[記憶屋書店]〜一途な命を貴方に〜[九話]
少しだけ店長の過去がわかります。
この命、貴方と共にいつまでも
[純愛の白い花]
12月2日19時。
今夜も母が夜勤だ。
医者より看護師の方が夜勤が多い。
母が夜勤ということは、父と二人きりで夕食をとる日は多い。
今日もそんな日の一つである。
最近気づいたが、父は話しかけるのが苦手な人だ。
母が自分から猛烈アタックし、結婚に至ったという話を最近聞いた。
なので、基本父は受け身なのである。
そうなれば話しかけるのが苦手なのも当たり前だ。
今も何を話そうかとモジモジしている父に話しかける。
「お父さんは店長って結婚してると思う?」
「……!?」
驚いたような父が深く考え込む。
「そうじゃなくて。店長、自分で天涯孤独って言ってて。本当かなってさ」
父はほっとしたような面持ちで、少し考える。
「俺が店長と会ったのは、あの日だけだからなぁ。そこら辺はなんとも……」
そうだよね。しかも、あんなに切羽詰まってた状態だったし。
店長の人となりにまで気をまわせる状況じゃなかった。
「でも」
少しがっかりしてる私に。父は続ける。
「『天涯孤独』って、自分に使うより、他人からそう言われる言葉じゃないかな?」
?
「どういう事?」
「いやぁ、店長が八十代くらいだったら自分で言うかもしれないけれど。まだ五十代くらいでしょう、あの人」
「いや、仮に見た目が若く六十代だったとしてもだ。客商売なら、これから出会う人もたくさんいる。実際桜だって今そばにいる。それなのにわざわざ『天涯孤独』と言うのかなと思って」
うーん…。
確かに、私は店長を知っているわけではない。
でも優しい店長が選ぶ言葉としては少し違和感がある。
この違和感が、私の何かに触れている。
「それに亡くなる寸前の人だとしても、あまり自分には使わない言葉だから。わざわざその言葉を選ぶのは少し自虐的になっている気がするな」
自虐かぁ……。
ここからは私の憶測でしかない。
店長は過去の記憶を売った。
それが家族なのか、恋人なのか分からない。
きっと、その過去が店長を寂しくさせてしまっている。
……知りたい。
父は『自虐』と言った。
私も同じだと思っている。
記憶を消しても消えない違和感が、
店長を寂しくさせている。
そんな気がした。
店長の消した記憶を見つけたら、私は何ができるだろうか?
あの日店長に助けられた私は、何か店長に返せるだろうか?
ただ、店長自身がその記憶を手放してしまった以上、
何かしようにも手立てはない。
悩んでる私に、父が声を掛ける。
「お客様ならともかく、親しい人の消した記憶に触れるのは良くないんじゃないかと思うぞ」
そう言われて気がついた。
もしかしたら。
書店の中に、まだ本が残ってるかもしれない。
ただ父の話も一理ある。
あの優しい店長が記憶を消した。
耐えられなかった、何か。
ただ
これは単なる好奇心とは、また違う。
少しでも恩返しがしたい。
そのために記憶を探すことはいけないことなのだろうか?
これは店長の為?それとも私のエゴ?
12月3日3時。
バイトが終わる。
今日のお客様は自分の失恋を忘れたいと言う人だった。
とにかくこの手のお客様は後を絶たない。
失恋なんて時間が経てば忘れるって言うけど、まさかこの書店が……。なんてね。
そう言えば、昼間このお店はどうなっているのだろう。
昼間、散歩にくればもちろん店はある。
と言うか、店長はここの鍵とか、ちゃんと閉めてるのだろうか?
「てんちょー、ここのお店って昼間入れるんですか?」
「入れますよ。まぁ、鍵も閉めて無いですし」
不用心だなぁと思いつつ、普通の人には見えないから別にいいのかな?とも思った。
「どうしました?急に昼間の事を聞くなんて」
「いや、好奇心と言いますか」
なんとも歯切れの悪い返しになってしまった。
まぁ、こんな不思議なお店だ。
色々知りたくなるのもしょうがないよね。
「まぁ昼に来ても私も居ませんし、お客様も来ません。ただ記憶の本ならたくさんあるので、暇な時読んでみるのも勉強になるかもしれません」
え?店長自らこんな事を提案してくれた。
記憶を探すなら、正直、乗らない手は無い。
「今度休みの日遊びに来ます」
なんだか晴れやかな気持ちになった。
「そういうことなら、是非読んでほしい本が」
店長が本棚から一冊の本を取り出し、こう続けた。
「桜さんは動物は好きですか?」
?
「まぁペットとか飼った事ないですけど。可愛いとは思います」
「そうですか、もし興味と時間があったらこの本をおすすめします」
客間の隅に、その一冊を置いてくれた。
店長の好きな記憶の本、私は次の休みにその本を読むことにした。
12月5日9時。書店
今日はバイトが休みだ。
……今日と言うか、明日と言うか。
今日の三時までバイトをし、四時に眠った。
その後、八時に起きて、今書店にいる。
別に急ぐ必要なんてない。
それでも、二十一時に店長が来てしまうと思うと、なんとなく「早くしないと」という気持ちになってしまう。
書店に着いたのは午前九時。
店長が来るまで、十二時間。
我ながら早すぎる。
それまでに本を見つけたい。
居ても立っても居られないとは、この事なのだろう。
書店の中をうろうろする。
けれど、本を開く勇気が出ない。
背表紙だけぼーっと眺めている。
もし、本を開いてしまったら。
もし、その本が店長の物だったら。
そんな覚悟が私には無かった。
父の言葉が頭をよぎってしまう。
ふと視界に店長おすすめの本が目に入る。
表紙は何かの動物の首筋らしきものに見えた。
たてがみのような毛並み。
真ん中に白い花が手向けのように添えられていた。
一歩踏み出す勇気のない私はその本を読み始めた。
-朝日優希の記憶-
私は動物学者である。
自然界は厳しい。
生き物は皆、本能に従って生きている。
傍から見れば、それが愛や友情に近い物に見えるかもしれない。
だがそれすらも種を残すと言う『本能』に基づいた行動でしかない。
そんな私が今研究しているのは、野生の馬だ。
馬には独自の社会性があり、そこにもまた自然界の厳しさがある。
馬の群れでは一頭のオスが複数のメスと共に子供を作る。
簡単に言えばハーレムである。
しかし別のオスに負ければ、勝ったものがそのグループの長となる。
ただし一度勝ってもずっと勝ち続けられるほど自然の世界は甘くはない。
年老いてしまえば、若いオスに負けてしまう。
メスもより強い遺伝子を残す為に強いオスについていく。
ここにもハーレムを築く年老いたオスがいた。
百戦錬磨のそのオスは、幾度となく闘いに勝ち続けた。
しかし、それももう最後のようだ。
若く逞しいオスに負けたのだ。
これが自然の摂理である。
その年老いたオスの最後を私は観察していた。
通常、負けてしまったオスはもう一度力を蓄え、群れを率いるオスに戦いを挑む。
しかし、この年老いたオスにはそんな力は残っていない。
そんなオスを、一定の距離から我々と同じように見守るメス馬が一頭いた。
不思議な現象だった。
通常メスの馬はより強く若いオスの元で子育てをする。
それなのに、そのメスの馬は近づこうとはしなかった。
まるでオスの尊厳を守るかのように。
それでも決して見失わない距離を保ち、
じっと彼を見守っていた。
そのメスは子育てを終えたメスだった。
記録によれば、そのメスはかつて、この年老いたオスとの間に子を成している。
人間で言う夫婦の関係である。
しかしこのメス馬はまだ若い。
一頭の子を産めば、役割が終わるわけではない。
群れを移りながら、さらに子孫を残していく。
しかしだ、目の前のメスの行動は理にかなっていない。
つかず離れず、距離を保ち、オスを見守る。
そして、ついにその時が来た。
白い花畑の中、オスの馬は生涯を終えたのである。
年老いてなお闘う姿は立派だった。
ただ立派なだけで勝てるほど自然界は甘くはない。
そんな時だ、そのメスがゆっくりと彼の元へ歩み寄った。
オスの顔を静かに舐めると、その傍らに身を寄せた。
そこからメスは餌も食べず、水も飲まず、日に日に衰弱していった。
一週間も経たずにそのメスはオスの元で亡くなった。
私は自然界には愛がないと言った。
愛などと言うものがあるのなら、きっと種の繁栄とは相容れない。
そんな私の前で繰り広げられた、不可解な光景。
そのメスとオスの間には何か不思議な繋がりがあったのかはわからない。
もしかしたらそのメスが子供を作れない体になったと本能で理解していたのか。
もしかしたら群れでいじめられ追い出されてしまったのか。
色々な理由を考えた。
それでも。
オスの威厳を尊重するように寄り添い、最後には命まで共にしたあのメスを前にして、
「本能」という言葉だけで全てを片付けるには、あまりにも無粋に思えた。
これがもしかしたら……。
そんな事を思ってからというもの、私の研究に雑念のようなものが入り込むようになった。
このままでは、私は学者ではなくなってしまう。
ここで彼女の本は終わっている。
12月5日13時
-書店-
なんか、嬉しいな。
店長が好きな本が、この本で。
これって家族の話なのかな?
愛の話なのかな?
何故店長がこの本を好きなのだろう?
自身を「天涯孤独」と言った人。
そんな人が選ぶには、孤独とは程遠い。
あまりにも温かい、そんな本だった。
店長の事を思ったその時、ふと目に留まる本があった。
最初の夜を思い出す。
初めてこの店に来た夜。
自分の記憶が本になった時、
私はこの本が私そのものだと感覚でわかっていた。
だからこそ悲しかったのだ。
目に留まった本は
表紙に少女と馬酔木の花が咲いている。
私より少し年下だろうか。
どこか誰かに似ている。
そんな少女が、私を呼んでいる。
何故か、そんな気がした。
きっとこの本だ……。
私にはその本を開く勇気がない。
ただ見なかったことにもできない。
こんな中途半端な私の気持ちのせいか、その本を家に持ち帰ってしまった。
12月5日19時
-自宅-
やってしまった。
私は青ざめた。
とんでもないことをしてしまった。
……。
色々と理由はつけてみたが、これってただの万引きじゃん!?
少年法は何歳まで!?
とか、どうでもいい事が頭をめぐる。
「さくらー!ご飯よー!」
母の言葉にビクッとしてしまう。
家族三人での夕食だ。
本を開くかどうか悩んでいるが答えは出ない。
一人では抱えきれないと思い、両親に相談してみる事にした。
「お母さん、もしお父さんの忘れたい過去があったらその過去を知りたいと思う?」
お母さんが「?」とした顔をする。
「桜がそんな例え話するなんて珍しいわね」
この話を聞いた父が少し真剣な眼差しを私に向ける。
その目線を母は見逃さない。
「待って。その目、貴方なんかしでかしたの」
何もしてない父に火の粉が降りかかる。
「例えばの話だから!」
と母の誤解を解くと、ようやく先程の質問に答えてくれる。
「うーん、お母さんは知りたいかな?」
「それはどうして?もしかしたらお父さんは嫌かもしれないよ?」
黙って頷く父を無視して母は答える。
「それがお父さんじゃなくても、例えば桜でも。大切な人なら、私は知っておきたいかな?」
お母さんは続ける。
「その過去を知ったからって、そのことを本人に言うつもりはないよ。でも、それを知っておけばその人に気を使えるって言うか、優しくできたり無駄に傷つけることもなくなるでしょう?」
確かにそうかもしれない。
「ただ、大切な人の過去ならって感じかな?そうでもない距離感の人のそんな過去知っちゃってもこっちが持たないしね」
父も納得したように頷く。
『大切な人』か。
夕食が終わり、本を返す為に書店へ向かう。
迷う私の心に冬の寒さが突き刺さる。
12月5日20時
-書店-
「あれ?桜さん?」
店長いるー!
は、はやい。
もしかしてバレた?
「今日はお休みですよ?もしかして間違えちゃいました?」
にこりと笑顔で迎えてくれる、いつもと変わらない店長だ。
変に言い訳するより、正直に話そう。
「昼間本を読みに来て、そのまま本を持って帰ってしまって。今急いで返しに来たところです……」
申し訳なさそうにそう言うと。
「そんなことでしたか」
と、思いのほか軽い返事が返ってきた。
「桜さんなら大丈夫ですよ、持って帰って読んでもちゃんと返してくれるなら問題ないです」
「ありがとうございます」
そう本を返そうとした時に店長が口を開いた。
「その本、中身は読みました?」
いつもより少しだけ、声が真剣に聞こえた。
「いえ、なんと言うか、表紙に惹かれて……。中身、はまだ読んでいません」
「そうですか」
しばらくの沈黙。
……。
店長が、重い口を開いた。
「その本の中身、私には見えなくて」
「……え?」
「つまり、そういう事なんだと思います」
店長は、いつものようににこりと笑った。
なのに。
今まで見たどんな店長の笑顔より、寂しく見えてしまった。
[純愛の白い花]終
実際の馬をモチーフにしてます。
少し挿絵と雰囲気が違いますが。




