109 幸せになる権利
少女が起きたと聞いて、まず彼女はメディカルチェックを行う事になった。
といっても、この世界は日本のような医療技術は発達していない。
医者の代わりに薬師が問診を行って、病気であれば病気専門のポーションを飲ます程度。外傷であればノーマルなポーションね。
どこか痛くありませんか。気分悪くありませんか。その程度だ。魔法が発達した代わりに日本のような医者がいないのだろう。
ただ、ポーションを飲むだけで治療できるのは医者にとっては夢のような話なのかもしれない。どっちが良いのかは分からないけどね。
エリスさんと中央塔の薬師一団が問診を行い、加えて魔獣憑き症状を強制的に進行させられて完全体になってしまった後遺症等が残っていないかも慎重にチェック。
問診と本人の自己申告では特に異変は無い、という事で休憩時間に。
「少々怯えている。大人達に囲まれているのもあるかもしれんが、やはり魔獣憑きとして差別されていたからだろう」
問題なのは心のケアだ。
彼女がどのような人生を送って来たのかは想像できない。
「英雄ならば子供に人気だろう。魔獣憑きの子であっても。彼女の気晴らしになるかもしれん」
エリスさんがそう言ったのを聞いて、俺はキースと共にジュースを持って少女の客室を訪ねた。
「こんにちは!」
どうもー! となるべく笑顔で元気よく。こっちも暗い顔したり神妙な顔してたら怖いだろうしね。
「……もしかして、英雄様、ですか?」
「あれ? よくわかったね。俺の事知ってるの?」
「うん、私のこと、助けてくれたよね?」
少女の言葉を聞き、俺は完全体になっていた時の記憶が残っているのかと悟った。
衝撃の事実であるが、俺は笑顔を崩さないよう努めながらお互いに自己紹介をした。
「ナーシィちゃんが元気になって良かったよ。もう痛いところは無い?」
「無い、です。でも、英雄様は?」
「うん?」
「私を助けてくれたとき、すごく苦しそうだったから……」
ああ、なるほどなと俺は内心頷いた。この子は優しい。魔獣憑きになって苦労しただろう。でも、他人を思いやる気持ちを忘れていないのだな、と。
「全然平気さ! ほら! あ、そうだ」
俺はダブルバイセップスをして元気をこれでもかとアピール。それと、廊下に顔を出してユキ君を読んだ。
「ほら。この子も覚えてる? ユキ君も助けてくれたんだ!」
「うん。覚えてる。ありがとうございました」
「う、あ、ううん。僕は、その……えへへ」
少女に礼を言われ、恥ずかしそうに笑うユキ君。どう見ても女子が2人ようにしか見えなかった。
「検査で疲れちゃったよね。お菓子とジュース持ってきたから一緒に休憩しよう」
そう言ってお喋りタイムに突入。
最初は俺がどうやって召喚されたか、この世界に来て驚いた事、元の世界の話を交えて彼女の気を引く。
質問してくれたり、笑ってくれたので順調と言えるだろう。
そして――
「あのね、私ね、お爺ちゃんと暮らしてて……。一緒に山へ果物を取りに行った時に魔獣憑きになったの」
ポツポツと彼女の口から魔獣憑きになった経緯が語られ始めた。
先日までは平和だった山の中に魔獣が出現。襲われて逃げている最中に汚染地へ入ってしまったと。
お爺さんは彼女を逃がそうと魔獣と戦い、結局は命を落としてしまったそうだ。
1人になった少女は足に痛みを感じながらも、お爺さんを助けようと山の麓にある村へ行った。
祖父を助けてと懇願するも、少女の足を見た村人は拒否。もう既に彼女は魔獣憑きの体に変異していたのだ。
「それから、1人で生きてきました」
村に入れず、山で暮し、魔獣に襲われながらも逃げて……その結果、山で出会ったサージさんに拾われたそうだ。
彼はきっと組織から彼女の情報を得て拉致しに行ったのだろう。
その後はロザリーさんと出会って、今に至る。
俺は彼女が語っている最中に泣きそうになった。拳を強く握りしめて笑顔を維持し続けた。
語っている彼女が泣いていないのだ。いや、もう涙は枯れてしまったのかもしれない。
彼女が泣いていないのに、俺が泣くわけにはいかない。
「そっか。でも、もう大丈夫」
俺は彼女の頭を撫でて、大丈夫だと繰り返す。
「今、俺は魔獣憑きになった人を助けようとしているんだ。それにね、魔獣憑きは悪い病気じゃなかったんだよ」
俺は彼女に聞かせた。魔獣憑きは世界喰らいの力に打ち勝った証拠であると。差別されるような事ではないと。
むしろ、人類の希望となる事であると聞かせる。
「私は、魔獣じゃないの?」
「違いますよ。魔獣なんかじゃありません」
そう答えたのはキースだった。彼は手袋を取って変異した腕を見せる。
「私も君と一緒です。ですが、人として暮らしています。ユウキ様の執事として、人として暮らしていますよ」
キースは彼女の目線に合わせて真剣な表情で言った。
「君も人として生きる権利があります。私達は魔獣なんかじゃありません」
キースの言葉が響いたのか、少女の目からはポロポロと涙が零れ落ちた。
「もう怒られませんか。汚いとか、臭いとか言われないんですか……」
「そんな事はありません。世の中は変わります」
首を振って否定するキース。
「うん。これから俺が変える。変える為の仲間と証拠も集まったんだ」
「う、うう~!」
遂に限界を迎えたのか、彼女は声を上げて泣いた。俺は彼女の頭を撫でながら問う。
「ナーシィちゃん。君にはやりたい事や、夢はある?」
「いっぱい、ごはんが食べたいです。もうお腹が空いて倒れるのは嫌です」
食事を摂る。そんな当たり前の事も出来ない。悲しく、辛い日々を送っていた彼女を想像してしまう。
「もう大丈夫さ! いっぱい食べよう! いや、食べさせまくっちゃうぞ!」
「お爺ちゃんと暮らしていた時、将来はパン屋さんをやりたいって思ってました……」
彼女にも夢はあった。その夢は諦めなくて良い。
「よし! パンを焼こう! 一緒に焼こう! 好きなだけ!」
もう、諦める日々は終わりだ。
「ナーシィちゃん。君も、世界中にいる魔獣憑きの人も諦めなくて良いんだ。君達は幸せになるべきだ」
「うん、うん……!」
これで安心してくれただろうか。前向きになってくれたかな。
キースと顔を見合わせ、頷き合う。
そういえば、ユキ君が静かだなと思って顔を向けると……。
「う、う、あ"ぁ"~! ぼ、ぼぐも、がんばりましゅう! みんあをだずげられるようにぃ~!」
滅茶苦茶泣いてた。顔は涙と鼻水まみれだった。そっとハンカチを差し出すと鼻をかまれた。
「うんッうんッ」
振り向けば護衛の騎士も泣いていた。
国を守る為に、国民を守る為に騎士を目指したが故に。ナーシィちゃんのように今も苦しんでいる人を早く助けたいと思う気持ちは彼等も一緒だろう。
「失礼しますね」
部屋の中にアリアちゃんが入って来た。彼女はそっと泣いているナーシィちゃんを抱きしめる。
「お姉さんは誰?」
「私はエリオス王国の王女、アリアです。ナーシィさん。貴方をエリオス王国で保護できるよう、手続きをしてきました。あとは貴方がエリオス王国に行きたいと言えば……」
「言えば……?」
アリアちゃんと目を合わせるナーシィちゃん。彼女を見て、アリアちゃんはニコッと笑った。
「おっきなお城に泊まれちゃいま~す! 素敵なドレスも着て、おいしい物も食べられちゃいますよ!」
お茶目で大げさに子供をあやすようなテンションで、笑顔をいっぱいに咲かせてそう告げる。
「お城……?」
「そうですよ。私と一緒にお城の中をお散歩したり、お茶したり、遊びませんか?」
「いいの……?」
「はい。勿論です。……貴方を苦しめてしまったのは私の責任でもあります。だから、ごめんなさい。これがお詫びになるわけがありません。でも、私は貴方も他の人も必ず幸せにします」
絶対にそうしてみせる。絶対に全ての人を救うまで諦めない。そう言いながらアリアちゃんはナーシィちゃんを抱きしめた。
「行きます……。一緒に連れてって……」
「うん。行きましょう」
次代の女王としても女性としてもかっこいいぜ、俺の恋人。
「ヴァレリー様とお話しした結果です。おばあ様もいますし、経過を見るならエリオス王国でと。ロザリーもいますしね」
ナーシィちゃんにとっても、顔見知りがいた方が良いだろうと。誰も知り合いがいない魔導国よりも、一緒に囚われていたという境遇のロザリーさんもいれば少しは安心できると考えたようだ。
彼女を見ていた俺にニコリと笑って、そう言った。既にナーシィちゃんをエリオス王国へ招く準備は整えていたようだ。さすがだぜ。
「そっか。じゃあ、ナーシィちゃんはこのお姫様にエリオス王国がどんなところか聞いておいてね? 楽しい事をいっぱい教えてくれるよ」
そう言い残し、俺はキースと共にお茶とお菓子の追加を取りに行こうと席を立つ。
パンを食べたいと言っていたし、魔導国のパンを持ってくるのも良いかも。そう思いながら部屋を出ると――
「お、お、おぉぉん!! おおおん!!」
廊下で話を聞いていたのであろう、ヴァレリーさんや薬師の人がガン泣きしていた。
特にヴァレリーさんは廊下で崩れ落ちながらオットセイみたいな泣き声を上げてやがる……。
「ぜっだいにぃ! ぜっだいにぃ、まどうごぐわぁぁ! 協力しまずううう!!」
ユキ君が滅茶苦茶泣いたのも、この家系の遺伝なのか? 爺さんが滅茶苦茶泣いてるよ……。
「まぁ、でも、良かったね」
「芽が出てきました。全て、貴方のおかげですよ」
俺がキースに言うと、彼は俺を称賛する。だが、俺は首を振って否定した。
「みんな優しいんだよ。どうして良いかわからなかっただけで」
切っ掛けが作れたのならそれでいい。あとは……。
「あとは俺達が積極的に動くだけだ」
世界中にいる魔獣憑き症状の人達を必ず救う。俺は改めて決意した。




