第10章:フェスティバルとは何か
かつて、この世界に「都市」は存在せず、小さな「村」だけが存在していた。発展した場所などどこにもなく、村々は互いに取引を行い、遠くの村まで行商に赴く者もいた。
当時、厳格な階級制度が敷かれており、その全ては「ハイキャスト(高位階級)」が作った絶対の掟によって支配されていた。
・第一の掟:ローキャスト(低位階級)がハイキャストの身体に触れることを固く禁ず。
・第二の掟:ハイキャストはローキャストの家で出された食物や水を出口に口にしてはならない。
・第三の掟:ハイキャストはハイキャスト同士、ローキャストはローキャスト同士でのみ婚姻を認める。
この三つの大きな掟が、二つのコミュニティを完全に隔てていた。
人口の多いコミュニティが支配権を握る時代であり、圧倒的な人口を誇るハイキャストに対し、ローキャストは理不尽な要求に従うしかなかった。ローキャストは教育を受ける権利すら奪われ、下水の清掃やゴミ処理といった過酷な労働を押し付けられていたのだ。
【ハイキャスト(高位階級の六氏族)】
・イッカク(最上位)
・シナ
・キヴィ
・ヴォゾ
・アコ
・ダカン(ハイキャストにおける最下位)
【ローキャスト(低位階級の六氏族)】
・ワゴ
・ヒムカ
・クシャノ
・ユキ
・ロナ
・メンコ
全ての氏族は血統によってのみ受け継がれる、独自の魔法と特殊な武器(固有能力)を有していた。
――そしてある日。
ハイキャストの少年が、ローキャストの少女と深い恋に落ちた。少年は「イッカク」の出身、少女は「ユキ」の出身であった。二人はやがて結婚を望むようになる。
ハイキャストの長老たちは激怒し、二人の結婚を断固として拒絶した。一方、階級制度に縛られないローキャストの側は反対しなかったが、少女の幸せを守るために固く口を閉ざしていた。
当時、「ユキ」一族は世界最高峰の「治癒の術師」として名高く、ローキャスト全体が彼らを全面的に支持していた。対する「イッカク」一族は最も危険な「闇の魔法」を操る名門であり、ハイキャスト全体が二人の結婚を何としても阻止すべく団結した。
――この緊張が破綻し、全ての村と氏族を巻き込む未曾有の血で血を洗う大戦争へと発展したのだった。
ローキャスト側で最も恐れられた戦士たち――それが「ウッドハンター(樵)」であった。彼らの祖先はローキャストを守る唯一の盾としての責務を背負っており、敵の首を跳ねることに一瞬の躊躇もない凄惨な男たちだった。(※ウッドハンターの血族は全員「ワゴ」一族に属する)
一方のハイキャスト側は、「イッカク」の黒魔法によって異界の怪物や悪魔を召喚し、戦場へと投入した。ハイキャスト連合において、ワゴのウッドハンターと互角に渡り合えたのは、唯一「イッカク」だけであった。
血みどろの戦争は四日間にわたって続き、両連合ともに多くの氏族が全滅していった。
ウッドハンターたちは組織的にイッカク一族を追い詰め、ほぼ壊滅へと追いやった。しかし、その報復としてイッカクが呼び出した怪物と悪魔の力により、「ユキ」一族は歴史の表舞台から完全に抹消(全滅)されたのだった……。
戦いの末、一握りのイッカクが生き残ったことで、ハイキャスト側が辛うじて「勝利」を宣言した。ユキ一族は、イッカクの少年の子を身ごもっていたたった一人の妊婦の少女を残して、完全に絶滅してしまった。
惨劇の末、その少女も赤ん坊を産み落とした直後に命を落とした。生まれた赤ん坊がその後どうなったのかは、今日に至るまで謎に包まれている。そして残ったイッカクの生存者たちも、数日後にウッドハンターの手によって探し出され、全員が討ち取られた。
ローキャストはユキの少女の妊娠を知っていたが、ハイキャストはその事実を一切知らされないままだった。
ハイキャストが一族を一つ丸ごと失いながらも「勝者」とされたのは、ただ彼らの総人口がローキャストを上回っていたからに過ぎなかった。
――しかし、その大戦争はすべての始まりに過ぎなかった。
それから年月が経ち、階級の垣根を越えて愛し合い、結婚を望む若者たちが次々と現れた。誰からも祝福されず、再び戦争が起きることを危惧した彼らは、この世界で最も強力で誠実な守護者――「ワゴのウッドハンター」へ助けを求めたのだった。
話し合いの末、正式な協定が結ばれた。
『階級を超えて結ばれた夫婦は、既存の村の外に住まうべし。村への立ち入りは認めるが、定住は固く禁ずる』
ハイキャスト、ローキャスト双方のコミュニティがこの条項を受け入れた。
行き場を失った愛し合う者たちは、村々から遠く離れた地に自分たちの開拓地を築き上げ、そこを「街」と名付けた。そこは単なる都市ではなく、身分を超えて結ばれた者たちが自由に生きられる唯一の聖域となったのだ。
協定に基づき、街の防衛はすべて「ワゴのウッドハンター」に委ねられた。あまりの恐ろしさに、彼らに手を出す者など誰一人としていなかった。
時が流れ、追放者たちの小さな開拓地は、一大繁華街へと発展を遂げた。その建国の記憶を祝う日こそが、年に一度の「シティ・フェスティバル(街のお祭り)」なのである。
第10話:お祭りの真実
「――ご清聴、ありがとうございました!」
ホール内のステージの明かりが消え、照明が灯ると、集まっていた観客たちが一斉にざわめきながらお祭り広場へと押し出し始めた。
ジャスキが感じ入ったように息を吐いた。
「噂には聞いていたけれど、今日初めて物語の全貌を知ったわ……!」
リハルは目を輝かせてはしゃいだ。
「すごいお話だったわね! まさに伝説よ! さあ、次は観覧車に乗りに行きましょう!」
目元を拭いながら、セムリが鼻をすすった。
「ちょっとリハル、どうしてそんなに平然としていられるのよ!? あんなに切なくて恐ろしいお話を聞いた直後に、よくそんなにはしゃげるわね!?」
ユルが苦笑した。
「セムリ、気にしないでやってくれ。こいつはアトラクションに乗りたくて頭がいっぱいで、物語なんて一言も聞いてなかったんだからさ」
「ははっ、俺もそう思うぞ!」とモコンが笑った。
みんなでドッと笑い声を上げた。モコンが豪快に手を振る。
「よし、アトラクションへ出発だ!」
リハルは飛び上がって大声を張り上げた。
「ヤッホー―――ッ!! 行くわよーーーっ!!」
一同は、お祭り広場の上に高くそびえ立つ巨大な観覧車の前へと到着した。
リハルが目を見開いて見上げた。
「ユル! 私、あれに乗りたいわ!」
目が眩むような高さを仰ぎ見て、ユルは生唾を飲み込んだ。
「おいおい……見ろよあの高さ、正気かよ……!?」
「関係ないわ! 私は絶対乗るんだから!」
「おう、俺も乗るぞ!」とモコン。
ユルは腰が引き引けて後ずさった。
「無理無理! 絶対乗らないぞ! 乗りたい奴だけで勝手に乗ってくれ!」
リハルは不敵な笑みを浮かべてモコンを振り返った。
「モコン、ユルを担ぎ上げて連れていって!」
元気いっぱいのモコンが腕を回した。
「任せとけ!」
モコンはユルを米俵のようにヒョイと肩に担ぎ上げると、大股で乗り場へと進み始めた!
ユルは足をバタつかせて大パニックに陥った!
「モコン! 何やってんだよ!? 降ろせって! 俺は高いところが苦手なんだよぉぉぉっ!!」
全員が大爆笑しながらゴンドラへと乗り込んだ!
観覧車がゆっくりと動き出し、夜空高くへと昇っていく。他の皆が歓声をあげる中、ユルだけが絶望の悲鳴を上げながら、死に物狂いでリハルにしがみついていた!
「誰か降ろしてくれーーーっ!! これを止めろーーーっ!!」
「たすけてぇ〜〜っ!」とリハルは笑いながら、ユルを強く抱き締め返した。
――お祭り広場が歓声と笑顔に包まれるその裏で。
漆黒の街の路地裏では、恐ろしい悪夢が進行していた……。
血まみれで意識のないキュウキを腕に抱き、ジャンキャストは牛車を伴って、狂人のように夜の通りを疾走していた。必死に病院を探し求めて。
(くそっ……! これで三軒目だぞ! お祭りのせいで個人のクリニックは全部閉まりやがってる! どこかに24時間対応の救急病院はないのかよ……っ!)
腕の中で青ざめていくキュウキの顔を見つめ、声が枯れるほど叫ぶ。
「キュウキ! 聞こえるか!? キュウキ!!」
キュウキからの返答はない。冷たく沈黙を守ったままだ。
ジャンキャストは溢れ出る涙を必死に拭った。
「こんな時間に、どこへ行けば医者がいるんだよぉ……っ!」
周りの街並みは静まり返り、冷たい陰に包まれていた。闇夜に響くのは、ジャンキャストの絶望的な叫び声と、猛スピードで駆ける牛車の重い蹄の音だけだった。
肩で息を吐きながら、彼の声が悲痛に途切れた。
「キュウキ……心配いらないからな! この先にあと二軒、病院がある……! 今すぐそこへ向かうから! 耐えてくれ……頼むから、耐えてくれよキュウキ……っ!!」
【第10章の最後にある「フェスティバルとは何か」について】




