クリスマスの放送
十二月二十四日。二学期最後の放送で、互いに選んだ一曲を交換した。マイクの前で初めて聴く、相手が自分のために選んだ音。
十二月二十四日。火曜日。二学期最後の放送日。
放送室のドアを開けると、音羽澪がミキサー卓の前に座っていた。卓の上に小さな紙袋が一つ置いてある。目が合った瞬間、澪がさりげなく紙袋を膝の下に隠した。
「……見えたんだけど」
「見ないでください」
「見えたものは仕方ない」
「後です。放送の後」
分かった、と椅子に座る。俺の鞄の中にも、同じくらいの大きさの包みが入っている。
今日の企画は「クリスマス選曲交換」。互いに相手のために選んだ曲を一曲ずつ持ち寄って、放送中に初めて明かす。当日まで秘密。何を選んだかは、マイクの前で初めて知る。
「準備はいいか」
「はい。曲のデータは入れてあります」
「じゃあ始めよう」
マイクのスイッチを入れた。赤いランプ。
「放課後のふたりごと、クリスマス特別回です。パーソナリティの真白陸と」
「音羽澪です。今日は二学期最後の放送になります」
「今日の企画は選曲交換。互いに相手のために選んだ曲を一曲ずつ持ち寄りました。当日まで秘密にしていたので、今からお互い初めて聴きます」
「ドキドキしますね」
「先攻はどっちだ」
「じゃんけんで決めましょう」
マイクの前でじゃんけんをした。俺がグーで澪がパー。負けた。
「真白くんが先攻ですね」
「……分かった」
パソコンを操作して、俺が選んだ曲のファイルを開いた。
「俺が音羽に選んだ曲です」
再生。
ピアノの音が流れ出した。坂本龍一の「Merry Christmas Mr. Lawrence」。戦場のメリークリスマス。
クリスマスだからこの曲を選んだわけじゃない。澪がピアノを弾くこと、そしてこの曲のピアノの旋律が持つ静けさと強さが、澪に合うと思ったからだ。
曲が流れている間、澪の表情を横目で見た。
目を閉じていた。ヘッドフォンに片手を当てて、音に集中している。唇が微かに動いている。メロディをなぞっているのかもしれない。
曲が終わった。
「……選曲理由、聞いてもいいですか」
「クリスマスだから、じゃない。ピアノの曲で、音羽に合うと思ったものを選んだ」
「合う、というのは」
「静かなのに、芯がある。最初は穏やかに始まるけど、途中から強くなる。でも叩きつけるような強さじゃない。じわじわ響く」
「……それが私に合うと」
「ああ」
放送中なのに、声が少し柔らかくなった。パーソナリティの声というより、放送後の声に近い。気をつけないとまずい。
「ありがとうございます。すごく……嬉しいです」
澪の声も柔らかかった。リスナーにはどう聞こえているだろう。いつもより温度が高い、くらいには気づかれているかもしれない。
「じゃあ次。音羽が俺に選んだ曲」
「はい」
澪がパソコンを操作した。ファイルを再生。
イントロが流れた。
知っている曲だった。スピッツの「ロビンソン」。
意外だった。もっと静かな曲、インストゥルメンタルか何かを選んでくると思っていた。歌ものを選んでくるとは。
曲を聴きながら、歌詞を頭の中で辿った。新しい季節に呼ばれて、二人で宇宙の風に乗る。どこまでも行ける気がする。
「……なぜこの曲だ」
「真白くんの声に似ているんです」
「俺の声に?」
「ボーカルの声質じゃなくて、曲全体の空気が。穏やかで、でも芯があって、聴いていると遠くに連れていかれる感じ」
さっき俺が澪に言った言葉と、構造が似ている。静かで、芯がある。
「……似たようなこと言ってないか、俺たち」
「気づきました?」
澪が笑った。放送中の笑いにしては、少し崩れている。
「選曲の好みが似てるって、前にも言いましたよね。一学期の最後の放送で」
「ああ。選曲が被った回」
「今回は被らなかったけど、選んだ理由が被りましたね」
リスナーが笑っている気配がする。聞こえるわけがないのだが、なんとなくそう感じた。
「それでは、クリスマス選曲交換、お互いの選曲はこんな感じでした」
「真白くんから私へ、戦場のメリークリスマス。私から真白くんへ、ロビンソン」
「ジャンルは違うけど、選んだ理由は同じだった」
「相手に似ている曲、ですね」
「これがクリスマスの答えということで」
「はい。メリークリスマスです」
「メリークリスマス」
エンディングに入る。曲を流して、挨拶。
「放課後のふたりごと、二学期最後の放送でした。三学期もよろしくお願いします」
「よいお年を」
マイクを切った。
赤いランプが消えた。放送室が、いつもの放送後の静けさに戻る。
澪が膝の下から紙袋を取り出した。
「……これ」
小さな紙袋。白い。リボンが結んである。
俺も鞄から包みを出した。茶色のクラフト紙に包まれた、小さな箱。
「……同時に開けるか」
「はい」
交換した。
俺が澪からもらった紙袋を開ける。中に入っていたのは、イヤホンスプリッター。一つのイヤホンジャックを二つに分岐するアダプタ。銀色の金属製で、小さくて軽い。
澪が俺からの包みを開けている。中身は同じだった。
イヤホンスプリッター。
「……被った」
「……被りましたね」
二人とも動けなかった。選曲の理由どころか、プレゼントまで被るのか。
澪が先に笑い出した。声を押し殺した笑い。肩が震えている。俺も堪えきれなくて、息が漏れた。
「夏に、イヤホン片耳ずつ分けて聴いたでしょう」
「ああ。プレイリストを組んだとき」
「あのとき、スプリッターがあればいいのにって思ったんです」
「俺もだ。全く同じことを考えてた」
澪が二つのスプリッターを並べて置いた。銀色が二つ、ミキサー卓の上で光っている。
「一つは放送室に置きましょう。もう一つは、どちらかが持ち歩く」
「じゃあ俺が持つ。通学中にも使えるだろ」
「通学中に誰と聴くんですか」
「……帰り道で」
澪が口を閉じた。それから、頬が緩んだ。
「……楽しみにしてます」
片付けをして、放送室を出た。
校門を出て、東に曲がる。いつもの帰り道。十二月の夜は冷たい。息が白い。
歩きながら、ポケットの中のスプリッターに指が触れた。小さな金属の感触。
「……メリークリスマス、澪」
「メリークリスマス、陸くん」
二学期が終わる。冬休みが来る。
でも、声は途切れない。
選曲の理由が被り、プレゼントも被った。笑うしかなかった。銀色のスプリッターが二つ、ミキサー卓の上で光っている。




