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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
8章 もう一度、自らの足で
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天の血族

 思った通り、入ってきたのは白い狼人だった。


「呼ばれたから来たが、遅くなったか?」


「いや、丁度良いタイミングだ、父上」


「あの人が……」


 エルリアから戻ってきたみんなとは初対面だ。まず、お祖父さんはそちらに目を向けた。みんなも立ち上がる。


「はじめまして、話には聞いてたっす!」


「よろしくお願いします、ルーフさん」


 初対面の者は順番に挨拶していく。お祖父さんは嬉しそうに、そして何だか懐かしそうに、それに応えていった。


「ふ。エルリアの皆に面影があるのはそうだが、それ以外の皆も……改めて、若き英雄と初めて出逢った時を思い出すよ」


「そう、ですか? 昔のお父さん達は……どんな感じだったんでしょうか」


「そうだな、君たちの方がしっかりしているかもしれん。当時はなかなか愉快だったからな、誠司くん?」


「ん、んん、ゴホンっ! と、当時のことは反省していますから、その話は勘弁してもらえませんか……」


「はは。今となっては良い思い出だがな? しかし、本人が言うならば止めておくか」


「……昔の先生、ほんと想像できねえんだけど、みんなから弄られてんよなあ……」


「人格者たちも弄っていることから、弄るのが優しさに思えるほどにやらかしていたと考察」


「フィーネ、頼むから掘り下げないでくれ……」


 誠司はかなり落ち着かない様子を見せている。昔を弄られるのが……もあるだろうが、彼はお祖父さんのことを知っているからな。事前に聞いていても、どう振る舞うか難しいのは分かる。


「……んん……?」


「ん? どーした、カイ兄」


「いや……何か、ルーフさんのこと、どっかで見たことあるような……」


「暁斗やガル、マスターの家族だしな。みんなに似てるんだから、そのせいじゃないか?」


「そりゃそうなんだが……そんだけじゃねえような……んん……?」


 ……そうだろうな。彼ならば、()()()()()()()のは確実だろう。いや、彼以外のみんなも、間違いなくこの人の存在は知っているはずだ。

 それでも気付かないのは、無意識に「そんなことはあり得ない」と弾いてしまうのもあるだろう。ここにいるはずがないから、そんな発想に至らない。名が知れ渡りすぎているからこそ、見過ごしてしまうこともある。


「さて。談笑も良いが、先に話をすべきだろう。いま父上に来てもらったのは……これから話すことが、俺たちの血筋に関係するものだからだ」


 血筋。その言葉には、背景を知らないだろうみんなが反応した。

 ウェアが自分の過去を、そして生まれのことを隠していたのは、みんな分かっているだろう。ウィンダリア出身ということも、この前のテルムで初めて明かされた。


 もちろん、俺もまだ本人たちの口から聞いてはいない。調べて確信に至ってはいるが……明言されることに、意味はある。


「ってことは、話してくれんのか? マスターの昔のこと」


「ああ。だが、俺よりも先に……暁斗」


 最後の確認をするように、名を呼んだ。暁斗は、少しだけ間を置いて、ゆっくり頷く。


「みんな、覚えてるよな。テルムに、ヴァン父さんが来ていたこと」


「そりゃ覚えてるわよ。あの時は挨拶もできなかったけど、あんな戦艦を指揮してたんだものね」


 向こうは指揮で忙しく、数日で引き上げた。こちらも各地の後始末に走り回った上、ロウの事に蓮の事もあって、時間にも心にも余裕がなかったからな。さすがに暁斗と父さんは少し話ぐらいはしていたようだが。

 例の戦艦についてや、テルムの戦いの世界での扱いも、後で話をすることになるだろうが。


「何となくは、みんなも分かっているだろう? 父さんの立場が、かなり上の方だって」


「元英雄だったら、軍で偉いのはあんまり違和感ねえけどな。マスターが残ってたら総大将くらいなってそうだしよ」


 アトラの感想に、ウェアと暁斗は揃って何とも言えない顔をした。


「英雄なのは、あまり関係ないんだ。そもそも父さんは、軍人じゃないからな」


「……え?」


「マスターも言っただろ? 今してるのは、俺たちの……血筋の、話なんだ」


 少し回りくどい言い方になっているのは、やはりまだ迷いが残るからか。しかし、話すこと自体はもう決心しているらしい。


「マスター……俺から話して、大丈夫ですか?」


「ああ。いずれにせよ、全てここで明かすつもりだからな。必要な補足はしよう」


「……ありがとうございます」


 暁斗は一度、全員の顔を見渡してから、深呼吸した。


「みんなにはひとつ、嘘を言っていたんだ」


「……嘘?」


「父さんの名前。ヴァン・アクティアスってのは……偽名なんだ。()()な」


「……全部、偽名? ……えっと。姓も名も、って意味、ですか?」


「うん。飛鳥の言うとおりだ」


「……あれ? でも、あたし……マスターとヴァンさんは、本当の兄弟、って聞いたよ? だったら……」


 当然思い当たる矛盾。アクティアスとは、ウェアの姓でもあるのだから。

 その矛盾を解決するためには、二人が本当は兄弟でないか、或いは。皆が思い立った可能性に、父さんの方を見る。


「そうだ。ウェアルド・アクティアス。俺もまた、偽名なんだ。記憶に引っかかった物語の人名を、適当に組み合わせてな」


「父さんは、そういう機転が苦手で、咄嗟に本物の愛称を名乗っちゃったみたいだけどな」


「……マジでか」


「名前変えてるのは私もそうだけど……。だけどマスターは、その名前で英雄だったんじゃないの?」


「それは単純な話だ。英雄となった時には、俺はこちらを名乗っていた。正確には、闇の門で戦うためにこう名乗り始めたんだ」


 ここまでは、俺にも予想はできていた。しかし詳細はもちろん分からない。皆と一緒に、耳を傾ける。


「当時の俺たちは、己の実力に自信を持ってはいたが、気軽に戦いに出るようなことが許される立場じゃなかった。そんな時に、UDBの大規模な活性化が近隣諸国で起きた」


 最初の頃はあそこまでの大災害になるとは誰も思っていなかったが、とウェアは語る。それが、闇の門……その始まりか。


「若気の至り、と言うべきか。まだウィンダリアでは被害もなく、周囲に軍を派遣していた程度だったが……俺とヴァンは、黙って待っていることに耐えられなくてな。周辺国を被害から助けたい、いずれ祖国も巻き込まれるかもしれない……ならば、自分たちから動くべきだ、と」


「……まさか、立場を隠して戦いに参加した、ってことですか?」


「ああ。今となっては反省点だがな。父上にも母上にも……皆に心配をかけたものだ。だが、あの時の俺たちは、そうすべきと思って動いた」


「その当時から君は君ってところか。でも、名前も隠さなければいけない立場、か……」


「本名を名乗って怪しまれてもいけなかったからな。さて……勿体ぶっても仕方ない。何人かは予想もできているようだが……」


 ウェアはもう一度暁斗を見て、彼が頷いたのを見て、小さく溜め息をついた。そうして、それは告げられる。


「俺の本当の名は、カイアスという」


「そして、ヴァン父さんの本名は……ヴァルフリート」


「…………ん?」


 海翔が思い切り首をひねった。違和感と違和感が繋がろうとしているのだろう。


「カイアス、ヴァルフリート……ウィン、ダリア……? …………あ」


 そうして、繋がったらしいその瞬間、さしもの彼も固まった。

 海翔の呟きで気付いた者も複数。信じられないという顔で、みんなはウェアを見た。浩輝や、そういう情勢にあまり強くないアトラは、まだ分かっていないようだが。


「そうだ。……カイアス・()()()()()()。それが、俺のフルネームだ」


「――――――」


 さすがに、その姓を聞いてしまえば、全員が理解できた。

 カイアス・ウィンダリア。そして、ヴァルフリート・ウィンダリア。それは疑いようもなく、国際ニュースで流れてくるような人物の名前だと。

 何より、国名そのものが姓になるような存在、限られている。


「は……はあ!? いや、冗談だろマスター! だって……ウィンダリア、ってことは……!」


「冗談ではありませんよ、アトラ。マスターは紛れもなく、ウィンダリア王家に連なる方。ヴァルフリート殿下と違い、とある件以降はあまりメディアに出てはいませんが」


 当然のように真実を知るジンが、それを肯定する。彼はからかうのこそ好きだが、虚偽を口にしないことは皆が知っている。


「このお方こそが、ウィンダリアの第一王子。カイアス殿下ご本人で、間違いありませんよ」


「二十年近く、ほぼ国に帰っていない放蕩王子だがな。ごまかすために、父上たちには色々と迷惑をかけているよ」


「……マジ、なのか……」


「……僕としては色々と納得だけれど、思った以上ではあったかな」


「って、ああ!」


 海翔が声を上げ、今まで黙っていたお祖父さんに視線を向けた。先ほど抱いていた既視感、その答えに辿り着いたようだ。


「名乗って早々で済まないが、もちろん私も偽名でな。改めて、挨拶をさせてもらおう」


 それは、あまりにも単純な結論。

 父さんが王子であるならば……その父親であるその人が、何者であるのか。


「私の名は、ルドルフ・ウィンダリア。改めてよろしく頼むぞ、赤牙の皆」


 ウィンダリア王国、その現国王は……何も変わらない穏やかな笑みで、俺たちに頭を下げたのだった。

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