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雑に生きしまうがいいさ  作者: 十文字青


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15/28

第15話 リスペクトだね

 ふっくーというのは、イカドハイヤー営業所副所長の牛本という人物だった。

 私を応対してくれた二十歳くらいの女性は、にゃびゅ、というらしい。


 にゃびゅ?

 微妙に発音しづらい。

 というか、何それ?

 本名?

 いつだったか流行ったキラキラネーム?

 キラキラ?

 しているか?


 とにかく、私は奥の部屋、ではなく、事務所の奥に仕切りを立てて設けられた応接間っぽいスペースに案内される。

 牛本は五十年配の髪をオールバックにした長身の男性で、ペットボトルのお茶を人数分持ってくる。

 つまり、私と牛本自身、それから、にゃびゅの分を合わせて、三本のお茶を。


 牛本とにゃびゅは並んで腰を下ろし、私は向かいのソファーに一人で座る。

「にゃびゅ、お茶は飲めるよね?」

 牛本が訊くと、にゃびゅは気がない感じで答える。

「飲めるは飲める」

「そうか。残していいから」

「おっけー、ふっくー」


 にゃびゅ。

 よくわからんけど、自由だね。


 私はなんだか楽しくなってくる。

「いやぁ。時代は変わりましたよねえ」

「ついていくのでやっとです」

 牛本が苦み走った顔をかすかに笑わせる。

 この副所長は古風なハンサムで、昔の映画スターのような趣きがある。

 そんな男があからさまににゃびゅに気を遣っている様は、滑稽でありながら、哀愁が漂ってもいて、どこか愛らしくもある。


「はあ? ふっくー、時代に迎合してんの?」

 と、にゃびゅがいきなり鋭く切りこむ。

「流されちゃだめだよ、ふっくー。時代なんてどんどん変わってくんだから。ついてってどうすんの。意味ねえって。あとを追いかけんじゃなくて、突っ走ったほうがいいって」

「う、うん。そうだね、にゃびゅ……」

「にゃびゅ、マジで言ってっからね。走ってる姿見せねえと誰もリスペクトしねえよ」

「でも、走るの、けっこう大変だよ……」

「みんな大変だから。そんでも走るから、かっこよく見えんじゃね?」

「……そうか。そうだな。子供たちにも、走る姿を見せなきゃな……」

「きっと見たいと思ってるよ。おやじかっけえって最高じゃね?」

「そうだよな。精一杯、走らないとな……」


 あんたらさっきから何の話しとるん。


 私はしかし一方で、感銘を受けてもいる。

 にゃびゅ、かっけえ。

 自分もこういう若者でありたかったね。


 二十歳のころの私はどうだったか。

 大学生だったが、一言で言うと、自堕落だった。

 酒を飲んでいた。

 煙草も吸っていた。

 女遊びはしていなかったというか、できなかった。

 まったく、恐ろしいほど、モテなかったからだ。


 血の代わりに酒が血管を流れているゾンビ、主食は煙草、と当時の友人に言われたことがある。

 もうそれ、ゾンビじゃなくない?

 かけ離れてない?


「にゃびゅさん」

 私は思わず真情を吐露してしまう。

「マジリスペクトっす」

「怖っ」

 引かれてしまった。

 そりゃそうか。


「ところで、その」

 副所長のふっくー牛本が割って入ってくれなかったら、地獄の空気が続いたかもしれない。

「葦浦施設整備さんの社長さんからのご依頼でいらっしゃったということで、よろしいですよね?」

「あ、そうっす」


 やばい。

 にゃびゅさんの口調がうつってしまっている。

 私は言い直す。

「そうです。葦浦の社長にそちらから何かご相談があったということで、おれ、いや、私がピンチヒッターというか、代理といいますか。同じか。同じですね」


「葦浦の社長さんには、先日、当社の会長からお話しさせていただきまして、その旨を、あ、大変失礼いたしました」

 牛本が慌てて立ち上がって名刺をくれる。

 私も立って受けとる。

「牛本……ナツオトコさん。すてきなお名前ですね」

「夏の男と書いて、ナツオと読みます」

 牛本が照れくさそうに少しだけ首をすくませる。


 私は牛本夏男に好感しか抱けない。

 誰よりも偉そうに一人堂々とソファーに座ったままでいるにゃびゅさんのことは、敬わざるをえない。


 なお、私も名刺を牛本に渡すべきなのだろうが、そんなものは持っていないので、できるだけ丁寧にお辞儀をして名乗っておく。

「向井道零といいます。向かうところ敵なしの向かう、井戸の道に、零点の零と書いて、むかいどうぜろ、です」


「敵なしなん?」

 にゃびゅさんが少しだけ笑ってくれる。

「うける」


「まあ敵はいないっすね」

 私が座ると、牛本も座る。

「敵を作らないようにしてるんで。戦うのとか馬鹿らしいじゃないですか。私は保守寄りの平和主義者なんで。ついでに、話が脱線しまくる癖があるんで、もとに戻しますけど、御社の会長さんのご依頼というのはどういった内容なんでしょうか。葦浦の社長には、とりあえず行ってこいとだけ言われまして」


「それが、奇妙な話でして。わたくしどもも戸惑っておりまして、対応に苦慮している次第で、どう説明したものか……」

 牛本は眉根を寄せ、右手の人差し指と親指で目頭のあたりを揉む。

 そんな仕種をされると、頭痛薬のCMを見ているような錯覚に襲われる。

 困っているのはわかったが、説明してもらえないと私も困る。


「オバケ出るっていうとこがあるんすけど、知ってる?」

 にゃびゅさんが唐突に言いだす。


「オバケですか」

 私は面食らったが、すっかりにゃびゅさんリスペクト勢なので、食らいついてゆくことにする。

「どこですか。どういうオバケ? 隠れキリシタンの墓地なんかは昔から有名ですけどね。あと、廃病院とか、ラブホ跡とか、古戦場とかですかね、このへんだと。どこだったかのトンネルも心霊スポットなんでしたっけ」


「我々の業界ではよく知られているんです」

 牛本が重々しく言う。

 いい声なんだよな、ナツオトコ。

 ナレーションなどにも向いていそうだ。

「ある抜け道の途中なんですが。街中でもないのに、女性がタクシーを停めて、乗せるといつの間にかいなくなってしまうという」

「へえ。どっかで聞いたことがあるような怪談話って感じですね」

「そうですね。私もクルマで走っていたころはたまに通る道でしたし、気味が悪いとは思いつつ、そこまで気にしたことはありません」

「その場所で何かあったんですか?」

「十日ほど前なんですが、うちのドライバーがそこで実際に女性を乗せたと」

「えぇ? まさか、ほんとにいなくなったわけじゃないですよね」

「それが、いなくなったと本人は言うんです」

「今のタクシーって、カメラとかついてるんじゃないですか? 車内も映るような」

「本人の要請で確認したんです、誰も映っていなくて」


「それ、にゃびゅも見たっす」

 にゃびゅさんが十センチか十五センチ程度手を上げる。

 省エネな挙手もすてきだ。

 惚れ惚れする。

「ドア開けて閉めて、誰か乗せてる感じなのに客は映ってない。旗岡っち、いねえ客に話しかけたりとかもしてた」


「なるほど」

 私はうなずく。

「そのドライバー……旗岡さんには女性客が見えていて、乗せたつもりだったわけですね。ところが、女性客がいた客観的な証拠は存在しない、と」


 牛本とにゃびゅさんの反応からすると私の理解は間違っていないようだ。

「たしかに奇妙な話ですけど、何ですかね、ありうると言えばありうるというか。だいたい、その手の怪奇現象みたいなものって、脳の作用とかで科学的に説明できたりするじゃないですか。旗岡さんは、すごく疲れてたのか何なのかで、たまたまそういう幻覚を見てしまったとか。べつにそのあと事故を起こしたとか、そういうこともでもないんですよね?」


「ていうか、旗岡っち、出社してねえんすよ」

 にゃびゅさんが言うには、旗岡は会社にその件を報告した翌日も出番だったが、無断欠勤した。


 旗岡の勤務態度は真面目そのもので、勝手に休むなんてことはただの一度もなかったから、会社側はむしろ心配した。

 ことによると、急病か何かで連絡できない状態なのかもしれない。


 電話をかけても、旗岡は出ない。

 同僚からのSMS、メール、ラインなどにも、レスがない。


「私が旗岡さんのご自宅にうかがってみたんですが」

 牛本の表情は曇りっぱなしだ。

 ため息がよく似合う。

「一向に出てきてくれませんし、中に本人がいるのかどうかもわかりません。駐車場に旗岡さんの自家用車が駐まっていたので、出かけてはいないような気はするんですが」


 旗岡は独身だが、離婚歴がある。

 会社は旗岡の実家、元配偶者の連絡先を把握しており、念のため、そちらとも話をしているが、本人の現状を知る者はいないらしい。


「ううん……」

 私は腕組みをして首をひねる。

「旗岡さんが今どこでどうしてるのか、誰にもわからないってことですよね。だけど、警察にっていうのもあれか。この状況だとね。話くらいは聞いてくれたとしても、警察だって動きようがないだろうしな」


「ええ、そうなんです」

 牛本は胃のあたりをさする。

 かなり本気で旗岡の身を案じているのだろう。

 少なくとも、私の目にはそう映る。

「会長は弁護士の先生や警察OBの方とも話したようなんですが、会社として何か具体的な手を打つのはなかなか難しいと」


 だったら、ほっとけばよくない?


 私は危うく本音を口にしそうになる。

 旗岡がどういうドライバーなのか知らないが、社員の一人が急に出社しなくなる、なんてことはべつにめずらしくもないだろう。

 家族や恋人、大事な友人ならともかく、一社員だ。

 よくわからんけど、突然来なくなっちゃったね、しょうがないか、でよくない?


「旗岡っち」

 にゃびゅさんがソファーの上で膝を抱える体勢になる。

「おっさん臭えし、話クソつまんねえし、競馬で金溶かしまくりだし、こりゃ奥さん逃げるわって感じのやつだったけど、働き者ではあったからね。人が足んねえとき、絶対、出てくれるし。文句とか言わねえし。無事故無違反だし。車の使い方きれいだし。人としてはザコでも、うちへの貢献度エグいから。みんな認めてっから」


 人としては、雑魚。


 辛辣だな、にゃびゅさん。

 だがそこがいい。


「うん」

 私はシリアスな顔を作ってみる。

 正直、私はこの事態を深刻に受け止めていないが、空気は読まないとね。

「気がかりですね。旗岡さん。事件の匂いがしますね、これは。しないか。どうなんだろ。微妙かな。オカルトみたいなとこから始まってますからね。それが始まりなのかどうかも定かじゃないですけど。どうしたらいいんですかね。こういうの。そっか。それで? わかんないですもんね、こんなの。あぁ。そういうこと? だから、おれの出番? や、でも、これは……どうしたらいいんだ? それを考えるのか。おれが。そっかぁ。そういうことね。社長……やってくれたな……?」

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