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[記憶屋書店]  作者:
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[記憶屋書店]〜消した事で消えない罪と罰〜[二話]

記憶を消せば、きっと戻れる。

全てが元に戻った、その後に。


記憶を消した責任が、きっとあなたを許さない。




妻が浮気をした、理由ならいくらでも思い当たる。

積もり積もった言葉をぶつけ。

言ってはいけない言葉まで口にした。


手を挙げてしまった。


あれは全部僕のせいだ。


-記憶屋書店-第二話には自殺を含む表現があります-


[藤咲き誇る明けない夜明け]


5月16日、21時。

私の起床時間だ。

夜に起き、働きに行く生活なんて我ながら終わっていると思っている。


ここからバイトに行き、3時まで働く。


この春、私は1年通った専門学校を無事中退。特にやることのなかった私は『記憶屋書店』という少し胡散臭いお店でバイトすることになった。


実家から徒歩20分の人気のない商店街。これまた胡散臭い小物屋の上の2階にその書店はある。

「おはようございます」


店の扉を開けると、ちゃりんちゃりんと鈴が鳴る。


「また来てくれたんだね、桜さん」

あの大号泣から毎日、5日間出勤している。あまり忙しくもないから疲れる事もない。

むしろ、お客様がどんな理由でここに来るのかが楽しみなのだ。


バイトを始めてから、私は少し元気になった。元から気持ちの浮き沈みの激しいタイプだから、あの日はきっと沈んでいたんだろう。


バイトの内容は、店長が私にしてくれたように、記憶の売り方と売った後の状況の説明だ。


1.引き取られた記憶は思い出すことはできない。

2.記憶は本となり、この書店に並ぶ。

3.今まで記憶があり生きてきたことでの微かな違和感は一生拭えない。

4.本人は自身の記憶の本を読んだとしても思い出すことはできない。

5.値段は感情の大きさによって決まる。売る前に値段を話す事はできない(今のところ私にも教えてくれない)。

6.これはお客様の時に説明はなかったが、お客様の決定は絶対だ。

売ると言ったら売る、売らないと言ったら売らない。


そして、記憶を忘れる前に未練のないようお客様に寄り添う事が仕事らしい。

(え?店長この寄り添いを『すまない』だけで終わらせようとしてたよね?)


そんなわたしも、もう何度か接客はしている。

飼い犬が亡くなった辛い記憶を消したいと話していた独り身の女性。

ひとしきりその犬との思い出を語った後、彼女はもう2度と犬は飼わないと言い、記憶を売った。


店長曰く、この店には

『本当に、記憶を手放さなければ生きていけない人しか、この店に辿り着く事が出来ない』

おまじないが掛けられているらしい。


お店の扉もお手製のようで、全国の様々なお店の扉がこの書店に通じている

ただ、帰る時は元の場所にしか帰れないらしい。


私は「売らない」と言ったから、こうして自由に書店に出入りできる様だ。


-だから、私が記憶を売らないと言った時、店長は驚いたのだ-


ただ、お客様の中には記憶を売ってしまっても、違和感を埋める為に同じことを繰り返してしまう人もいるらしい。

なので、このお店にはリピーターもそこそこいると言う。


ただ、この書店に記憶を買いに来るお客様は見た事がない。


不思議なことばかりだがこの書店のことが好きだ。だから妙な詮索はしない。店長もそれを喜んでいる様だ。


-閑話休題-


バイトが始まる

しかし、お客様は多くても1日に2人くらいだ。

店長は本の整理をしないといけないらしく、最近は私が接客をしている。


1人のお客様にその日の時間を全て使う事も珍しくない。この前の犬の女性も、23時ごろから3時まで目一杯話し続けていた。


店長に話しにくいお客様は私に、私に話しにくいお客様は店長に話す様に、自然と分担されていた。


手の空いた時は他のお客様の記憶を眺めていてもいいと、店長からお許しが出た。最初は背表紙のみを眺めていた。綺麗な本、力強い本、怖いイメージの本。記憶の本は様々だ。


中身を見るのは若干気が引けてしまうので、感動できる記憶を店長にピックアップしてもらい、読んでいる最中だ。ただ、空き時間はそれほど多くはない。


ちゃりんちゃりん。お客様がきた。不思議なお客様だ。正確にはお客様達。30代くらいの男女2人。

2人で一緒に入店してくるなんて初めての事だ。


「いらっしゃいませ」


こんな小さな子が?店員?といった目で、気まずそうにジロジロと2人に見られる。


女性が気まずそうに口を開く。

「ごめんなさい、他の店員の方はいらっしゃいます?出来ればもう少し歳上だとありがたいんですけど」


正直に言おう、少しプライドが傷ついた。私だってもう3人の記憶は請け負っているのだ。なんて失礼な女性なんだと思いつつも、

「店長ー!お客様です」

……私は心優しいアルバイトなのです。


お客様曰く、この問題には私は若すぎるとの事。


「勉強の為に、彼女を同席させても良いですか?」と店長が言ってくれた


お客様達も聞かれたくない訳ではなく、対応に困るだろうとの事で店長を呼んだようだった。

私の教育の為と聞き、快く了承してくれた。

『ちょっと待って!?話を理解できないアホの子だって思われたって事!?』

軽いショックを受ける桜を横に、夫婦達は話し始める。


-佐々木夫妻の話-


夫婦には子供ができなかった。旦那自身は子供を欲しいとは思わなかったが、妻は違う。

そんな夫婦の想いのズレが積もり積もって喧嘩になってしまった。

検査の結果、妻は子供を作ることが極めて難しいようで、不妊治療を行う事となった。

通院に行けば高くはないが費用はかかる。

積み重なれば負担となり。

そのたび妻は不機嫌になる。


互いに限界で、夫は妻を侮辱し暴力を振るった。

やがて妻は不倫した。

その事実が発覚したのはつい最近だったと言う。


話し合いの末すれ違いはしたが、お互いを愛していることには変わらない。


妻は不倫相手と縁を切ったらしいが、旦那の心は元には戻らない。


妻の笑顔の陰に不倫相手が浮かんでしまうと言う。


何と女々しい事かと旦那は自分に強く言い聞かせていたが、限界だった。

旦那は自殺を図ったが、妻がギリギリのところで止める事ができたらしい。


そんな時に旦那さんがこの店を見つけ、夫婦で訪ねることになったのだと言う。


つまり、消したいのは旦那の記憶


[妻の不倫があったと言う記憶と、子供を望んでいた妻の記憶]


奥さんは旦那さんを愛していると言い、夫がいなくなるくらいなら子供を欲しがらないと強く約束した。


旦那さんも涙ながらに妻の手を握り、握っていない方の手を壺の中へと入れた。


壺から現れた本は、乾いた土のような色をしていた。


「嗚呼、こんなにもボロボロに……」

泣き崩れる妻が、優しく本を抱き寄せる。


そして、本を売ったのだ。


-バイト終了後-

最近の店長と私は、バイト後にお客様について少し話してから帰るのが日課になった。最初は仕事振りが認められている様な気がしたが、今日はどうなるのだろう。重い空気の中、私は口を開いた。

「きっと上手くいきますよね」


少し考えて店長が口を開く


「……どうなるかね」


含みのある返答が来て、少しショックだった。

お互いを思いやる涙を見られた後だと言うのに。

あまり納得のいっていない顔をしてると

店長が話し始める

「私達の仕事には大事な事が一つある。それはお客様の決定は絶対だ。簡単に言えば『話しは聞く、でも答えは示さない』だ」

さらに店長は続ける

「2人組のお客様は珍しいが、来ない訳ではない。ただ、2人で来る様なお客様は、何故か片方の記憶しか消さないことが多いんだよ」


「なんでですかね?」


「考えてみて。自分が死んだ後、周りの人がどうやって桜さんの事を見送るかくらいは見たくないかい?」


私が「?」みたいな顔をしているのを知ってか知らずか、店長は最後にこう続けた。

「あの2人の決断には、きっと不幸があると思う。ただ、決断して自分で責任を負わなきゃいけなくなったとき、人は大人になるんだと私は思うんだ。いいも悪いもね。不幸があるって言っても、幸福の中にも不幸ってあったりするからね」

幸福の反対が不幸でしょ?店長、たまに不思議な事を言うし、わかりにくいのが玉に瑕なんだよなぁ。


いつもはそこまで気にならない店長の言葉が、帰宅途中も頭から離れなかった。


-佐々木家妻の日常-


夫が記憶を消してから10年。

不思議な事が起こった。まず一つ。

何も話してもいないのに、子供を作ろうと旦那が不妊治療に協力的になった。

学生の頃、子供を欲しがっていたのを覚えていると言い出したのだ。

あの日の誓いを破ってはいなかった。むしろ、子供の事は話さないように気を遣っていたぐらいだ。


旦那はきっと、結婚してから子供を欲しがっていた私の記憶を消したのだ。


不機嫌に子供が出来ないと嘆く私を忘れ、学生時代いつか子供が欲しいなと願っていた少女の顔は消さなかったのだろう。


ただ、この10年間、私は結局子供を作ることが出来なかった。


記憶をなくした旦那は見違えるほど優しくなった。かつて暴力を振るい、暴言を吐いた旦那はどこにもいない。


傍から見れば、きっと幸せな夫婦なのだろう。

子供の出来ない体の妻に寄り添う旦那。


私は夫の優しい笑顔に、夫の優しい言葉に、夫の優しい心に日々罪悪感を募らせていた。


夫をあんな風にしたのは私だった。

あの時、夫に追い詰められたのは私の方なのだと心の中で思ってしまっていた事に気づいた。


全ての原因は私だった。私が焦らなければ優しい夫は変わらなかったのに


私だけが覚えている私の罪

全てをさらけ出せたらどれだけ楽な事か自分がどれだけ馬鹿な事してしまったのか心の底から後悔した

きっとこれは罰なのだろう。もう謝る事すら出来ない

目の前の最愛をくれる人に秘密を付き続ける地獄に

永遠に続くのだろう

悲しみなのか怒りなのかがわからない感情が湧いてしまう


-全てを忘れ幸せそうにしているその笑顔に-

挿絵(By みてみん)

[藤咲き誇る明けない夜明け]終

二人にとって最善だと思った選択が

回り回って苦しみを産んでしまう。


どちらが悪いではなく

どうすれば後悔の無い選択を出来るか

この二話を見てくれた

皆様はどうか間違えないようにと、願っています。


明るい話も用意しておりますので

またこの不思議な書店で出会える日を楽しみにしています

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