リスナーからの質問
七月にも来た質問が、十二月にも届いた。「お二人は付き合ってるんですか?」。半年前とは、答えが違う。
月曜日。放課後。放送準備。
お便りの束をテーブルに広げて、音羽澪と分類作業をしていた。月の光を放送で流した翌週、お便りの数がまた増えていた。ピアノの感想が多い。
その中に、一通。
「二人は付き合ってるんですか?」
見覚えのある質問だった。
七月。あのときのお便り整理で、全く同じ質問が来た。あのとき俺は「リスナーの想像力は逞しいな」と言って、話題を変えた。音羽は耳を赤くして黙った。
半年前と同じ文面。でも、答えが違う。
「……また来ましたね」
澪が便箋を手に持ったまま、静かに言った。声のトーンは落ち着いている。夏のときのように動揺していない。
「前にも同じ質問が来たの、覚えてますか」
「覚えてる」
「あのときは、答えられませんでした」
「ああ。答えることがなかったからな」
「今は、あります」
澪が便箋をテーブルに置いた。両手を膝の上で重ねて、俺を見た。
「正直に答えたいです。嘘はつきたくないので」
真っ直ぐだった。澪が決意するときの声だ。公開放送の前も、名前の呼び方を決めたときも、この声だった。
「放送で?」
「はい。お便りを取り上げて、ちゃんと答えたいです」
「リスナー全員に聞かれるぞ」
「はい」
「教室でも広まる」
「はい」
「教師にも伝わるかもしれない」
「……はい」
三回とも、澪は頷いた。覚悟が決まっている。
「……俺は構わない。澪がそうしたいなら」
「ありがとうございます。でも、陸くんは嫌じゃないですか」
「嫌じゃない。隠すのは性に合わない」
嘘ではない。教室で聞かれたとき、「放送部の仲間だ」と答えた。嘘は言っていないが、全部を言ったわけでもない。あの曖昧さが、少しだけ引っかかっていた。
「じゃあ、今日のお便りコーナーで」
「ああ。構成を組み直そう」
お便りの順番を変えた。この質問を三通目に持ってくる。一通目と二通目で場を温めてから、三通目で答える。
構成が決まった。マイクの前に座る。
「放課後のふたりごと、始まります。パーソナリティの真白陸と」
「音羽澪です」
いつも通りの声。いつも通りの開始。リスナーには、今日の放送が特別だとは分からない。
一通目。「冬の好きなところ」への回答。二通目。先週のピアノへの感想。澪が少し照れながらお礼を言った。
三通目。
俺がお便りを読み上げる。
「三通目のお便りです。ラジオネーム、さくらさん。『いつも聴いています。お二人はとても息が合っていて、聴いていると元気が出ます。質問なんですが、お二人は付き合ってるんですか?』」
読み上げた後、一拍の間を置いた。
澪を見た。澪が小さく頷いた。
「……この質問、実は以前にも来たことがあります。七月の放送の頃」
「はい。あのときは、答えませんでした」
澪がマイクに向かって言った。声が僅かに高い。緊張しているが、震えてはいない。
「今日は、答えます」
俺が引き取った。
「はい。付き合っています」
短く。はっきりと。
放送室が静かになった。マイクは生きている。スピーカーからは、校内に俺の声が流れている。
澪が続けた。
「十一月からです。パーソナリティとしての関係は変わりません。これからも、放課後のふたりごとを二人でお届けします」
完璧な補足だった。リスナーが知りたいこと、心配するかもしれないこと、それを先回りして伝えた。さすが音羽澪だ。
「ということで、さくらさん、お答えになっていれば」
「真白くん」
「ん」
「……少し照れてますね」
「……声で分かるか」
「分かります。半音高いです」
笑いが混じった。俺の声も、澪の声も。放送中の笑い。作った笑いじゃない。本当の。
残りの放送をいつも通りに進めた。曲を流し、トークを挟み、エンディングに入る。
「それでは、放課後のふたりごと、また次回」
「また来週です」
マイクを切った。赤いランプが消えた。
二人で椅子の背もたれにもたれた。同時に、深い息を吐いた。
「……言った」
「言いましたね」
「もう戻れないな」
「戻りたくないです」
澪が笑った。安堵と緊張が混ざった笑い。目の端が少し潤んでいる。
放送後、スマホを開いた。
お便りフォームに、メッセージが殺到していた。放送開始後にフォームを設置したオンライン版だ。普段は一回の放送で五件ほどだが、今日は放送終了後の十分間で二十件を超えていた。
「『おめでとうございます! ずっと応援してました!』」
「『やっぱり!! 声でわかってました!!』」
「『二人の掛け合いがもっと聴きたくなりました』」
「『末永くお幸せに』」
澪が一つ一つ読み上げていく。声が段々と震えてきた。嬉しいときの震え方だ。
「……こんなに」
「ああ。こんなに」
放送室のドアがノックされた。
開けると、瀬戸颯太が立っていた。後ろに橘夏希。
瀬戸が言った。
「知ってた」
夏希が言った。
「遅すぎ」
二人とも笑っていた。
瀬戸が親指を立てた。夏希が腕を組んで「やっとね」と呟いた。
ドアが閉まった。また二人きり。
「……知ってたって言われましたね」
「全員知ってたんだろうな」
「気づかれてたんですね、声で」
「声は嘘をつけないからな」
お便りの束を片付けながら、窓の外を見た。十二月の夕暮れ。もう真っ暗だ。
七月に来た質問と、十二月に来た質問。同じ言葉で、答えが変わった。
半年前の俺は「リスナーの想像力は逞しい」と誤魔化した。今日の俺は「はい」と答えた。
変わったのは答えだけじゃない。答えを言える自分になったことが、たぶん一番大きい。
「知ってた」と「遅すぎ」。周りはとっくに気づいていたらしい。声は嘘をつけない。




