第17話 永久保存版
私は足の置き場を確かめながら、一歩一歩斜面を下りてゆく。
「ぜろ、にゃびゅ、行かないよ?」
にゃびゅさんは下りてこない。
上からスマホのライトを私に向けている。
「にゃびゅさんは来ないでください。危ないかどうかはわからんけど、靴なんかは確実に汚れそうだし」
「やっぱ行くわ」
「え? 来なくていいって」
「うっせえ。行くっつってんだろ」
「そぉ? 気をつけてね」
斜面はもう少し続くが、私は進まないでにゃびゅさんを待っている。
引き返して手を貸したほうがいいだろうか。
いや、にゃびゅさんのことだ。
私が手を差しのべて、さあ、つかまって、みたいなことを言ったら、きっと鼻で笑われる。
せめて、もし転びそうになったりしたら、駆けつけられるようにはしておきたいところだ。
もっとも、にゃびゅさんの足どりは思ったより危なげがない。
私なんかより、よっぽどすいすい下りてくる。
運動神経がいい人なのだろう。
走ったら速そうだ。
私はちなみに、中学校時代、体育の授業で柔道をやらされたら、なぜか変に強くて、柔道部の同級生にも投げられなかった。
柔道部にスカウトされたが、男同士で組んずほぐれつして汗まみれになんてなりたくないので、断固として拒否した。
まあそんなことは本当にどうでもいい。
私はにゃびゅさんと斜面を下りきると、藪を押しのけながら、さらに進む。
押しのける、といっても、やわらかい枝やら葉っぱやらをちょっとどけるだけでいい。
斜面を下りたときも思ったのだが、通り道ができている、とまでは言わないものの、いまだかつて誰も通り抜けたことがないような場所ではない気がする。
ややあって、私たちは開けたところに出る。
その直前、獣か何かが、だっ、と逃げてゆく音なのか、気配なのか、そういったものを聞くか感じるかしたように思うが、私はあえて忘れることにする。
逃げたなら、ね。
大丈夫だろ。
たぶんね。
「てかさ」
にゃびゅさんがスマホのライトであちこちを照らす。
「何してんの、うちら。こんなとこ入って。肝試し?」
「ううん。何してんだろうね」
私は、ははは、と笑ってごまかしながら、スマホのライトを地面に向ける。
そのとき、私の頭に浮かんでいたのは、これはいくらなんでも幼稚だから言わなかったが、宝物でも埋まってないかな、といったことだった。
何を隠そう、子供のころ、私は宝探しが大好きで、宝の地図を自作し、それをもとに宝探しをするという遊びに熱中していた。
私は地図を作るだけで、宝物を隠してはいないから、当然、宝が見つかることはない。
それなのに、私の宝探しに付き合ってくれる友だちが数人いた。
あれはどういう心境だったのだろうか。
でも、宝の地図の出来がいいと、みんな気合いを入れて宝探しをしてくれた。
どっちにしても、宝物なんてどこにもないわけだが。
夢を追い求めて無邪気に宝探しをする、あの時間が我々にとって何よりの宝物だったのかもしれない。
なんてね。
やかましいわ。
「なんかあるな」
私は足下から七、八十センチ前方でライトを止める。
何かある、というか、掘り返されている。
にゃびゅさんも同じ場所にライトの光を当てる。
「埋まってる?」
たしかに、そこに何かが埋まっていて、何者かが、たぶん獣だと思われるが、それを掘り当てようとした、その形跡らしく見える。
私はぶるっと身を震わせる。
寒気がした?
のか?
何か違うような。
少し前進して、雑に掘られた穴の手前でしゃがむ。
にゃびゅさんが私の背後からそこを照らしだしてくれる。
私は左手でスマホを持つ。
右手でそのへんを探ってみる。
何か白っぽい物体が土の中から飛びだしている。
私はそれを指先でつつく。
そんなことをしたところで、それが何かなんてわかりはしない。
ただ、見た目からすると、あるものに似ている。
「骨っぽいな」
「やば」
にゃびゅさんが低い声で漏らす。
私は白っぽい骨のような物体をつまんでみる。
引っこ抜こうとして、やめる。
「一応、あれかな。通報しておこうかな。さわらないほうがよかったかも……」
私とにゃびゅさんは牛本のもとへと戻って事情を説明し、110番する。
パトカーが到着するまで待つように言われ、そのとおりにする。
その後は少々大変なことになる。
やってきた警察官たちは、最初、どうせ動物の骨だろうと半笑いで、迷惑そうでもあるが、すぐに態度が変わる。
ちょっと掘ってみただけで、次々と大きい骨が出てくる。
応援が要請される。
私たちは現場から遠ざけられ、警察官に詳しく事情を訊かれる。
偽る理由がないので、私もにゃびゅさんも牛本も、訊かれたことには正直に答える。
のちほど警察署に来てもらい、あらためて話をうかがいたい、と告げられて、ようやく私たちは解放される。
骨は人間のものだったことが判明する。
身元は不明だ。
女性らしい。
この件は報道もされる。
私とにゃびゅさんは第一発見者だから、新聞社やテレビ局の取材を受けたりする。
にゃびゅさんは一切断ったとのことだが、私はとくに気にしなかったから、ニュース番組やワイドショーなどでインタビュー記事や映像が流れる。
顔には一応モザイクがかかっているが、音声は無加工だし、私を知っている者ならすぐ私だとわかるだろう。
といっても、私を知っている者なんて限られているわけだが、その限られた人びとから立てつづけに連絡が入って鬱陶しい。
にゃびゅさんみたいに断ればよかった。
こうなることを見越したにゃびゅさんの対応力、やっぱりリスペクトだよ。
私が迂闊すぎるだけか。
人生の折り返し地点を越えているだろう中年なのに。
私は自宅の居間でねこと猫じゃらしで遊びながら、社長と電話で話している。
『そんでおめえ、イカドハイヤーの件で白骨死体見っけて、ドライバーはどうなってんのよ』
「どうって。どうもなってないけど。それどころじゃなかったし」
『んだっけおめえ、あれなんじゃねえの。その白骨死体、女なんだべ。ドライバーが乗せた女なんでねえのか』
「旗岡のケンちゃんは遺体の幽霊を乗せたってこと? それはまあ、おれも考えたけどさ」
『それしかねえべや』
「えぇ? 社長、幽霊とか信じてるほう?」
『信じるもなんも、幽霊くらいなんぼでも出るべや』
「おれは見たことないんだけど」
『その女よ、ぶっ殺されて埋められたかなんかしたから、化けて出て、自分の死体、見つけさせたんでねえのか』
「殺人事件の被害者ってこと? ううん、まあ、あんなとこに骨があるって、変っちゃ変だけどねえ」
『ドライバーがどうだかわかんねえば、一件落着とは言えねえな』
「そもそも相談事はそれだもんなぁ。死体見つけろって話じゃないからねえ」
一仕事終えた感がなきにしもあらずだったのだが、私は頼まれてもいない死者を一人掘り起こしただけだ。
なかなかの騒動に巻きこまれたわりに、一銭にもなっていない。
社長との通話を終えるころには、ねこは遊び疲れてソファーの定位置で寝そべっている。
ありせからラインが来る。
【録画した? 自分のインタビュー映像】
「するわけねえし……」
私は呟きながらレスをする。
【してない】
【ぜんぶ録ってといたから。編集して送ってあげようか?】
【いらない】
【どうして?】
【もらったって見ないし】
【永久保存するから欲しくなったら言って】
【欲しくならねえよ】
【そういえば、四年前から行方不明になってる市内の女の人みたい】
【誰が?】
私はそう返信してから、もしや、と思う。
【遺体の人?】
【それ以外にある?】
【なんでそんなこと知ってる? 報道とかされてないよな】
【ひみつ】
それきり、ありせは何も言ってこない。
私は何か引っかかっている。
何だろう?
考えてもよくわからないし、ねこの飯、水を用意して、身繕いをする。
家を出て、車でイカドハイヤー営業所へと向かう。
副所長の牛本も、にゃびゅさんも、事務所にいる。
私たちは応接スペースで話し合う。
「遺体の女性、四年前、行方不明になった市内の女性らしいんですが」
ありせから仕入れた情報は、牛本、にゃびゅさん、ともにまだ掴んでいない。
「そうなんですか。私は存じ上げませんでした」
「にゃびゅも初めて聞いた。誰なん?」
「おれも、そこまでは」
私はただありせからラインで教えてもらったことを話しただけなのだが、得意になっている。
おれはあなたがたが知らない秘密を握っているんですよ。
どうだ。
握っていた、か。
もう話してしまったので、秘密でも何でもない。
「そうだ」
私は天啓をえる。
引っかかっていたこと。
これだ。
「ケンちゃんは離婚してますよね。別れた奥さんが行方不明になっていて、見つかった遺体がじつは……という可能性は?」
「ありえません」
牛本があっさり首を横に振る。
「元配偶者の方には、旗岡さんについて何か知らないか、確認ずみですし」
「ちなみに、電話したの、にゃびゅ」
にゃびゅさんが私に向ける眼差しは冷たい。
「別れる前に何回か会ったことあるし。普通に元気だった。旗岡っちのこと、心配してたよ」
「旗岡さんの元配偶者に連絡したことは、向井道さんにもお話ししたかと」
牛本がやや申し訳なさそうに、とどめを刺しにくる。
私は、くそ、と叫びたい気分だが、ここは一つ落ちつこう。
「でしたね。でした。聞きましたよね。いや、ぼうっとしてたっていうか、ど忘れしちゃってたというか」
いい感じの推理だと思ったんだけどな。
一瞬、ね?
考えてみたら、穴だらけというか、ずさんにも程があるけど。
じつは旗岡のケンちゃんは離婚した元妻を殺害してあの場所に埋めたのであり、まさにそこで女性の幽霊をタクシーに乗せたことによって取り憑かれたか何かして出社できなくなってしまい、結果、何があったか探ろうとした私の手によって、元妻の遺体が見つかり、ケンちゃんの犯行が曝かれたのであった。
うん。
いろいろおかしいよね。
めちゃくちゃだな。
私は探偵でも何でもないし、物書きだったころも、ミステリみたいなものは書いたことがない。
推理は苦手分野なのだ。
「いやぁ。困っちゃいましたね。どうしようかな。何もしないっていうのもね」
私が何らかの成果を上げたとイカドハイヤーの会長に見なされれば、きっといくばくかの謝礼が支払われる。
数千円、ということはないだろう。
何せ、会長だし。
気前がいい社長の友だちで、私がひそかに調べたところによると、タクシー会社の経営以外にも、あちこちに土地を所有していたり、複数の会社の役員になっていたりする。
ようするに、けっこうなお金持ちなのだ。
「とりあえず、おれ、もう一回、ケンちゃんの家に行ってみます。じっとしててもね。何も変わらないと思うんで。うん。行きます」
打開策なんて見いだせそうにないが、それでも懸命にあがているのだ、というところを牛本に印象づけたい。
あの人はがんばってくれましたよ、と牛本が会長に報告してくれたら、お駄賃くらいはもらえるだろう。
会長がくれるお駄賃だと、四桁じゃなくて五桁なんじゃないか。
一万円ちょうだいできたら、まあ、無為に過ごした感じはしない。
二万円ならわりと嬉しい。
私は一人で行くつもりだったが、にゃびゅさんがついてくる。
愛車のアルトくんでケンちゃんのアパートへ向かうと、駐車場には依然として彼の白い軽ワゴン車が駐まっている。
にゃびゅさんが肩をすくめる。
「何も変わってねえな」
「まだわかんないよ?」
私は不敵に笑って車を路駐する。
上山川ハイツ2号、二階の一号室がケンちゃんの住まいだ。
私は何げなくドアのノブに手をかける。
ノブが回る。
「え?」
「は?」
にゃびゅさんが目を瞠る。
私たちは顔を見合わせる。
両目を大きく見開いたにゃびゅさんは、いつもとだいぶ雰囲気が違う。
というか、ドアだ。
私は一度ノブから手を放す。
あらためて掴んで回してみる。
回る。
鍵が掛かっていない。
このドア、開くぞ。
「どう――」
にゃびゅさんがそこまで言ったところで、私はノブを回しきってドアを開けてしまう。




