第31話「アカハラですね①」
───これはとある休日の出来事だ。
学校や会社、もちろん例外はあるけれど、殆どの公共的所属機関は週休二日制である事が多い。
俺が経営する法律事務所は一応年中無休の9:00〜18:00まで営業しているのだが、客足が少ないからか平日でさえも休日のような気分でいる事が多く、時折り高天原が「こんなんじゃあ、後々社会復帰出来なくなってしまいますよ」と、どちらに転ぶか分からない未来を嘆いていたりする。
仮に今の姿を継続して生きていく事になったらどうするんだと問うが「その時はアルバイトでもしながらネカフェ暮らしでもしていきますかね」等と、テメエの容姿を考えねえで、あっけらかんと笑って言うから頭を抱えちまう。
なんて言うか、社会情勢や常識は人並外れて詳しい癖に、変なところで無防備なんだよなぁと、買い物帰りに立ち寄った公園で、小学生男子三人とドッヂボールをする高天原を眺めながら思うのだ。
───バシッ
「いったぁ…」
「はい、お姉ちゃんの負け。勝ったから俺達にジュース奢ってね」
「三対一なんだから、ノーカンですノーカン!」
「お姉ちゃんが自分で『こっち一人でいいから混ぜて』って、言ってきたんじゃないか、なあ?」
「うん、そーだよそーだよ」
「……ぐぬぬ、もう少し動けるつもりでいたのに…」
もはや疑う気さえ失せたアイツの生い立ちを、実は一番理解してねえのは本人なんじゃねえか? と思う時がある。
外見はどう見たって、か弱い未成年の女子高生なんだから、工場でそれなりの肉体労働をこなしてた頃とは違うんだぞと、八歳ぐらいの小学生男子に負けて悔しがる私服姿の高天原を見ながら考えていた。
………………テン、テン、テンテン…
「……え、ボール?」
「ん?」
まあ、そんな感じでベンチで缶コーヒーを飲みながら、休日の父親みてえに元気な子供達を見守っていた俺の方へ、高天原に当たったボールが僅かに弾みながら転がってきた。
「あ、すみませーん」
「……い、いえ」
しかし手に取ったのは同じベンチに座っていた私服姿の少年の方で、ざっと見であるが年代は高天原と同じぐらいである。
眼鏡を掛けて随分と大人しそうな雰囲気をした彼は、それまで手に持った一冊の本を何やら思い詰めた表情をして熟読していたのだが、それを邪魔するように彼の足元にボールが辿り着いたのだ。
「……ど、どうぞ…」
「ありがとうございます…あ、そうだ! あの折角ですから、少しお願いしたい事があるんですけど、聞いてもらえますか?」
「……え、なんでしょう?」
ボールを手渡された高天原は、何かを思い付いたような表情で、少年にひとつ頼み事をしてきた。
「───一緒にあのガキんちょ共をやっつけてくれません? 貴方の隣にいる古林さんじゃ力加減出来なくて、PTAから苦情が入りそうなので」
「え、えっと……」
「ね、いいでしょう? こんな晴れた日の公園で、一人で何かを悩んでいる方が余計気分を落ち込ませる結果になりますって。知ってます? コントラスト効果って? 周囲の光や活発な環境と自分のネガティブな内面が対比され、孤独感や惨めさが強調される事を言うんですけど?」
「い、いや…詳しくは……」
「それを心理的ギャップとも呼んだりするんですけど…まあとにかく、今は一緒にあの子達をやっつけましょうよ? ねえ君達、三対二でもう一回勝負して貰ってもいいかなぁ?」
「えー? しょうがないなあ…」
「その代わり負けたら一人ジュース二本ねぇー」
「分かった分かった。ホラ、行きましょっ」
─────グイッ
「あ、ちょっと…!?」
……そう言って高天原は、10月の秋晴れの土曜日に、一人で公園に来て何かを思い悩んでいた少年の手を取って走り出した。
顔を赤くしながら戸惑いつつ走る少年は、背丈は高天原と同じくらいで、白のパーカーにグレーのズボンを合わせた何とも地味な出で立ちだった。
「……『君を苦しめる完全アカハラ対策』ねえ…チッ、また面倒臭え事になりそうだぜ…」
少年がベンチに置いていった本の表紙をチラリと眺め、最近じゃマジで聞き飽きた○○ハラの単語を見付けた俺は、今度は逆に憂鬱になって、空を飛ぶ鳶に「お前は自由でいいなあ」と、これから来るであろう面倒臭え事態を苦慮して下らぬ想いを馳せちまったのだ……
†††
─────ピッ、ガチャンガチャンガチャン…
「……はい、どーぞ」
「えへへ、サンキュー」
「ありがとう、お姉ちゃん」
あれから三十分ほど小学校低学年の男子三人を相手に、大人気なくギャーギャー騒ぎながら奮闘した高天原であったが、連れ出した助っ人の力添えも虚しく、結局は少ない給料から泣く泣くジュースを奢る羽目になった。
「本当に二本も飲めるの? お腹壊さないようにしなさいね?」
「平気平気、オレ毎日牛乳二本は必ず飲んでるし」
「君はね。他の子達は一気に飲まないようにね?」
「「はーい」」
ちょうどベンチの脇にあった自販機で、子供達にジュースを買い与えている高天原は、その見た目も相まってか、よく出来たお姉ちゃんのように見える。
「あの…すみません。何の役にも立てず…僕も半分出しますので…」
「あはは、いーですよー気にしないで下さい。元はと言えば自分が無理矢理引っ張って行ったんですから、貴方が気に病む必要は何ひとつないです」
「で、ですが……」
明るく笑う高天原の調子に狂わされて、たじろぐ少年が少し可哀想に思えた俺は、後頭部をボリボリ掻きながら、ベンチに残されていた本と空き缶を持って立ち上がり、仕方なくそんな賑やかなメンツが集う場所へ近付いていった。
─────スタスタスタ…
「……ったく、寧ろコイツが迷惑掛けて悪かったな。おい少年、何か飲みてえ物はあるか? 何でも好きな物奢ってやるから値段を気にしねえで指を差せ」
「────え? 貴方は?」
振り向いた少年は、どうやら俺が先程まで隣にいた事に気付いてなかったようである。
「……高天原の上司であり、同居人であり保護者みてえなモンだ。部下のやらかしは上司が責任取るのが社会規範の基礎だからな、何も遠慮する必要はねえよ」
「自分はコレが良いです!」
「……お前はちっとは遠慮しやがれ、タコスケが」
─────ズビシッ
「あいたっ」
「おい、やべえヤ○ザだ」
「に、逃げるぞ」
「う、うん……」
ズダダダダダダダッ──────
「あ、ほら古林さんが来たからあの子達逃げていっちゃったじゃないですかあ!?」
ポケットに手を突っ込んで賑やかなメンツの後ろに立った俺を見て、ジュースを抱えたガキ共から笑顔は消え、腹立たしい事に仲良く走って逃げていっちまった。
「どーするんです? 本当にPTAから苦情が来たら?」
「俺は歩く災害か、クソッタレ」
変わらねえのは額を押さえて騒ぐ高天原ぐらいで、共に汗を流したお陰で少し顔色が戻っていた少年も、心外な事に人の面見て再び青褪めてやがる。
「ったく、お前もよ? 何にビクビクしてんのか知らねえけどよ、そんなんだからこういう本に頼るような目に遭うんじゃねえのか? ほれ忘れ物だぞ、悩める少年」
「あ、僕ベンチに置き忘れて……」
ポンッと少年の胸の辺りに本を渡す。
置き忘れていた事にようやく気付いた少年は、驚き顔でそれを怖ず怖ずと受け取ったのだが……
「────アカハラ? 貴方、学校で教師から何か精神的苦痛に感じる行為を受けているのですか!?」
表紙を上にして手渡した本をガン見した高天原が声を大にして叫び、俺の嫌な予感を的中させてきやがった。
「是非うちの事務所に来て下さい! 今日の御礼として無料でお話を聞きますから!」
「……おい、何を勝手に」
「いーじゃないですか、どーせ暇なんだし」
「え、ええと…じ、事務所…?」
───とか勝手な事言ってな? 空を飛ぶ鳶が舞い戻ってきて、そんな俺達の様子を一周して眺めながら「ピーヒョロロ…」って、人間は大変だなとでも言うように鳴きながら笑ってた。




