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【完結】門出屋の親父  作者: アズマユージ


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10/12

第十話 新年会

あっと言う間に最終回です!

是非最後までお付き合いください!

 小田急線経堂駅から農大通りを歩いて五分。細い路地を曲がった先に、えんじの暖簾がかかった居酒屋が一軒。


 カウンター七席に、四人掛けのテーブルが二つ。親父が一人で切り盛りする、こぢんまりとした店だ。


 メニューはない。その日仕入れた新鮮な魚や旬の野菜を、親父が気の向くままに料理する。


 親父は無愛想で、客の話にも気のない返事をするばかり。


 それなのに、不思議と客たちは悩みを打ち明ける。


 親父は答えを出さない。ただ料理を作り、酒を注ぐだけだ。


 それでも、店を出る頃には、なぜか少しだけ前を向いている。


 多分偶然なのだろう。


 だが、偶然も重なれば必然となる。


 口さがない常連客たちは、この店を「門出屋」と呼ぶという。


 その店の名は「居酒屋ユージ」。


 今夜も静かに営業中。


◇


 仕事始めだというのに、正月気分が抜けず、机でぼーっとパソコンを眺めていた門出屋の常連客、通称「陽気なおっさん」のスマホが鳴った。


「おっ! 門出屋からか」


 画面には、居酒屋ユージからの新着メッセージが表示されていた。


「あの親父、とうとうSNSを始めたのか」


 以前、店の宣伝にSNSを使ってみたらどうかと勧めたことがある。


 だが、その時の返事は素っ気なかった。


「そんな面倒くせえもん、誰がやるか」


 それがどういう風の吹き回しか。


 おっさんは首を傾げながら、メッセージを開いた。


『居酒屋ユージをご愛顧いただいているお客様へ


 新年あけましておめでとうございます。


 日頃のご愛顧に感謝して、居酒屋ユージで新年会を開催することになりました!


 日時:1月15日(金)午後6時より


 当日は大将が腕を振るって、美味しい料理をご用意します。


 会費は特に決めておりません。お気持ちに応じて、心づけだけ頂戴できれば幸いです。


 皆さまと楽しい時間を過ごせることを楽しみにしています。


 なお、当日はちょっとしたサプライズもご用意していますので、どうぞお楽しみに!


 居酒屋ユージ

 新年会幹事』


「しかし、新年会なんて初めてじゃねえか?」


 おっさんは首を傾げた。


「しかも、この文面。全く親父らしさが感じられねえ」


 もう一度、最初から読み返す。


「年が変わって、気も変わったのかな?」


 しばらく考え込んでから、首を横に振った。


「いや、あの親父に限ってそれは無いな。こりゃなんか怪しいぞ」


 そして、最後の一文に目を留めた。


「それに、このサプライズってなんだ?」


 おっさんはしばらくスマホを眺めていたが、やがて楽しそうに笑った。


「まあ、行ってみりゃ分かるか」


 参加の返事を送った。


◇


 一月十五日、金曜日。


 午後六時を少し回った頃、居酒屋ユージには、いつもの常連たちが集まり始めていた。


 陽気なおっさんが暖簾をくぐる。


「よう、親父! 明けましておめでとう!」


「おう」


「相変わらず愛想がねえなあ。せっかく新年会だってのに」


「うるせえな。そこに座ってろ」


「はいはい」


 おっさんは笑いながら店内を見回した。


 そして、目を丸くした。


「……あれ?」


 カウンターの向こうに、見覚えのある女性が立っていた。


 エプロンを着け、皿を並べている。


「いらっしゃいませ! お待ちしてました!」


「おいおい! 鬼課長じゃねえか!」


「あら、久しぶり!」


「何やってんだ、そんなところで?」


「何って、お店のお手伝いよ」


「手伝い?」


「そう。さあ、早く座って。今日は美味しいものがたくさんあるわよ!」


 鬼課長はにっこり笑うと、慣れた手つきで箸と取り皿を並べた。


 おっさんはユージを見た。


「おい、親父。どういうことだ?」


「何がだよ」


「いや、何がって……」


「いいから座れ。邪魔だ」


 いつもの調子で追い払われた。


「……ますます怪しいな」


 おっさんはそう呟きながら、カウンターに腰を下ろした。


 やがて、ほかの常連たちも顔を揃えた。


 高知出身の老婦人も、にこやかな顔で席に着いている。


「あらまあ、今日は賑やかねえ」


「そうでしょう? 楽しんでいってくださいね!」


 エプロン姿の鬼課長が、嬉しそうに答えた。


 ユージは黙々と料理の準備を進めていた。


◇


 新年会が始まると、店内はたちまち賑やかになった。


 正月らしい料理が次々と運ばれ、瓶ビールが空いていく。


 普段は静かな居酒屋ユージも、今夜ばかりは笑い声が絶えなかった。


「いやあ、親父。たまにはこういうのもいいじゃねえか」


「お前らは飲んで食ってるだけだからな」


「そんなこと言わずに、親父も楽しめよ!」


「俺は料理作ってんだよ!」


 そんなやり取りをしているうちに、エプロン姿の鬼課長が手を叩いた。


「はーい! 皆さん、ちょっとよろしいでしょうか!」


「おっ、なんだなんだ?」


「そろそろ、皆さんお楽しみのサプライズです!」


 常連たちが一斉に顔を上げた。


「そういや、案内に書いてあったな」


「何が始まるんだ?」


 鬼課長は少し得意げに胸を張った。


「えー、私、石川里帆は、昨年十年勤めた会社を辞めました!」


「いや、それはこないだ聞いたぞ!」


「うるさいわね! 黙って聞いてちょうだい!」


 店内に笑いが起こった。


「えー、それでですね、この居酒屋ユージに再就職することになりました!」


「何! 本当か?」


「もちろん、本当です」


 里帆は、さらに嬉しそうな顔をした。


「しかも、実はこのお店の二階に、ユージさんと二人で住んでます!」


「なんだと!」


 陽気なおっさんが声を上げた。


「なんか怪しいと思ってたんだ!」


「おいおい! 親父! どういうことだ!」


「どういうことも何も、そりゃ男と女が同じ屋根の下で暮らすってのは、そういうことだろ?」


「ちょっとおじさん! ストレート過ぎるわよ!」


「あはは!」


「で、親父、ホントなのか?」


「そこ! なんでわざわざ確認する?」


 そう言った里帆は、少し顔を赤らめた。


 そして、ユージの方をちらりと見て、恥ずかしそうに言った。


「私としては、永久就職でもいいんだけど……」


「おおーっ!!!」


 店内にどよめきが走った。


「親父! ちょっと展開が早すぎないか!」


「朴念仁のフリして、隅に置けないな! このエロ親父!」


「そんなんじゃねえ!」


「じゃ、なんなんだよ?」


「会社も辞めた、アパートも引き払ったって言って、転がり込んできやがったんだ」


「あらまあ、積極的ね!」


 高知出身の老婦人が、楽しそうに目を細めた。


「まあ、最近ちょっと忙しくなって来たから、手伝って貰ってるだけだ」


「もう、照れちゃって!」


 そう言って里帆は、ユージの脇腹を肘で突いた。


「いてっ! 何しやがる!」


「なんだよ、イチャイチャしてるじゃないかよ!」


「イチャイチャなんかしてねえ!」


 笑い声がさらに大きくなった。


「おいお前ら、これ以上ふざけてると叩き出すぞ!」


「おー怖い!」


 老婦人まで笑っている。


 ユージは苦虫を噛み潰したような顔をして、鍋に向き直った。


「次の料理が出来たぞ。食いたくねえのか!」


 全員で声を合わせて言った。


「いただきます!!」


◇


 運ばれてきたのは、蓋付きの椀だった。


 蓋を取ると、湯気とともに上品な出汁の香りが立ち上った。


「おお、こりゃ何だ?」


「蟹真丈の吸い物だ。正月だからな、ちょっと奮発した」


「蟹か! 豪華だねえ」


「白身魚のすり身に蟹の身を合わせてある。蟹だけじゃまとまりが悪いが、すり身を合わせると、ふんわり仕上がるんだ」


「なるほどねえ」


 常連たちは椀を手に取り、出汁を味わった。


「うん、美味い!」


「上品な味ねえ」


 ユージは満足そうに頷いた。


「本当は土瓶蒸しを出したかったんだがな」


「土瓶蒸し? 松茸の吸い物か?」


「ああ。夏のハモの終わり間際と、秋の松茸の出始めの、ほんの一時だけ食べることができる、奇跡の絶品料理だ」


「なるほどねえ」


 里帆がにっこり笑った。


「まるで私たちみたいね!」


「確かに!」


「素敵だわ!」


「親父も見かけによらずロマンチストだな!」


「そんなんじゃねえ! 俺は料理の話をしてんだ!」


「わかったわかった! ご馳走様」


「おい! 早く食わねえと、蟹真丈が冷めちまうだろう!」


 常連たちは、また大笑いした。


 ユージは、もう何も言わなかった。


 ただ、里帆が隣で嬉しそうに笑っているのを見て、ますます不機嫌そうな顔になった。


◇


 料理がひと段落した頃、ユージが冷蔵庫から一本の日本酒を取り出した。


「おい、今日はもう一本、飲ませたい酒があるんだ」


「おっ、今度は何だ?」


「能登の酒だ」


 ユージは瓶をカウンターに置いた。


 ラベルには、『襷』と書かれていた。


「……あれ? これ、ひょっとして」


「ああ。駅伝君の酒だ」


「おお! あいつか!」


 陽気なおっさんが身を乗り出した。


「こないだ来た時は、まだ出来上がって無いって言って、加賀鳶持って来てたよな」


「そうだな。先週、やっと出来上がったって送って来てくれたんだ」


 ユージは瓶を手に取った。


 大学を卒業した三月、能登の酒蔵へ帰っていった青年。


 自分の手で酒を造るために、新しい道へ踏み出した男。


 その男が、初めての冬を迎え、ようやく酒を届けてくれた。


「祝いだ。皆で飲んでやろうぜ」


「そりゃいい!」


 里帆が杯を並べ、ユージが酒を注いで回った。


 全員の杯に酒が行き渡ったところで、陽気なおっさんが突然立ち上がった。


「えー、それでは皆さん!」


 おっさんは、ユージと里帆を交互に見た。


「お二人の今後を祝して、乾杯!」


「かんぱーい!!」


「おい!」


 ユージの抗議は、誰にも聞こえなかった。


 常連たちは笑いながら杯を合わせ、駅伝君の酒を口に運んだ。


「おお、美味い!」


「こりゃいい酒だ!」


「駅伝君、頑張ったんだねえ」


 ユージも一口飲んだ。


 しばらく黙って味わってから、小さく頷いた。


「……いい酒になったじゃねえか」


 その声は、賑やかな店内に紛れて、誰の耳にも届かなかった。


 ただ、隣にいた里帆だけが、ユージの横顔を見て微笑んだ。


◇


 新年会が終わったのは、夜も更けた頃だった。


 最後の客を見送ると、ユージは大きく息を吐いた。


「やっぱり新年会なんてやめときゃ良かったぜ」


「あら、いい会だったじゃない。私、こういうの好きよ」


「俺が疲れるんだよ! さっさと片付け始めるぞ!」


「はいはい」


 里帆は笑いながら、空いた皿を重ね始めた。


 ユージも黙って洗い物に取りかかる。


 さっきまでの喧騒が嘘のように、店内は静かだった。


 水の流れる音と、食器の触れ合う音だけが響いている。


「ねえ、ユージさん」


「なんだよ」


「今日はありがとう」


「何がだ?」


「新年会。楽しかったわ」


「そりゃ良かったな」


「それに……」


 里帆は、少しだけ言い淀んだ。


「私、ここに来て良かった」


 ユージは手を止めなかった。


「そうかい」


「うん」


 里帆は嬉しそうに笑った。


「これからもよろしくね」


 ユージは洗い終えた皿を水切りかごに置いた。


 そして、いつもの調子で答えた。


「……まあ、お前さんの気が変わるまではな……」


「だったらやっぱり、永久就職ね」


 里帆は明るく笑った。


 店の外では、冬の夜風が吹いていた。


 居酒屋ユージ。


 今夜も静かに……。


挿絵(By みてみん)

*画像をタップすると、レシピが楽しめます!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

異世界ものばかり書いて来ましたが、ふと思い立って、日本の居酒屋の話を書き始めてみたら、筆が止まらなくなってしまいました。

とりあえず、連作短編集としての物語は今回が最終話となりますが、近いうちに番外編なども書いてみたいと思っています。

また、もしかしたら、ついつい居酒屋ユージの様子を見たくなって、第2巻を書いてしまうかもしれません!

では、他の作品も頑張って連載して参りますので、引き続きどうぞよろしくお願いします!


なお、もしも出来ましたら、感想や評価など、皆様のご意見を聞かせて頂けると幸いです。


アズマユージ

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