第32話「アカハラですね②」
「……古林春信法律事務所?」
見た目通り他人に流されやすそうな性格の青年は、結局は高天原の押しに負けて、俺達の後ろをスゴスゴ付いてくる結果になった。
サラサラで綺麗な栗色の髪の下から、レンズ越しに歩道から俺の事務所があるビルを眺めていて、両手で大事そうに今日読んでた本を抱えている。
「べ、弁護士さんだったのですか……」
「一応な、腕は二流以下の三流だから、お前の悩みをちゃんと聞いてやれるか怪しいけどな」
「口の悪さだけは超一流ですけどね」
「……やっぱ気が変わった。おい少年、今すぐ帰れ」
「え、ええと…」
隣を歩く高天原が上目遣いにムカつく台詞を言ってきたもんだから、一度は了承した「鳶山彰」を、ついつい追い返すような台詞を吐いちまった。
せっかく俺にもこんな多感な時期があったなぁと、何に悩んでるか知らねえけど人生相談ぐらいには乗ってやるかぁと、珍しく無償でOKを出したのに、この頭ひとつ分差がある減らず口のハラスメントヲタクは、テメエで誘っておきながら人の神経を逆撫でするような台詞を吐いてくるから「いったい何がしたいんだ」と、本日二度目のデコピンを食らわしそうになった。
「おっと、暴力反対ですよ? 今日は休日ですから人通りも多いですし、古林さんの見た目で自分のような未成年の少女に手を上げる姿を見られたら、大変な事になりますよ?」
─────ズビシッ
「あいたっ」
「証人がいるから関係ねえ。おい少年、今のやり取りを聞いててどっちに非があると思った?」
「え、ええと……」
「ほら、困ってるじゃないですか? 良いですか? 古林さんのやってる事は立派な脅迫罪と暴行罪ですからね?」
───等と、ムカつく事ばっかり述べる高天原は、本当についこの間まで落ち込んでた奴と同一人物なのかと疑いたくなる。
「……まあ、食らえる内は食らってあげますけど、だけど癖の付け過ぎで、後程その人差し指が寂しくなっても知りませんからね?」
「なるかバカ」
「……え、ええと。あの何だかよく分かりませんけど…仲良くしましょうよ?」
そんな心なしか以前よりも破天荒さに磨きがかかったように見える高天原と俺の遣り取りを、人に異議を申し立てる事が苦手そうな少年が、困ったように笑いながら仲裁していたのだ…
†††
「……昔から人前で話すのが苦手なんです」
事務所へ入り、普段の相談料が発生する依頼人と同様に向かいのソファーに座った鳶山彰は、手に持っていた本をテーブルの上に置いてから、俺と御茶を用意した高天原に向かって話し始めた。
「授業中に先生に指されると、いつも何を話して良いか分からなくなるんです。答えは分かってるのに、急に緊張で頭が真っ白になって、冷や汗が出て身体の震えが止まらなくなって、手を付いていた机までがガタガタ揺れ出して、まるで僕の所だけ地震が来たような感じになってしまうんです」
「今は震えて無いじゃないですか?」
「一緒に身体を動かして汗を掻いた後だからですかね…それと、あなた方は悪い人ではないと、先程の会話を聞いていて、そう感じたからかもしれません」
事務所に戻っても珍しく私服姿でいる高天原は、どうやら今日は着替えるタイミングを逃してしまったらしい。
外出着と部屋着を区別して生きるコイツは、やっぱり見違えるほど綺麗になった室内が表す通り、相当に潔癖症な性格であると言える。
「……そんな僕を教師は『人間バイブレーション』等と揶揄して皆の前で笑い者にするようになりました。わざと当てて緊張で震える様を楽しむように、その数学の先生は、必ず授業中に一回は僕を名指ししてくるのです。」
「アカハラ…完全な『アカデミック・ハラスメント』ですね」
「チッ、やっぱりハラスメントかよ…そんで? 何だよ? そのアカデミック・ハラスメントとやらは?」
綺麗な顎に手を添えてグリーンの私服姿の上から白いエプロンを着けたままの高天原が、一度少年と本を見比べてから、ポツリポツリと話し出す。
「大学や研究機関などの教育や学術の場において、立場や権力が強い者が、その優位な地位を利用して、指導を受ける立場にある者に対して行う理不尽な嫌がらせや、不利益を与える行為の事です」
「……つまり指導者側が立場を利用して、生徒を虐める行為って事か…」
「まあそうですね。今回の鳶山さんの場合で考えると、質問に答えられない生徒を大勢の前で、罵倒までは行かないまでも人格を否定する発言をして嘲笑するような、最低で最悪な下劣極まりない行為です。まったく…ただ『教育者』という肩書きを得ただけなのに、何を人よりも偉くなった気分でいるのか…自分は甚だ理解に苦しみますね」
……これは毎度の事だが、ハラスメントを語らせると、いつも高天原はスイッチが入ったように真剣な顔付きになる。
昼間、子供達と無邪気にドッジボールをしていた年相応の少女は何処へ行ったのか、すっかりと顔付きは、あの工場勤務の職場リーダーのものになるから不思議だ。
「学習や研究活動の妨害、卒業や進路や進級の妨害、指導義務放棄や差別、暴言や威圧や脅迫、更には経済的負担や私用の強要など、様々な事例がこのハラスメントには見受けられます。もちろん法的にも違法となってきますが、敢えて今日は割愛しましょう…鳶山さんはあくまで未成年ですからね。17歳以下の場合、原則として親権者などの法定代理人が代わって裁判を起こす必要性がありますから…」
「そ、そうなんですか…?」
「ええ、それに貴方は恐らく両親に相談するのが嫌な口でしょう? 心配を掛けたくないって、そう思ってしまう人でしょう?」
「ご、ご名答です……」
……まったく、こんなにもツラツラと色々と喋られたんじゃ、俺の出る幕は無いんじゃねえかって思ってしまう。
いっそのこと「高天原佳澄法律事務所」に改名した方が良いんじゃないかってな?
まあだけど……
「───民法709条の『不法行為』に基づき、加害者本人や学校、または見逃していた大学法人は被害者に対して精神的経済的損害の賠償責任を負うことが求められる」
「古林さん……?」
「 黙って聞け。詳しくどんな法律に違反するか知っていた方が彼だって納得しやすい筈だ。自分は悪くないって、ちゃんとした法律が自分を笑い者にする奴等を悪だと認めている。だから大手を振って歩いて良いんだってな?」
「あ、ありがとうございます…確かにその通りです」
「まあ、話半分に聞いとけ。こんな法律がアイツらを裁いてくれる未来があるって事を触りだけでも教えてやるからよ?」
臆病で、威圧的に振る舞う強者を前にすると、言いたい事をグッと堪えて拳を握っちまう奴が、世の中にはけっこう溢れている。
自分は100%悪くないって分かっているのに、そこから0.01%の非を探して、是を99.9%にしちまうから、他人を罵り嘲笑い虐める行為ってのは、どんなに文明が発展しようとも一向に無くならねえ。
「……悪質な暴行、脅迫、強要、名誉毀損などは刑事上の責任に問われる事だってある。暴行罪や傷害罪、強要罪など、最悪な場合はこれに該当するケースがあるって事を、他人を馬鹿にすることでしか自分の存在価値を見出せない奴は分かってねえ。人を馬鹿にすりゃバチが当たる。人を殴りゃ罪に問われる。そんなのは大昔からずっと言われてる事で、なのに何故か人を虐めて陥れる行為ってのは、人類が産まれて約20万年以上経った今でもこの地球上から消えて無くならねえ…」
……くだらねえんだよ、自分より弱いと分かってるから見下すのに、自分より弱いと分かってるから虐める癖に…どうしてそれが自分より弱い奴を「助ける」に繋がらねえのか、俺にはずっとずっと分からねえ。
「……覚えとけ少年。オマエを馬鹿にした奴は、例えどんなに軽い言動だろうが罪に問われる可能性があるって事をな? 下を向くな前を見ろ。オマエを嗤ってる奴等は、低い賃金で毎日一生懸命働いて生きてる奴を馬鹿にするような、最底辺の脳味噌しかねえ将来の前科持ちばかりだ」
「……はい」
「奴等は一生を棒に振る危険性がある言動をずっと繰り返してるんだ。良いか? お前は獄中で囚人服を身に纏った猿共の前を歩く看守だ。騒ぐ事だけしか能がねえ馬鹿どもの為に、折角の晴れた休日を無駄にすんな。ビビんな恐れんな、ハラスメントかましてくる奴なんか鼻で笑って蹴散らしてやれ『俺はもうアンタ達なんか怖くも何ともありませんよ』って顔して明日を歩け」
俺が述べた事は精神論だ、単純に「負けんな逃げんな」って伝えただけだ…
何ひとつ、相談された事に解決策を提示出来た訳じゃねえ、情けねえけど弁護士失格の根性論しか伝える事が出来なかった。
「……ありがとうございます。来週の月曜日からの学校生活が、少し楽になったような気がします」
───だけど、この日の相談者は最後に笑って頭を下げた。
殆ど何のアドバイスにもならないような俺の自己啓発的な言葉を真摯に受け止めて、ソファーから立ち上がり深々と頭を下げて帰って行ったのだった…
†††
─────ガチャッ、バタン……
「……彼、忘れていきましたね」
「何をだ?」
「……本ですよ、来週から上手くいけば良いんですけど」
「ああそういや…何だ心配なのか?」
「……少し。人はそんな直ぐには変われないって、よく言うじゃないですか? 今はあんな風に前を向けていても、一度学校へ足を運んでしまえば…もしかしたら……」
「おいおい、不吉なこと言うなよ。これ以上の面倒事は御免だぞ?」
「皆、古林さんみたいに強ければいいんですけどね…」
玄関先で見送った後、閉じられた扉を見詰めながら、高天原がそんな不安を煽るような事を言ってきた。
「大丈夫だろ、あんだけ真っ直ぐ前を見ていたんだし?」
「……だと、良いんですけど」
それを振り払うように前向きな言葉を投げてみたのだが、高天原は何故か眉間に皺を寄せて、ハラスメントの話をしている訳でもないのに、依然として顔付きは職場リーダーのままだったのだ……
†††
────翌週、月曜日の事である。
「……はあ?」
いつも通り寝坊助気味に起きて、九時半頃に辺りを見回した俺は、来客用テーブルの上にあった書き置きを見て我が目を疑った。
「……なになに、『拝啓、古林さん。貴方がこれを読んでいるという事は、自分は既にこの事務所にいないという訳ですね。どうせなら口頭でお話してから出掛けたかったのですが、少し思うところがあったので彼が置き忘れた本を返しに行ってきます。行き先は鳶山さんの通う学校ですが大丈夫です。何も心配しないで下さい。特に誰かに何かを言うわけでも無く、ただ本を置いて帰って来るだけですので、ええ本当に置いて帰って来るだけですので、どうか安心して、冷蔵庫に入っている朝食をチンして食べていて下さい…貴方の優秀な頼れる助手、高天原佳澄より』……だあ!? 信じられる訳ねえだろこんなもん!?」
───思い返せばつい最近、人が話している途中の受話器をぶん取って、相手方の部長に説教かました馬鹿の姿が浮かんでくる。
可愛いイラストの吹き出し口に、細々と書かれた文字を見て、描かれていた猫には悪いがそのメモ用紙をビリビリに破りたくなった。
「……ぜってぇ何か変な事するつもりだ。ああと、何だっけ? 彼が通ってる学校はー……」
それからソファーから立ち上がった俺は、ノックも無しに高天原の部屋に入って、机の上に置かれていた調書記録を必死にパラパラと捲っていたのだが…
「……あの馬鹿、マジで何するつもりだ?」
壁にあるハンガーラックに室内でしか着ない制服が無かった事を確認して、更に深く愕然としたのだった……
投稿遅れてすみません(´。・д人)゛
また今日から少しずつ続きを書いていきます。




