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[記憶屋書店]  作者:
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[記憶屋書店]〜一言だけ忘れたい〜[五話]

優しいすれ違いには、優しい結末を。


自分の為ではなく、

誰かの為に記憶を消したい、

そんな優しい人もきっといるはず。

挿絵(By みてみん)

母は優しい人だった。

俺はそれが窮屈で、

「親ではない」と言ってしまった。


後悔してる。

あの日の僕は、まだ子供だった。


ちゃんと謝りたい。


だけど母さんなら、きっと来てくれる。


[元気に咲く向日葵のように、私の太陽を見送って]


8月8日 19時

今日は休み。久しぶりに家族みんなで食事をとる。


私の家族は、簡単に言えば金持ちだ。

父は医者で、母は看護師をしている。

二人とも夜勤が多く、家族そろって食事をする事は珍しかった。



父が口を開く。

「桜、その、なんだ、あまり気に病むことはない」

そう言えば、中退してからまともに話すのは久しぶりだ。

「大丈夫」


少し間を置いて、母も口を開く。

「そうよ、わざわざバイトなんてしなくても。ゆっくり休んだって良いんだからね」


母も父も優しい。「中退」、今の私にはその言葉が重くのしかかる。


もっと怒ってくれても良いのに……。

「大丈夫」

今日も味が薄いな。

きっと、健康に気を遣ってくれてるんだろう。


父も母も、少し遠いところから私を見てる様な。


あえて触れない様にしているのかは、分からない。


はぁ、喧嘩の一つでも出来たら、


ちゃんと話せる気がするのに。

私は両親に、いつも本音を話せずにいる。


8月9日 22時

ちゃりん、ちゃりん。お客様だ。

四十代くらいの細身の女性。少し暗い表情をしている。

疲れているのだろうか、目元にはクマが出来ていた。

「いらっしゃいませ」

私を見ると、その女性は少し驚く。

「随分、若いんですね」

「今年、二十歳になります」

すると少し嬉しそうな顔をして、

「そう、私の息子より年下なのね」

と、にこりと笑う。話してみると明るく、優しそうな女性だ。

奥から店長が出てくる。

「いらっしゃいませ。立ち話もなんですから、是非中へ」

店長を見ると、その女性は意外な事を口にした。

「二人は親子ですか?」

「いえ、彼女はアルバイトです」

店長が父親。

そんな風に見えるのかと思うと、少しだけ胸がくすぐったい。


いつも通り私が接客用の席へ着くと、女性が奥へ引っ込もうとする店長を止めた。

「すいませんが、お二人に聞いてもらう事はできますか?」

私も一緒?

珍しい事もあるものだ。

普段、接客は基本一人での対応だ。


誰も消したい記憶なんて、大っぴらには話さない。

だけれど、誰かに聞いて欲しいものなのだろう。


店長はにこりと笑い、「かまいませんよ」と席に着く。

安心したように女性は続ける。

「一言だけ、記憶を消す事はできますか?」


-山崎家の日常-


私の家族は、息子と二人。

旦那は早くに病気で亡くなり、いわゆるシングルマザーだ。

息子には、厳しく接しすぎてしまったかも知れない。

たった一人の私の息子。最愛の人から託された、私の太陽。


ある時、息子が友達と喧嘩をした。

友達のおもちゃを壊してしまったと言う。

話を全て聞き、一緒に謝りに行った。


私の家は裕福な方ではなく、

欲しいおもちゃも、ゲームも与えてやれなかった。


息子の為に、仕事を増やした。

昼も働き、夜にはアルバイトをした。

それでも、遅かった。


欲しいものを聞いても、息子は「欲しい物は無い」と答えた。


幼いながらに、我が家が他の家庭より貧しい事に気づかせてしまったのであろう。


息子が高校を出る際、就職すると言った。

「お金の事なら気にしないで、自分の好きな道に進みなさい」

欲しいものも何も言わず、我慢し続けたのだ。

せめて学校くらいは、我慢しないで欲しいと思っていた。


息子は怒った。

「母さんばっかり無理して」


その言葉は少し嬉しかったが、同時に悲しくなってしまった。


そんな負い目を、息子に負わせてしまった事に。

「大丈夫、学費くらいなら母さんなんとかなるから」

涙を堪えながらそう言うと、息子はさらに激怒する。


「俺たち家族だろ、俺だって母さんの為に何かしたい」


「やりたい事があるなら絶対やったほうが良い」


「違う、俺のやりたい事が、母さんを支える事なんだ!」

こんなに感情的になっている息子を、初めて見た。


ただ、私も息子の為に引く訳には行かなかった。


それからしばらく言い合いが続いた。

「いつもいつも母さんは正しかったよ。だけど、少しは俺の事見てくれても良いだろう」

「いつも見ていたつもりなの!」

つい声を荒げてしまう。


「何か話しかけてもあなたは『大丈夫』って……」


「それでも私は、自分の夢だけは追える様にって!」


「なんで俺の気持ちが分からないんだよ!母さんなんか、親じゃ無い!」


ショックだった。全身の力が抜ける様に、私はへたり込んでしまった。


そんな私をみて、気まずそうに息子は部屋へと戻った。


息子が就職してからは、頼んでもない仕送りが毎月来た。

あの時、私が言い返していれば、そんな気を使わせずに済んだのかも知れないのに。


ある時、結婚式の招待状が届いたのだ。

息子からだった。

彼女がいた事さえ知らなかったのに、急に結婚だ。


心の準備が出来ていない。あの時の言葉が胸を貫いて離れない。

そんな事を思っていると、

この書店が現れたと言う。


-相談-

事の顛末を話すと、女性は二人に問いかける。

「私はこの一言を消したいのです。間違っていますか?」


この問いに答えるには責任が伴う。


「二人の意見を聞きたくて」


私は店長を見る。本当に答えて良いものかと。

店長は小さく頷く。

「私は、消さないほうが良いと思います」

私の家族に比べれば、きっとこの二人はずっとちゃんと向き合ってる。

そんな二人なら、きっと乗り越えられるはず。

そう思った。


「これもきっと家族にとって、必要な喧嘩だったと思います」


少し間を置いて、店長は答える。

「私は消しても後悔がないのであれば、消しても良いと思います。是非、息子さんを笑顔で見送ってあげて欲しいです」

店長はいつも通り、お客様の決定を尊重した。


二人の意見が分かれた。


この問題は、どっちが良いと言う問題ではない気がする。


その答えを聞いた母親は黙り込み、考える。

深く深呼吸をした後、母親は本を売ることにした。


壺から出てきた本は温かい、まるで向日葵の様な色だった。


母親は桜をみて言った。

「ありがとう、私を思ってくれて」

「でもね、私は私より息子の笑顔の方が大切なの」

そう呟くと、母親は満足そうに店を出て行った。


-バイト後-

また私は机に頭をつけて目を瞑る。

うー、うー。小さな唸り声を上げながら考えている。

あの母親にとって、どんな言葉を投げかけるべきだったのか。


何故記憶を消す事にしたのか。最後の言葉はなんだったのか。


必死に答えを見つけようと、探しているのだ。

「桜さん、大丈夫かい?」


そりゃ、こんな状態の私を見れば店長は声をかけるだろう。


ゆっくり起き上がる。聞く恥なんて捨ててしまおう。

「店長、なんでさっきのお客様は本を売ったんでしょう? 私は間違ってました?」


店長はにこりと笑う。

「間違ってないよ。ただ桜さんはお客様の事を考えてあの提案をした。だからお客様は記憶を消す事にしたんだ」


また難しい事を言う。


そんな顔をしていると、店長が続ける。

「さっきの女性は、なんで結婚式の招待状が来てからこのお店を見つけたんだと思う?」


「それは、昔の喧嘩の記憶を消したいから」


ここが私のズレてしまっているところだと、店長は話す。

「違うよ。結婚式をいいものにしたいから、この店が現れた。もし喧嘩の記憶を消したいのであれば、喧嘩した直後にこの店に来るはずだ」


ハッとした。


私はどこか逃げる為に記憶を消すという先入観にとらわれて、この仕事をしてしまっていた。


親ってね。

子供から貰った物は、

傷ついたって、捨てたいなんて思わないんだ。


そっかー、と言う感想と共に、店長も子供いるんだな、とも思った。


「店長! 今度食事いきません?」

私がいたずらに笑う。

「こんなおじさんと一緒に食事なんて、変な関係って思われちゃうよ」

少し照れ臭そうに笑う店長をみて、私はこう続ける。

「大丈夫! 私達、親子にみえるんですから!」


私も今度、ちゃんと親と話をしてみよう。

と、心の中で思った。


-結婚式当日-

雲ひとつない夏空だった。

息子の結婚式は満開の向日葵畑で写真を撮り、

その後教会で食事と会話を楽しむ。


〜挙式 息子からの手紙〜

母さんへ

26年間僕を育ててくれてありがとう。

病気で父を失い、貧しかったはずなのに、俺の為に寝る間も惜しんで働いてくれた事を今でも感謝しています。


一度喧嘩をしましたね。ひどい事を言ってごめんなさい。

あの時の僕はまだ子供でしたが、なんとか母の支えになりたかっただけでした。


『僕の母親は、今までもこれからも母さんだけです』


貴方がくれた愛情を僕は決して忘れません。

母さん、今までありがとうございました。

これからは家族も母さんも支えられるよう、立派な男になりたいと思います。

母さんがいてくれたから、今の僕がここにいます。


由香里さんのお義父さん、お義母さん。娘さんを送り出していただきありがとうございます。

何かと至らぬ点も多い私ですが、精一杯由香里さんを幸せにします。


みなさま、未熟な私達ですがどうか宜しくお願いします。


挙式も落ち着き、息子と話す。

「酷いことなんて、言ったことあったっけ?」


「え?」


その言葉に息子の時間だけが止まった。


「今日はせっかくのお祝いなんだから、笑って笑って!」


息子は言葉が出なかった。

あんな酷い事を言ったのに母はきっと許してくれていた。

唇を噛み締め、涙を堪えた。


ごめんなさい。ありがとう。


そう母に伝える事ができた。


私は、ちゃんと見送れた。

あの子は、私にとっての太陽。

いつまでも明るく、過ごして欲しい。


-数日後 旦那の墓参り-


墓参りに行く前に、下駄箱の上の写真を眺める。

挙式の後、息子と二人で撮った写真だ。


あの日、あの子の手紙で、心の何処かにあったもやもやとした気持ちが晴れ渡る。


お墓の前で旦那に語りかける。

あなた。

あの子がつい先日、挙式をあげて。

結婚ですって。早いものね。

とても不器用で、優しくて。

あなたにとてもよく似てます。


墓前に供えた向日葵が、

夏風に揺れながら、

まるで太陽見送るように咲いていた。


[元気に咲く向日葵のように、私の太陽を見送って]終

消したかったのは、息子の言葉じゃ無い。

息子を笑顔で見送れないかも知れないと言う、自分の心だった。

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