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[記憶屋書店]  作者:
6/6

[記憶屋書店]〜忘れても消えないもの〜[六話]

全てを忘れたら、全てが無くなる?

そんなの少し悲しいと思います。


貴方が全て忘れた時

そこに残るものは一体何だと思いますか?

挿絵(By みてみん)

もう十分生きた。

でも、全てが無くなってしまうのが怖くて。

静かな夜に、一人泣く。


[妻が好きだったオレンジの花]


9月2日、22時。

-八十代男性-書店

はて?ここはどこだ?

わしは、何をしていたんだ?


部屋の扉を開けると、そこには見知らぬ書店があった。

『あなたの大切な記憶を買い取ります』

最近、物忘れが激しいが。

うーん、と考え込む。


きっとこれは、夢の中なのかも。


奥から少女の声が聞こえてくる

「いらっしゃいませ」


綺麗な少女だ。

まだ二十歳そこらだろう。落ち着いた声。

何処か、危うさを感じるような。


不思議な目だ。

まだ若いはずなのに、どこか懐かしい。


そんな少女がそこにいた。


「わしは、何しにここにきたのかね?」


不思議な事を言う老人に、少女もまた困ってしまう。

そこへ五十代くらいの男性が、やってきた。

「私がご案内します」

そういわれて席に案内されると、その男も不思議な事を言う。

「あなたがここに来たのは、恐らく何か消したい記憶があるからだと思います」

淡々と説明されるが、まだ実感はない。

「何か、心に引っ掛かるものはありますか?」


うーん、老人は考え込む。


思い出そうとしても、思い出せないのだ。

記憶がちぐはぐで重なり合わない。

不安になってしまう。

思いのまま、この人に伝えてみよう。

「何を、忘れたいのか分からない」

違うな。

「忘れた事を、忘れたいのかも知れないです」


そんな答えに、男性は困る。

「やってみましょう」

この書店のルールを聞くと老人は壺に手を入れる。


目を閉じ、思い出せない事を思い出そうとする。

それは、無理な話だ。


思い出せないまま、少しずつ消えていくくらいなら。

最後くらい、自分で選びたい。


そんな想いで取り出した本の表紙には、白い花が咲いていた。

なんだったかな?この花は?

ただ、わしにはとても温かい様に感じた。


これはきっと、わし自身の人生。


優しい本を抱きしめる。


老人は本を売った


-バイト後-

二人は考え込む

「不思議な人でしたね、何を忘れたか忘れたいなんてリピーターですかね?」


店長も考え込むが答えは出ない

「いや、私もここの店長になってから5年は経つがあの人がお客様として来たのは初めてだよ」


不思議だなぁ。

でも年も年だしそう言うお客様もいるのかも知れない。

と桜は心の中で思った。


9月6日21時。


-自宅-


今日はアルバイトが休み。

珍しく、父と二人での夕ご飯だ。


母が夜勤前に、作ってくれたご飯を二人で食べる。


「桜どうだ、最近は」

「バイトは、楽しいよ」

「夜も遅いから、母さんも少し心配してるんだぞ」


『少し』ですね。


「大丈夫、家からすぐそこの商店街だから」


いつも通り素っ気なく返してしまう。しかしこの間の記憶を消したお母さんの事を思い出す。


少しくらい、何か話さないとな。


『そう言えば』


父と話がかぶる。

「いいよ父さんから、私の方はなんでもないから」


「そ、そうか」

申し訳なさそうに、父が話し始める。


「父さんの病院で、この間不思議な事があってな」

父がなんでもない雑談をするなんて珍しい。


話を聞いてみると、八十代の患者さんが夜勤中に突然いなくなった事。

朝起きたら、何事もなくベッドの上で寝ていた事。

その日から急に、話せなくなったと言う。

桜があわてて聞き返す。

「そのおじいちゃん、どんな人!見た目の特徴とか!」

食いつく娘に少し戸惑いながら、その老人の特徴を説明する。

やっぱり、あのおじいちゃんだ!

「桜?その人のこと知ってるのか?」

なんと説明したものか、記憶を売る本屋で働いてて。

そこの扉が病院と繋がって、お客様でやってきたなんていえるはずもない。

「いや、うーん、なんて言ったらいいか分からないけど。知り合いの知り合い……みたいな?」

かなり苦しいが、父は深く踏み込んで来なかった。


「……そのおじいちゃん、元気?」


「いや昨日亡くなったよ、家族に見守られて」


衝撃の事実に、桜は目を丸くする。


「これまた不思議でね、話せなかったはずなのに、最後家族にありがとうって言ったんだ」


そこからの父の雑談は頭に入ってこなかった。


記憶を売ってから一週間も経たない出来事だった。


9月8日3時。

-バイト終了後-

店長に相談する。

「この前の、不思議なおじいちゃんの本読んでもいいですか?」


店長も、少し違和感があったのかもしれない。

「少し私も気になってたんだ、一緒に読んでみようか」と答えてくれた。


おじいちゃんの本を読んで桜は驚く。

今まで人の記憶を読んだ事が、無い訳ではない。

ただ普通ならもっと薄いのだ。

違う、この人の記憶が多いのだ。


人生の全ての記憶を、本にしてしまっていた。


-本の内容-

おじいちゃんの記憶はちぐはぐだった。


妻との初めてのデートで、手を繋いだ記憶。

大好きで素直になれず、結婚する時もあたふたしてしまうおじいちゃん。


子供に、反抗期が訪れ。たくさん喧嘩をした。

子供が事故に遭い、夫婦二人不安でいっぱいだった日も。


孫の手をとり、自分自身が何かを繋いだような実感。


普通の家庭の苦悩や、幸せがそこにはあった。


そして、妻の手を握る。

病室にある、白い花を眺めながら。

その手から命が消える感覚。


最後に聞こえる。


孫達が帰った後の事

「貴方またその花?白い花が好きね」

「違う!これはオレンジの花だ!」

「オレンジって真っ白じゃないかい!」

「ふるーつの!オレンジだ!」

「お前の為に買ってきてるのによう!花言葉は花嫁の喜びだ!」


「……貴方そんな歳になって洒落た事、似合わないねぇ」


明るくシワの入った大きな笑顔。


おじいちゃんの本には、

そんな大切な人顔を最後には思い出せなくなっていた。


妻が先立ち、おじいちゃんは軽い認知症になってしまった。


今読んでいる本も記憶がだいぶちぐはぐで。

決して読みやすいとは、思えないような本だ。


しかし、

そのちぐはぐとした内容の中に、確かにある。

優しく、悲しく、嬉しく、激しく。

大きくたくさんの感情が。


本の中に詰まっていた。


しかし、本を売ったのだ。


本を読み終えた店長と桜は深く考え込んだ。

「なんでおじいちゃんは本を売ったのでしょう?」


店長も考え込む


「……正直私にも、分からない」

店長はいつも言う、記憶を消す人の真意はその人にしか分からない。と


『認知症』

あまり知識はないが聞いた事くらいならある。


『何を忘れたか分からない』


おじいちゃんの最初の言葉を思いだす。

徐々に自分がなんだか分からなくなる苦しみなんて、本人にしか分からない。


また私が思考の迷宮に囚われそうになった時に、店長が口を開く。

「でもすごいね家族の記憶も全て売ってしまったのに、それでも家族に対してありがとうって言えたんだ」


確かに。

全てを忘れたはずなのに、家族にお礼を言わなきゃと思ったと言うことになる。


桜は気づく

「もしかして記憶を消しても違和感が残るってこう言うことですかね?」


おじいちゃんの本には家族への感謝や愛がたくさん書かれていた。


きっとこの人達は看護師や、医者とは違う人。

と言う。

微かな違和感が、感謝を伝えたのかも知れない。


「そうかもしれない」

店長が少し微笑む。


「……でもおじいちゃんは、本を売らなくても同じ結末になっていたんじゃないでしょうか?」

自分自身の考えが少し冷たい気もする。


だけど不思議と店長の前だと、言葉そのまま出てしまう。

そう自分を卑下していると、店長は言う。


「それも、そうだね」


「でも、あのお客様は最後に家族にお礼を言えた」


「もし本を売らなくても、同じ事を言えたかもしれない」


「……でも、それでいいじゃないか」


「それでも言えたんだ、それだけで素晴らしい人生だったと思うよ」


全く店長には敵わないな。


「きっと記憶だけが、全てじゃないのかもしれませんね」

桜は笑顔でそう言った。

店長も笑顔で返してくれる。


-バイトの帰り道-

今までたくさんの、本を売るお客様を見送ってきた。

そんな事をふと考える。


失恋、家族喧嘩、自分の才能。


記憶があると、苦しむ人がたくさんいる。

しかし、

記憶を消すのも、たくさんの覚悟がいる。

何処か消した記憶は、消したらそのまま全て無くなるような気がしていた。


記憶を消して、前に進めずにいる人もいる。

だけど

記憶を消した事で、前に進める人もいる。

これはきっと大切な選択なんだ。


選ぶ事は、自分の人生に責任を持つ事。


私は見送る人だ。


人の記憶ではなく、


人の覚悟を。


記憶を手放すことも、


手放さないことも、


どちらも簡単じゃない。


だから私は、


その人が選んだ人生を、


私はきっと。


忘れない。


昔店長が言ってくれた。

「君は、人の心をよく見送ってくれる」


あの時、

店長が本や

記憶と言わずに。


『心』と言った


あの言葉の意味が、

今なら少しわかる気がする。


……そうだといいな。


桜はそんな事を思いながら

朝日を浴びて、家に帰る。


[妻の好きだったオレンジの花]

私自身福祉関連の仕事で働いていますので

職業柄様々な記憶をなくした人を見てきました

全ての人がそうだとは思いませんが


今まで生きてきたものはきっと記憶以外にも

残るような気がしています。

そんな回でした。

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