理想の作家、理想の読者(最終回)
さらに、シノザキさんは続ける。
「もはや、人間の時代は終わりを告げようとしている。創作者として、人間はコンピューターに勝てはしない。たとえ現時点で勝てたとしても、もはや時間の問題だ。だが、読者は違う。究極の読者どころか、我々は一般読者すら生み出すことはできなかった。なぜだかわかりますかな?」
「さあ?」
「それは、心が理解できないから。コンピューターには人間の心が理解できない」
「でも、この子は人の反応を見て、ストーリーを決めているんでしょ?人が“何をおもしろいと感じるか”を学んで物語を生み出している。そうでしょ?それは、人の心を理解しているってことに他ならないんじゃないの?」と、私は反論する。
「それは、しょせんデータに過ぎない。これまでにインプットされてきたデータの蓄積から、解析し、判断しているに過ぎない。それに、心など理解できずとも、これまでに存在した無数の作家のパターンから、新しい物語を生み出すことはできる」
「なるほど。そういう仕組みなのね。でも、これ以上、私に何を望むというの?史上最高の作家を生み出したのならば、私に頼る必要なんてないじゃない。私にできるコトなんて、何もありはしないわ」
シノザキさんは、大きく頭を振って答える。
「それは違う。我々は、確かに究極の作家を誕生させた。だが、究極の読者を生み出すことには失敗した。それどころか、今後永遠にできないかもしれない。パラダイス21は、小説を書くことはできた。読んでくれる人の心を震わせるほどの小説を!それでも、小説を読むことはできなかった。小説を読んで、そのおもしろさがわかったりはしない。それには人の心を理解できなければならないからだ。本を書くのは人間でなくともできるが、本を読むのは人間にしかできないというわけだ。そこでミカミカさん、あなたの力が必要となってくる」
「私の?」
「そうです。他ならぬあなたのです。読者の中でも最高の読者、小説読み師。その中でも最高の能力を誇るあなたの!あなたならばなれる!究極の小説家に対抗する究極の読者!理想の読者に!」
「そんな…」
「我々は、あなたのその力を欲しているのです。コンピューターでは永遠に届かないかも知れない最も人間らしき能力。“本を読む”という能力を!」
私は頭の中で考える。めまぐるしく脳ミソを回転させ、考え続ける。
“究極の作家にはなれても、究極の読者にはなれない”果して、そんなコトがあるのだろうか?
でも、よくよく考えてみると、それはおかしな話ではないのかもしれない。現に、パラダイス21はそれをやってのけてしまっている。人間にだって、そういう作家はいる。自分で本を読むのは苦手だし、小説なんて全く読んだことがないのに、作家になっている人もいる。それも、読者の心をつかむ素晴らしい作品を書いていたりするのだ。
私が返答を渋っていると、シノザキさんはさらに続けてくる。
「ミカミカさん、どうか我々の元に来てくれ!専属の小説読み師となってくれ!そうすれば、パラダイスシリーズは、さらにさらに進歩し、進化を遂げることができるだろう!それも、とんでもなく急激なスピードで!あなたのその能力があれば、より高度な物語も書けるようになる。現代の読者が理解できぬような素晴らしい作品の数々を生み出せるようになる!もちろん、報酬は望むだけお支払いする!」
私は、しばらくの間考えてから、こう返事をした。
「いいえ、私には他にやるコトがあるの。そもそも、小説読み師だってやめようと思っているくらいだもの…」
それを聞いて、シノザキさんは驚きの声を上げる。
「なんだって!?正気か!?」
「ええ、正気よ!」
「バカな!なんと愚かな。なんともったいない…それだけは、やめてくれ!いや、やめないでくれ!やめるのをやめてくれ!君のその力は宝だ!人類の至宝だ!その能力を捨てるだなんて、人類その者に対する侮辱だ!損失だ!」
「私は決してこの能力を捨てるわけではないわ。ただ、他の分野にも使ってみたいだけ。このまま小説読み師として一生を終えるのは、なんだか違う気がするの。それに、きっと人はこれ以上の作品を書けるようになるわ。コンピューターが進化し続けるのと同じように。あるいは、それ以上に。人間の方も進化するはず!」
「ならば、我々はさらにその先を行くのみ」と、シノザキさんは静かに答える。
「そうしたら、人もまた先に進むわ。私は見てみたいの。人間とコンピューターがお互いに競い合い、切磋琢磨して先に進み続ける姿を。さらにさらにとんでもなくおもしろく素晴らしい作品の数々を生み出してくれるのを」と、私も答える。
「ならば、なおさらのこと、我々に協力してくれたまえ。それが、必ずや人類の発展にもつながる」
「いいえ。私はもっと別の可能性を探るわ。小説とは別の世界、別の角度から創作を追求する。あるいは、その先にあるモノ…“人の心”とでもいうべきモノを探求してみせる。その為には、このままいてはいけないの。このまま小説読み師として一生を終えるわけにはいかないの」
「そんな…」と、ガックリとうなだれるシノザキさん。
私はそんなシノザキさんとパラダイス21に背を向けると、「さようなら」と一言残し、その場を後にした。
*
私は、シノザキさんの働いているビルから外へ出て、お日様の光を目一杯に浴びながら「ウ~ン」と大きく背伸びをした。
「さて、これからどうしようかしら?あんな風に大見得切った手前、このまま小説読み師を続けるわけにもいかないわね」
ひとりで、そうつぶやく。
「ま、どうにかなるわ。これまでだって、そうやって生きてきたんですもの。いろいろと可能性を探ってみましょう」
そう言いながら、私はオフィス街を抜け、人々が往来する繁華街へと消えていった。
~おしまい~




