第9話:キュウキの返答
【著者より】
※キャラクター設定
・ジャンキャスト:身長6フィート2インチ(約188cm)。白シャツに黒のズボン着用。
・キュウキ:身長5フィート7インチ(約170cm)。ネグリジェ着用。
バスに揺られ、仲間たちはついにお祭り広場へと到着した。
バスを一歩降りると、そこには目を奪う眩いネオンサイン、見上げるような大型アトラクション、どこまでも続く屋台の列、おもちゃ屋、綿菓子売り、モモ(蒸し餃子)の屋台、そして不気味な館――ありとあらゆる店が立ち並んでいた。
しかし、仕込みは終わっているものの、アトラクションや屋台はまだどれも稼働していない。
不思議そうに周囲を見回すリハル。
「ねえユル、どうして何も動いていないの?」
「今日がお祭りの最終日だからさ。アトラクションが動く前に、みんな『What Is Festival』ホールに集まって歴史の物語を聞くんだよ。物語が終わったら、一斉にアトラクションが稼働し始めるんだ」
「どんなお話なの?」
「リハル、このお祭りが始まった由来の伝説だよ」とモコンが答えた。
リハルの目が輝いた。
「じゃあ、早く行きましょう!」
「「「おう!! 行こうぜ!!」」」
ユルは少し後ろへ下がり、みんなに声をかけた。
「みんなは先にホールへ行っていてくれ、僕はすぐ追いつくから。モコン、リハルを頼むぞ」
「任せとけ!」
一行がホールへと歩き出すのを見送り、ユルはスマホを取り出してジャンキャストへ電話をかけた。スピーカーモードにするが、機械的なアナウンスが響くだけだった。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか――』
ユルの眼光が鋭く光った。彼は低く低減を唱えた。
「……(アードアンド)、出てこい」
コートの下から漆黒の魔斧が滑り出し、重厚な声を響かせた。
『何だ、ユル? 我を呼ぶとは』
「聞け。ジャンキャストが電話に出ない。さっきの様子もおかしかった。……キュウキの家へ向かい、影から奴らを監視しろ。もし『脅威』だと判断したら、躊躇なく首を撥ねろ。分かったな?」
『承知した、ユル』
「(アードアンド)、不可視化を使え」
漆黒の斧は空中へ浮かび上がると、一瞬にして姿を消し、夜空を疾走して街の方角へと飛んでいった。
――さかのぼること数十分前。ユルとジャンキャストの最後の通話中。
ジャンキャストが電話に出た。
『……なんだ、ユル?』
「今どこにいる?」
電話の向こうから、必死に殺そうとしているが漏れ出ている絶え間ないすすり泣き。ユルは即座に察知した。
「……泣いているのか?」
『泣いて……ない……っ』
「何があった、話せ」
――家の中では、キュウキがベッドで横になっていた。
喉の渇きを覚えた彼女は、ジャンキャストを呼ぼうと、ベッドの頭上にある小窓を静かに開けた。窓がわずかに開いたその隙間から、外で泣きじゃくるジャンキャストの声が飛び込んできたのだ。
『兄弟……俺がどれだけキュウキを愛しているか、知ってるだろ……っ?』
「ああ。何かあったのか?」
『俺……あいつをデートに誘ったんだ……。そしたら……シヴァ神の山に登って、水が一滴もこぼさずに捧げられたら結婚してやるって言われたんだよ……っ!』
ユルは息を呑んだ。
「何だって……!?」
『なあ兄弟、俺はどうすればいいんだよ……っ! 山に登ることはできても、水が一滴もこぼさずに運ぶなんてどうやったらできるんだ!? あの二人の伝説の人物が生きていればやり方を聞けたのに……! 俺はこれからどうすればいいんだよぉ……っ!』
ユルは力強い声で言った。
「落ち着け、まず泣くのをやめろ! 他の奴らはどうした?」
『……みんなはお祭り広場へ行かせたよ。キュウキの体調がよくないから、俺が残って看病していたんだ』
「いいか、よく聞け。今のキュウキにプロポーズの話を蒸し返すな。病気で弱っている時に告白されて、あいつも感情を整理する時間がなかったんだよ」
『じゃあ俺はどうすればいいんだよ兄弟!? 何か言ってくれよ! このまま側にいたら、病気に付け込んでいるって思われるかもしれないだろ……っ!』
「そんな風に思うわけないだろ。今はただ、看病に専念するんだ。体調が完全に戻ったら、然るべきタイミングでまた話をすればいい」
『俺……すごく不安なんだ……。あんな不可能な試練を出すなんて、あいつは俺のことなんてこれっぽっちも愛してないんじゃないかって……』
「心配するな。とにかく今は看病だ。余計なことは考えるな、分かったな?」
『……ああ……』
通話が切れ、暗闇の中で静かに泣きじゃくるジャンキャスト。
部屋の中では、キュウキが小窓越しにその会話をすべて聞いていた。
ジャンキャストはぽつりと呟いた。
「……もう家に入らない方がいいのかもしれないな。その方が、キュウキも安心して眠れるだろ……」
その時――後ろから伸びてきた小さな手が、彼の白いシャツの裾をそっとつまんだ。
キュウキの柔らかい声が、小声で囁く。
「……私がいつ、あなたのことを愛してないなんて言ったのよ……?」
泣きじゃくっていたジャンキャストは、キュウキが外に出てきていたことにすら気づいていなかった。振り返り、ネグリジェ姿で立つ彼女の姿を目にした瞬間、彼の手からスマホが滑り落ち、地面へ転がった。
ジャンキャストはその場に崩れ落ちるように膝をつくと、彼女の腰に両腕を力いっぱい回し、顔を押し当てて激しく泣きじゃくった!
「ごめん……! 本当にごめんよ……っ! 体調が悪いって分かっていたのに、自分の気持ちばかりぶつけて……ごめんなさい……っ!」
キュウキは彼を見下ろし、その髪に優しく指を走らせた。
「ジャンキャスト……聞いて。聞いてちょうだい! 私は本当にあなたを愛しているわ。あなたを、あなただけを愛しているのよ!」
泣き叫ぶのをやめたジャンキャストだったが、涙は頬を伝い続けていた。彼は不安そうに彼女を見上げた。
「……俺に気を遣って……そう言ってくれているだけじゃないのか……?」
キュウキはその場にしゃがみ込むと、両手で彼の頬を優しく包み込んだ。
「よく聞いて! 私は本気であなたを愛しているの!」
「……じゃあ、なんであんな試練を言ったんだ……?」
キュウキは家の外壁に背をもたれかけ、小さく溜め息をついた。
「本当のことを言うとね……あなたが急にプロポーズしてくるから、パニックになって口から出まかせが出ちゃったのよ。……でもね、あの山に登るのが私の昔からの夢だったのは本当なの。焦って、つい口をついて出ちゃったの。ごめんなさい」
ジャンキャストは手で顔を拭った。
「いいんだ……。だけど、それが君の夢なら……俺が君をあの山の頂上へ連れて行ってあげる!」
キュウキはくすっと微笑んだ。
「ふふっ、大きな口を叩いちゃって。コップ一杯の水を運ぶだけで赤ん坊みたいに泣いていたくせに」
ジャンキャストの視線が、遠くの暗闇へと注がれた。静かに語り出す。
「……あの山を最初に登りきった二人の伝説……それは、俺の父さんと母さんなんだ」
キュウキは息を呑み、静かに耳を傾けた。
「あの日も、そんなに晴れてはいなかった。昼過ぎから登り始めてな。村中の人々が集まって見守る中、俺は足元で他の子供たちと遊んでいたんだ。昼が過ぎ、夕方になり、夜になった……。友達はみんな親と一緒に帰っていったが、俺だけは両親が戻ってくるのを待って、山の足元で一人で待っていた」
彼の声がかすかに震えた。
「真夜中過ぎ、残っていた村人も帰ってしまった。午前三時……当時八歳だった俺は、真っ暗な山を見上げて父さんと母さんを待ち続けていた。……その時だった。ドシーンッ!! と恐ろしい音が響いて、崖の上から何かが落ちてきたんだ」
彼は引きつる息を吐いた。
「激しい落下の衝撃で、父さんと母さんが頂上から落ちてきたんだ……。あっという間に人集まりができた。村長が駆けつけてきて、俺の目を覆い隠した。俺は泣き叫んだが、両親に近づけてはもらえなかった。山の頂上からは、クマかライオンのような地響きのような唸り声が響いていた……。顔も体も爪痕で引き裂かれ、周囲の土は血の海だった……」
自分の手を見つめるジャンキャスト。
「当時は何で両親を見せてくれないのか分からなかった。数日後、村人たちは俺に新しいあだ名をつけたんだ。『両親がクマに引き裂かれたガキ』ってな……。その時初めて、村長がなぜ俺の目を隠したのか理解したよ。……なぁキュウキ、八歳の子供が、両親の引き裂かれた遺体を見て耐えられると思うか? あの日以来、あの山の話を聞くだけで……涙が溢れて、胸が締め付けられて、心臓が爆発しそうになるんだ」
話を聴いていたキュウキの目から、ボロボロと涙が溢れ出した。彼女はジャンキャストの体に抱きつき、全力で抱きしめた!
「ごめんなさい……! もう二度とあんなこと頼まないから! お願いだから泣かないで……あなたが泣いたら、私も涙が止まらなくなっちゃうじゃない……っ!」
ジャンキャストも彼女を強く抱き返し、少しずつ呼吸を整えていった。
二人の間に、静寂が訪れた。
しばらくして、ジャンキャストが静かに口を開いた。
「……実はな、お前にプレゼントを用意していたんだ。プロポーズを受け入れてくれたら、一緒に開けようと思っていてさ」
「……なんで今まで渡してくれなかったのよ?」
「話す隙なんてくれたか? 俺が何か言おうとするたびに、お前が喋り出すんだから」
「ちょっと! 私がいつそんなことしたのよ!」
「今静かなのは、病気だからだろ? いつものお前なら、じっとしてなんていられないくせに」
「もう! そんなことより、私のプレゼントはどこなのよ!?」
「裏の牛車に積んであるよ。明日の朝、確かめればいい」
「やだ! 今すぐ見たい!」
キュウキは立ち上がると、家の一角にある裏手へと歩き出した。
キュウキの家の裏にはガレージがあり、二台の牛車が停められている。そこへ向かうルートは二つ――家の中を通るルートと、外の側道を通るルートだ。
キュウキは外の側道へと足を進めた。
「待てよ! プレゼントを持ってきたのは俺なんだから、俺が開ける!」
「駄目よ! 私へのプレゼントなんだから、私が一番最初に開けるの!」
キュウキが舗装路を軽やかに走った、その時――。
パァァァァァアン――――ッ!!!!
鼓膜を切り裂くような暴走トラックのクラクションが響き渡った!
ズガァァァァンッ――!!!!
凄まじい衝撃がキュウキの身体を直撃した!
吹き飛ばされた彼女の身体は数メートル宙を舞い、対向の壁に激突すると、そのまま重い鉄柱へと頭部から激しく叩きつけられた!
――まさにその一卵性の刹那。
漆黒の影が流星のごとく空を切り裂き、トラックのサイドガラスを粉砕。運転席の男の首を一瞬で切断すると、次の瞬間には影も形も消せ去っていた。まるで最初から何も存在しなかったかのように。
「キュウキ―――ッ!!!!」
ジャンキャストの悲鳴が夜の街に響き渡った!
彼はトラックの前をなりふり構わず駆け抜けた。
目の前に広がっていたのは、血も凍る絶望の光景だった――。
漆黒のアスファルトの上に、黒赤色の血の海が広がっている。キュウキの頭部から溢れ出す大量の血が、足元の道路を鮮血に染め上げていた。
ジャンキャストは即座に着ていた白シャツを破り捨てると、彼女の頭に強く巻きつけて血を止めようとした。トラックの運転席を睨みつけ、狂気のごとく叫ぶ!
「おい誰だ!! 出てこい!! トラックから降りろ――ッ!!」
怒りに任せてトラックのドアを力いっぱい引き開けたジャンキャストは、その場で凍りついた。
運転席には首のない遺体がハンドルに崩れ落ちており、切断された頭部が隣の助手席の上にチョコンと置かれていたのだ。車内の窓という窓が、返り血で赤く染まっていた。
後ろから、かすかな喘ぎ声が聞こえた。
ジャンキャストはトラックのドアを叩きつけるように閉めると、震える手でキュウキのもとへ駆け寄った。
「キュウキ! しっかりしろ! 今すぐ牛車を持ってくる、病院へ行くぞ! 耐えてくれ!」
キュウキは血に染まった手を弱々しく持ち上げ、ジャンキャストの手の上に重ねた。途切れ途切れの声で囁く。
「……病院は……駄目……どこでもいいから……病院だけは……っ」
言葉を言い切る前に、彼女の瞳が落ち、手がダラリと力なく落ちた。彼女は完全に意識を失ったのだ!
(牛車じゃ間に合わない……! 俺が抱えて走るしかない!!)
ジャンキャストはキュウキを抱き上げると、涙を拭う暇もなく、病院とは逆の方向へと全速力で駆け出した!
「キュウキ! しっかりしろ! すぐ助けてもらえるから! キュウキ……キュウキ!! 聞こえるか!? 返事をしてくれ! キュウキ――――ッ!!」
【第9話:キュウキの返答――完】




