第7話:親友と、恋心
リハルは退屈そうに尋ねた。
「ねえユル、お店に着くまであとどれくらいかかるの? バスの中、退屈で死んじゃいそう……」
「ただのお店じゃないんだぞ。街で一番の名店なんだ。街の中心部にあるから、少なくとも一時間はかかるな」
「そっか……」
リハルは胸の中で静かに思いを巡らせた。
(……自分の気持ちを打ち明けて、ユルも想いを返してくれてから、まだ二日しか経っていない。以前なら、彼に触れるだけであれこれ悩んでいたのに、今では何の躊躇もなく触れられる。……だけど時々、やりすぎなんじゃないかって不安になるのよね。彼に嫌がられたらどうしようって。……なんだか眠くなってきたわ。ユルの肩に頭を乗せたら、何か言われるかしら? ちょっと試してみようかしら)
リハルはそっとユルの肩に頭を預けた。ユルは何も言わず、彼女が心地よく寄り添えるようにそのままにしてくれた。
(何も言わなかった……! 愛する人の隣にいて、手を繋ぎながら一緒に旅をする……ずっとこんな風になりたかった。映画の中だけの空想じゃないのね。恋は本物で、本当に特別なものなんだわ)
いつしか、リハルは心地よい眠りの中へと落ちていった。
ユルがスマホで動画を眺めていると、突如として着信音が響いた。画面を見て通話ボタンを押す。
「ジャンキャスト! お前、今どこにいるんだ?」
『へへっ、お前と同じ場所に決まってるだろ!』
ユルは目を丸くした。
「ジャンキャスト、お前街に来ているのか!?」
『ああ! 村の仲間何人かと一緒にお祭りを観に来たんだ! ところでお前らはどこにいるんだ?』
「俺は街で一番の肉屋に向かっているところだ。お前たちは?」
『キュウキの家で牛車を繋がせてもらっているところだ。いつ合流できる?』
「リハルと合流して、あと二時間くらいでキュウキの家に戻れると思う」
『よし分かった! それまで俺たちも買い物でもして時間を潰すよ』
「ああ、頼んだぞ」
通話を切って車外を眺めると、目的地のバス停が近づいていた。ユルは優しくリハルを揺すった。
「リハル、起きろ! バス停に着いたぞ」
深い眠りの底にいたリハルは、目を擦りながらうめいた。
「んん……歩けない……おんぶしてぇ……」
(やれやれ、この子をどうしたもんかな……)
ユルはリハルを背中に背負い上げると、バスを降りた。バスが走り去るのを見送りながら、背中のリハルに声をかける。
「リハル、降りろ。肉を買うんだ、お前を背負ったままじゃ買い物できないだろ?」
リハルはズリズリと背中から降りると、バス停のベンチにへたり込んだ。
「ここで待ってる……肉を買ってきたら起こして……」
「分かった、ここにじっと座ってろよ。どこにも行くなよ?」
「はぁ〜い……」
――その頃、キュウキの家では。
村からやってきた友人たちが集まり、賑やかに言葉を交わしていた。
「ジャンキャスト、モコン、ジャスキ、セムリ……みんなお祭りを観にきたの?」
モコンが豪快に笑った。
「ああ! 新しい村長になってから、古い規則がどんどん廃止されてな!」
「そうだ、新しい村長が街への渡航許可を出してくれたんだよ!」
「これで俺たちの商売も街まで広げられるぞ!」
キュウキは嬉しそうに微笑んだ。
「素晴らしいニュースね! 実はユルも街に来ていて、リハルも一緒なのよ」
セムリが目を輝かせて身を乗り出した。
「私は主にリハルに会いたくて来たのよ! ユルにプロポーズしたって聞いたわ!」
「ええ、ユルも受諾したわ。あとは村の長老たちの許しを得るだけね」
ジャスキが少し眉をひそめた。
「あの二人の結婚が、そう簡単に許されるとは思えないけれど……」
「まあ、村に戻って直接話してみるしかないさ」
ジャスキは興奮気味に話題を変えた。
「私、街のお祭りが本当に楽しみ! 一年に一度しか開催されないんでしょう?」
「ええ、年に一度だけよ」
「ところで、どうしてこのお祭りは開催されるようになったんだ?」
ジャンキャストの問いに、キュウキが説明を始めた。
「お祭り広場に行くと『What Is Festival』っていう特別なホールがあるの。毎年そこで、このお祭りが始まった由来の物語が語られるのよ」
「いいね! 俺もジャンキャストと一緒にその話を聞きたいぞ! この街はハイキャストとローキャストが力を合わせて作ったって聞いたが、本当か?」
キュウキは小さく咳払いをした。
「……ええ、本当よ」
「お祭りは何時から始まるの?」
「夜の九時から十二時までよ。屋台やアトラクションは七日間開いているけれど、歴史の物語が語られるのは最終日の今日だけなの」
「今日が最終日だなんて運がいいぞ!」
ジャスキが時計を確認した。
「じゃあ、そろそろ行きましょう! もう夜の八時よ!」
キュウキは再びコンコンと咳き込み、弱々しく言った。
「……みんなで先に行って。私、少し体調が優れないの。スマホに位置情報をセットしておくわね」
全員が立ち上がろうとする中、ジャンキャストだけが腰を下ろしたままだった。彼は少し考えた後、口を開いた。
「みんなは先に行ってくれ。俺はここに残ってキュウキについている」
ジャスキが振り返った。
「でも、キュウキ一人でも大丈夫よ?」
「そうよジャンキャスト、みんなと一緒に行きなさいよ。今年逃したら、また来年まで待つことになるのよ?」
しかし、ジャンキャストの決意は固かった。
「俺は構わないさ。それよりキュウキの体調が優先だ。一人にしておける状態じゃない。……なあ、モコン?」
察しのいいモコンが立ち上がった。
「任せとけ! 女ども、俺について来い!」
身長七フィート(約210cm)の屈強な男・モコンは、抗議するジャスキとセムリを、まるで小麦粉の袋のように両肩に担ぎ上げた!
「モコン! キュウキと話したいのよ! 降ろしなさい!」
「そうよ! 降ろしなさいってば!」
モコンは二人を担いだままドアを出て、カチャンと鍵を閉めた。廊下を進みながら、彼は声を低くして言った。
「二人ともよく聞け。ジャンキャストはキュウキのことが好きなんだ。少し二人きりにしてやろうぜ」
セムリは目を見開いた。
「本当!? 言われてみれば、キュウキが体調を崩しているって聞いた時、ジャンキャストの顔色が変だったわ……! ジャスキ、どう思う?」
「ジャンキャストとキュウキ……うふふ、お似合いじゃない! 二人ともハイキャストだから、身分の問題もないしね!」
「でもモコン、ジャンキャストがキュウキを好きだって、どうして分かったの?」
モコンは家から少し離れた場所で、優しく二人を足元へ降ろした。
「あいつが初めて俺たちの村に来た時からだよ。幼馴染の俺がそれくらい察せなくて、何が親友だ?」
ジャスキが温かい笑顔を向けた。
「まあ、モコン! あなたって本当に友達思いなのね!」
「本当よ、見直したわモコン!」
「へへっ、よし! それじゃお祭り広場へ向かうぞ!」
――家の中。
ジャンキャストはキッチンで静かに皿を洗っていた。
ベッドで横になっていたキュウキが弱々しく声をかける。
「そんなこと、しなくてもいいのに……」
「気にしないでくれ、大したことじゃないさ」
「私、人に頼るのって好きじゃないの……」
ジャンキャストは手を拭くと、ベッドの脇に腰掛けた。
「キュウキ、お前が初めて俺たちの村に来た時のことを覚えているか?」
「忘れるわけないでしょ。あなたが高熱を出しているのに、無理してモコンと外に出かけようとしていたじゃない」
「そうだ……あの時、お前は俺を親身に看病してくれただろ? だから、これはその時のお返しだと思ってくれ」
キュウキは頬を緩め、照れくさそうに顔を背けた。
「……あなたには、誰も口喧嘩で勝てないわね」
ジャンキャストは彼女のおでこにそっと手を当てた。
「熱は高くなさそうだな。うん、下がってきている」
「……そう?」
「朝から何か食べたか?」
「朝、カップラーメンを食べたわ」
「夕飯はどうするつもりだったんだ?」
「そこに置いてあるカップラーメンを食べようと思ってたわよ」
ジャンキャストは温かい笑顔を浮かべ、彼女の髪を優しく撫でた。
「……たまには人に甘えてもいいんだぞ。分かったな? 美味しいものでも作ってやるから、待ってろ」
キュウキの頬がパッと鮮やかなピンク色に染まった。
「……うん」
ジャンキャストがキッチンへ向かった。
「パンケーキの材料があるな。パンケーキでいいか?」
キュウキは毛布を頭までかぶり、顔を隠して答えた。毛布の中から、可愛らしい声が響く。
「……うん。バターいっぱいでね!」
「よし、バターマシマシだな! すぐ作ってやるからな」
――一方、街の反対側では。
ユルが必死の形相で通りを走り回っていた。大声を張り上げて叫ぶ。
「リハル! どこにいるんだ!? リハル――ッ!!」
(くそっ! あの子は……! 一箇所にじっと座ってろって言っておいたのに! 全く俺の言うことを聞きやしない! 一体どこを探せばいいんだ!? リハル! リハル――ッ!!)
ユルは通りすがりの見知らぬ人々に必死で問いかけた。
「すみません! バス停で眠っていた女の子を見ませんでしたか!? 誰か見ませんでしたか!?」
「リハル――――ッ!!」
【第7話:親友と、恋心――完】




