101 内通者
ヴァレリーの許可を得て、エリスの命令でロザリーは中央塔の中を調査していた。
彼女はアリアのお世話、付き添いをしながらも常に不審な行動を取るような者がいないか目を光らせる。
特に保管庫や研究室、開発室内にいる者達の行動には物珍しい物を見ている雰囲気を装いながら注意深く観察。
だが、やはり見つからない。というよりは、目が足りない。敵も馬鹿じゃない、あからさまな動きをする者など誰一人いなかった。
王族と英雄を警護するエリオス騎士達とも情報交換と報告のやり取りをするが空振り。
「内部にはいない……?」
敵は中央塔の外にいるのだろうか? 中央塔の中にある物が盗まれたのだから、内部に入れる者であるのは確実なはず。
という事は、街にある製造所の所長クラスだろうか? それくらいの地位があれば、中央塔にて幹部会議に参加する名目で自由に行き来できる。
(エリス様に外部で働く者のリストと製造所見学の予定を組み込めるか聞きましょうか)
英雄とアリアにさり気なく外の製造所見学をしたらどうだ、と進言して自分も外へ。
きっと2人は街の雰囲気も観てみたいとノリ気になるだろう、デートだと喜ぶだろう、とロザリーは結果を予想する。
敬愛する姫が英雄とイチャコラするシーンを想像するだけでイラつくが、アリアが幸せであるなら仕方がない。
幸せそうな笑顔を見れるならば、彼女の隣に男がいるのも我慢しようと。
アリアの世話を終えたロザリーは夜の廊下を歩き、エリスの部屋へと向かう。途中の曲がり角でとある人物とぶつかりそうになってしまった。
「あっと、これは失礼」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
相手は第一開発室に所属し、室長のサージであった。彼は大きな箱に荷物を詰めて、それを抱えながら歩いていたようだ。
ぶつかりそうになり、足でブレーキをかけた瞬間にサージのポケットから薄く四角い物体が廊下にカツンと落ちた。
手が塞がっているサージに代わってロザリーがソレを拾い上げる。落ちた物の正体は鏡のようで、四角い金属製のカバーに折り畳まれている仕様だった。
「申し訳ない。ありがとうございます」
箱を置いて、鏡を受け取ったサージはササッとポケットに仕舞いこむ。礼を述べた後に箱を持ち上げて、立ち去った。
ロザリーは彼の背中を数秒眺めた後で……。
「鏡……魔導具……」
ハッと過去の事件について思い出し、廊下を駆けだそうとした。目指すはエリスのいる部屋。
だが、足が1歩目を踏み出した瞬間に背後から黒い触手のような物に体を拘束される。
「アレだけで気付いたのですか? いけませんね」
首を回し、背後を見ればニタリと笑うサージがいた。
「あ、貴方が……!」
内通者か、と言いかける前に黒い触手がロザリーの口を塞ぐ。
「エリオス王国の御庭番はメイドもやっているのですか? いやはや、油断できない」
ジタバタと手足を動かし、何とか逃れようとするロザリーだが拘束は外れない。
黒い触手はサージの持っていた水晶玉から発生していて、ロザリーの体を軽々と持ち上げた。
「貴方はご同行願いましょうか」
そう言ったサージが箱の中から別の水晶玉を取り出す。それが淡く光ると、中央塔の廊下から2人の姿が消え失せた。
-----
連れ去られたロザリーは薄暗い部屋の中で目を覚ます。
「ここは……」
水晶玉が光ったと同時に気を失ったのか、あの後の事を覚えていない。
手足は縛られ、石で作られた床に転がされている事だけが辛うじて分かった。
「う、うう……」
周囲を探っていると薄暗い部屋の中にもう1人いるのか、誰かがいる事がすすり泣く声が聞こえた。
目を凝らしてみると、壁に蹲って泣く小さな子の姿があった。
「君、どうしてここに? ここがどこかわかる?」
ズリズリと地面を這ってロザリーは泣いている子供に近づいた。膝に顔を埋めていた子供が顔を上げると……。
「お姉さん、だれ……?」
小さな子供は女の子だったようだ。だが、ロザリーが驚いたのは少女だったからじゃない。
近づき、至近距離で彼女を見れば顔を埋めていた足が人のモノではなかった。
毛で覆われた獣のような足。魔獣憑きと呼ばれ、忌み嫌われる見た目をした足があった。
驚きはしたものの、ロザリーは冷静に問う。
「私はロザリー。エリオス王国から来たの。貴方は?」
「わ、わたしは……ナーシィっていうの……」
少女の年齢はまだ10歳にも満たないくらいだろうか。言動に幼さが残る。
「そう、ここはどこか分かる?」
「わ、わからないよぉ……。知らないおじさんがパンをくれたと思ったら……。気付いたらここに……」
拉致されたのか、とロザリーは瞬時に判断した。恐らく原因は魔獣憑きであること。
キースと同じく、彼女を利用しようとしているのかもしれないと推測した。
「大丈夫よ。ここから出ましょう。まずは、私の手を縛っている縄を解いて――」
「いえいえ、それには及びません」
ロザリーがナーシィの協力を得ようとしていると、ドアが開いてサージが部屋の中へ入って来た。
彼はニコリと笑いながら、片手に持っていた試験管と首輪をロザリーに見せる。
「貴方達には英雄の気を引いて頂きたい。外に出して差し上げますよ」
「ぐっ!」
サージはロザリーの首には首輪を、少女には試験管の中身を強制的に飲ませた。
首輪を嵌められたロザリーは意識が朦朧となっていく中、少女が異変を起こす呻き声を聞く。
「ウウ"……!」
少女の口からは獣のような呻き声、先ほどまですすり泣いていた少女は立ち上がって、
「ワオーンッ!」
と、狼のような遠吠えを叫ぶ。
「な、にを……」
薄れゆく意識の中、絞り出した声にサージが答える。
「魔獣憑きのあるべき姿へ戻しただけですよ。魔獣憑きは人なんかじゃない。世界喰らいの僕なんですよ?」
だから、存分に暴れてもらう。
その言葉を最後にロザリーの意識は闇に沈んでいった。




