第15話:決意
遠くまでまっすぐに伸びる舗装道路。その先、15分ほど進んだ場所に巨大な門が見えていた。
リハルはゆっくりと目を擦りながら、まどろみから目を覚ました。
「ねえユル……みんなはどこへ行っちゃったの?」
ユルは前方に視線を向けたまま答えた。
「すぐ後ろを走っているはずだよ」
リハルはゴソゴソと前方の御者席へと這い出すと、ユルのすぐ隣にぴったりと腰掛けた。彼の片腕を両手で愛おしそうに抱きしめる。
「まだ着かないの?」
「まだ半分くらいだな。ほら、ちょうど村のメインゲートが見えてきた」
前方の巨大な門が、重々しい音を立てて開いた。ユルの牛車を改札するため、数人の警備兵が立ち塞がる。
一人の警備兵が威圧的に声を張り上げた。
「名前と職業、それと所属する村を言え!」
「ユル。樵。『木材の村』だ」
「隣の娘の名前と職業、村は!?」
「リハル。パン職人。『食料の村』だ」
バズーカ砲のような巨大な重火器を担いだ別の警備兵が一歩前に出て、下品な笑みを浮かべた。
「おいおい、その娘には自分の口がついてねえのか? 自分自身で喋らせろや!」
ユルはリハルの肩を優しく叩いた。
「リハル、自分の名前と仕事、村を言ってやってくれ」
リハルは身を起こして答えた。
「私の名前はリハルです。『食料の村』でパン職人をしています」
警備兵はリハルをじろじろと見回した。
「このウッドハンターのキャスト(階級)は知っているが……おい娘、お前のキャストは何だ?」
「『イッカ』です」
警備兵は大爆笑し、仲間たちを振り返った。
「聞いたか野郎ども!? 『イッカ』だとよ! おい、そんなキャストの名前、今まで一度でも聞いたことがある奴はいるか!?」
「「いいえ、隊長! 聞いたこともありません!」」
「だろ? 誰も聞いたことがねえキャストだ。まあいい……ハイキャストか? それともローキャストか!?」
喋りながら、警備兵は無造然にリハルの顔前ギリギリまで顔を近づけた。暗闇の中でバズーカの銃口が鈍く光る。
リハルは不気味さに小さく怯んだ。
「……ハイです」
ユルがすっと手を伸ばし、警備兵の肩を強く掴んだ。声のトーンが一段低くなる。
「……話す時は、少し離れてもらおうか」
警備兵は冷ややかな笑みを浮かべると、バズーカの重い銃口をユルの顔面に直接突きつけた。
「俺の手にあるものがおもちゃじゃないことくらい、手短に教える必要はねえよな?」
ユルは静かに警備兵の肩から手を引いた。
警備兵は二人の顔をニヤニヤと交互に見下ろした。
「ハイキャストの娘が……ローキャストのウッドハンターと二人きりで森を旅しているだと? 一体何の冗談だ?」
「私たちの村では、何の制限もありませんけれど」とリハル。
「なら、もう一度よく調べ直すんだな娘っこ! この五つの村の地域に新しい統括リーダーが就任して以来、全領域の掟が塗り替えられたんだよ」
ユルの脳内で、アードアンドの重々しい声が唸りを上げた。
『首を跳ね飛ばすか、ユル?』
(駄目だ! リハルがすぐ隣にいる……あいつの身に危険が及ぶ)
『……了解だ』
ユルは冷静に警備兵に告げた。
「次からは気をつけよう。今日は通してくれ」
警備兵はウザそうに腕を振った。
「けっ、通してやれ!」
ガタゴトと音を立て、牛車はアーチ状の門をくぐり抜けていった。
門を過ぎて少し進んだところで、リハルが不満そうに眉をひそめた。
「新しい統括リーダーって、あんまり良い人じゃなさそうね……」
「僕も同感だ。あの警備兵たちも完全に新顔だったな……この辺りで見かけたことがない」
「私もないわ」
リハルは重苦しい雰囲気を振り払うように、ユルの肘を小突いた。
「まあ、そんな奴らのことはどうでもいいわ! それより教えて……おじいさんにどうやって話すつもりなの!? 教えてよぉ!」
ユルは途端に顔を真っ赤にして狼狽えた。
「……そ、それは……『僕は……僕は……僕は……』って……」
「『僕は』の後は何よ!?」
ユルは緊張で咳払いをした。
「……『リハルと結婚したいので、お嬢さんを僕にください』って言うつもりだ……」
リハルは「〜〜っ!」と両頬を押さえて悶えた!
「きゃーっ! それ、すごく格好いいわ!!」
彼女は興奮気味に身を乗り出した。
「ねえねえ! 結婚したら、どこに家を買う予定なの!? 教えて!」
「君はどうしたいんだ? どこに住みたい?」
リハルは夜空の上を指さした。
「私は高い場所に建てられた家が大好きなの! 一番高い最上階! 高い場所なら、どこだって大歓迎よ!」
(……完璧なアイデアだな。僕が怒らせた時、最上階から直接投げ落とせるじゃないか……)とユルは心の中で冷や汗をかいた。
じっと見つめ返してくるユルに、リハルが首をかしげた。
「何を考えているの、ユル?」
「……いや、なんでもない! 素晴らしいアイデアだと思うよ!」
「おうちに着くまで、あとどれくらいかかるかしら?」
「あと二時間くらいかな」
その時、リハルのお腹から「ぐぅ〜」と小さなお腹の音が鳴った。
「ユル……お腹が空いちゃったわ……」
ユルが後ろを指さした。
「後ろのバッグにお肉の缶詰が入っているよ。冷めてはいるが、しっかり火が通っているから食べられるはずだ」
リハルに一瞬でエネルギーが充填された!
「本当!? お肉―――っ!?」
彼女は牛車の後ろへと躍り込むと、バッグをひっかえして容器を取り出した。すぐさまユルの隣の席へと戻ってくると、スプーンいっぱいにすくって彼の口元へ差し出した。
「はいユル、あーんして!」
ユルに一口目を食べさせ、自分もパクリと頬張り、さらにもう一口ユルへと運ぶ。
咀嚼しながら、リハルが尋ねた。
「そういえば、モコンたちはすぐ後ろにいたのよね? 彼らも私たちの村に来るの?」
「あいつは僕たちのせいぜい一時間後ろだ。それに、ゲートを抜けて最初にある村があいつの故郷だから、心配いらないよ」
「私たちの村に着くまで、あと二つ村を越えなきゃいけないのね?」
ユルは優しく微笑んだ。
「ああ。さあ、もう一度眠るといい。着く頃には朝になっているし、睡眠不足になると目の下にクマができるぞ」
リハルは素直に深く頷いた。
「はーい!」
彼女は丸くなり、再び心地よい眠りの中へと落ちていった。
――もう一台の牛車にて。
モコンが手綱を握り、隣にはセムリが腰掛け、後ろではジャスキが爆睡していた。
セムリがしみじみと溜め息をついた。
「お祭りはすごく綺麗だったわね……でも、アトラクションには一回しか乗れなかったわ」
モコンは優しく微笑んだ。
「いいんだよ。友達の命の方が大切だったんだからな。来年になったら、みんなでたくさんアトラクションに乗ろうぜ!」
セムリの目が輝いた。
「本当に!? 来年もまた行けるの!?」
「勿論だ!」
「キャーッ! すごく楽しみ! 来年のお祭りが待ち遠しいわ!」
「俺もさ」
セムリは後ろで眠るジャスキをチラリと振り返った。
「あの子の寝相の深さは知ってるでしょ……朝になるまで絶対起きないわね」
「ははっ、違いないな」
セムリは大きく背伸びをした。
「なんだか退屈してきたわ……モコンの村に着くまで、あとどれくらい?」
「あと一時間くらいかな」
頬杖をつきながら、セムリが呟いた。
「あぁ……長旅の後に家に帰って休む時のあの感覚って、他に代わるものがないわよね」
靄の立ち込める夜道を見つめながら、モコンが言葉を重ねた。
「俺も同感だ。一日中懸命に働いて、最後に自分の家へと足を踏み入れる時……ストレスの半分以上がスーッと溶けていくような気がするんだ。胸の中に残るのは……」
モコンとセムリの声が重なった。
「「……安らぎ(平和)、ね」」
偶然の一致に、二人は思わず吹き出した!
興奮のあまり、セムリの手が木枠の上に置かれたモコンの手の上に偶然重なってしまった。二人の顔がパッと真っ赤になる。セムリは慌てて手を引いた!
「ご、ごめんなさい!」
モコンは気まずそうに頬を掻きながら視線を逸らした。
「い、いや……大丈夫だ!」
セムリはくすっと可愛らしく笑った。
「家に着いたら、まず温かいお風呂に長めに入って、ご飯をいっぱい食べて、泥のように眠るわ!」
「俺なんて、ベッドにダイブして即落ちだな!」
――数時間後。『食料の村』リハルの家にて。
ユルの牛車が前庭へと滑り込んだ。水平線の向こうから、うっすらと朝の光が差し込み始めている。
ユルは玄関のドアへ歩み寄ると、トントンと力強くノックした。
眠い目を擦りながら、リハルのおじいさん(頑固オヤジ)がドアを開けた。
「おい! 朝っぱらから何の用だ!?」
ユルは何も答えず、牛車へと戻ると、熟睡しているリハルを優しく腕の中に抱き上げ、家の中へと運び入れた。
「リハルはまだ熟睡しています……」
おじいさんは溜め息をついた。
「待ってろ、ベッドを整えてやる」
ユルはリハルを彼女のベッドの上に優しく横たえると、肩まで毛布をかけ、リビングへと戻ってきた。
ユルが口を開いた。
「……おじいさん」
欠伸をしながらおじいさんが振り返る。
「なんだよ?」
「お話ししたいことがあります」
「話だと? 手短にしろ、わしは立ったまま寝そうなんだ」
ユルは生唾を飲み込んだ。心臓が早鐘のように高鳴っている。
「……僕たちの、結婚についてです」
おじいさんはパチパチと瞬きをした。
「……で?」
内心では恐怖で生きた心地がしていなかったユルだったが、意を決して深く頭を下げ、はっきりと声を張った!
「リハルと結婚させてください! お嬢さんを僕にください……! 一生、責任を持って彼女を幸せにすると誓います!」
おじいさんは後頭部をポリポリと掻きながら、じっとユルを見つめた。
「……いいぞ」
ユルは衝撃のあまり完全に凍りつき、勢いよく顔を上げた。
「……え!? いいんですか!? 僕たちのキャストの違いについて、何の反対もないんですか!?」
おじいさんは呆れて白目をむいた。
「リハルの奴、ずっと前にわしを脅してきたんだよ! 『ユルと結婚したいの! 反対するなら駆け落ちしてやるんだから!』ってな。見ろよあの姿を……結婚どころか、付き合ってもいない段階からお前を旦那扱いしていたんだぞ!」
「ですが……身分の違いが……」
おじいさんはウザそうに手を振った。
「その辺のことはわしが何とかしてやる。お前が考えなきゃならんのは、結婚した後に『どこに住むか』だ! わしの家に住ませる気はないし、お前は自分の家を持っていない……だろ?」
ユルはきっぱりと言い放った。
「……僕が何とかしてみせます」
おじいさんの目が突如として鬼のような鋭さを帯びた。
「フン、見ものだな。だが覚えておけ――リハルが一度でも『ユルに酷い目に遭わされた』と泣きついてきたら……お前自身の斧でお前の首を叩き斬ってやるからな! 分かったか!?」
あまりの恐怖に、ユルはヒッと息を呑んだ。
「分、分かりました……!」
おじいさんはフンと鼻を鳴らすと、バタン! とドアを叩きつけるように閉めた。
――ユルは牛車を走らせ、村の外れへと向かった。
山の麓近くで車を止めると、牛たちを大きな木に繋ぎ、自分は寒空の下、冷たい地面の上にゴロリと横たわった。頭上にそびえ立つ真っ暗な夜空と、切り立った山頂をじっと見上げる。
(……家か。今まで自分用の家なんて必要だと思ったこともなかったな。人生のほとんどを暗い森で木を伐り、迷える魂を鎮め、街で木材を売って過ごしてきた……。だけどこれからは、リハルが僕の人生であり、未来だ。家のことを何とかしなくちゃならない)
(だけど、どうすればいい? 街に家を買えるほどのお金は溜まっていないし、村の土地に家を建てることもできない……できれば、ここに木造の壁を組み上げたいところだが)
ユルは村を見下ろすようにそびえ立つ、切り立った山頂を見上げた。
一筋の閃光が脳裏を駆け巡る。
(……あの山の頂上に家を建てるのはどうだ……? あそこなら特定の村の所有地でもないし、リハルが望んでいた通り『高い場所』だ! だが、あそこまで毎日登るとなると、山頂まで続く頑丈な木製の階段を作り上げなきゃならない……僕一人でやれば、丸一年はかかる作業だ)
(……待てよ! 別の樵に手伝ってもらえば、階段もリハルのための家も、二ヶ月くらいで完成させられるんじゃないか!?)
(素晴らしいアイデアだ! だが、それをやり遂げるには大量の最高級木材が必要になる……つまり、今すぐ大規模な『狩り』に出かけなきゃならないってことだ)
ユルの顔に、決意に満ちた笑みが広がった。
(よし! やるべきことは決まった! 僕とリハルの家は、あの山頂に建てるんだ! 少しだけ身体を休めたら、すぐに木材を集めに出発しよう)
ユルは目を閉じた。敷物も毛布もない凍りついた地面の上で、肌を刺す冬の風に身を震わせながら。
「……ふぅ、めちゃくちゃ寒くなってきたな。だけど、自分のためじゃない……リハルのためなら、何としてでもやり遂げてみせるさ!」
【第15話:決意――完】




