第11話:緊急事態
息を荒らげ、なりふり構わず病院へ飛び込んできたジャンキャストが大声を張り上げた。
「ストレッチャーだ! 誰かストレッチャーを持ってきてくれ――ッ!!」
ジャンキャストは牛車から飛び降りると、キュウキの身体を優しく抱きかかえ、病院の正面扉を蹴破るように突入した。
館内から看護師が急ぎ駆け寄る。
「早く、ストレッチャーへ横たえてください!」
看護師たちは手際よくキュウキを処置室へと運んでいく。直後に駆けつけた医師が続き、重々しい扉が閉じられた。ジャンキャストが仰ぎ見ると、扉の上で赤いライトが鈍く光を放っていた――【EMERGENCY(緊急手術中)】。
――その頃、街の遥か上空。
ユルとリハルは巨大な観覧車のゴンドラの中に座っていた。ゴンドラが頂点へと達したその瞬間、夜空を切り裂いて鋭利な『何か』がユルに向かって一直線に飛来した!
リハルが目を輝かせて上空を指さした。
「ユル、見て! 流れ星かしら!?」
ユルはその正体を即座に見抜き、心の中で冷や汗をかいた。
(アードアンド!? なんでこんなに焦って飛んでくるんだ? 何かトラブルでも起きたのか!?)
ユルが空中で武器を受け止めようと手を伸ばす。しかしアードアンドは減速することなく、ゴンドラの強化ガラスを粉砕して突っ込んできた! ユルが掴むより早く、横からスッと伸びた手が空中でアードアンドを完璧に捕らえたのだった!
ユルが驚愕して振り向く――そこには、リハルが立っていた。
彼女の両瞳は底知れぬ漆黒の空洞へと変貌を遂げ、黒目の中心にぽつんと白い点だけが怪しく光っていた。目尻からは、冷たい白い煙がゆらゆらと立ち上っている。
ユルとアードアンドの声が重なった。
「「リハル……『幽鬼の目』だと!?」」
リハルの口から、彼女のものではない重々しく冷ややかな声が漏れ出た。
『……久しぶりだな、アードアンド』
アードアンドが悲鳴を上げた!
『ユル! こいつの手から俺を引き抜いてくれ!!』
ユルは力いっぱいアードアンドをリハルの手から引き剥がすと、叫んだ。
「アードアンド、戻れ!」
アードアンドは瞬時にユルの体内へと消失した。
次の瞬間、リハルの瞳から漆黒の闇が引きスッと元に戻り、彼女はパチパチと瞬きをした。不思議そうにユルを見つめる。
「……どうしたの? なんでそんな目で見つめてくるの?」
「っ……な、なんでもないさ。……僕が君を見ちゃ悪いのか?」
リハルは頬を染め、可愛らしく口を尖らせた。
「別に怒ってないわよ。いつ私が見ちゃ駄目なんて言ったかしら? 好きなだけ見ればいいじゃない!」
その時、アードアンドの声がユルの脳内に直接響き渡った。
『ユル! キュウキが24時間対応の救急病院に担ぎ込まれた! それと……村の近くで、何者かがお前の個人結界を突破しようとしている! 今すぐ動くぞ!』
ユルの目が鋭く細められた。
「……了解だ」
観覧車がゆっくりと停車し、ユルはゴンドラを降りた。リハルが後ろを追う。
「どこへ行くの、ユル?」
「急用ができた。みんなでお祭りを頼んでおいてくれ、僕は仕事だ」
フェスティバル会場の裏手にある暗い路地裏へと足を踏み入れ、ユルが命じた。
「アードアンド、出てこい! 巨大形態だ――まずは村へ向かうぞ!」
ユルのコートから滑り出たアードアンドが拡大し、巨大な飛行魔斧へと姿を変えた! ユルがその広い刃の上に乗ると、魔斧は音速を超えたスピードで夜空へと飛び立ち、村の方角へ急降下した!
恐怖のあまり、ユルは死に物狂いで刃にしがみつきながら大叫びした!
「アードアンド! お前……! 僕が高所恐怖症だって知ってるだろ! スピードを落とせぇぇぇっ!!」
雲を切り裂きながら、アードアンドが大爆笑した。
『しっかり掴まってろ! 急がないと間に合わないんだ、もっと加速するぞ!』
「これ以上速くしてどうする気だぁぁぁっ!?」
――お祭り広場では、全員が観覧車から降りてきた。
リハルがモコンを指さした。
「モコン、次はあのアトラクションに乗りましょう!」
しかし、モコンの表情は極めて重苦しいものだった。
「駄目だリハル。俺たちは今すぐここを出なきゃならない」
「どうしてよ、モコン?」とジャスキ。
「そうよ、私もっと他のアトラクションにも乗りたいわ!」とセムリ。
モコンは深いため息をついた。
「……キュウキが大事故に遭った。今すぐ病院へ行くぞ」
リハルは息を呑み、心臓が跳ね上がった。
「モコン、何言ってるのよ!? 私が家に行った時は、あんなに元気だったじゃない!」
「そうよ、モコン!」
「ユルからメッセージが入ったんだ。キュウキが大事故に遭って、頭に重傷を負ったらしい。だから――」
リハルは青ざめた。
「……分かったわ」
「ジャスキ、まずは病院へ行きましょう!」
「ええ!」
全員がお祭り広場を飛び出し、救急病院へと直行した。
――夜空の遥か高みでは、ユルとアードアンドが稲妻のごとき速度で飛翔していた。
吹き荒れる風の音を突いて、ユルが尋ねる。
「アードアンド! 本当に誰かが僕の結界を破ろうとしているのか!?」
『ああ、間違いない! お前レベルの結界が破られれば、他の8人のウッドハンターの結界まで連鎖して弱体化してしまう!』
「だが、出発する前にセニョールを僕の身代わりとして配置しておいたんだが……」
『セニョールは素のパワーはあっても、エネルギーの正しい巡らせ方を分かってないんだよ!』
ユルの口元に冷酷な笑みが浮かんだ。瞳に不気味な光が宿る。
「……いいだろう、行くぞ。久々にこの手で首を狩るのも悪くない」
『ハハハッ! そうこなくっちゃな!!』
アードアンドがさらに加速した!
――一方、リハル、モコン、ジャスキ、セムリが病院に到着した。
階段を駆け上がると、廊下の床で頭を抱え、完全に打ちひしがれたジャンキャストの姿があった。
モコンが駆け寄る。
「ジャンキャスト! 兄弟、しっかりしろ! 大丈夫なのか!?」
近くにいた看護師が鋭い視線を向け、壁の『静かに』の標識を指で叩いた。
セムリとジャスキが慌ててモコンの口を手で塞いだ!
「モコン! ここは病院よ、声を落としなさい!」
「すみません……」とリハルは頭を下げた。
ジャンキャストは床に丸まったまま、深いショックから抜け出せずにいた。モコンは隣に静かに腰掛け、彼の肩に温かく重い手を置いた。
ジャンキャストが突如としてボロボロと涙を流し、声をもらした。
「……俺のせいだ……俺のせいなんだ……っ」
「お前のせいじゃないさ、兄弟。静かに……医者はなんて言ってるんだ?」
「……手術中だ……助かるかどうかすら分からないって……っ」
「大丈夫だ、希望を捨てるな!」
「そうよジャンキャスト、諦めちゃ駄目よ!」と涙目のリハル。
「お医者様を信じて待ちましょう」とセムリ。
「きっと大丈夫だから……」とジャスキ。
――村の外れ。
夜空からアードアンドが静かに降り立った。
霧の向こうを見下ろすユル。
「あそこに降ろしてくれ。誰かいる……待て、一人じゃないな」
『どうする? 速攻で切り刻むか、まず話を聞くか?』
「……小さい人影がいるな。まず話を聞こう。降ろしてくれ」
人影の群がる開けた場所へと着地する。そこでは小さな子供たちが、凍りついた地面に深く突き刺さった巨大な斧を必死で引き抜こうと格闘していた!
ユルは腕を組み、彼らの後ろで大声を張り上げた。
「……アードアンド。このガキどもが侵入者に見えるか?」
『……え? 嘘だろ!? 斧を盗もうとしているわけじゃないのか?』
「盗もうとはしているみたいだが……どう見ても村のガキどもだろ!」
重厚な声に跳ね上がり、子供たちが恐怖で振り向いた。
「だ、誰だお前!? 見たことないぞ!」
ユルが一歩踏み出した。
「僕はこの場所の守護者だ。お前たち、結界の外で何をしている?」
「遊びで外に出てきたんだけど……結界が勝手に閉じちゃって入れなくなっちゃったんだよぉ……っ!」
ユルは眉間を押さえて深くため息をついた。
(……はぁ、なんて凄まじい強運(?)だ……)
ユルは構えを解いた。
「分かった分かった、結界を開けてやるから中にお帰り」
「アードアンド、子供たちのために隙間を開けろ」
アードアンドが眩い結界に小さな切れ目を作ると、子供たちは我先にと中へ逃げ込んでいった。
「バイバイ、ユルお兄ちゃん!」
「はいはい、気をつけて帰るんだぞ」
結界が再び滑らかに閉じた。
ユルは呆れ顔で振り返った。
「よし、今度こそジャンキャストの元へ急ぐぞ」
『……おいユル。まさか俺が子供と侵入者の区別もつけられないと思ってないだろうな!?』
「魔法エネルギーの波形しか感知できないんだろ? 人間みたいに目が見えないんだから仕方ないさ」
「ふん、まあ許してやるか。さあ病院へ急ぐぞ!」
『……お前、バカだろ』
「お前がバカだろ!」
『お前だ!』
「お前だ!」
【第11話:緊急事態――完】




