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放課後のふたりごと 〜廃部寸前の放送部で始めた二人だけのラジオが、いつの間にか学校一の人気番組になっていた〜  作者: Studio Yodaca
一歩を踏み出す

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ちゃんと言えよ

校門を出て、通学路の途中にある公園のベンチに座った。


 瀬戸颯太(せとそうた)と二人。十一月の空気が冷たい。吐く息が白くなりかけている。


 瀬戸が自販機で買ったコーヒーを俺に押しつけた。温かい缶。


「奢り」


「……何のだ」


「フラれた男の自棄買い」


「自棄で百三十円か。安いな」


「うるせえ」


 瀬戸が笑った。少し無理のある笑い方だった。いつもの軽さの下に、ぎこちなさがある。


 二人で缶コーヒーを開けた。甘い匂いが冷たい空気に溶ける。


音羽(おとわ)さんに好きな人がいるって言われた。誰だか分かるか」


 瀬戸が前を向いたまま言った。公園の遊具を見ている。ブランコが風で揺れている。


「……知らない」


「嘘つけ」


 即答だった。瀬戸は俺の方を見なかった。でも声に確信があった。


「お前だろ」


 缶コーヒーが手の中で滑りかけた。指に力を入れて、落とさなかった。


「……何の根拠で」


「根拠もクソもねえよ。半年間見てきてんだぞ。音羽さんがお前のこと見るとき、目が変わるの。放送中にお前が喋ると、音羽さんの体がお前の方に傾くの。知ってるだろ、お前も」


 知っている。知っていて、分からないことにしていた。


「お前もさ」


 瀬戸がようやく俺の方を向いた。


「音羽さんの話するとき、声変わるの。気づいてないだろうけど。普段より半音低くなんだよ。大事なものの話するときの声」


「……声の分析は俺の専門だ。俺の声を分析するな」


「専門家が自分の声だけ聴けてねえのウケるわ」


 ぐうの音も出ない。


 ブランコが風に揺れている。公園には誰もいない。街灯が一つ点いて、ベンチの周りだけぼんやりと明るくなった。


「俺さ」


 瀬戸が缶コーヒーを一口飲んだ。


「音羽さんに告白したとき、めちゃくちゃ緊張した。サッカーのPKより緊張した。足震えたし、声も震えたし。たぶん音羽さんには全部バレてたわ。あの人、声で感情読むだろ」


「……ああ。読む」


「だよな。俺が緊張してんの、三秒で見抜かれた気がする」


「……」


「でも言えて良かったよ。フラれたけど」


「良かったのか」


「ああ。言わないままだと、ずっと引きずるだろ。好きなんですけどどうしましょうって顔で隣に座り続けるのは、相手にも失礼だし」


 それは。


 俺のことだ。


「音羽さんが『好きな人がいます』って言ったとき、ちょっと笑っちまった。だって分かるもん。誰のことか」


 瀬戸が缶コーヒーをベンチの横に置いた。両手を膝の上で組んだ。


真白(ましろ)


「何だ」


「分かってんなら、ちゃんと言えよ」


 瀬戸の声が変わった。軽さが消えていた。フラれた男が、ライバルの背中を押す声。重くて、真っ直ぐで、嘘がない。


「俺みたいにフラれるのが怖くて黙ってんのは、お前らしくない」


「……俺らしい、とは」


「公開放送のとき、音羽さんが固まったろ。お前、迷わなかったじゃん。マイクの前で音羽さんに声かけて、あの場を救った。あれができるやつが、自分の気持ちだけ伝えられないのは変だろ」


 変だ。自分でも分かっている。音羽のためなら動ける。音羽を守るためなら声が出る。なのに、自分の気持ちを伝える声だけが出ない。


「怖いのは分かるよ。俺も怖かった。でもさ」


 瀬戸が立ち上がった。缶コーヒーを拾って、ゴミ箱に放り込んだ。綺麗な放物線。サッカー部のキックの精度がゴミ捨てにまで出ている。


「音羽さんは、怖いまま声を出したぞ。体育館で。全校生徒の前で」


 胸に刺さった。


 音羽があのステージで言った言葉。「怖いまま声を出すことは、できます」。


 俺が音羽に教えたことじゃない。音羽が自分で掴み取ったことだ。そしてそれを今、瀬戸が俺に突き返している。


「俺はもう降りた。でもお前はまだ降りてないだろ」


 瀬戸がこちらを見た。目が笑っていた。今度は無理のない笑い方だった。


「頑張れよ。放送部の活動をさ」


 また、その言い回しだ。


 瀬戸が手を振って歩き出した。背中が街灯の光から外れて、暗がりに消えていく。


「瀬戸」


 呼び止めた。瀬戸が振り返った。


「……ありがとう」


「何が」


「コーヒー」


 瀬戸が笑った。今度は本当にいつもの笑顔だった。


「百三十円な。いつか返せよ」


 瀬戸が行った。


 一人でベンチに座っている。缶コーヒーの残りを飲んだ。ぬるくなっていた。


 手のひらに、缶の温度が残っている。瀬戸が買ってくれた百三十円の缶コーヒー。フラれた男が、フラせなかった男に奢った缶コーヒー。


 ちゃんと言えよ。


 瀬戸の声が、耳の中でまだ響いていた。


 公園を出て、帰り道を歩く。足が重い。でも重いのは疲労じゃない。決断の重さだ。


 好きだ。音羽のことが好きだ。


 それはもう分かっている。半年前に認めた。身体で理解した。声で確認した。


 あとは、声にするだけだ。


 頭の中で、片桐の声がよぎった。「余計なことをするな」。中学のとき、声を上げて失敗した記憶。あの声は今でも消えていない。


 でも、今は分かる。あのとき声を上げたことは間違いじゃなかった。伝え方が未熟だっただけだ。声を出すこと自体が罪なのではない。


 音羽が教えてくれた。ステージの上で、震えながら。


 怖いまま、声を出す。


 音羽ができたことを、俺ができないはずがない。

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