見せた。
ジャムを煮る甘い匂いが厨――台所に満ちている。
そんな中で鍋をかき混ぜていた白波は、傍らにいる宝に話し掛けた。
「ねぇ、宝……」
「うん?」
「僕、スズメにずっと護られてここで生きてきて……」
「うん」
「本当にこの先のいつか……宝と二人だけで、この外の界で生きていくことなんて出来るんでしょうか……」
「……」
想像していた以上に甘やかされていた……。
どこかぼんやりとつぶやいた白波の言葉に、宝は返事が出来なかった――。
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