9.5. 今この瞬間、地獄
第一曲・蠅王の朝餉
地獄の第九圏、さらにその下三階
氷はなく、代わりに永遠の歯痛
とある君主の朝餉――それは狂気の沙汰。
ベルゼブブ、焦油の沸く湖心に座す
その玉座は、虫食いの大臼歯
エナメルの割れ目から、硫黄と呻きが漏れる。
彼は食う。がつがつと食らう。
朝餉は罪人の魂――そんな通俗は許さぬ
彼が食うのは、永久に歯が痛む亡者どもの口から
引き抜かれた、黒ずんだ、神経満載の
残骸だ!噛みつけば、石膏の破片が飛び散る
自分も痛む、しかし彼はその甘い痛みを
享受する狂気!噛みしめて、口角から焦油の涎が垂れ
喉では豚が残飯桶を漁るようなゴボゴボ。
「おかわりだ!」六つの複眼で従者を睨み
「左下の第三層に、生前砂糖漬けの弁護士がいる
奴の歯はあと十二本、全部こじ入れ――
いや、歯茎ごとだ、その方がシャキッとしていい!」
従者は飛び去る。ベルゼブブは前肢で歯を穿り
歯の隙間に詰まる、前世紀の聖人の骨片。
その時、影が一つ、彼の皿の上に落ちた――
第二曲・メフィストフェレスの茶会
その影は影にあらず、メフィストフェレス。
彼はルネサンス期の博士のローブを纏うが
ローブには「HELL-INK」のロゴマーク。
手には湯気立つ一杯のアールグレイ、
PG Tips、地獄で唯一の人間輸入品。
優雅に一口含み、茶匙でカップの縁を軽く叩く。
「おはよう、蠅王。まだ歯を食ってるのかい?」
「うむ。」ベルゼブブは顔も上げず「何の用だ?
茶を飲むなら上の方へ行け、ここは暖房が壊れて
茶が冷める。お前も食うか?――あそこにある
生前は歯医者、差し歯の陶器製、
噛むとガラスみたいだが、それはそれで風情がある」
「いや、結構。」メフィストは椅子を引き寄せる
――曲がった肋骨で編まれたもの――腰を下ろし
足を組み、山羊の蹄の先を揺らす。
「知らせに来たんだ。あの白髪の少女のことだ。
名前はシュノーヴァ。彼女は月へ行く。
蚊を絶滅させる。お前の子孫どもを。」
ベルゼブブの六つの複眼が同時に動きを止める。
「……蚊だと?」
「蚊。蝿の遠縁。お前の王冠に嵌る
小さな宝石の一つだ。知ってるだろう、あのブンブン
マラリアを撒き散らし、アフリカでは三十秒に
一人の子供を殺す小さな奴ら。お前のペット。
お前の名刺。お前の名『ベルゼブブ』、フェニキア語で『蠅の王』。
彼女はそいつらを全滅させるつもりだ」
沈黙。地獄の第九圏、ただ一つの音は
蠅王の胃液が逆流し、メフィストの
茶杯の中の氷が溶ける微かな「タッタッ」。
腐った大臼歯が歯茎から脱落
焦油の湖面に落ちて黒い波飛沫が上がる――
「ハ!ハ!ハ!ハ!ハ!ハ!」
六声、それぞれの複眼から異なる音調で
奇怪な、調子外れのカノンを奏でる。
「一人の少女が?月へ行って?蚊を絶滅させるだって??」
前肢で笑い涙を拭う――それはアスファルト
ねっとりと顔に絡みつき、溶けた黒膠のよう。
「やらせてみろ。やらせてみればいい。蚊はこの地球で
どれだけ生きてきた?二億年。恐竜は滅びても
蚊はまだ生きている。人間?人間なんて何年だ?
彼女は自分を何様だと思っている?あの…テスラか?
アインシュタイン?それともリンゴの木を切った男か?
蚊だぞ!俺が二億年飼ってきたペットを、彼女が絶滅させるだと?
はははははは――おかわりだ、歯を!」
第三曲・メフィストフェレスの警告
メフィストは笑わない。彼は茶杯を置き
ローブの内から金箔押しのノートを取り出す
表紙には『悪魔たちの恥辱録・古典編』。
「ベルゼブブ、君と議論しに来たんじゃない。
ただ茶を飲みに、ついでに思い出させに来た――」
彼は一頁を開き、山羊の蹄をさらに高く組み、
喉を鳴らして、朗読する:
「第一頁。ダンテ・アリギエーリ、西暦一三〇〇年。
君はマラブランカたちを送り込んだ、十二人まるごと
鉤を持ち、フォークを持ち、焦油の鍋から泡立てる連中を。
結果は?あの詩人が『俺の上にはまだ上がいる』と言ったら
君の悪魔どもは間抜けに道を開けた。
後で彼は本を書き、君の十二人の手下を
挿絵で道化に描いた。今もフィレンツェの
教会の壁画に掛かっている、タイトルは――『ダンテのおなら』。」
ベルゼブブの咀嚼が遅くなり、陶器の差し歯が口角から滑り落ちる。
「第二頁。ファウスト博士、一五〇〇年代。
今度は君の親友メフィスト――そう、私だ――
自ら出張った。血で契約を結んだ、地獄の憲法よりも
法的効力は高い。結果は?ファウストは死の間際に
『ああ美しい、とどまれ』と叫んだ、賭けの規則では
彼の負けだ。だが――神のバラの花びらが舞い降りて
天使たちが歌いながら彼の魂を奪い去った。私の手は
彼の踵にすら届かなかった。サタンは何と言ったと思う?
『メフィストよ、お前の業務能力は改善の余地がある』
ベルゼブブ、あの言葉は私がお前の身代わりに貰ったものだ。
覚えておけ。」メフィストは茶杯を手に取り、息を吹きかけ、一口大きく飲む。
「第三頁。サタン自身、創世の初め。『失楽園』、
君のボス、ルシファーは、天使の三分の一を連れて反乱。
結果は?聖子に蹴り飛ばされ、天国から九天九晩墜ちて
火の湖に落ち、姿を変えた――蛇になって。
龍じゃない、蛇だ。足はなく、腹で這う。
今も『万物の恥辱録』の表紙でマスコットを務めている。
考えてみろ、サタンでさえ、大工道具を手にした一人息子を
どうにもできなかったんだ。お前が、吸うゼリーを手にした一人の娘を
どうにかできると、なぜ思う?」
ベルゼブブの六つの複眼が、不安げにそれぞれ別の方向へ
ぐるぐると動き出す、踏み散らかされたビー玉のよう。
「第四頁。聖ゲオルギウス、三〇〇年頃。
君は龍を遣わして姫を守らせた――そう、あの龍の
遠い親戚だ。結果は?白馬に乗ったキリスト者が
一槍を龍の口に突き刺した。君の龍は今、イングランドの
国旗に描かれ、無数のサッカーファンに掲げられて
ゴールが決まるたびに三度震える。それを栄誉だと思うか?
それは辱めだ――震えるたびに龍は言っている。『痛いよ』。」
メフィストはノートを閉じ、茶杯の底の茶葉の滓を
焦油の湖に捨てた。茶葉の滓は湖面を一秒漂い
それから三本の尾を持つオタマジャクシに食べられた。
「だからだ、ベルゼブブ。私は『一人の少女が蚊を絶滅させる』とは
言っていない。私は言っているのだ――『もしも』だと。
もしも彼女が本当にやり遂げたら?君の面子はどうなる?
君の名『蠅の王』、これからは『無蠅の王』と改めるのか?
それとも『かつて蠅はいたが、今はもういない王』か?
サタンの新年会に出席して、誰かに聞かれたらどう答える?
『おい、お前の蠅はどうした?』
なんと答える?『ああ、十六歳の白髪の少女が
吸うゼリーの袋に詰めて持ち去ったよ』と?
君の手下――マラブランカたち、カカカたち――
彼らは君をどう見るだろう?『我らが王は、蠅の数匹すら守れず
ダンテの道案内をした方がまだマシだ』と言うぞ。」
ベルゼブブの六つの複眼が、ようやく全て同じ方向を向いた――
メフィストの茶杯。そのカップにはプリントされていた
カートゥーンの蚊が、バツ印で消されている。
「……そのカップ、どこで手に入れた?」
「スターバックス。今年のハロウィン限定品だ。
言っておくが、お前の商標権はもう侵害されている。
人間の特許庁は『蠅王』を公共の文化シンボルと判定した。
誰でも使える。お前の肖像権?存在しないな。」
メフィストは立ち上がり、茶匙でカップの縁を軽く叩く。
教会の鐘のような澄んだ「チン」という音が響く。
第四曲・ベルゼブブの勅令
ベルゼブブは長く沈黙した。
メフィストが一杯の茶を飲み干し、おかわりを注ぐまで。
その皿の虫歯に生えた青カビが白カビに変わり
誰も見たことのない紫色のカビに変わるまで。
そして蠅王が口を開いた。その声はもはや豚のゴボゴボではなく
地獄の最奥のコアから響くような、低く、
虫歯の破片を帯びた振動――
「モルゴス。」
メフィストが眉を上げる:「誰だ?」
「モルゴス。去年、悪魔学院を卒業したばかりの
成績表はオールC――いや、C-だ。
C-の上には但し書き:『当該学生は授業中の睡眠中に
夢見る羊の群れに蹴られて目覚める、留級を勧告する』」
「お前は留級させたのか?」
「いや。留級には書類を三枚提出しなければならず
さらにサタンの秘書の承認が必要だ。あの秘書は
千年生きているナメクジで、その判子はいつも掠れる。」
ベルゼブブはため息をつく。その息には焦油とミントが混じっている――
最近はミント風味の虫歯を噛んでいる、口臭対策だそうだ。
「モルゴスを行かせろ。もし失敗したら、
奴の名前を悪魔録から抹消しろ。『解雇』ではなく
『降格』でもなく、抹消――消しゴムでだ。
一枚二百円の、消した後に黒い跡が残るあの消しゴムで。
抹消された後、奴はただの普通の蚊になり
彼女の手で、どこかのガソリンスタンドの壁に叩き潰されるがいい。
そして虫の地獄さえも与えず、直接送るのだ――人間界へ。
毎日猫に追いかけられる、羽のない、栄養失調の
ショウジョウバエに転生させてな。」
ベルゼブブはここで、前肢で自分の首を切る仕草をする。
六本の前肢があるため、その動作はどこかの部族の
雨乞いの踊りに見えた。
「それから、お前から彼に伝言を頼む――
『吸うゼリーと蚊駆除装置を間違えるな。
もし彼女が飲むかと尋ねたら、飲まないと言え。
一口たりとも飲むな』。」
メフィストは立ち上がり、一礼する。
山羊の蹄が焦油の地面で軽快な「ダダッ」と鳴る。
彼は向きを変え、茶杯を手に、上の階へ続く階段へ向かう。
口ずさむはバロック期のフーガ、
その調子は地獄の煙突よりも歪んでいる。
三段目の階段に差し掛かったとき、彼は足を止めて
振り返り、一瞥する。
ベルゼブブは歯の隙間から、千年前の聖人の骨片を一つこじり出し
目の前にかざしていた。灰白色の、歯形で満たされたその骨は
永遠の地獄の火焔の光の中で、まるで真珠のような
ここにあるはずのない、優しい光を放っていた。
「二億年。」蠅王は独りごちる。
そして骨片を焦油の湖に弾き飛ばす。
湖面に小さな、黒い、絶望の輪が広がる。
輪の中心で、生まれたばかりの、羽も乾かない一匹の蚊が
もがきながら飛び立とうとしていた。
三秒、飛んだ。そして一滴の焦油を被る。
沈んだ。
ベルゼブブは消えゆく輪を見つめていた。六つの複眼には
地獄の永遠の、星のない、実は蚊はいるが
すぐにいなくなるかもしれない空が映っていた。
「……まあいい。おかわりだ、歯を。」




