マリーと惚れ薬
バレンタインに、と思ったのですが、大遅刻でした^^;
年が明けると同時に、初雪が降った。
「おおっ、雪じゃ! 雪じゃ!」
うれしくなった妾は、早速フェリクスを雪遊びに誘った。
「この寒いのに外に出るなんて冗談じゃない」
毛布にくるまり、毛皮のマフラーまで身に付けたフェリクスは、暖炉の前で丸まっておった。
「なんじゃ、その姿は。情けない」
「うるさい。寒いんだから、仕方ないだろ。
雪遊びがしたいなら、城下町にでも行って来い。子供らがいくらでもいる」
「妾はフェリクスと遊びたいのじゃ。なぁ、ちょっとだけ。ちょっとだけ外に出てみようではないか」
「絶っっっ対に嫌だ」
雪はすでに止んでおり、外はいい天気じゃ。
積もった雪で城の中庭は真っ白になっておる。そこで遊んだらさぞかし楽しいじゃろうに、つまらんのう。
「子どもはカズノコ、大人は火の子とはよく言ったものじゃな」
「それを言うなら風の子だろ」
「むむ? 魚の子のように、冷たい水の中でも平気な例えじゃとアナンドが言っておったが……」
「ったくあの爺……。今度ちゃんとした辞書を買ってやるから、暇なときに読め。
うー、寒い寒い。おい、でかけるとき、そこの扉ちゃんと閉めていってくれよ。隙間風が冷たいんだ」
一緒に遊べないのは残念じゃが、フェリクスが妾に何か買ってくれるというのは、素直にうれしい。
妾はフェリクスを誘うのをあきらめ、城下町に繰り出すことにした。
雪が降った翌日にもかかわらず、町は相変わらず人であふれていた。
石畳の大通りはきれいに雪かきがされ、すでに乾いておった。けれど、一歩路地裏に入れば雪が残っており、近所の子供たちが雪合戦をしておった。
「妾もやる!」
「あっ、お待ちください、姫さまっ」
お付きの侍女が止めるがそんなことにかまいはしない。
子供たちに交ざってきゃあきゃあとはしゃぐうち、すっかりびしょ濡れになってしまった。
「もうっ、お風邪を召されますよっ
あちらの宿屋で部屋を借りましたから、早く着替えてください」
「これくらい大丈夫じゃ。着替えは城に帰ってからで……くしゅんっ」
「ほら……。
あ、ねぇ、姫さま。実はその宿屋、ちょっとおもしろいものがあるっていうんで、最近ひそかに人気なんですよ。二階が宿泊所で一階が雑貨屋になっているのですが、その奥で……」
「む? 奥でなんじゃ?」
「お着替えなさったら教えてさしあげます。さぁ、行きましょう」
妾の性格をすっかり見切っている侍女は、にっこり微笑んで宿屋へと促した。妾はうまくはめられたようで悔しく思いつつも、好奇心には勝てず、とことこと侍女についていった。
宿屋に着くと、一階の雑貨屋は人であふれておった。
小さな子から大人まで、たくさんの人が詰めかけておる。しかも不思議なことに、客のすべてが女じゃった。
「どういうことじゃ?」
「あとでお教えします。さぁ、着替えをしてしまいましょう」
下着まで持参しておるとは、こやつ、なかなかやりおる。さてはカーラの差し金かと思いつつ、手早く着替えた。
「よし、早く下に行こう!」
侍女を置いていく勢いで部屋を飛び出すと、女たちでごったがえす店内に飛び込んだ。
「……? 普通の雑貨屋のようじゃが……。
リボンやら包装紙やら、きれいなものがそろっておるが、各段他の店と違うようには見えぬ……」
「店の秘密は奥にあるんですよ。もうすぐ姫さまの番ですから、店内を見てお待ちください」
そういえば、侍女は店の奥がなんとかと言っておった。
ならばと店内で時間をつぶしておると、奥からたくさんの女たちが出てきた。女たちは一様に、小さな袋を大事そうに抱えていた。
「お待たせいたしました……」
女たちの最後に、店の者らしきものが来た。黒い頭巾をかぶった者は、声から女だということがわかった。
妾は、妾たちと同じように店内で順番待ちをしていた十人ほどの女たちと一緒に、店の奥に入っていった。
細長い廊下は薄暗く、何やら怪しい雰囲気が漂っておる。妾はわくわくが止まらず、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして黒頭巾の女についていった。
「こちらです……」
幾重にも重ねられた薄布が開けられる。とたんに甘い匂いが鼻をついた。
「これからこちらで、男性を虜にする惚れ薬の作り方をお教えします。これを食べさせれば、意中の彼もいちころです。あぁ、そう興奮なさらずに。静かにお聞きください……」
惚れ薬?
惚れ薬と言ったか?
なんと、そんなものが城下町で作られておったとは!
「本物なのか!?」
驚いて侍女を振り返ると、侍女は人差し指を唇に当て「お静かに」と言った。
黒頭巾の女は、部屋の中央に置かれた大鍋で、湯を沸かし始める。ぐらぐらと煮立ったところで、今度は小さな片手鍋に黒いどろどろとした液体を入れた。
「これは直接火にかけてはいけませんよ……。必ず湯煎で溶かしてください……。甘いものがお好きな方なら砂糖を入れて……苦手な方にはこのままで……」
黒頭巾の女は、黒い液体にバターや砂糖を次々と混ぜていく。途中、湯からおろし、濡れ布巾で一度冷やしてからまた湯にかけた。すると黒々としていた液体が、茶色いなめし皮のような色になり艶を帯びてきた。
「これで完成ではありません……。ここに貴女の涙を一滴入れるのです……。それは、お相手のことを想って流す涙でなければいけません。涙に含まれる想いの強さで、惚れ薬の効果は変わります……」
黒頭巾の女は、艶めいた惚れ薬を、斜めの楕円が二つ組み合わさったような型に入れた。
「これは貴女の心の臓を現したものです。一晩置いて、固まったら型から取り出してください……。
貴女の心が、想い人に届きますように……。お会計はあちらです」
気づけば、妾も他の女たち同様、小さな袋を抱えてふらふらと店内に戻っていた。袋の中には、初めの黒いどろどろとした液体が入った小瓶と、手のひらほどの型が入っていた。
「姫さま? 大丈夫ですか?」
「……い」
「え?」
「すごい! すごいではないか!」
こんな魔法のような品が、城下町で手に入ったとは!
まったく知らなかった!
「早速帰って作るのじゃ!」
そしてもちろんフェリクスに食べさせる!
妾は息をつく間も惜しいほど、大急ぎで城に帰った。
小瓶に入った黒い液体を鍋にそそぐ。
液体は少量じゃが、妾の小遣い三か月が吹き飛んだ。しかし金額は問題ではない。三月買い食いを我慢してでも買う価値はあった。
バターやら砂糖やらを手順通りに溶かし込み、店で見たものとほぼ同じものができた。艶が少々足りないのはご愛嬌じゃ。
「よし、あとは涙じゃな。フェリクスのことを考えて泣けばよいのじゃ。
むむむ……」
ぎゅうっと目を瞑って、涙を流そうとする。じゃが、泣こうと思えば思うほど、涙は一滴たりとも出てこなかった。これは大誤算じゃ。惚れ薬の元はできておるのに、肝心の涙が出てこない。
「こ、困ったぞ……」
無理矢理にでも泣こうと、手近にあったコショウを吸い込んでみたり、自分の腕をつねってみたりする。じゃがどんなことをしても、じわりと涙が滲むだけで、惚れ薬の中に入れられるほどの量は出なかった。そうこうするうちにお湯が冷め、端の方からだんだんと固まってきてしまった。
「いかん!」
せめて型にだけは入れようと、慌てて鍋を傾ける。結果、型からはみだし、一部は変な風に盛り上がり、何の形だかわからないでこぼこの茶色い塊ができあがった。
「……」
妾の、三か月分の小遣いが……。
これでフェリクスをロウラクし、あんなことやこんなことをしようと思うておったのに……。
うなだれて、がくりと膝をつく。調理場の床に、ぽたりと涙がこぼれた。
「ぬおおっ
なぜ今出るのじゃ! もう遅い!」
悔しさに、バンバン! と床を叩く。
いや、まて、遅くはないのではないか。惚れ薬はまだ固まっておらぬし、表面に塗っただけでも効果はあるかもしれぬ。
さぁ、もう一滴! と涙を出そうとしたが、わめいている間に涙は引っ込んでしまった。
さすがの妾も、今度ばかりはジコケンオに陥った。
目の前には、とても食べ物には見えぬ茶色い塊がある。たとえ涙を入れられたとしても、これでは食べる気になれない。
惚れ薬作りは失敗じゃ。こんなものに頼ろうと思った妾が馬鹿じゃった。そうじゃ、モノに頼ってどうする。妾は妾自身で勝負するのじゃ!
見るのも嫌な失敗作を調理場に置いたまま、妾は大老たちの部屋へ赴く。最近は、あやつらの話をすべて鵜呑みにするのはいけないらしいと思い始めておったが、こういうときはつい頼ってしまう。
「男の意見というものをだな、聞きたいのじゃ。別に、遊ばれに行くわけではないぞ。そもそもフェリクスが悪いのじゃ。いつもつれない態度でばかりおるから、妾が苦労をするはめになる……」
ぶつぶつぶつ。
つぶやきながら歩く妾を、見張り番の兵士が不思議そうに見ていた。
翌日。
妾は、朝から昨日のフェリクスのように暖炉の前で丸くなっていた。
大老たちには、押してダメなら引いてみろという、珍しくまともな助言をもらった。
それに従ったわけではないが、フェリクスには、今日は一度も会っていなかった。昨日の失敗が悔しくて、顔を合わせる気になれなかったからじゃ。
すると、意外なことに向こうからやってきた。
「よぉ、どうした。具合でも悪いのか」
「悪くない」
丸まったまま答えると、フェリクスは毛布を手に妾を抱き上げ、膝に乗せた。
「ん~、おまえはあったかいなぁ。一日中執務室にいたら、すっかり冷えちまったよ」
「人を湯たんぽみたいに扱うでない」
「いいじゃねぇか。今日はいつも邪魔しにくる誰かさんが顔を見せないせいで、朝からずっと働きづめだったんだ」
フェリクスは、妾の頭に顎を乗せる。とがったところで脳天をぐりぐりとやられ、「痛い」と訴えたら、「ははは」と笑われた。
「マリーはいいなぁ、呑気で」
「失礼なことを言うな。妾にだって悩みくらいはある。
そなたこそ……、ん? フェリクス、腹に何を入れておる。さっきから何か当たっておるぞ」
「あぁ」
もぞもぞと、フェリクスが隠しを探る。フェリクスの腹の辺りから、見覚えのある包装紙に包まれた小箱が、いくつも出てきた。
「そ、それはどうしたのじゃ」
「城内でもらった。食いもんらしいぞ。食うか?」
「だめじゃ! 食べてはならぬ!」
妾は、フェリクスから小箱を奪い取る。
なんということじゃ。妾の周りには、フェリクスを狙っておる女がこんなにおったのじゃ!
「なんだよ、全部持ってくことないだろ。俺にも少し食わせろ」
「食べるなら妾が作ったものがある!」
「マリーが?」
妾は、しまった、と口を閉じる。
「へぇ。昨日なんかごそごそやってたのは、何か作ってたのか。どれ、食わせてくれよ」
「……笑わぬか?」
「笑えるものなのか?」
「ちょっと……形が……」
「形より味だろ」
フェリクスに言われ、妾は渋々と調理場にアレを取りに行った。
「これじゃ」
「あぁ、ショコラトルか」
「知っておるのか」
「うまいよな。材料、高かっただろ」
南方からの輸入品であるそれは、少量しか流通しておらず、非常に貴重な品なのだと言われた。
さすが、フェリクス。なんでも知っておる。
「リーンハルトでも扱っている店があったのか。菓子に混ぜ込んだり飲み物にしたりしてもうまいが……何よりも媚薬として有名だな」
フェリクスが、にやりと笑う。妾は己の姑息な作戦を見破られ、頬が紅潮するのを感じた。
「俺にこれを食わせて、何がしたかった?」
「いや、その……惚れ薬じゃと聞いたから……。
作る途中で相手を思って流した涙を入れると、惚れ薬になるんじゃと」
「はぁ? じゃぁ、これ全部作ったやつの涙入り? それは怖いぞ。食わなくてよかった」
フェリクスが顔をしかめて、妾が暖炉の前に置いた小箱を見た。
う、そうか。怖いか。
ということは、妾のは涙を入れなくて正解だったということか。
「妾のは入っておらぬ。食うか?」
「入ってないのか? ふうん……」
フェリクスは、歪な物体と妾を交互に見比べる。
「なんで入ってないんだ?」
「なんでって、入ってないほうがいいのじゃろう? なら、いいではないか」
「惚れ薬を作りたかったんだろ。
……もしかして、他にもあるのか? そっちは涙入り? 誰に渡そうとした?」
「他のものなんてないぞ。それだけ買うのが精いっぱいじゃった。涙を入れようとしたが出なかったのじゃ。
そうこうするうちに固まりはじめおって……。慌てて型に入れたらその有様じゃ。
食わぬならいいぞ。妾が食べる」
そうじゃ。それは妾の小遣い三か月分もしたのじゃ。
失敗作とはいえ、捨ててしまうのは惜しい。
妾は、フェリクスから惚れ薬もどきを取り戻そうとした。が、フェリクスは妾の伸ばした手をひょいと避けた。
「他にはないんだな。よし、じゃぁこれは俺が食ってやる」
「あっ」っと叫ぶ間もなく、型から取り出されたそれはフェリクスの口の中におさまった。
「ん、うまいぞ」
「あああ、なんで全部食べてしまうのじゃ! 妾も味見したかったのに!」
「味見? してみるか?」
フェリクスが、妾の顎を引き寄せる。顔が迫り、口と口がくっついた上に、唇を押し開けられて、何かが口の中にはいってきた。
「何を……んむうっ、んんんっ、んん!?」
フェリクスの舌の他に、とろりと甘い何かがある。
おお、なんじゃこれは! うまいではないか!
「おっ、ちょっ、マリー、待て。そんなにがっつくなっ、うわっ」
これがショコラトルか! 高いだけはある。
甘みの中の、深い味わい。ほんのりとした苦みと鼻から抜ける香りは、いままで味わったことのないものじゃ。
こんなうまいものを、フェリクスだけに食わせるのは惜しい。
妾はフェリクスを押し倒し、口中のショコラトルを貪った。
「おまえ……っ、激しすぎだろう!」
すべて食べつくしたところで、フェリクスにぐいっと押し返された。
うぬう、もっと食いたいぞ。そうじゃ、まだあったではないか。
妾は、暖炉の前に置きっぱなしだった小箱を手に取った。が、中を開けてみてがっかりした。温かい火の前に置かれていたせいで、中身がすっかり溶けてしまっておった。
「これはやめとけ」
フェリクスが、ぽいっと小箱ごと暖炉に放り込む。甘い匂いが、部屋中に広がった。
「もったいないのう」
「何が入ってるかわからねぇもんなんか食えるか」
「もらってきたのはそなたじゃろ」
「涙入りなんて聞いてねぇよ」
言いながらフェリクスは横になり、毛布をかぶって再び妾を抱き込んだ。
「今日はもうこのまま寝ちまうか」
「阿呆なことを言っておらんで、仕事をしろ」
「阿呆はおまえだ。媚薬でムラムラした俺が、よその女のところへ行っていいのか?」
「ムラムラしておるのか?」
「例えばの話だよ」
そういわれても、フェリクスに変わった様子はないし、妾の体にも変化はない。
媚薬だ惚れ薬だというのは眉唾物だったのじゃ。あーぁ、小遣い三か月分、損をした。
妾は、フェリクスの腕を枕に、ふて寝を決め込むことにする。フェリクスは妾が大人しくなったことで、本格的に転寝の体勢になった。
パチパチと、薪が爆ぜる音がする。
フェリクスの体温と、髪を撫でてくれる手が心地よい。
毛皮の敷布はふかふかで、かぶった毛布はやわらかく温かい。
室内に優しく漂う甘い香りも、眠りを誘う。
呼吸が深くなるにつれ、一日中くさくさしていた気持ちがふわりとほどけていく。もしや、ショコラトルの効果じゃろうか? これでは、媚薬ではなく睡眠薬じゃな……。
「マリー? 寝たのか?」
フェリクスが問いかけて来る。じゃが、眠くて体が動かない。
「……寝たか。
ったく、なんて危なっかしい奴だ。
おい、あんまり焦らせるなよ。もうちょっとゆっくり成長してくれ。でないと……」
でないと、なんだというのじゃ。
妾は早く大きくなりたいぞ。
早く大きくなって、フェリクスに、似合う……ような……。
妾に、その後の記憶はない。
気づけば朝で、自分の寝台に寝ていた。侍女がカーテンを開けると、まぶしい朝の光が差し込んできた。
「おはようございます、姫さま」
「……おはよう。妾は昨日、どうやって寝たのじゃ?」
「くすくす。王が運んでくださったのですよ」
そうか。
ううむ、昨夜、何かフェリクスに聞きたいことがあったような気がするのじゃが、思い出せぬ。
「そういえば、あの侍女はどうした。先日、妾と一緒に城下町に行った侍女じゃ」
「……彼女は今謹慎中です。姫さまをいかがわしい店に連れて行ったとして、カーラさまにたいそう怒られていました」
「何? それはいかん! 妾は楽しかったのじゃ。それにうまかった。礼を言いたい。謹慎は解くようにカーラに言ってくれ」
「! ありがとうございます!」
カーテンを開けてくれた侍女が、うれしそうに笑う。そして、ぺこりと礼をして部屋を出て行こうとする背中に声をかけた。
「ついでにな、もっといい惚れ薬があったら教えてくれと言っておいてくれ」
「まぁ、姫さまったら。くすくすくす……」
あの日以来、フェリクスは食べ物の差し入れをもらうのをやめたようじゃ。。
しかし、城のそこかしこで、こっそりと意中の人に箱を渡す女の姿を見た。渡された方もまんざらでもない様子であることが多く、妾は心の中で彼らがうまく行くよう祈った。
また食べたいと思ったショコラトルは、再び買いに行ったときにはもう売り切れておった。
期間限定、数量限定の入荷だったらしく、次は来年の同じ時期になると言われた。
来年また入荷したら、今度こそちゃんとした形のものを作ろう。
もちろん、先に涙をとっておくのを忘れずに、な。




