第12話:病院での長い夜
一筋縄ではいかない不安と焦燥の中、キュウキの経過についての音沙汰もないまま、病院で苦痛に満ちた一夜が過ぎ去った。
ジャンキャストとモコンの二人は一瞬たりとも目を閉じることなく起きていた。リハルとジャスキは待合室の椅子の上で疲れ果てて眠りに落ちており、セムリだけが静かに座って朗報を待ち続けていた。
その時、廊下に重々しく響いていた非常扉の上の赤灯がふっと消え、中から医師がマスクを外しながら姿を現した。
ジャンキャストは弾かれたように跳ね起きると、医師のもとへ駆け寄った。
「先生! キュウキは……キュウキはどうなったんですか!?」
医師は優しく息を吐き出しながら告げた。
「安心してください、命の危機は脱しました。ですが……」
モコンもジャンキャストの隣へと踏み出した。
「ですが、何ですか先生!?」
医師は重々しい口調で語った。
「下半身に深刻な麻痺が残ってしまいました。回復にどれだけの時間を要するか……あるいは、二度と歩くことができない可能性もあります」
ジャンキャストはその場で固まり、心が真っ暗な底なしの深淵へと突き落とされた。
「そんな……なんてことだ……先生! 何か方法はあるはずです! 何か治療法が……!」
医師は同情を込めて静かに首を振った。
「現代の医学でできる限りの処置は尽くしました……本当に申し訳ありません。……それともう一つ、頭部の傷自体はそこまで深刻ではありませんが、かなりの縫合手術を行いました。抜糸が終わるまでは、彼女の髪を伸ばさないようにしてください」
ジャンキャストはあまりの衝撃に膝の力が抜け、冷たい床へと崩れ落ちた。青ざめた頬を、言葉にならない静かな涙が無数に伝い落ちていく。
モコンはジャンキャストの肩を強く握りしめ、医師に向き直った。
「ありがとうございます、先生。俺たちが責任を持って彼女を支えます。今、会うことはできますか?」
「麻酔と鎮静剤の影響で、まだ意識が戻っておりません。今は安静が必要です」
「分かりました、待ちます」
しばらくして、病院に駆けつけたユルが外で待っていたモコンと合流した。モコンからこれまでの経緯をすべて聞かされたユルは、深く胸を痛めた。
今や全員が、キュウキの意識が戻ることだけを祈りながら待っていた。
廊下を見渡したユルが尋ねた。
「モコン、ジャンキャストとリハルはどこにいるんだ? 姿が見当たらないが」
モコンは苦笑いを浮かべた。
「ジャンキャストはキュウキのために栄養のある食事を作りに、一旦家へ戻ったんだよ。で、リハルは……」
「待つのが退屈だからって、ジャンキャストについて行っちゃったよ」
ユルは頭を抱え、心の中で溜め息をついた。
(あいつめ……五分だって大人しくじっとしていられないのか……!)
「それで、医者はなんて言ってるんだ? いつ目を覚ますんだ?」
「あと二、三時間はかかるそうだ」
ユルはモコンの疲弊した目を見つめた。
「お前たち、昨日の夜から何も食べてないだろ?」
「ああ……」
「よし、地下の食堂で何かお腹に入れよう。行こうぜ」
「そうだな」
モコンは近くに座っていたセムリとジャスキに声をかけた。
「セムリ、ジャスキ、ここを頼むぞ。何か変化があったり、あいつが目を覚ましたらすぐに呼んでくれ」
「分かったわ!」とジャスキ。
「はーい!」とセムリ。
ユルとモコンは、病院の食堂へと階段を下りていった。
――一方、キュウキの家では。
リハルが調理台の上にチョコンと腰掛け、コンロでお鍋をかき混ぜるジャンキャストをじっと見つめていた。
「ねえ、何を作っているの?」
「ダリヤ(お粥)だよ」
リハルは目を輝かせた。
「私にも頂戴! 食べたい!」
「……せめて火が通るまで待ちなよ」
「あとどれくらいで煮えるの?」
ただでさえ精神的に限界だったジャンキャストは、無邪気すぎる質問の連続に少しばかり参ってしまい、心の中で思わず呟いた。
(……あぁ、モコンが『リハルを連れていくな』って止めた理由が今さら分かったよ……)
リハルが身を乗り出してきた。
「ねえジャン、何を考え込んでいるの?」
「……リハル、俺の名前は『ジャン』じゃなくて『ジャンキャスト』だ」
「縮めただけじゃない! ジャン!」
ジャンキャストは呆れて白目をむいた。(……なんで俺はこの子と真面目に言い争おうとしているんだ?)
リハルはニヤリと笑った。
「なによ、私がおバカだって言うの!?」
ジャンキャストは弱々しく苦笑いを浮かべた。
「リハル、完成するまでベッドに座って休んでいなよ。あと数分で終わるからさ」
「はーい!」
リハルはベッドへとピョンと跳び乗ると、腰を下ろして突如として尋ねた。
「ねえジャン、一つ教えて……」
「……ジャンキャストだ」
「あなた、キュウキのことが大好きなんでしょ?」
ジャンキャストは目を丸くして驚いた。
「なっ……なんでそれを知っているんだ!?」
「誰って、病院でモコンが教えてくれたのよ!」
(モコンの奴……口が軽すぎるだろ……!)とジャンキャストは心の中で頭を抱えた。
彼は鍋に向き直り、低く静かな声でつぶやいた。
「……それがどうしたんだよ。俺が愛していようがいまいが、関係ないさ。……あいつは俺が好きだって言ってくれたけど、そんなの本当かどうかも分からないんだ。俺はそう思っている……」
リハルはきっぱりと言い放った。
「ううん! キュウキは本当に、心からあなたのことを愛しているわ!」
ジャンキャストは驚いて顔を上げた。
「……なんでそんなに自信満々に言えるんだ?」
リハルは腕を組み、偉そうに深く頷いた。
「私だって女の子だもの! 女の子の気持ちは、女の子が一番よく分かるの! キュウキのあなたへの気持ちは100%本物よ!」
ふつふつと煮立つお粥を見つめるジャンキャストの顔に、柔らかく、けれど少し切ない笑みが浮かんだ。
「……そう言ってもらえると、嬉しいな」
リハルは首を傾げ、悪戯っぽく尋ねた。
「それで……結婚についてはどう考えているの?」
ジャンキャストはフッと吹き出した。
「結婚!? デートに誘っただけでこんな大騒ぎになっちまったんだぞ! 結婚なんて申し込みでもしてみろ、どんな天変地異が起きるか分からないさ!」
「冗談抜きで教えてよ、ジャン!」
ジャンキャストの表情が、どこまでも優しく、真剣なものへと変わった。
「……リハル。俺はまず、キュウキと一緒にいろんな世界を見て回りたいんだ。正直、こんなに早く結婚なんて考えてもみなかったよ」
「じゃあ、一生結婚しないつもりなの?」
ジャンキャストは遠くを見つめながら、温かい声で語った。
「そんなわけないだろ。……もし俺が人生で誰かと結婚する運命にあるなら、キュウキが俺の妻になってくれたら、それ以上の幸せはないよ」
リハルは彼の目をまっすぐに見つめた。
「……今でも? 彼女の下半身が麻痺してしまってからでも?」
ジャンキャストは一秒の躊躇もなく答えた。
「……リハル。俺たち『木材の村』のウッドハンターにとって、そんなことは何の問題にもならないさ! 普通の人々にとっては簡単に受け入れられないことだとしても、俺にとっては関係ない」
リハルはパッと満面の笑みを咲かせた。
「じゃあ教えて! 今すぐキュウキと結婚できるチャンスがあったら、結婚する!?」
ジャンキャストは心からの笑顔を見せた。
「ああ! もちろんだ! 俺が一生、あいつを守って愛し続けてやるさ!」
リハルは嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
「なら全部私に任せなさい! あなたたちの結婚式では、私が一番激しく踊ってあげるわ!」
「ははっ、本当に頼むよ」
コンロの火を止め、お粥を容器へと詰めながら、ジャンキャストはふと思った。
(……不思議だな。リハルと話していると、胸のつかえが取れてすごく気持ちが楽になる……)
「よし、行こうか。お粥の準備もできた」
リハルは鞄を指さして叫んだ。
「ちょっと! 私の分の食べものは!?」
ジャンキャストは大爆笑した。
「今はアツアツだから冷めるのに時間がかかるんだよ。病院に着いてから食べな、分かったか?」
「分かったわ! でも私の容器は別にしておいてね! 他の誰にもあげちゃ駄目よ!」
「はいはい、分かったから!」
「よし、出発ね!」
――病院にて。
食堂にいたユルとモコンは、サンドイッチとフルーツジュースを購入していた。
「他に買うものはあるか?」
「……テイクアウト用の肉料理も一パック買っておこう。リハルが来たら絶対『お肉食べたい!』って騒ぎ出すからな」
モコンは笑った。
「素晴らしい先見の明だな!」
「ついでに新鮮なフルーツも持っていくか」
その時、モコンのポケットの中でスマホが鳴り響いた。画面を見て耳に当てる。
一瞬で顔つきが変わるのを見て、ユルが尋ねた。
「どうした? 誰からだ?」
モコンの顔に、パーッと明るい笑みが広がった。
「セムリからだ! キュウキの意識が戻ったぞ! 今、お医者さんが中で状態を確認している!」
ユルの表情も安堵で和らいだ。
「良かった……! 会計を済ませて、すぐ上へ向かおう!」
「ああ、行こう!」
【第12話:病院での長い夜――完】




