ご機嫌取り
「あれ?白波?」
早朝の山歩きを楽しんでいたクロは、普段あまり山で見かけることのない白波を見かけて声をあげた。
「おはようございます」
そう言ってにっこり笑う白波。
「クロはずいぶん早い時間から山歩きを楽しんでいるんですねぇ……」
白波は感心したようにそう言うが……。
「俺は今は座敷童だけど元々は山童だからな、お山にいるのが心地いいんだ。朝も昼も夜も関係ないよ。お山に触れたくなればいつだって来てるんだ」
「そうなんですね」
「まぁ、家付きの時には出来なかったけどな」
そう言って肩をすくめるクロ。
「そうですね……」
一瞬神妙な顔をした白波はクロに問う。
「座敷童になって、お山に自由に行けなくなって……寂しくはありませんでしたか?」
その白波の問いにクロは首を横に振る。
「成ったころにはタロがいたから、寂しいなんて思ったこと無かった。ただただ毎日が楽しくて、嬉しかったよ。タロがいなくなったあとは、タロの血の者がずっといたしな……」
お山に居ると心地良いが、だからと言って、座敷童であることを悔やんだことはない。
「そうですか……。それなら良かったです」
ほっとした顔をする白波。
「てか、白波こそこんな朝早くからなんでお山に居るんだ?」
朝日が昇ったばかりで、まだ下草などの夜露だって乾いていない時間帯だ。
クロの問いに白波は少しばつの悪そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「……ちょっと至急にマタタビが欲しくて……」
「マタタビ?ジャムでも作んのか?」
言ってくれたら、いつでも採ってくるのに……と言ったクロに白波は首を横に振る。
「違うの?」
「はい……」
困った顔になる白波……。
「実は……」
「うん」
「亀のご機嫌が悪くてですね……」
「亀……って、あー…猫のご機嫌取り用に欲しいのか!」
ぽん!と手を打って納得顔をしたクロに白波は頷きを返す。
「最近、ちょっとばたばたしていて、構ってあげられなかったんです。そしたら、どうも拗ねちゃったみたいで……」
声をかけても寄ってこないし、それどころか顔が合ったらぷいっ!と横を向いてつんとした足どりで土間に行き、土間の梁に上って隅っこで丸まってしまうのだと言う。
で――白波は梁のに上ることは出来なくて……。
「おやまぁ……」
しょんぼりしている白波を目の前にして、揶揄うことは出来ないが……。
「神様に気に入っていただけるほどの菓子を作る力のある人間が、たかが猫のご機嫌とるために、こんな早朝の山ん中にくるなんてな……」
一体何してんだ?と言う顔になってしまうクロ。
「そうは言いますが、これからどんどん寒い季節になっていくのに、囲炉裏の部屋に入って来ず、寒い土間の梁の上にいると思うと……」
「もしかしたら梁の上って、白波が思うほど寒くないってこともあり得るぞ?白波は上がったことないんだろ?」
「ありませんが、囲炉裏のある部屋より暖かいなんてことはないでしょう?」
「あー……うん、それはそうかな?」
むーっとした顔の白波に反論されて、クロは少し考えるそぶりをする。
「けど、あいつら毛皮着てるし……」
「着てるわけじゃありません。生えてるんです」
「けど、拗ねて自分からそこに行ってんだろ?本格的に寒くなったら、降りてくるって……」
別に放り出しているわけじゃなく、本人(本猫)自身からそこに行っているのだから、そんなに心配する必要なんかない――と言うのがクロの意見なのだが……。
「いくら毛が生えていたって、寒いものは寒いですよ。あの子を保護したのは僕です。心身共にちゃんと面倒を見てこその飼い主なのに……。このところ他所の神様のことや、僕自身がスズメに相談事があったりして、亀に構ってあげられなかったから……」
猫は寒さに弱い生き物だと聞いてもいるので、なんとかご機嫌を取って、今まで通り囲炉裏部屋でノンビリ暮らして欲しいのだと白波は言う。
「そんなに心配しなくてもいいと思うけどなぁ……」
クロはつぶやくが、白波の顔色は冴えないままだ。
「しょうがない……。マタタビならそろそろ実がなる時期だからなー。ちょうど俺も様子を見に行こうって思ってたところなんだ。だから一緒に行ってやるよ」
そう言ってクロは白波を手招きして歩き出す。
「あ、ありがとうございます!」
元山童のクロがついてくれれば、確実にマタタビの木に辿りつくことが出来る。
「いいよー、ついでだから」
へらりっとそう言うクロだが、ついでだったのではなく、ついでにしたのだと深く考えずとも察することができる。
だがそれを指摘したところで、クロが素直に認めるわけもないし、座敷童たちと違い山に不慣れな白波としては、目的地に連れて行ってもらえるのはとてもありがたい。
なので、余計なことは言わずただその後をついて行くことにしようと思ったのだが……。
「そういえば……」
ふっと頭に浮かんだ疑問を白波は口にする。
「マタタビの実って、そのまま亀にあげても良い物なんでしょうか?」
「あん?」
クロは白波に振り向いて首をかしげる。
「いえ……生のマタタビの実を猫にあげても良いのかなぁ……っと……」
マタタビに猫が酔うと言うのは有名だけれど、いざ手にしたとして、それをどうやって亀に渡せばいいのか……。
「実をジャムにすると美味しいですけど、猫に砂糖ってあまり良くないでしょうし……」
(※ジャムには大量の砂糖が入っている)
「ちょっとくらいならいんじゃね?てか、白波は亀に実をやる気だったのか?」
「そのつもりでしたけど……違うんですか?」
クロに不思議そうに言われて、白波は驚く。
「大概の猫はマタタビなら葉っぱとか、枝でも大喜びするぞ。じゃれて遊んでる。むしろ実をやることってあんまりないんじゃないか?」
甘くて美味しい実は、人が食べてしまうものだとクロは言った。
「え、でも、葉っぱや枝を食べさせるなんて……」
白波は困惑するが……。
「いや食ってるわけじゃないと思う。枝とか齧ったり、舐めたりはしてるみたいだけど、食べるって感じじゃないなぁ」
「そうなんですか?」
「枝に体こすりつけながら、酔ったみたいにのたうってるのを見たことあるぞ」
クロが思い出すように言う。
「嗜好品ってヤツなんじゃないか?マタタビ見せても反応しない個体もいるって聞くぞ」
「なるほど…そうなんですね……」
とりあえず、せっかく早朝から採りに行くのだから、亀は反応する方の猫で、気に入ってくれたらいいんだけどな……と言って、クロは前に向き直ると足を進めるのだった――。
※大概の猫はマタタビに反応するそうですが、まったく興味を示さない猫もいるそうです。
実でも葉でも枝でも、加工したものでも、マタタビが好きな猫は反応するそうですが、生の実を丸ごと与えるのは、喉に詰めることがあるので要注意!!なんだとか……。
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