105 真相と女神と3代目
「異界の病原菌ってどういう事ですか?」
俺はエリスさんの言葉に驚きながらも訳を問う。
エリスさんは顔を険しくしながら、語り始めた。
「3代目は世界喰らいがどこからやって来たのか、という謎を解明しようとしておった。自分と同じように異世界から来た化け物のなのか、それともこの世界由来の物なのか」
世界喰らいは突然姿を現したとされている。
あまりにも当時の資料が紛失している事から確定ではないが、当時から伝わる話では平和だった世界に突如姿を表したと表現されるのが一般的だ。
「3代目は浄化作業をしながら世界喰らいの肉を研究し始めた。ユウキ、お主の言った通り医学を使って」
英雄である自分ならば侵食に対して耐性を持つ。解明するなら自分しかいない。そう使命感を持って、元の世界で学んでいた知識を元に研究を開始したそうだ。
「そこで辿り着いた答えは、世界喰らいの肉は病原菌の温床。この世界では生まれない病気と同じカテゴリであると判明したと同時に、意図的に作られた意思を持つ兵器であると結論付けたようだ」
どこの誰が作ったかは分からない。だが、病原菌を持って生物を変異させる、ある種の目的を持った『兵器』であると3代目は結論付ける。
意図してこの世界に送られたのか。それとも流れ着いたのか。そこまでは解明できなかったようである、とエリスさんは言った。
「魔獣憑きの見解もお主が正しい。キースは症状に対して免疫を持つ者だ。即死する者は免疫を持たぬ者として正解であった。これは人も動物も変わらぬ。この世界には免疫力を持つ人と動物がおるのだ」
これも3代目のメモに書かれていたそうだ。相手が病気であれば最終的に死亡してしまうのは『正しい症状と効果』であると。
病原菌を体内に取り込みながら、体の一部を変異させて生き続けているのは『免疫力と適応力』が作用した結果であると。
そして、免疫力を持つのは人だけではなく、この世界に生きる動物も同じであると。
「免疫力を持った動物が魔獣となった。免疫力を持った人が魔獣憑きとなったのでは、と」
「そんな……」
この時点で俺の脳裏には嫌な考えが過る。当たっていたら……最悪だ。
「しかし、免疫力にも許容値があるそうだ。免疫を持つ魔獣憑き症状患者へ更なる病原菌の投与を続けるとどうなるか」
ここからは3代目の推測に過ぎない。
免疫力を持った人と動物。それらは生命活動を止めず、死亡せずに生存を続ける。
「3代目の答えは……。完全体への変貌」
免疫力を持った動物が自然発生した後発の魔獣となり、繁殖を続けて抗体を得て……今、世に溢れる魔獣の正体がこれ。
免疫力を持った人が侵食され、魔獣憑きになった。この仕組みは魔獣となった動物と同じであると。では、その元動物だった魔獣が侵食を受け続けた結果、どうなったか?
「侵食された人の……完全体が生まれる」
「アアアアアッ!!」
クソ! 最悪だ! 俺の考えは的中した。それと同時に侵食を受けていた少女が吼える。
少女の体からドンと黒いオーラが噴き出した。
今まで遭遇した完全体が持つ侵食のモヤと同じ。範囲は狭いようであるが、脅威である事に間違いない。
彼女の姿はどんどんと黒いオーラに包まれ、次第に肌が真っ黒になった。黒いシルエットに金色に光る双眸だけが浮かぶ、黒いモヤに包まれた人型に変身した。
「あっはっはっは! 素晴らしい! これが完全体となった人か!」
目の前で完全変異した少女を見ながらサージさんの笑い声が響く。だが、その声は長く続かなかった。
笑っていたサージさんに顔を向けた少女は……彼の体に高速で両手を伸ばす。
人とは思えぬほど伸びた黒いモヤの両手は彼の首を締めあげて宙に浮かべた。
「あ、グギ、ググウ……!」
首を絞められているのか、ギリギリという音が俺の耳にまで届いた。そして、バキリと鈍い音が鳴って首の骨が折れた事が示される。
だらんと垂れさがる全身。手に持っていたマナデバイスが少女の足元に転がった。
「完全体になったのだぞ! 制御なんぞ出来るはずがないのだ!」
浅はかな考えで人工的に段階を進められた魔獣憑き症状。完全体となった人を制御する事など不可能であるとエリスさんが叫ぶ。
何たって……世界喰らいと同じ種なのだから。
目的は人類の抹殺、世界を終わらせる事。
「なんだよ、それ! 何なんだよ!!」
何でこんな事になったのか。何で世界喰らいなんてモノがこの世に現れたのか。俺は最初を呪う。
「救えないんですか! あの子は救う方法は!?」
こんなのはあんまりだ。何も罪のない少女が化け物になるなんて。
魔獣憑きが負ではなく正であると証明されたのに。被害者であると証明できたのに。
「恐らく浄化の力を使えば……。だが、完全体を浄化するなど、どれほど莫大な魔力が必要なのか……」
世界喰らいの力に対抗できる唯一の力は女神に与えられた力。浄化を行う英雄の能力。
俺の持つ浄化結界は完全体を弱体化させた。
浄化という行為の本質――侵食されたモノを本来の姿へ戻そうとすると免疫力を高める同時に、体を侵食している病原菌を消滅させているのだろうと気付いた。
しかし、全力の浄化結界でも弱体化させただけ。生物を完全に浄化する事は出来なかった。
「それでもやらないよりはマシでしょうが!」
俺は剣を床に刺して浄化結界を展開。
全力で。ありったけの魔力を注ぎ込む。
「アアアア!!」
結界に封じ込まれた少女は苦しむような声を上げる。効果があると確信するが……。
「いけません! ユウキ様!」
キースが制止するが、俺は止めない。展開された浄化結界の力は強くなっていくが、対価としての魔力が抜けていく。
目が霞む。脂汗が止まらない。剣を握る手が震える。腹が痛い。
それでも止めてはいけない。少女を救えずに何が英雄か。
段々と俺の手には感覚がなくなってきた。それどころか、寒い。極寒の地にいるような寒気を感じる。
「いかん! 魔力枯渇の症状だ! もう止めるのだ! それ以上続ければ、お主は!」
死ぬのかもしれない。でも、俺は救いたい。
目がチカチカして、次第に瞼が重くなってきた。もうダメかもしれない、そう思った時視界の端に動く影があった。
「ユキ!」
ヴァレリーさんの声が微かに聞こえる。どうしたんだろうか。
「魔力が足りないなら足せば良いんです! 僕が、僕がユウキお兄ちゃんを助けます!」
点滅する視界の中でユキ君が少女の傍に転がるマナデバイスを拾う姿が見えた気がした。
「マナデバイス起動!」
その言葉を最後に、俺の視界は真っ白に染まる。
限界値を超えると暗くなるんじゃなくて、白くなるんだなぁ。
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真っ白になった視界だったが、次第に白が晴れていく。
俺は瞬きを繰り返していると目の前にはいつの日か出会った絶世の美女、女神様が立っていた。
またアンタか。今度はなんだ? 今度こそ、ケツの不具合を直してくれるのか?
『いいえ』
いいえ……じゃねえよ! いい加減直せよ! そっちの不手際じゃん! クレームですよ! これはクレームです!
『英雄よ。クレームをいくら言っても無理なものは無理なのです』
諦めんなよぉ……。俺の精神的なダメージを察してくれよぉ。
『今回、貴方をここに呼んだのは私ではありません。彼女です』
俺が心から泣いていると、女神様の影から1人の女性が姿を現した。
誰ですか。ケツを直してくれる人ですか?
『いや、それは私にも無理』
チクショウが!
『いつも見てるよ。笑いながら』
笑ってんじゃねえよ! 俺はコメディ映画の主人公じゃねえんだぞ!
『まぁまぁ。それよりさ。私の子孫を助けてほしいわけよ』
子孫?
『そう。私、3代目の英雄。よろしく』
ふ~ん。っておい! 3代目!? あの3代目英雄!? 魔鉄道作った人!?
『うん。グレイス・ミカゲ・レオンガルド。よろしく』
俺の目の前でダブルピースをキメる女性。褐色の肌とエルフの耳を持った白衣の女性は自分を3代目英雄だと言った。
マジかよ。魔鉄道でいつもお世話になってます。あと、生活用の魔導具も。
『センキュー』
なんか、3代目ってあんまり感情の起伏を顔に出さないんだね。超クールな女性って感じ。
『それは置いといて。これ見てよ』
3代目が手を空中に手を翳すとテレビ画面のようなものが映る。
そこには絶賛気絶中の俺と俺の背中に魔法のチューブのような物をぶっ刺しているユキ君の姿があった。
ユキ君の手にはマナデバイスが握られ、発光しながらチューブを通して光を俺の体に注いでいるではありませんか。
『私の子孫はマナデバイスを使って、君の体に魔力を注入している。これのおかげで君はまだ生きているわけ』
絶賛気絶中であるが、ユキ君が魔力を供給してくれているおかげで気絶で済んでいると。
『でも、マナデバイスも限界に近い。あれはお爺様の発明した中でも最高傑作だけど、この世界の魔素に内部機構が最適化されていないから』
どういうこっちゃ? と首を傾げる俺に3代目は――
『このままだと、あと5分後にユキは死ぬ。その5分後に君も死ぬ』
とんでもねえ事は言い出した。とんでもねえ事を真顔で言ったよ、この人。
ユキ君を引き離す事はできないのか? せめて、彼だけでも……。
『できるけど、君は止めないんでしょ?』
止められない。止めちゃイカンでしょ。
『ふふ。だからみんな君を見ているんだ』
ここで初めて3代目は笑った。つーか、みんなって誰よ。
『初代と君以外の英雄。私達は繋ぎに過ぎない。本物は初代と君。英雄にもっとも相応しい魂を持つのは君だけど』
あ、そう。照れるじゃん。
じゃねえや! どうやったらユキ君を引き離せるんだ!
『ユキを引き離すのもいいけど、完全変異してしまった少女を救う方法がある。聞きたい?』
聞きたい! すっごい聞きたい! 勿体ぶらずにハリーハリー!
『君の能力を使う。武器を創造する力を。それでマナデバイスを作り替える。マナデバイスを触媒とした別の魔導具に』
ふ~ん。なるほどね。……どうやってやんの?
『こう』
再び手を翳した3代目から魔法陣が生まれた。その魔法陣は俺の腹に付着。やだ! 淫紋みたい!
『ちょっと干渉させてもらうよ。大丈夫、今回限りだから。終わったら3日くらいトイレから出れないだけ』
おい、待て。今聞き捨てならん事を言ったな?
ちょいちょーい! 待って下さいよ!
3日ってさぁ。ね? どれだけの時間かわかる?
72時間だよ? 72時間もトイレに篭ってたらヤバイよね? 人としてヤバイよね?
『はい、いきまーす』
あああああッ! 待ってええええッ!
アツゥイ! お腹がアツゥイ! 僕のぽんぽんがああああッ!
俺は腹に熱を感じる。今までにない何か灼熱、マグマが噴き上がるような熱を。
次第にその熱はケツへと移動した。そう、俺のケツはマグマのように熱くなって光輝いた。
『みんなで応援しているよ。頑張れ』
そう言って、3代目はまたダブルピースをキメた。
何なん! その無表情でのダブルピース何なの!!
『私も応援しています。英雄よ、世界を頼みます』
頼みます、頼みます、頼みます……と女神の声がエコーしながら、視界から遠ざかっていく2人の姿。
俺のケツにはまだ熱がある。
ああああッ!! ユウキ、いきまああああすッ!!




