第2章:上位カースト制度
【著者より】
都市の中にいくつもの区画が存在するように、この地域は複数の「ジラ(地区)」に分かれていた。一区画の中にいくつかの街があるように、一つのジラは五つの村で構成されている。一つの村に暮らす人々は、多くても二千人ほどだ。(※ここでは「ジラ」という言葉が都市や地域を表す単位として用いられている)
私の近くにある五つの村は、「ハイキャスト(高位階級)」の三つの村と、「ローキャスト(低位階級)」の二つの村に分かれていた。これらの地区では、人口の多いハイキャストのコミュニティが強い権力を握っている。
商売や買い物、仕事などでジラの外へ移動しようとすれば、ハイキャストの兵が厳重に警備する「国の壁」を越えなければならなかった。
メモ:
YURは男の子
RIHUARUは女の子
Jankeastは男の子
mokonは男の子
semliとjaskiはどちらも女の子
文法的な間違いがあったらすみませんが、これが参考になれば幸いです。
――土の道が遥か先へとまっすぐに伸びていた。
両側には鬱蒼としたジャングルと大木が連なり、野生動物が飛び出してこないよう頑丈な柵が備え付けられている。その道を、一台の牛車がガラガラと音を立てて進んでいた。
出発して、まだ三十分しか経っていない。
しかし、すでに退屈に耐え切れなくなったリハルが声を上げた。
「ねえユル、退屈で死んじゃいそう! 街に着くまであとどれくらいかかるの?」
「もう飽きたのか? 街に入るのは明日の朝になる。黙って寝ていれば、目を覚ました頃には着いているさ」
「……はーい」
リハルは牛車の後方へ潜り込み、横になろうとした。
だが、そこはとても心地よく眠れるような場所ではなかった。片側には角張った薪が積み上げられ、もう片側にはズシリと重い炭の袋が詰め込まれている。
薪の上に身体を横たえてみたものの、薪のベッドの上で眠れるはずもない。それどころか、街への期待で胸が高鳴り、余計に目が冴えてしまうのだった。
それからさらに三十分。いよいよ苛立ちを募らせたリハルは、ひらめいたように叫んだ。
「ユル、ノロノロ走りすぎよ! 私に貸して、代わりに運転するから!」
「駄目だ。子供の遊びじゃないんだぞ」
リハルは牛の手綱を掴み、ユルと無邪気な引っ張り合いを始めた。
「いいから手綱を頂戴! 私がやるわ! ユルの運転は遅すぎるんだもの!」
「駄目なものは駄目だ! 君に扱えるわけがないだろう!」
ユルは片手で彼女の顔を優しく押し戻しながら何度も制したが、リハルの執拗な食い下がりについに折れた。
「……わかった、わかったよ!」
ユルの席に陣取ったリハルは、得意気に尋ねた。
「ねえユル、これってどうやって動かすの?」
ユルは頭を抱えた。
「やっぱりやめろ、君には無理だ」
「やってみなきゃ分からないじゃない!」
「……はぁ。手に持っている鞭(棒)で牛を叩くんだ」
リハルが鞭で牛の背を打つと、牛車は速度を上げて進み始めた。
「ユル、もっと速くするにはどうすればいいの?」
「また鞭を使うんだよ」
ポン、と再び叩くと、さらに速度が上がった。
「ふふん! やり方は完全に理解したわ!」
目の前の道には人影ひとつない。要領を得たリハルは、あろうことか渾身の力で牛たちの背中に鞭を振り下ろしたのだ!
「モオオオオオッ!!」
激痛に狂乱した牛たちは大咆哮を上げ、暴走を始めた。牛車の速度は跳ね上がり、時速80キロ……いや、100キロ近くにまで達した!
それにとどまらず、リハルは興奮のまま何度も何度も鞭を打ち続けた。速度はどこまでも増していく!
凄まじい風圧と揺れに眩暈を覚えたユルが悲鳴を上げた。
「この子は狂ったのか!? リハル、やめろ! もう叩くな!」
牛車はもはや正気とは思えぬ猛スピードで突っ走っていた。遙か先の孤独な一本道に、小さな検問の門が見え始めていた。
牛たちの目からは、蛇口をひねったように涙が溢れ出している。
門までは本来ならあと八分ほどかかる距離だったが、この狂気の速度では二分もかからずに到達してしまう!
――その時だった。
限界を超えた速度に耐え切れず、車輪がバキンと弾け飛んだ!
バランスを崩した牛車は宙を舞い、豪快にひっくり返った!
「っ……!!」
激突の瞬間、ユルはリハルを覆うように抱きすくめた。
宙を舞った数トンもの重い薪が、容赦なくユルの背中へと降り注ぐ!
「……大丈夫か、リハル……?」
ユルの下で抱きしめられたまま、リハルは声も出せずに「うん」と頷くのが精一杯だった。
リハルは目を見開いた。ユルの背中の上には、見上げるような大量の薪が重なっている。ユルが身を挺して支えていなければ、二人は間違いなく骨ごと押し潰されていたはずだった。
暴走する牛たちの悲鳴と凄まじいクラッシュ音を聞きつけ、門の近くにいた男たちが一斉に駆けつけてきた。彼らは急いでユルの背中から重い木材を取り除き、二人を救い出した。
ユルが視線を遣ると、二頭の牛がお互いの腫れ上がった足を庇い合い、息を吹きかけ合って慰め合っていた。ユルは思わず吹き出した。
「リハル、見てみろよあいつら……」
しかし、リハルはあまりの恐怖にまだショックから抜け出せず、全身を震わせていた。
救出してくれた男たちのうち、二人が驚きに目を見開いた。
「ユル! ユルじゃないか!?」
「ジャンキャスト、モコン! お前たちか……無事だったか」
「無事なのはこっちのセリフだ! 一体どうしたんだよ? それに、その女の子は誰だ?」
「話せば長くなる。それより、荷物を積み直すのを手伝ってくれ」
「ジャンキャスト、ユルの言う通りだ。まずは道を塞いでいる木材を片付けるぞ」
ユルが立ち上がろうとしたその時、リハルが突然ユルにしがみつき、声を上げて泣き出した。
「どうして……どうして自分を庇わなかったのよ! ユルに何かあったら、私どうすればいいのよぉ……っ!」
(……本当は、彼女を強く抱きしめて、どれだけ愛しているか伝えたい。だが今じゃない。彼女は怯えているんだ)
ユルは優しく語りかけた。
「どうして庇ったかって? おじいさんと約束したからさ。君を守るのが僕の役目だ。……泣くなよ、これくらい大したことじゃない。毎日重い木材を運んでいるんだから慣れっこさ。だけど、次からはちゃんと懲りろよ?」
「ううっ……うわぁぁん! 分かったわ! これからはユルの言うことを全部聞くからぁ!」
「ハハッ、本当にそうか? じゃあ、これでお金をあげるから、村を少し観光して何か食べるものを買ってきてくれ。君も何か食べなよ」
「ユルはどうするの……?」
「僕は車輪を修理しなきゃならない。ほら、行っておいで」
リハルは村の女性たちに案内され、観光へと向かっていった。
ユルは友人たちに向き直った。
「ジャンキャスト、もう一つ頼みたいことがあるんだが……」
――
去っていく道中、リハルは何度も何度も振り返ってユルの方を見ていた。
「心配いらないわよ、彼には傷ひとつないんだから。あんなに元気じゃない。私はセムリ、あなたの名前は?」
「私は……リハル」
「私はジャスキよ。ところでリハルちゃん、あなたは何のキャスト(階級)なの?」
「イッカよ」
「ちょっとジャスキ、何を聞いているのよ? この透き通るような肌を見たら、ローキャストなわけないじゃない」
「まあそうだけど……でも『イッカ』なんてキャスト、聞いたことがないわね」
「そんなことより大事な問題があるでしょ! ねぇリハルちゃん、あの格好いい男の子はあなたの彼氏なの!? 正直に教えて! 女同士の秘密話よ!」
「そうよ! あの高身長を見てみなさいよ! 殴られたら生きていけそうにないけど、すごくハンサムじゃない! 帽子を取ったら長髪なの? それとも短髪?」
「ああんジャスキ、私の心を代弁してくれたわ! 長髪の男の人って最高にセクシーよね!」
「ねえ、もし彼氏じゃないなら、彼の連絡先を教えてくれない!? お願い!」
「教えても……絶対に結婚なんてできないと思うわ」
「どうしてよ?」
「ユルは……ローキャストだから」
二人の女性は息を呑んだ。
「……世の中ってなんて不公平なのかしら!」
「本当にね! ローキャストにあんなイケメンがいるなんて知らなかったわ!」
セムリがふと首を傾げた。
「……待って。あなたがハイキャストなら、どうしてローキャストの男の子と一緒に旅をしているの?」
「私の村では、ローキャストの人と話すことに制限なんてないもの」
「本当!? 私もリハルちゃんの村に住みたいわ!」
「これで納得がいったわ! でも『リハル』って名前、少し長わね」
「『リハ』とか『アル』って呼んで。村のみんなもそう呼んでいるの。好きな方で呼んでいいわ」
「じゃあリハちゃん、まずはファーストフードを食べに行きましょう! それから彼の分もテイクアウトしましょうね」
リハルは顔を真っ赤にして照れた。
「ユルは……彼氏じゃないわ。今はまだ……」
「ってことは、将来的には? あなた、彼のことが好きなんでしょ!」
「もう……っ!」
顔を真っ赤にするリハルに、二人はニヤニヤしながら詰め寄った。
「いいじゃない、女同士なんだから! 本当のところどうなの?」
「……大好きよ。すごく愛してる。でも……待っているの。もし彼が同じ気持ちじゃなかったら、友達としての関係まで失っちゃうから……」
三人はハンバーガーを手に持ち、食べながら歩いた。
「ああ、それは一番辛い悩みね……。やっぱり、彼の方から告白してくるのを待つのが一番かしら」
「でもね、彼が何も言わないなら、手遅れになる前に自分から言うべきよ。タイミングを見計らってね」
突然、リハルの瞳に涙が溢れ出してきた。
「……だけど、私は十二年も待っているのよ! 神様は私にどれだけ試練を与えるつもりなの……? 私の願いはたった一つ、彼の奥さんになって、二人で子供を二人作ることだけなのに……っ!」
泣き出したリハルに、二人は大慌てになった。
「泣かないで! 私たちが泣かせたと思われるじゃない! ほら、美味しいものでも食べて元気を出して!」
リハルはゴシゴシと涙を拭った。
――
一方その頃、モコンはユルのために新しい木製の車輪を削り出しながら尋ねていた。
「で、ユル。いい加減教えろよ。あの子は一体誰で、お前にとってどういう存在なんだ?」
「おいおいモコン、彼女に決まっているだろ! さっさと車輪を作れよ、ユルは明日の朝までに街に着かなきゃならないんだからな!」
ジャンキャストはユルに向かってニヤリと笑った。
「まあ、俺も気にはなるけどな、ユル?」
ユルは炭の袋と薪を数えながら言った。
「ただの幼馴染だよ。街が見たいとしつこいから連れてきたんだ」
「ちなみに、あの子はローキャストか? ハイキャストか?」
「ハイキャストだよ。もしローキャストなら、お前たちの村に入れると思うか?」
「違いないな。うちの村じゃ、買い物をするときにまずキャストを証明しなきゃならないからな」
「ああ、村長が変わってから規則が厳しくなる一方だ。そうそう、出るときの門番も別の奴らに変わっているから気をつけろよ」
「問題ないさ。彼女はハイキャストだから誰も何も言わない。門番のことは着いてから考える」
「ところで……お前、あの子を愛しているのか? お前が女と一緒にいるなんて初めて見たぞ」
ユルは静かに認めた。
「……ああ、愛しているさ。だけど、伝えるのが怖いんだ。唯一の友達を失ってしまうんじゃないかって……。彼女の方から言ってくれたら一番なんだがな」
「ユル、男が最初の一歩を踏み出すべきだぞ。……まあ、女から言っちゃいけない理由もないがな。もし彼女も全く同じことを考えていたらどうするんだ? ちなみに、どれくらい思い続けているんだ?」
「……十年だ。十年間、ずっと伝えるタイミングを待っている」
「なあ兄弟、友情が壊れるのを恐れて躊躇していたら、他の男に奪われちまうぞ?」
「ジャンキャストの言う通りだ。今は二人きりで旅をしているんだろ? 街の素敵な場所に連れていって、想いをぶつけてこい!」
「……そうだな。やってみるよ」
「それでこそ男だ!」
ユルはジャンキャストを見た。
「頼んでいた『もう一つのこと』はできたか?」
「任せとけ。あの子が不快な思いをすることは絶対にないさ」
「感謝する」
その時、女性たちがこちらへ戻ってきた。ユルはリハルを見つけて声をかけた。
「リハ、見てごらん! 牛車が直ったよ」
「ジャンキャスト、モコン、本当にありがとう!」
「気にすんな、ユルは俺たちの親友だからな。さあ、遅くならないうちに早く出発しな」
村の大きな門が開かれ、二人は再び走り出した。街はもう目と鼻の先だ。
月明かりの下、牛車を走らせるユルの口元へ、リハルが手で食べ物を運んでいた。
「もうこんな夜遅くなのに、ずっと起きているつもりなの?」
「僕は気にしないで。いつものことだから。……それより、君が眠れるように後ろに用意しておいたんだ。見てごらん」
リハルがカーテンをめくると、ゴツゴツした薪の上に、分厚く温かな毛布が敷き詰められていた。
(……ユルは、私が薪の上で眠れなかったことに気づいていたんだ。自分のためには作らないベッドを、私のために……)
「リハ、どうしたんだ?」
「……ううん、なんでもない。ありがとう、ユル」
「ふふ、おやすみ。目を覚ましたら街に着いているよ」
「はい、最後のひとくち」
最後の食べ物をユルに食べさせると、村を歩き回った疲れが一気に押し寄せ、リハルはすぐに深い眠りについた。
すやすやと寝息を立てるリハルを見て、ユルは愛おしそうに微笑んだ。
(……もう寝ちゃったか。普段はパン屋から出ないから、歩き慣れていないんだな)
ユルは静かに牛たちへ語りかけた。
「さあ相棒たち、朝までに街に着くぞ。ゆっくり進んでくれ……彼女がせっかく気持ちよく眠っているんだからな」
夜風の中、牛車は静かに、そして確実に街へと向かって進んでいく――。
【第2話:ハイキャスト(高位階級の掟)――完】
第3章 翌晩




