閑話:マリーとネコ耳
本日、2月22日は「にゃんにゃんにゃん」でネコの日だそうで……。
フェリクス視点になります。
昼食を終え、眠気覚ましに城内をぶらぶらしていると、前方からにぎやかな一団が歩いて来た。
マリーと侍女たちだ。
「よお」と片手をあげて声をかけようとした俺は、何やらおかしなものに気づいた。
「おい、マリー。それはなんだ」
「くふふ、城下町で見つけたのじゃ。かわいいじゃろう!」
マリーが、ドレスを揺らして一回転する。
俺の腹ほどの高さの頭にはピンクの三角の耳が、ドレスの後ろ側には長いしっぽがついていた。
「……猫?」
「正解じゃ! 耳はな、カチューシャになっておる。尻尾はクリップで簡単につけられるのじゃ。侍女たちの分もある。これからみんなで猫ごっこをするのじゃ!」
そう言ってマリーが取り出したのは、色とりどりの猫耳尻尾。
そして、この色は誰の分、こっちは誰のと言って、周りに控える侍女たちに渡し始めた。
「くすくす。姫さまったら、買ったらすぐつけると言ってきかなかったんですの。城下町からずっとこれで歩いてらしたんですよ。私たちはさすがにご遠慮申し上げましたが」
「いいではないか。他にもつけている者がいたぞ」
「城下町で流行ってるのか?」
「そうじゃ!」
マリーは、腰に手を当て、ふんっとふんぞり返る。
猫耳尻尾を受け取った侍女たちを見ると、一様にくすくすと笑っていた。
流行っていると言っても、ごく一部の流行のようだ。
「……まぁ、あれだ。
楽しそうなのはいいことだよな」
「何を他人事のように言っておるのじゃ。フェリクスの分もあるぞ」
ずいっと差し出されたのは、黒色の猫耳と尻尾。
おいおい、勘弁してくれ。
「悪ぃ、仕事思い出した」
「嘘をつくな。暇そうに歩いておったではないか」
「いや、急いで確認しなくちゃならないことがあったんだ。ほら、護岸工事が大詰めだろ。日程とな、人員の確認を入念にしておかないとな。それから今年もそろそろ新兵の募集が始まるから、そっちもあれこれある。あぁ、近衛騎士は今年から廃止だ。おまえも鬱陶しがってただろ。後宮もな、あらかた片付いたから、余った部屋をどう使うか、決めておかないといけない。会議の資料も目を通しておかなきゃならん。隣国から届いた親書の返事も書かなきゃな。あぁ、忙しい。やることがたくさんある。おまえと遊びたいのはやまやまなんだが、ちょっと時間がとれないな。本当にすまない。その猫耳と尻尾、よく似合ってるぞ。じゃあな」
一気にまくしたて、頭をぽんと撫でて逃亡を図る。マリーは後ろでぎゃぎゃとわめいていたが、聞こえないふりをした。
猫ごっこだと?
あんなもので喜んでいるあたり、あいつもまだまだ子どもだな。
俺は、マリーに言った仕事のうちの何割かをこなすべく、口笛を吹きつつ執務室に戻った。
いつの間に眠っていたのか。
ふと目覚めると、室内はすっかり暗くなっていた。
コンコン
誰かが扉を叩く。
寝ぼけながら返事をすると、扉を開けて入って来たのはカーラだった。
「王、こちらの書類で少し確認させていただきたいことが……あら、まぁ、くすくすくす……」
「?」
「よくお似合いですこと」
カーラの視線が、俺の頭の上に注がれる。
慌てて手を当ててみれば、予想通り三角の猫耳が装着されていた。
「マリーめ……」
「そんなものをつけられても気づかないほど、ぐうすか寝てた自分が悪いんでしょ。
王様業が長すぎて、ちょっとたるんでるんじゃない? 来月から、新兵の訓練に交ざったらいいわ」
「あいつ以外ならちゃんと気づくさ。現に、おまえがノックする前に目が覚めた」
「偶然じゃない?」
「あのな……」
猫耳を取り外し、マントに付けられていた尻尾もはずす。
クリップのついた尻尾の根元を見て、あることを思い出した。
「なぁ、カーラ。おまえ確か昔こういうの持ってたよな。
ほら、ケツの穴に差して使うや……っうああっ」
顎を狙ってきた拳が空を切る。
すんでのところで避けた俺は、椅子ごと後ろに倒れた。
「痛ってぇ。突然何すんだよ!」
「これはこっちのセリフだわ! 他人の黒歴史、いつまでも記憶してないでちょうだい!」
「なんだよ、いいじゃねぇか。結構似合ってただろ。裸で猫耳つけて、これを、っと!」
ぶんっ
次は蹴りが飛んでくる。
床を転がってそれを避け、飛びのいたところに、上段、中段、下段蹴りが立て続けに打ち込まれた。
「ちょっ、待っ、こら、やめろ! ……うっ」
顔面を狙った蹴りを手で払うと、脇腹に拳がめり込んだ。筋肉のすき間を巧みに狙った横打ちに、思わず膝をついた。
「その、記憶は、消しなさい」
「……わ、わかった。わかったからもうやめてくれ」
無表情で一言一句ゆっくりと言われ、俺はうなずくしかなかった。
くすくすくす
給仕の者たちの、堪えきれない笑い声が聞こえる。
先に夕食の席に着いた俺は、マリーよ、早く来てくれと祈っていた。
「腹が減ったのー! 今日の夕飯はなんじゃ? あっ、フェリクス!」
ばぁんと勢いよく扉を開けて入って来たマリーは、思った通りまだ猫耳と尻尾をつけていた。――俺と同じように。
「なんじゃ、やっぱりそなたも気に入ったのじゃな。こっそりつけに行ったかいがあったな!」
「あぁ……ありがとうよ……」
カーラに「あんたにも思い出したくない過去を作ってあげる」と言われて、猫耳をつけたままの晩餐を強要されたことは誰にも言えない。
かくして、一国の王と王女が猫耳と尻尾をつけて食事をするという、奇妙な構図が生まれた。
「おお、しかも今日は魚づくしではないか。さすが料理長!
ん~、うまい! 楽しい! 今日はいい日じゃ!」
「おう……」
「あっ、いかん! 猫ごっこは猫語を話すのじゃった。
うまいにゃー! ほれ、フェリクスも言うてみぃ」
「う、うまい、にゃぁ」
後ろのほうで、ぶはっと噴き出す声がする。
くそう、誰だ。あとでクビにしてやる。
「楽しいにゃぁ! なぁ、フェリクス」
「お、おう……」
「だめじゃ! にゃをつけるのじゃ!」
「おまえもついてねぇじゃねぇか」
「そうなのじゃ。結構難しいのじゃ。一緒に練習しようにゃ」
「……」
「返事をするにゃ!」
「……にゃぁ」
もうどうにでもなれ。
その日は、くすくす笑いと猫語にあふれた晩餐となった。
それからしばらく、俺は猫を見るたびにのたうち回ることになった。
猫なんて嫌いだ。
もう一度言う。
猫なんて嫌いだああああ!
「あぁ、楽しかった。また遊ぼうにゃ」
「……にゃぁ」
活動休止にともない、一度完結マークをつけさせていただきます。
また続きを書けたらいいなと思います。
読んでくださってありがとうございました^^