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雑に生きしまうがいいさ  作者: 十文字青


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23/28

第23話 自分より先には

 ギネさんが腹減ったと言いだして、私も空腹ではあったから、我が家から車で数分のころにあるコンビニで店内調理のやきとり弁当を買い求める。

 ここはギネさんが奢ってくれるんじゃないかとひそかに期待していたのだが、そんなことは起こらない。

 まあそうだよな。

 ギネさんだし。


 自分で読む本は身銭を切るべし、というのはギネさんのポリシーであって、吝嗇家ではべつにない。

 私は東京でギネさんに何回もご馳走になっているが、銀座で高級な寿司を食わせてもらったこともあれば、新宿の真っ暗なバーでビンテージのウイスキーを飲ませてもらったこともある。

 あと、買い物に付き合わされて、なぜか超高額なブランド物を買ってもらったことなどもあったりする。

 私はブランド物なんか興味がないし、金になりそうだから後日売ってしまったが。

 事実、いい値段がついた。


 ようするに、基本的に金に無頓着な人なのだ。

 ギネさんが書いた本にはまっとうな金銭感覚の持ち主がいくらでも出てくるのに、当人はまったくそうじゃない。


 私は口座の残高六桁を維持するのに汲々としている。

 貧困層とは言わないまでも、裕福からは程遠い。

 明らかに貧乏人だ。

 ギネさんもそんなことは知っているだろうが、哀れだし、自分は金なんか一生で使い切れないほど持っているから、払ってやろう、とはならない。


 たとえば、私が破産して、どうか百万円貸してくれと泣きついたら、蔑まれはするだろうが、ニ、三百万円、ぽんとくれそうな気がする。

 その代わり、縁を切られるかもしれない、というか、確実に絶縁される。


 とりあえず、イカドハイヤーの会長からもらった八万円にまだ手をつけていないし、やきとり弁当くらいは気前よく奢ってればいい、ということなのだろう。

 その程度ならかまわないが、コンビニを出ようとしたら、ギネさんが言いだす。

「タッキーん家、酒あるのか?」


 私は首を振る。

「ないね。買い置きすると、一気に飲んじゃいかねないからな」

「じゃあ死ぬほど買ってこうぜ」

「え? おれを殺す気なの? 飲ませ殺す気満々ですか?」

「たまにはいいだろ」

「たまにはっておれ、一回しか死ねないよ?」

「そんなもん気合いでどうにかなるもんだって」

「ならないよね? 死んだら気合いもろとも消滅するからな? こんなこと説明しなきゃならんの?」

「酒買ってこうぜ、タッキー。今夜は飲もうぜ。ねこを肴によぉ」


 仕事が忙しいんじゃないのか。

 私はギネさんのゴーストとして書評を書かねばならんのだが。

 というかその案件を私に押しつけたのはあなたなんですが。

 まだ本も読み終えてないんだけど?


 言いたいことは山ほどあれど、酒は飲みたいし、ギネさんのスケジュールなんて知ったこっちゃないし、書評の〆切までまだ何日かあるので明日から取り組んだとしても間に合うんじゃないないかな、きっと。


 引き返すと、ギネさんがカゴにウイスキーだの炭酸水だのワインだの焼酎だのビールだのをぼんぼん放りこんでいって、私に渡す。

「はい、タッキー」

「……はい」


 こうして私はイカドハイヤーの会長からもらった八万円に手をつけることになる。

 どんな罠だよ。


 やきとり弁当と大量の酒類を抱えて帰宅すると、ねこが居間で私たちを迎えてくれる。

「ねこぉ。ねこお。ねこ! おぉいタッキー、ねこいいなぁ。こうなったら、わたくしが養子としてもらってもいいよな?」

「いいわけねえだろ。猫って生き物はだいたい環境の変化を嫌うんだよ。ここに慣れてるし、ここで暮らすのが一番なんだ」

「じゃあわたくしがここに住む。タッキーはわたくしの家に住め。家賃はまけてやるから」

「参考までに訊いとくけど、ギネさんマンション住まい? 家賃いくらくらいなの?」

「知らんけど、二、三百?」

「安っ。んなわけねえよな。二、三百万か。高っ」

「半分でいいぞ。折半しようぜ」

「できるか!」


 私たちは並んでソファーに座って、布団なしのこたつをテーブルにし、缶ビールを飲みながらやきとり弁当を食べる。

「何だこれ」

 ギネさんが身震いする。

「最高か……?」


 やきとり弁当を完食すると、ワインを開ける。

 私もギネさんもジュースみたいにがばがば飲む。

 二人とも、酔いはしても乱れることはない。


 というか、私はともかくとして、ギネさんは酒が入っていなくても頭のネジが何本か飛んでいる。

 ネジのようなものがそもそもないのかもしれない。

 我々人間をがんじがらめにして、苦固牢隘なる現実に縛りつける楔、杭、鎖、そういったものは、あるようでない、仮想のものでしかないということを、ギネさんは見抜いているし、そこからいくらでも自由になれる人なのかもしれない。


 ちなみに、苦固牢隘、などという言葉は存在しない。

 私の造語だ。


 こうしたありそうでない、ないのだがなんとなく意味がわかる、そういった言葉を縦横無尽に使いこなすのも、ギネさんの文学の特徴の一つで、批判浴びがちなところでもある。

 それに対して、ギネさんは賢明なことに、一度も反論したことがない。

 過去、インタビュー、対談などで質問されても、煙に巻いて答えようとしない。


 そもそも、ギネさんは顔出しをしない作家だが、顔出しをしないとも言っていない。

 代役を立てて写真を撮らせても、それが代役だとも言明しない。

 JK時代の写真なども流布しているのに、なぜかとある男子高生の写真もギネさんだということになっている。


 いくつかの別名義はギネさんだろうと、一部の熱烈なファン、好事家が断定していて、それは正しいのだが、ギネさん本人は否定も肯定もしない。

 私はギネさんを受賞時から知っているので、インタビューでもエッセイでも、そうとうでたらめなことを言ったり書いたりしていることを知っている。

 けれども、世の人びとは、何が真実で何が虚偽か、勝手に判断しているだけで、たいがい間違っている。

 たまに合っていても、それは私が合っていると感じるだけで、本当のところはわからない。


 私たちはワインやハイボール、焼酎などを飲みながら、ねこについて語りあう。

 テレビをつけると、芸能ゴシップなども話題に上りだす。

 ゴシップに架空の芸能人が混ざりこんできて、まったくカオスな様相を呈してきたりもする。


 スポーツについても話す。

 ギネさんは海外サッカーやメジャリーグ、ゴルフ、テニスから、日本のプロ野球、ジェイリーグ、大相撲、プロバスケットボール、バレー、卓球、等々、じつに詳しい。

 ただ、本当に詳しいのかどうか、私は浅い、薄っぺらな知識しか持たないので、わからない。

 ギネさんはイマジネーションで補ったり盛ったりしているのかもしれない。


 政治についても激論する。

 我が国や隣国、遠くの国々の歴史について。

 戦争や疫病について。

 テクノロジーの発展について。


 過去と現在、そして未来。


 人類を含めた生物について。

 無生物が生物のように振る舞ったら、それは生物と見なしうるのかどうか。


 私とギネさんはそういう話をする。

 少なくとも、私は物知りじゃないし、かなり適当なことを言っているが、ギネさんはその道の研究者なんじゃないかと思うほど、何でもかんでも淀みなく筋道を立てて、それっぽい用語を交えながらしゃべる。

 その用語の意味がわからなくて私が訊くと、ギネさんはすらすら答えるから、さすがに即興で用語を創出しているわけじゃないと思う。

 が、わからない。

 他ならぬギネさんのことだから。


 私たちは酔っ払わないほうだが、とはいえお互い尋常じゃない量の酒を飲んでいるので、へべれけではないものの、へろへろにはなっている。

ねこはとっくに寝室の私の布団の上で丸くなって眠っている。


「タッキー、わたくし風呂入りてえ」

「ええ? 風呂お? 我慢しろよそんなもん」

「風呂入りてえ」

「ああ? わかったよ。風呂かあ。シャワーじゃなく?」

「わたくし風呂入りてえの」

「うちの風呂カマドウマ出るぞ」

「便所コオロギかぁ。あれ揚げて食ったらけっこうめえよな」

「食ったことねえから知らんて」


 ギネさんのリクエストなのでしょうがなく私は風呂を焚く。

 我が家の風呂場はクソ古くてひどいものだったが、いつだったか、今は思いだせないけれど、金をかけてユニットバスにしたから、軽くシャワーで流してスイッチをオンするだけだ。

 カマドウマはいなかった。

 たぶん。


 お湯が入るまで、私たちはさらに酒を飲む。

 酒だということは間違いないが、何の酒を飲んでいるのだか、定かじゃない。

「えれ? てうか、ギネはん、着替えとかあんの? 何も持ってきてなくね? 手ぶらじゃね?」

「手ブラー」

 ギネさんが自分の胸に両手を押し当てる。

 すげえなんていうかギネさんの言動にしてはレベルが下がってんなと私は感じる。


「どうすんの? まあいいか。脱いだの着ればいいかあ。いいよな。生きてればそういうこともあるだろ。あるよなあ」

「ねえわ!」

「ないんかーい」

「ナイチンゲール!」

 ギネさんは立ち上がって右手で股間を押さえ、左手の人差し指を天に向ける。


 だいぶ仕上がってんな、この人。

 風呂なんか入って大丈夫なんかな。


「じゃあ、なんか、あの、用意するね。着れそうなの。新品はないけど、洗ったのはあるから。あると思うわ。あったよな。あるか。あるわ! あの、柔軟剤は一応使ってっから。使ってるはず」

「何でもいいから早く用意しろよ早漏」

「わかった、わかったって。そう急かすな。おれはあの、確実性を求めるほうなんだよ」


 私はスウェットの上下やパーカーやTシャツやボクサーブリーフやショートパンツ、靴下、靴下、Tシャツなどをどこからか引っぱり出してきて、風呂の脱衣所にバスタオルと一緒にまとめて置いておく。

 お風呂が沸きました、と誰かが言う。

 機械の音声だ。

 お風呂の中に住んでいる妖精みたいなものだ。


 私は手を引いてギネさんを脱衣所まで案内し、出るまで外で待ってときおり声をかけるというプロトコルを提案する。

 何だ、プロトコルって。

 よくわからないが、入浴中に寝入ってしまい、溺死するようなことが、万が一にもあってはならないと、私は考えたのだ。


 しかしながら、それってどうなんだとも思わなくはなかったが、ギネさんは了承する。

「そうしてくれりょん。ぬらひみょん。わたくしも寝てしまいそうな気がしますそん」

「だったら入らきゃいいのでは」

「そういうわけにはいかないのだネルソン」

「ネルソン誰」

「誰でもない。ネルソンは誰でもない。しいて言えばおまえがネルソンだ……」


 ギネさんが脱衣しようとするので、私は慌てて脱衣所から出る。

 それから一定の間隔を置いてギネさんに呼びかける。

「ギネさん」

「ホイール」

「ギネさん」

「ハイスタンダール」

「ギネさん」

「レインボーなり」

「ギネさん」

「マッチョマッチョ、ヒゲマッチョ」


 ときどき私も眠ってしまいそうになるが、そこはなんとか耐える。

 耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶのだ。

「ギネさん」

「カボスイカラスイム」

「ギネさん」

「膣に小判」

「ギネさん」

「小陰唇にかける眼鏡」

「ギネさん」

「イボノイノシシ予言」


 関係としては元後輩と元先輩で、今はたまに仕事をくれる人、ゴーストライターとして本を何冊か執筆したことまである人だが、私にとっては数少ない友人の一人だ。


 ギネさんはどうかわからないが、私は友人だと勝手に思っている。


 溺死させるわけにはいかない。

 年齢からいっても、先に死ぬのは私だ。

 先に死んでもらっては困る。


 友人を失いたくはない。

 私が生きている間は死なないで欲しい。

 私が死んでしまったら、あとのことは知らない。

 好きに死ぬがいい。

 けれども、私が死ぬまでは死ぬのを許さない。


 寂しいからね。


「ギネさん。ギネさん? ギネさーん? ギネさん。ギネさん?」

 返事がない。

 いつからだ?

 何回、呼びかけた?

 わからない。

 やばくね?


 私は脱衣所の戸を開ける。

 そこにギネさんの姿はない。

「ギネさん!」

 浴室の半透明の戸を開けると、Tシャツ、ショートパンツを身につけて、ずぶ濡れになったギネさんが立っている。

「タッキィィィー!」

 ギネさんが襲いかかってきて、抱きつかれ、私もびしょびしょになる。

「何、何してんの、何! ギネさん、何なのこれ!」

「水ゾンビだぞぉー」

「水ゾンビって何!」

「水ゾンビは水ゾンビだぁー」

「やめて! 放して! おれ服着てる! いやギネさんも着てるけど! なんで服着てぐしょ濡れなの!」

「水ゾンビだからぁー」

「意味わかんない、もう何なんこの人、助けてぇー!」

「水ゾンビぃー」

「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃーっ!」

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