第3話「父がいると、静かになる」
父の実家は、静かな家だった。
――いや、正確には違う。
父がいると、静かな家だった。
父と一緒に実家へ行くと、玄関を開ける前から、中から話し声が聞こえることがあった。
笑い声もする。
けれど、父が居間の戸を開ける。
「こんにちは」
その途端、静かになる。
さっきまで何かを話していたはずなのに、誰も続きを話そうとしない。
父が座ると、テレビを見る。
話すとしても、毎回天気の話やニュースの話。
そして帰る時間になる。
「じゃあ、もう帰るわ」
父が立ち上がり、私たちも居間を出る。
戸が閉まる。
すると、後ろからまた話し声が聞こえてくる。
父がいない時には、親戚たちが集まって酒を飲んだり、食事をしたりしていた。
そんな様子を知る親戚から、父は言われたことがある。
「なあ、お前ら本当の家族なのか?」
「どんだけ薄情なんだよ」
子どもの私にも、父がいる時といない時で、何かが違うことだけは分かった。
でも、なぜなのかは分からなかった。
一方、母方の祖父や祖母、大伯母は、父のことをよく褒めていた。
「腐らないで、よくやってきたな」
「偉いな」
父は十三歳の時に、母親を亡くしている。
だから私は、そのことを言っているのだと思っていた。
若くして母親を亡くして、それでも腐らず、真面目に生きてきた。
そのことを褒めているのだと。
それ以上の意味があるなんて、考えたこともなかった。
父自身も、昔のことを自分から話す人ではなかった。
だから私は、知らなかった。
なぜ父が実家へ帰ると、あの家から笑い声が消えたのか。
そして、母方の家族が言っていた、
「腐らないで、よくやってきたな」
その言葉の、本当の意味も。
それを知ったのは、母のエッセイを書くために、家族の昔の話を聞き始めてからだった。




