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[記憶屋書店]  作者: 綴
7/13

[記憶屋書店]〜父として医者として〜[七話]

人は傷つかないためにさまざまな物を身につける。

強がり、無関心、逃避。

そして人と深く関わるということを避ける。


孤独に逃げてはいけない。

そんな医者が今回のお客様です。

挿絵(By みてみん)

また一つ命を見送る、

その責任に潰されないよう。

見えぬ鎧を身に纏う。


[金木犀の香りが全てを忘れさせてくれる]


10月22日18時

-とある病院、手術室にて-


「心拍低下!SPO2測定できません!」

「脈止まりました!」

「先生!先生!」


………。


ダメだったか。


私の名前は辻雄介、外科医だ。

今日の手術は、元から成功するはずのないものだった。


本人の希望あって行われた手術だった。


タバコに火をつける。

病院のベランダから空に向かって煙があがる。


患者は高校卒業を控えた少年だ。

「手術受けてくれて、ありがとうございます!」

元気な挨拶とは裏腹に、酷く痩せ細り、全く日の光を浴びてないような白い肌。


手術は成功しない。

なんなら、手術を受けない方が長く生きられる。


そんな状態だった。


手術を受けたのは、気まぐれだった。

外科医は手術をすれば儲かる。

それが失敗して仕方がない。そう家族からの了承をえているのなら、金の為に断る意味はない。


ただ自分の手術が原因で生きれるはずの少年を殺したい、そんな医者はいない。


他の外科医から見れば酔狂な医者だとか、金のため。と思われてもおかしくないだろう。


できるわけがないと思いながら、何処か本気で自分なら助けられるような気もしていた。


「絶対成功してくださいね!高校卒業して!まだやりたい事があるんです!」


軽く言ってくれるよ。


そんな笑顔を思い出しながら、

ふーっと長く煙を吐く。


親御さんには手術のリスクは説明してあった。


成功率が一割もないと言うこと。


失敗したところで、元からできるはずのない手術だった。

誰も医者を責める事なんてしない。

責める事なんてあってはならないような手術だった。


ただ一人、『自分』を除いて。


その少年には長生きしなければやれない事がたくさんあった。


少ない命を生きるより、一か八かで長生きをしたいとそう語っていたらしい。


自分の技術に自信がない訳ではない。

だからこそ、その一割にかけてしまった自分がいた。


私に出来ないんだ、他の先生にも出来ないだろ。


反省する所もないような、そんな手術だ。

元からだめだった、そうとしか言えなかった。


今までたくさんの命を見送ってきた。

この命も、その中の一つでしかないはずなのに。


二本目のタバコに火をつける。


だけれど今日は、いつもと違う。

いつもなら煙と一緒に消えてくれるはずの責任が。



タバコの煙のように。

心へ深く、絡みつく。


いつもなら消えていくはずの、

あの患者の笑顔。

家族の泣き崩れる姿が。

失敗しても、ありがとうございました

と言ってくれた遺族の顔が。


取れない染みのように。

心にへばりつき、

もう二度と消えてはくれない気がした。


娘と同じくらいだったか……。


私には今年二十歳になった娘がいる。

今年専門学校を辞めて一ヶ月ほど引きこもってしまっていた。

詳しい話も聞けなかったし、話す事もできなかった。


少し娘と向き合おう、そんな事を思った時だ。


あの患者がやってきた、明るく元気だが。

病気に侵されて、いつ死ぬかも分からない。


そんな不安を、決して周りには見せなかった。


手術は失敗した、

今はただ手術を受けた自分を責めていた。


目を閉じると想像する。


無意識に重ねてしまう。


手術成功のお礼を笑顔で言う少年の姿が、小さな時の娘の笑顔と。


10月22日23時

夜風も、寒いくらいに吹いてきた

三本目のタバコに火をつけようとすると、休憩に来た看護師に止められる。

「先生それ何本目ですか?」


「………。」


「業務が終わってからずっとここに?」


「あぁ」


「しょうがないですよ」


月並みな励ましだ。

最初から無茶な手術だったんですから。

先生の責任じゃないです。


柄にもなく、責任を感じてる事を見透かされたのだろう。

そんな言葉が胸を通り抜ける。


そんなの私が一番分かってる。


これ以上気を使わせるのも悪いと思い、車に乗る。


病院の前、金木犀の強い香りを嗅ぎながら帰路につく。


いつの間にか10月か……。

娘が中退してから半年、何も気持ちを話せてなかった。

少し話そう、その一言さえ言えれば。


車を運転してると、

不思議な店が目の前に現れた。


貴方の記憶買い取ります。


夢かと思った。胡散臭いとも。

だけど、

この記憶を忘れられたらと思い扉を開いてしまった。


ちゃりん、ちゃりん。乾いた音が鳴る。

奥から女性の声がする

「いらっしゃいませ」


優しい声だった。

……ただどこかで聞いたような。


「桜……?」


よく知っている顔が、そこにはあった。

まさか、娘のバイト先がこんな所だとは。


「お父さん!?」


少し驚いた表情をしたが、

すぐに娘は表情を変え、尋ねてきた。


「お父さん、何があったの?」


よく見る娘の初めて見る顔だった、真剣そのもので。


まるで全てを見透かされているようだった。

温かくも鋭い。

真っ直ぐな瞳が、

そこにはあった。


娘のバイト先については、そういえば今まで聞かなかったな。


あの後桜から、この書店の説明を受けた。

何がなんだか分からなかったが、話をとりあえず聞かせて欲しいとの事だ。


-閑話休題-

悩んだ。

娘に自分の心境を、聞いて欲しい弱い自分がいる。

しかし、娘の前だとうまく話せない不器用な自分もいる。

そんな風に、悩んでいると。

「もし、桜さんに話しづらい様であれば。私が聞きましょうか?」

奥から私と同じ年齢くらいの男性が来てくれた。


「店長、ありがとうございます」

桜がにこりと笑う。


今の一言で桜がどれだけこの人に、懐いてるかわかってしまった。

少し心がざわついてしまう。


娘の笑顔を、最近私は見てない。


桜が言うにはこの店には従業員が二人。

この店長と桜、二人でお客様に合わせて接客してると言う。

「桜さんには、いつも助けてもらってて」

店長がそう話す。


……私は悩んでいた。


「すいません、店長に話を聞いて欲しいのですが。桜にも顔を見せない様に聞いてもらうことは可能ですか?」

我ながら馬鹿な相談だ。

虫がいいと言うかなんと言うか。


「ええ大丈夫ですよ」

店長は笑顔でそう言ってくれた。


-今日の手術について語り終える-


「正直なところ、なぜ自分自身記憶を消そうとしているのか分からないんです」

「今まで沢山の命を見送ってきました、この患者だけ何が特別なのかよく分からなくて」


店長が目を閉じ深く俯く。店長も悩んでいるようだ。


「……不思議ですね、その患者さんの事をより意識するきっかけのようなものは?」


きっかけ?考えるが答えが出てこない。


「きっかけも何も病気の事以外は年齢くらいしか知りません、手術を請け負うお礼を言われたのも直前でしたし」

そう、私は彼の事を何も知らない。


「なぜ手術が成功した後の願いを知っていたのですか?」


「看護師が『こんな事言ってましたよ』とちょっとした雑談のようなものです」


そう思えば、無理に患者の背景を知ろうとなんて今までした事がなかった。

興味がないか?と聞かれればそれは違う気がする。


うーん、と困ったように俯いてしまう店長に申し訳なくなった。

「辻さんは、考えてから物事を話す癖がありそうですね。素直にすぐ言葉に出すことはできますか?」


まるでカウンセリングだ。

しかしこういう時は専門家の意見を聞くのが一番である。


医者としてはすぐに意見を聞かない患者が一番困るものだ。


とりあえず自分の気持ちを素直に話してみることにする。

「医者と言う仕事をしていると、どうしても人の死に触れてしまう」


しっかりと言葉にできるよう、ゆっくりと呟く。


「失うことは当たり前の世界、命にあまり近づきすぎないと言いますか。何処か遠くから見てる様な」


「あまりプライベートに興味を示さないのもその為ですね」


また店長が悩んでしまう。

「医者として心を守る為の、心構えのようなものですかね?」


少し自分の発言に違和感を感じた。

「そうかもしれません、喪失感を感じないための鎧を着込んでるイメージです」


店長が続けた。

「何故今回だけが違うのか分かりますか?」


一つの違和感に気づいてしまった。


……何故だ。


私は、あの患者の事を何も知らない。

趣味も、夢も、好きなものも。


それなのに。

あの少年は、いつものように見送れなかった。


……。


違う。


少年が特別だった訳じゃない。


私が勝手に娘と重ねてしまった。


私は娘と向き合いたかった。

今顔は見えないがこの話を聞いている娘に


桜に対しても患者と同じ鎧を着てしまっていたような気がした。


しかし、

桜が引きこもりこのままではいけないと。


だけれど、娘といきなり腹を割って話せる程の度胸もない……。


鎧を脱いで話せる覚悟がなかった。


だから、もしかしたら彼と向き合えれば、

手術が成功すれば

何か変わるかもしれないと思ったのかもしれない。


つくづく自分勝手だ……。


私は患者を救おうとしたんじゃない。


本当は、患者を救う事で、自分が救われようとした。


患者を糧に娘と向き合おうとした、

そんな私に遺族はありがとうと言ってくれた。


自分の本心に気づいてしまった

「……娘と重ねていました」


ぼそぼそと続ける。

「私は、桜に対してもきっとその鎧を着てました」



-客間の扉を開けその側に座ってずっと話を聞いている桜-


だから両親は、今までちゃんと見てくれてないような切なさを感じていたのかも。


医者として命を見送るプレッシャーから守る鎧、仕方ないような気がした。


奥から父の声が聞こえる。

「その鎧を、患者に外してもらいたかったのかも知れません」


「娘と同じくらいの歳の少年に、向き合えたならきっと娘にも向き合えるはずと思って」


「だから自分勝手に手術を、請け負ってしまった」

……。


「ダメな医者で、ダメな父ですね。娘と向き合おうと患者をその糧にしようとしてしまうなんて」


「私は桜を、心のどこかで他人の子のようなそんな風に接してしまっていた。だけど気づいてもそんなに簡単に直せなかった」


「しかし、桜が引きこもり、このままでは行けないと」


「引きこもった娘は、私達親に何も話してくれなかった」


父の心からの、本音だった。


「だからダメな私は彼の命を使い、自分の為にできるはずのない手術を受けてしまった」


父の謝罪の言葉が溢れ出す。


「患者には本当に申し訳ない事をしてしまった、私も他の先生と同じ意見だった。手術さえ受けなければ高校は卒業できたのに」



「桜本当にすまない、情けない父親で」

『お前に愛してると言うことがずっと怖かった』


壁越しにその一言が、桜に突き刺さる。


自分が思ってたより、ずっと弱く素直になれない父。


お父さん、あのね。


私もお父さんにずっと甘えたかったの。


今にも飛び出して、伝えたい。


だけどここで飛び出してしまったら父はきっと自分で選択が出来なくなってしまう。


桜は唇を噛み締める、それでも頬に伝う涙を抑えることはできない。


「私はこの事をどう受け止めればいいのか……」


そんな父に店長は語る。

「ここは、貴方の記憶を売るところです。

その辛い記憶を忘れられる。

そんな場所です。

辻さん…記憶を消す事は悪いことではありません」


店長は優しく続ける。


「ただ…記憶を消したとしても、今度は桜さんを見てあげてください。私が偉そうに言える立場ではありませんが」


父は考え込む、涙を必死に堪えて

深呼吸をする。


目を閉じしばらく考えた後、父は答えた。


記憶を『売らなかった』。


-帰宅する父-


二人そろって顔を洗い、お互いに赤い目元を見ないように。


これは鎧じゃない気を使ってくれている。

父は気恥ずかしいのか、どこかそわそわしてるようだった。


もう……。

お父さんは、仕方がない。

見かねた私が口を開く。


「ありがとう」

父は一瞬びっくりしたような顔をした。


言葉の意味を理解し、私を抱き寄せる。


「すまなかった」


悪い事なんてしてないのに。

静かに涙を流す父。


臆病なお父さんが、とても愛らしかった。

それと同時に記憶を売らなかった父を誇りに思う。


何故父が記憶を売らなかったか、私にはわからない。

父がもし記憶を売ったらどう思ったのか、

考えてみたが答えは見つからない。


まぁいいか私のお父さんは記憶を売らなかった。


それでいい。


「気をつけて帰るんだぞ、夜も遅いんだから」

「お父さんもね」


普通の親子の会話だ、この普通にたどり着くまでに。

二十年近く掛かってしまった。


ありがとう、記憶屋書店。

これからはきっとお話も、ちゃんとできるようになるはず。


-バイト終了後-

バイトが終わり、静かになった店内を見回す。

さっき起きた事を忘れないように。


そんな私に、店長が話しかけてくる。

「今日はお疲れ様でした、とても立派でしたよ」


「ありがとうございます」


店長が続ける

「やはり親子ですね、お父さん桜さんにそっくりでした」


満足そうに笑顔を向ける店長が背後から、花束を取り出す。

「こちら金木犀の花束です、辻家へのプレゼントです」

金木犀の強い香りが書店に広がる。


「花言葉は『真実』です」

いたずらっぽく店長が笑う。


「おまじないですよ」


「二人がこれから本音でぶつかり合えるように」


「ありがとうございます」

いつも支えてくれる店長に、

いつか何かを返したい。


そんなことを、桜は思った。


[金木犀の香りが全てを忘れさせてくれる]終

不器用な父と冷めた娘

そんな二人のすれ違いを繋ぐ


そんな書店があってもいいのかな?


と思いました。


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