[記憶屋書店]〜栄光を捨てる訳〜[三話]
日本一になっても、満たされない人もいる。
誰にも知られなくても、世界で一番幸せな人もいる。
あなたにとっての幸せはなんですか?
[大きく咲く花でなくとも、一輪がみな寄り添う紫陽花の花のように]
6月7日、21時。
起きて準備をする。
お店までは徒歩で向かう。この歩く時間に、覚悟を決める。
人の「死ぬ程の思い」を相手にする仕事なのだ。
一か月が経ち、ようやく理解した。
この仕事では、たぶん幸せな人を見ることは少ない。
きっと、人の覚悟を見送る仕事なのだ。
ふざけていてはいけない。
まだ二十歳前の私でも、それだけは理解していた。
店長にも、そのことは褒められた。
「君は、人の心をよく見送ってくれる」
嬉しかった。
今まで、自分が誰かより優れていると思えたことは一度もなかったから。
一番はもちろん店長だ。
それでも、この仕事だけは私にとって特別なもののような気がした。
私は恋も、友達も、運動も、勉強も、何もかもが中途半端で一番にはなれなかった。
多分、なろうとも、しなかったのだ。
夏にかかる、蒸し暑い夜。
カエルの鳴き声が、私を商店街まで送り出してくれる。
見慣れないテレビをせっせと設置する、店長がそこにはいた。
「テレビを書店に置きました。お客様のいない時は、つけてもいいですからね」
店長はやり切った顔で、話しかけてくる。
え?嫌だ、嫌だ。この神聖な書店にテレビ?どうして?
「テレビ、店長が見たいんですか?」
少し冷たく、聞いてみる。
「桜さんが退屈じゃないかと思ってね」
もしかして、気を遣われた?
それとも、また子ども扱いされてる?
「大丈夫ですよ。店長、知らないんですか? テレビとかケータイって、お客様からのクレームが多いんですよ」
取り外してもらおう
この神聖な書店には、絶対似合わない。
「まぁ、せっかく置いたから、私もたまには見ようかな」
私は心の中で頬を膨らませながら、わかりましたと店長に伝えた。
ちゃりん、ちゃりん。入り口の鈴が鳴る。
「すいませんがー! 記憶を売りたいのだが!」
もう、何なの。
この書店にテレビなんて似合わないと思っていたら、今度はもっと場違いなくらい元気な声が入り口から響いてきた。
お客様の対応は、異性を担当することはあまりない。
店長が気を遣ってくれているのだ。
若い人が苦手なお客様も多いし、店長がいいと指名する人も少なくない。
落ち着いた声で、優しく笑いかけてきたら。
私だって少し、ドキッとする。
目の前のお客様は、男性で、和服を着て、長い髪を後ろで結い、髭をたくわえ、にこにこと笑顔を向けてくる。
七十代くらいだろうか。孫がいてもおかしくない年齢だ。
どこか貫禄があり、本来なら綴店長が対応するようなお客様だった。
だけど私は、テレビを置かれたことと、この場違いなほど陽気なおじいちゃんのせいで、少し気が立っていた。
少し意地悪な気持ちになった。
この陽気なおじいちゃんが、何を忘れたいのか、聞いてやろう。
私は、この人が記憶を消したい理由を聞いて、少し後悔することになる。
-賞を取るために、人生を賭けた画家の苦悩-
おじいちゃんの名前は、東山幸成という。
風景画の第一人者。数え切れないほどの賞を受賞し、日本一とも称された画家だ。
家に帰って高校時代の美術の教科書を開こうとして
いや、開く必要すらなかった。
表紙を飾っていたのは、この人だった。
そんな日本一の画家が、いったい何の記憶を消したいというのだろう。
「私が、賞を受賞したことを忘れたい」
「え?」
先生は少しだけ目を閉じた。
「もう一度、純粋に絵を描きたい」
たったそれだけだった。
なのにその言葉で全てが伝わった。
私は、生まれて初めて「覚悟を決めた人」の目を見たのかもしれない。
怖いのか。
かっこいいのか。
私には、分からない。
穏やかな笑顔の奥で、何か鋭いものが光っていた。
その一言が、心の奥まで突き刺さる。
「もう一度、純粋に絵を描きたい」
日本一になった人の口から、出るとは思ってもみなかった言葉だった。
その一言で全てが、伝わってしまった。
十分だった。
東山先生は、日本一の風景画家。
数々の賞を受賞し、今では誰もが「先生」と呼ぶ存在になっている。
七十歳を過ぎ、残りの人生くらいは好きな絵を描こうと思ったそうだ。
そう決めて筆を取った。
だが、描けなかった。
描けないわけではない。
自由に描けないのだ。
「ここは、この色を使えば評価される。」
「ここは、この構図のほうが受ける。」
「この筆遣いなら賞に近づく。」
そんな考えが、無意識に浮かんでしまう。
東山先生は、そのことに絶望した。
俺が描きたいのは、こんな絵じゃない。
子どもが母の日や父の日に描く似顔絵のように、下手でもいい。ただ、気持ちを込めて描きたい。
けれど、半世紀以上積み重ねたものは、そう簡単には消えてくれなかった。
無意識に、評価される絵を描いてしまう。
だから先生が消したかったのは、
『日本一の画家』という記憶、そのものだった。
記憶の売却について説明を受けた先生は、安堵した。
「私のことだ。きっと、評価されるための考え方まで、一緒に消えてくれる気がする」
もし記憶だけ消えても、また同じように評価を求めてしまうのではないか。
そんな不安を抱えていたのだという。
私は、目の前の老人に圧倒されていた。
ついさっきまで、私は[特別になりたい]と思っていた。
その目の前に現れたのは、
[一番]を、自ら捨てに来た人だった。
「で、では、手を壺の中へ入れてください」
「ありがとう。私の話を聞いてくれて」
壺から現れた本は、美しかった。
ただ美しいだけではない。
力強く、それでいて、どこか優しかった。
一目見ただけで、涙があふれそうになるほどだった。
「綺麗……。」
私は思わずそう言ってしまった。
「おぉ、何と美しい」
先生は、自分の本に納得をしている。
私とは違う、
こんな人に私はなりたいのかも。
先生は本を売ってしまった。
-東山先生の老後-
記憶を消したその後、しばらくは、大騒ぎだったという。
突然、絵のことだけを綺麗さっぱり忘れてしまったのだ。
脳の病気ではないかと疑われ、老人ホームへ入る話まで持ち上がった。
病院で詳しく検査を受けたものの、異常は見つからない。
医師は首をかしげながら、
「長年積み重なったストレスが原因かもしれません」
そう話したという。
ある日、家族がもしかしたら思い出すかもしれないと、先生に一本の筆を渡した。
すると先生は、その筆を静かに握りしめると、まっすぐアトリエへ向かった。
それからは毎日のように絵を描いた。
家族と出かけては景色を眺め、帰れば筆を取る。
そんな穏やかな日々を、亡くなるその日まで続けたという。
そして八十二歳。
先生は、二度目の日本一を受賞してしまう。
記憶を失った天才が。
記憶を失っても、なお日本一。
その知らせは、美術界に大きな衝撃を与えた。
けれど、先生の絵は変わっていた。
以前の作品よりも、温かく。
以前の作品よりも、荒々しく。
まるで心が、そのまま絵になったような作品だったという。
そして先生には、一番のお気に入りの絵があった。
賞は取れなかった。評価されなかった。
それでも先生は、世界で一番素晴らしい絵だ
と誇らしげに笑った。
その大切な一枚を大事に家へ飾っていたという。
そこには、家族全員が描かれていた。
笑う人もいれば、照れたように微笑む人もいる。
真剣な表情の人もいた。
誰一人として、同じ表情ではなかった。
それはまるで
一つとして同じ花弁のない、紫陽花のようだった。
-バイト後-
東山先生が満足そうな表情で帰ったあと、私は机に顔を押しつけるように突っ伏していた。
目を閉じるたび、先生とのやり取りが鮮明によみがえる。
まるで嵐のような時間だった。
あっという間に過ぎ去ってしまったけれど、私の人生の目標になる人が、確かに目の前にいた。
嗚呼、また泣けてきた。
私も、あの人のようになりたい。
そんなことを考えていると、店長が様子を見に来た。
「珍しいね。桜さんが、そんなになるなんて」
今、話しかけないでよ。
店長の優しい声を聞いたら、余計に涙が出てしまう。
そうだ。
テレビが嫌だったことにして、思いきり泣いてしまおう。
そうすれば、店長もテレビを置くのを諦めてくれるかもしれない。
「店長、私っ、(テレビが嫌で)うわぁぁぁん!」
店長をだし抜こうとした私の計画は
私自身によって崩れ去った。
涙腺崩壊とは、このことを言うのかもしれない。
結局、テレビの話は私の嗚咽にかき消されてしまった。
今日の私は、最後まで格好がつかなかった。
少し落ち着いてから、私は店長に本当の理由を話した。
人生の目標だと思える人に出会えたこと。
これからは、私も本気で何かに打ち込んでみたいと思えたこと。
店長は何も茶化さず、少し嬉しそうに微笑みながら、その話を聞いてくれた。
数日後。
書店には、東山先生の風景画が一枚飾られた。
その絵を見るたびに、私は少しだけ背筋が伸びる。
それが、たまらなく嬉しかった。
[大きく咲く花でなくとも、一輪がみな寄り添う紫陽花の花のように]終
評価は、人がくれるもの。
誇りは、自分が決めるもの。
他人の目に縛られず、
伸び伸びと、
生きていれば良いな、と自分自身に言い聞かせる。
そんな三話となりました。




