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[記憶屋書店]  作者: 綴
8/13

[記憶屋書店]〜英雄の資格〜[八話]

人を救った過去と、人を傷つけた過去。

この話では、その両方を抱えた一人の男を描きます。

飲酒運転・死亡事故に関する描写があります。

挿絵(By みてみん)

火が消え

焼け野原になった後に咲く

 彼岸の花も、また枯れる。


[断罪に咲く彼岸花]



11月9日 19時

-辻家夕食卓-

また父と二人での食事だ。


父がうざい。

目の前の父は頑張って娘への質問を考えている最中だ。


ごめんなさい、あんな話の後に言う言葉ではないのはわかっているのだけれど。


あの一件以来、父からの質問攻めに困っていた。

「桜はなんで専門学校をやめたんだ?」

「なんとなく、向いてないような気がして」


父は決して、私の意見を否定しなかった。

静かに話を聞いてくれていた。


「これから、やりたい事とかはないのか?」

「今はあのバイトが楽しいかな、いろんな人の話が聞けて」


「そういえば、彼氏とかって……」


分かっている。

父は、今まで話せなかった時間を取り戻そうとたくさん話しかけて来た。


分かっているのだけれど。

遅咲きの反抗期が来てしまいそうなくらい、しつこかった。


「昔一人だけ付き合ってたけど……」


「その……なんだ、お前は母さんに似て美人だから。気をつけるんだぞ」

「桜……今、好きな人とかって」


あぁ!今更だ!今更だけど!

でもしょうがない!

どうしましょう!どうしましょうこの気持ち!

あんなことがあったから強くは言えない!


言えないけれど!


下手すぎる!


「もしかして、あの店長とか…確かに桜をよくみてくれていたが、さすがに歳がなぁ……」


……ぷつん。

私の中で何かが切れる音がした。


「ねぇ」


苛立ちを含む言葉だった。


「な…なんだ?」

父の声に、露骨に緊張が混じった。


はぁ……。まぁ、頑張ってるんだよね。


「せめてもう少し掘り下げてよ、一問一答って。患者の往診じゃないんだから」


父は少し私から視線を外す。

やってしまったと少し気まずそうにしているのだろうか。


「すまん、まだうまく出来なくて……」

不器用な父。

「まぁいいよ、どこか掘り下げて聞きたいこととかってある?」


「桜には今、好きな人とかって」


……そこかよ。


11月9日22時

-書店-


「店長聞いてください、あの一件以来父から質問攻めにあってて」

また机に突っ伏し、うーうー唸っている。


そんな私を嬉しそうに店長は見つめる。

「良かったじゃないですか、仲直りとはまた違いますが。ちゃんとお父さんと話せるようになって」


お父さんは言っていた。

まさか、店長と付き合っているんじゃないかと。


ただ確か店長には子供が居るような話を前聞いた気がする。

「店長は、ご家族とかとどんな感じで話してます?」


店長は一瞬だけ言葉を探すように黙り、

静かに答えた

「私は天涯孤独だよ」


…え?

その言葉に書店に静寂が落ちた。


前に来た、息子の一言を消しにきたお客様。

あの時、店長は確かに、子供を持つ親でなければわからないような事を口にした。


この時店長に関して強い違和感を覚えた。

これだけ人に寄り添える人が、一人きりとは考えにくい。


「店長……それ、本当にそういう意味ですか?」

含みを持たせて聞いてみる。


「……?本当のはず、ですが」


よく分からないのか、分かってないふりをしているのか。



そうで無いのなら、店長はもしかして……。



ちゃりん。ちゃりん。

不穏な空気をかき消すように、お店の扉が開いた。

いつの間にかもう23時だ。


五十代くらいだろうか。

健康そうな体つきとは裏腹に、どこかひどくくたびれた男性が立っていた。


そして男性は店から見える外の看板をじっと見つめる。


『貴方の大切な記憶、買い取ります。

辛い記憶も引き取ります。』


「…すいません」

男性は恐る恐る店内を見回した。


「はい、いらっしゃいませ」

そのお客様を、私が出迎えた。

もちろん店長も、側にいる。


「……記憶を売りたいのですが」


男性が静かに呟く。

疲れているようだが、覚悟の決まった目だった。


「わかりました、どうぞこちらへ」

客室に案内し、お客様の前へ座る。


男性が口を開く。

「随分若いんですね」


ここまでのやり取りは、ほとんど定型文のようなものだ。

「はい、よく言われます」

お客様があまり緊張しないよう、優しく答える。


「少し『重い話』になるのですが、大丈夫ですか?」


このように前置きしてくれるお客様は多い。


自分の消したい記憶なのだ、少女に聴かせるような話なわけがない。

この人もまた本気で自分の記憶と向き合ってる人だ。


「構いません。もし私に話しづらい様でしたら店長でも」


「いいえ、僕は誰でも構わないので」

乾いたような、どこか諦めたような。

そんな返答だった。

それでも、この男性はきっと優しい。


私に背負えないと思ったのだろう。


男性はさらに前置きをした。

「あまり驚かないで聞いてください」


三人しか居ない静かな店内に

その一言が染み渡った。


「私は人を殺しました」


-安堂義徳の過去-

俺は高校卒業してから、十五年間、消防士をしていた。


命を捨てるつもりで炎の中に飛び込んだ。


危険だが、やりがいのある仕事だった。

誰にでも出来るような仕事ではない。


炎の中泣き叫ぶ子供を抱え、燃え尽きる家から飛び出した。

『ありがとうございました』と泣き崩れる夫婦。

数年後その家族から消防署に手紙が届いた。

「あの子も無事、中学生になりました」


嬉しかった。


俺は消防士という仕事に誇りを持っていた。


気づけば三十四になったが、俺は結婚してなかった。

正直結婚なんて、と思っていたらずるずるここまできてしまった。


両親からのプレッシャーに苛立ちながら、日々を過ごしていた。


仕事終わり呑みに行こうと同僚を誘ったが、

その日は偶然、誰とも都合が合わなかった。


そんな時、両親から「結婚を早くしろ」と電話があった。


苛立ちもあったのだろう。


終業後、そのまま一人に飲み屋に入った。

どれだけ飲んだのか、もうわからない。


家までは、車なら十分もかからない。

夜も遅く、人通りの少ない道だった。


「自分だけは事故を起こさないだろう」


そんなバカな考えに後悔した時には、もう遅かった。

俺は事故を起こした。


老夫婦を車ではねた。

暗がりであまりよく見えなかった。


「せめてちゃんと寿命をまっとうし、亡くなって欲しかった」と

涙する息子。

もう少しで孫と会えたらしい。


言い訳の余地もない。

飲酒運転の末、二人の命を奪ってしまった。


刑期は十五年。

俺が消防士として過ごしてきた年数と同じだ。



-書店-


話を聞き終え、私は男性に尋ねた。

「では、消したい記憶とはどの記憶でしょう?」


男性は俯く。


「……僕が消したいのは人を救っていた頃の自分です」


意外な答えに驚いた。

あんなに苦しそうに話していたのだ。

てっきり、事故の記憶を消したいのだと思っていた。


「それはどうして?」

一切怯まずに質問した自分に驚いた。

なんだかまるで、店長みたいな聞き返し方だ。


男性はぽつり、ぽつりと語り始める。

「私は十五年刑務所にいました、しかし十五年間反省ができなかったのです」


「それは、なぜです?」


「私の周りには、人に迷惑をかけて刑務所に入ってくる人達だらけでした。ただ自分はこの人達とは違う」

男性は拳に少し力を入れ話を続ける


「自分はたくさんの人の命を助けた英雄だ、この人達とは違うと心の中でどうしても思ってしまうのです」


「わかっているんです。

同じなんです。

……いや、同じですらない。それ以下だ。

だけど認められない、わかっています。

僕には、罪を償える相手さえいない。人を殺してしまった自分は許されない。」


眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべながら

男性は語る。

「人殺しが英雄になんて、あり得ない」


「なのに僕の心はまだ英雄のつもりなんです。それが許せないんです」


私には、この人が反省していないようには見えなかった。

十五年間、この葛藤に苦しみ続けた末に、

この書店に辿りついた。


それがなによりの証拠だ。


だけど人の命を奪ってしまったことは許されることではない。

ただ人の命を助けた事も消えるわけではない。


それでも、この男性は過去を言い訳にしてしまう自分が許せないという。


こんなものに答えはない。

人の命を助けた事と人の命を奪ったことは

全くの別問題だ。


壺の中に手を入れる。


壺から現れた本は、夜のように暗かった。

その表紙の中央。

焼け野原のような暗闇の中、一輪の彼岸花が咲いている。

弱々しく今にも枯れ落ちそうな、花だった。


「その記憶を手放して、後悔はありませんか?」

私は迷っていた。

人を殺してしまった過去は消えない。

でもやはり、この人が救った命も消えないという事に。


しかし、男性の返答は早かった。

「ありません」

自分は罪人なのだと、もう何度も自分自身に言い聞かせたような、迷いのない返事だった。


「これでようやく……」

男性はボソッとそう呟くと、記憶を売った。


-バイト後-

私は、男性の記憶を読んでいた。


本の中には確かに残っていた。

火事から救い出された人達の笑顔。

泣きながらお礼を伝える家族。


感謝の言葉。


「お前ヒーローだよ!マジで!」と同僚から言われ、

照れ笑いをする彼の顔。


命を賭けて命を守る。

そんな勇気ある英雄の背中が、


そこにはあった。


「全部、消しちゃったんだな…」


物思いに耽ると店長が話しかけてくる。

「難しいお客様でしたね」


「そうですね、この書店に入った時点で答えを決めてるような感じでした」


店長も同じ事を感じていたらしい。


「ここのお客様には答えを決めてくる人も沢山います。あまり気に病む必要はありませんよ。私もきっと桜さんと同じ対応になっていたと思います」


「……そうですね」


私は、あの男性の覚悟を見送った。


……ただ、それだけだ。


-七年後-

彼はその後、無事に仕事を見つけた。


必要最低限の生活費を除き、給料の多くを募金やボランティア活動にあてたという。


償うことのできない罪と、向き合い続けるように。



ある日、ボランティア先で知り合った女性が彼に話しかけた。

「すいみません。この前も居ましたよね?安堂義徳さん、ですよね?」


「…まぁ、はい」


「よく参加されてますよね。ボランティア好きなんですか?」

女性の無邪気な質問に心が痛む。


「……僕は今罪を償ってる途中なので。あまり、話しかけないでもらえると」


自虐気味な返答に女性は聞き返す。

「話を伺ってもいいですか?」


どうせ、もう会う事もないだろう。

そう思い、自身の罪を告白した。


その女性は考え込む。


「犯してしまった罪は消えないですけど、貴方は悪い人には見えません」


知ったような事をと思った。

「じゃあ、悪い人じゃなければ。善行を積めば人を殺していいとでも?」

どっかに行ってくれと言わんばかりに返答した。


「そうは言ってないですけど……」

女性は困ったように眉をひそめた。

それでも女性は引こうとしなかった。


「今こうして貴方がやっている事で救われてる人達の感謝はきっと消えないですよ!」


「そうですか」

適当に返事をする。

自分自身に納得できないのだ、もう放っておいてくれ。


と思いながらその女性を後にしようとすると

ガシッと腕を掴まれた。

かなり強い力で掴まれたので、少し驚いた。

「覚えてないかも知れませんけど、私は貴方に助けられた事があるんです!」


彼女は実は消防士時代彼に助けられた一人であった。

その事がきっかけでボランティアをはじめたという。


ただその記憶は彼には無い。


「……?」


何も覚えていないような顔をする男性に、


女性はこう続ける。


「私の顔なんて覚えてないくらい、貴方はたくさんの人を救ってきたんでしょ!」


「貴方の罪について、私がとやかく言うことはできません。でも……あの時助けてくれたこと、私は貴方に感謝しています!」


なにを言っても決して引こうとしない女性を見て、

少し笑みがこぼれた。


いつだったろう、

最後に笑ったのは。


罪は消えない。

ただ、誰かを助けた事実も消えない。


償いの途中。


少しだけしてしまった寄り道に

そのいっときの安らぎに


閉じてた心に

少しだけ温かい何かを感じた。


俺は心の中でおもった。


この暖かさはきっと俺には似合わない。


[断罪に咲く彼岸花]終

この物語を、読み貴方は彼に頑張ってると思いましたか?

しかし、彼の奪ってしまった夫婦の息子が同じく彼を見た時にどんな事を言うか

偽善、自己満、そんな言葉を投げかけてしまうかもしれません。

どうか皆様は引き返せない罪を犯さぬよう願います。

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