第14話:帰路
病室の中。
ジャンキャストは視線を落とし、罪悪感に満ちた声で呟いた。
「プレゼントのことなんて言わないでくれ……。僕が余計なものを渡そうとしたから、君をこんな目に遭わせてしまったんだ……」
キュウキは優しく彼を見上げた。
「聞いて、ジャンキャスト。私は過ぎてしまったことを悔やんだりしないわ。それに……なんだか頭が割れるように痛むのよ」
「重い鉄柱に頭を激しくぶつけたんだ、痛むのは当然さ……」
キュウキは不安を吹き飛ばすように、弱々しい微笑みを浮かべて見せた。
「もう、そんな辛気臭いお話はやめましょう! それより教えて……リハルに『キュウキと結婚したい』なんて言ったのは本当なの? いつからそんなに自然に嘘がつけるようになったのよ?」
ジャンキャストの表情が極めて真剣なものへと変わった。彼女の目をまっすぐに見つめる。
「彼女に話したことは、すべて真実だ。……そして、どうか許してほしい。俺がプレゼントの話さえ持ち出さなければ、君が外へ飛び出すことも、こんな事故に遭うこともなかったんだ……」
キュウキは手を伸ばし、きっぱりと、けれど愛おしそうに言った。
「よく聞いて……起こったことはすべて、そうなる運命だったのよ。この世界で、理由なく落ちる葉っぱが一枚だってあるかしら? 分かった?」
ジャンキャストの目から、再び大粒の涙が溢れ出した。
「だけど……それでも俺は、本当に申し訳ないと思っているんだ、キュウキ……」
キュウキは彼の頬の涙をそっと拭った。
「その『ごめんなさい』は一旦横に置いておきなさい。……それで、本当に私と結婚したいの?」
ジャンキャストは一秒の躊躇もなく頷いた。
「ああ、心から望んでいる」
「私の責任……そして、将来生まれる子供たちの責任も背負えるかしら?」
「ああ。俺の全身全霊をかけて背負うさ」
キュウキの瞳が温かい光で潤んだ。
「……分かったわ。じゃあ、近くに来て抱きしめて」
ジャンキャストは身をかがめ、彼女の身体を強く抱きしめた。
キュウキは彼の肩に顔をうずめ、静かに囁いた。
「これからは、どんな仕事も、どんな歩みも、ずっとあなたと一緒よ。二人で全部乗り越えていきましょうね」
「……愛してる、キュウキ……っ」
(……こんなに泣かれたら、私の涙まで溢れ出ちゃいそうじゃない……。自分を慰めるべきなのか、この人をあやすべきなのか分からないわ。私が目の前で泣き崩れたら、この人は完全に潰れてしまうわね……)
その時、看護師が静かにドアを開けて入ってきた。
「面会時間は終了です。傷口のガーゼを交換しますね」
ジャンキャストは身を引き、涙を拭った。
「……はい、お願いします」
キュウキは温かい笑みを向けた。
「それじゃあ、また後でね。……もう泣いちゃ駄目よ?」
「ああ、分かった」
――病院の廊下にて。
ジャンキャストが廊下へ出ると、案の定ユルとリハルが再び言い争いをしている最中だった!
ユルは腕を組み、頑として譲らない態度をとっていた。
「駄目だ! 今すぐキュウキを村へ連れて帰るなんてできるわけないだろ! 医者からも移動は固く禁じられているんだぞ!」
「でも、キュウキも一緒に行きたいって言ってるのよぉ!」
「駄目なものは駄目だ!」
「ユル、お願いだから今回だけは頷いてよぉ!」
見かねたジャンキャストが二人の間に入り、静かに諭した。
「リハル、ユルの言う通りだ。今のキュウキを移動させるわけにはいかない」
ユルがジャンキャストに向き直った。
「ジャンキャスト、僕はそろそろ樵の仕事に戻らなきゃならない。次に僕が街に来るのはいつ頃にすればいい?」
「僕のために焦って戻ってくる必要はないさ。お前の仕事も重要なんだから、行きなよ。……モコン、二人の女の子を連れて帰ってくれ」
モコンが尋ねた。
「お前とキュウキはどうするんだ?」
「俺はここに残ってキュウキについているよ。村に戻れるのはあと一週間後くらいになると思う。村のことは頼んだぞ」
「分かった。セムリ、帰るぞ」
セムリが駄々をこねた。
「ええ〜っ、私もキュウキに会いたいのに!」
「私もよ!」とジャスキ。
モコンは苦笑した。
「よしよし、二人とも中に入って手短に挨拶してきなさい。俺は下で荷物の積み込みをして待っているから」
ユルがリハルを振り返った。
「リハル、行くぞ。キュウキの家に行って荷物を引き取らないと」
リハルはつまらなさそうに溜め息をついた。
「はぁ〜い……ついに家に帰る時が来たのね……」
彼女はふと立ち止まり、パッと顔を輝かせてジャンキャストに向き直った!
「あ、そうだ! 私とユル、結婚するのよ! おじいさんに話をしに帰るんだから、あなたたちも絶対招待するわね!」
全員が大爆笑した。
「「「はーい、楽しみにしているよ!」」」
――キュウキの家への道中。
モコンが牛車の御者席で手綱を握り、隣にユルが腰掛け、後ろではリハルが丸くなってすやすやと眠りについていた。
沈黙を破り、モコンが低く尋ねた。
「ユル……あとどれくらい村に滞留するつもりだ?」
「長居はしないさ。あいつのおじいさんに結婚の挨拶をする以外、僕が村でやるべきことはないからな。話がついたら、すぐに次の仕事へ向かう」
「家についてはどう考えているんだ? 街に家を構えるのか、それとも別の場所か?」
「そこまではまだ考えてないよ。次の狩りから戻ってきたら、最終的な決断を下すつもりさ」
「そうか、それがいい」
ユルが尋ね返す。
「お前はどうなんだ? 村に戻ったら何をする?」
「いつもの通りさ。ジャンキャストが木を伐り、俺がそれを売る。家についたらすぐ仕事漬けだよ。もうすぐ冬が本格的に厳しくなるからな。できる限り木材を売って金を蓄え、夏までには街に小さな店を開きたいんだ」
「ふむ……店を持つのは悪くないアイデアだな、友よ」
モコンは一瞬ためらい、声を落として尋ねた。
「……ユル、正直に教えてくれ。ジャンキャストは本当に一人で彼女を支えきれると思うか?」
ユルは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「心配いらないさ。あいつは強い男だ。時には涙を流すこともあるが、根っこは僕たちと同じ『ウッドハンター』だからな」
「何かあったら、しっかり目を光らせておいてくれよ……」
「安心しろ。あいつが街にいる限り、何も問題は起きない」
モコンは静かに首を振った。
「……それだけじゃないんだ。ジャンキャストから聞いたんだが、アードアンドが首を跳ね飛ばしたあのトラックの運転手……『ハイキャスト』の人間だったらしい。ジャンキャストに復讐するために向かってきていたんだ」
ユルの瞳から温もりが消え、鋭く冷酷な光が宿った。
「……そうか。なら、街の監視をさらに強化する必要があるな。街の結界を守るウッドハンターたちに直接手を打たせておく」
「頼むぞ、兄弟」
――キュウキの家に到着。
モコンは裏のガレージ近くに牛車を滑り込ませた。
ユルは車から降りると、ガレージを開け、眠っているリハルを優しく腕の中に抱き上げると、自分たちの牛車の後ろへとそっと横たえた。
モコンに向き直る。
「僕が中から荷物を運んでくる。君は車を少し前に出しておいてくれ」
「了解だ」
ユルは何度も往復し、山のような買い物袋やドレスの入った荷物を自分たちの牛車へと几帳面に積み込んでいった。
「モコン、どれがお前の荷物か確認してくれ」
モコンは12個の鞄をピックアップし、自分の牛車へと移した。
ガレージの鍵を閉め、キーをモコンに手渡すと、ユルは帽子をかぶり直して大きく身体を伸ばした。
「タバコを一本くれ」
モコンは二本のタバコを取り出すと、一本をユルに渡し、もう一本に自分で火をつけた。
ユルは自分の牛車の御者席へと乗り込み、モコンも自分の車へと腰掛けた。
細い煙を吐き出しながら、ユルが尋ねた。
「それで、これからどうするんだ?」
「お前が先に行け。俺はセムリとジャスキを拾いに行って、最後に病院のキュウキの顔を見てから、まっすぐ村へ向かうよ」
「分かった。村でまた会おう、兄弟」
「ああ、またな。リハルをしっかり頼んだぞ!」
「勿論さ」
片手の指に火のついたタバコを挟み、もう片方の手で革の手綱を握りしめたユルは、手綱を軽く振って牛たちに合図を送った。
モコンは牛車を病院の方角へと転回させ、ユルは背中で眠る愛しい婚約者を乗せ、木材の村へと続く曲がりくねった山道へと踏み出していった――。
【第14話:帰路――完】




