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雑に生きしまうがいいさ  作者: 十文字青


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第14話 ノー足の裏

 かくしてたみさんは葬られる。

 たみさんの亡き夫が入っている墓が、地元というか、すぐそばの寺の墓地にある。

 その墓にたみさんの遺骨も納められる。


 納骨は四十九日とかの節目に行われることが多いというのが私の認識だったし、自分の両親も実際そうだったが、たみさんの場合はなんとすぐだった。


 流美さんの両親や叔父叔母が、やはりすぐ集まれるような状況ではないとのことで、四十九日、一周忌なども執り行える保証がない。

 それまで遺骨をどうしよう、という問題もある。

 ならば、さっさと納骨してしまおう、となったらしい。

 何でも、一昔前ならいざ知らず、昨今ではそういったこともままあるのだとか。


 たみさんの家や土地、財産等々の処理は、彼女の子である流美さんの母親か叔父が遠からずどうにかするらしい。


 流美さんとしては、諸々片づくまでたみさんの家に滞在するつもりだったようだ。

 仕事の都合も、有給休暇をとるなどしてつけられなくはない。

 さりとて、いないと困るわけでもないのに、仕事を休みつづけるのもどうなのか。


 どうなのかも何も、流美さんはフルタイムで働いているとのことだ。

 私のような自営の自由業者じゃないのだから、祖母が亡くなっただけで長期間休んだりはしないものだろう。


「お世話になりっぱなしですし、ぜろさんに何かお礼を」

 流美さんにそう言われたが、私はとんでもないと遠慮した。

 同級生の社長を見習ったわけでもない。

 いや、多少は意識したが、見返りを求めてたみさんを送るのに微力を微力を尽くしたと思われるのは心外だ。

 事実、そういう気持ちはなかった。


 あったとしたら下心だろうか。

 そこは否定しきれない。


 私は愛車で流美さんを駅まで送った。

 改札口を通過したあと、流美さんは一度だけ振り向いた。

 笑顔で頭を下げてくれたので、私はうなずいて手を振ってみせた。


 帰宅して、猫じゃらしでねこと遊んでいる最中に気づいた。

「連絡先、教えてもらってねえな、そういえば」


 思えばけっこうびっちり一緒にいたので、ラインとか電話番号とか訊く機会もとくになかったし、うっかりしていた。


 正直、こんなに早く帰っちゃうとは思ってなかったしね。

 なんとなく、最低でもあと何日かはいるだろう、みたいな考えはぼんやりあったよね。

 納骨が早すぎてびっくりしたが、たみさんがお墓に入って状況がひとまず落ちつく、ということでもある。

 何かこう、ここから一展開、二展開ありそうかな、みたいな。


 なかったね。

 物の見事に何もありませんでした。


 ねこはまだ遊び足りない様子だが、私は手製の猫じゃらしを放り投げ、ソファーの上で横になる。

「おれはまあ、ね? うっかりって言えば、うっかりだけど。流美さんはどうかなぁ。おれに帰りますって言う前に、決断してたわけだし。あたりまえだけど。訊く気があれば訊けたはずだよね。わからんけど」


 ねこは床に転がっている。

 自分の尻尾にじゃれつきはじめた。


「ないってことだと思われるよな。これは。脈がね。そう思わざるをえないわ。いい雰囲気っぽかったけど。ぽかっただけだしな。おれがそう感じただけだからな。勝手にね。あんまりないからさ。女の人とああいうふうに話すこと。あんまりっていうか、普通にないけど。それで勘違いしちゃったんだろうなぁ。ありがちですよ。ありがちなのかどうかも、もはやわからんのだけど。機会がなさすぎてさ。夢を見たね。見ちゃったなぁ。夢だよな、所詮。夢でしかなかったよね。流美さん……」


 マジなんもやる気出ねえ。

 と、思うだけで口には出さず、代わりにため息をついておく。


 だけど、どうかな。


 流美さんは、たしかにかわいらしかった。

 でも、だよ?

 薄幸そうで、頼りない、と感じたのが最初で、つまり、突然の不幸に見舞われて弱っている相手に、私は付け込もうとしたんじゃないの?


 卑怯だね。

 まあ、私はすばらしい人間じゃないし、ずるいところもあって当然で、自責の念がこみ上げてくるかと言うと、とりたててそういうことはない。

 ただ、そもそも不純だった、ということだ。

 この相手ならいけるかもしれんぞ、というのがあって、好きになった。

「それもあやしいっちゃ、あやしいよね」


 私は流美さんのことが好きだったのか?


 流美さんは私に対して、いい人だな、くらいには思っていたんじゃないか。

 肯定的な評価を下していたという意味では、好かれていた。

 好かれたら、好きになっちゃうよね。


 可能性、あるんじゃないの、と思っちゃうから。

 こんな真性独身中年でも、もしかしたら、と期待しちゃったりするもんだから。


「きっと、見抜かれたな」

 私がこぼした笑いはほろ苦いどころか、だいぶ苦い。

「流美さん、成熟した大人の女性だからな。おれがこんなやつだってわかったんだろ。魅力的な人だしな。寄ってくる男もいるはずだし、そりゃ見破るよな。見え見えだろうしな。好き光線、出てただろうし。出たよな。絶対、出てた。出しちゃってた。は、恥ずかし……」


 両手で顔を覆って煩悶していると、不意に何かがソファーに跳び乗って、私の腹の上によじのぼり、ぴゃあ、と鳴く。


 私は顔から手をどける。

「ね、ねこ……」

 ふたたび、ぴゃあ、と鳴いて、ねこが不思議そうに私を見つめている。


 私はねこの首筋から頭を撫でる。

 ねこは気持ちよさそうに目を細める。


「知ってるか、ねこ。おまえがおれの体の上に乗っかるのは、これが初めてなんだぞ」


 ぴゃあ。


「そっかぁ。どうでもいいか。だよな。初めてだろうが何回目だろうが、どうだっていいことだよな、おまえにとっては。好きなようにするんだもんな」


 ぴゃあ。

 きゃあぁ。


「見習うなら社長より断然おまえだな、ねこ。一回きりの人生だし、おまえみたいに生きたほうがいいね。ねこ。おまえには大事なことを学ばされるよ」


 というわけで、その日は酒でも飲んで寝てしまうことにする。

 さすがに少々飲みすぎてしまい、次の日は軽い二日酔いで、朝、ねこに飯をやって水を替えてトイレ掃除をしてから二度寝する。

 目が覚めた途端、居間に置きっぱなしのスマホが鳴る。


「流美さんっ」

 私は跳ね起きて、寝室を出ようとしたところで転びかける。

「何の!」

 どうにか転びはせずにこらえて、こたつの上のスマホを手にする直前、我に返る。

「んなわけねえだろ。連絡先、交換してねんだから。いや……?」


 流美さんがたみさんのスマホを持っていったという可能性は?

 たみんさんと私はラインで繋がっていた。

 げんに、流美さんはたみさんのスマホで私にラインしてきたのだが、今、鳴っているのは電話の着信音だ。


「未練がましいよね」

 私は、へへっ、とあえておどけて笑い、スマホを手に取る。

「社長か。はいはい、出るってば。もしもし?」

『もしもし。俺だ』

「社長、どしたの?」


 私はソファーに腰を下ろす。

 ねこの姿はない。

 と思ったら、寝室から、ととと、と出てくる。


「え? じゃあ、今まで一緒に寝てたってこと?」

『誰と寝てたって? あの女か?』

「あ? 違う違う。ねこ、ねこ」

『猫ぉ? おめえ猫なんか飼ってたか?』

「拾ったんだよ。そんな前じゃない。まだ仔猫」

『あの女は?』

「流美さん? 帰ったよ。ていうか、なんでおれが流美さんと寝てるんだよ」

『やってねえのか。あれバツイチだべ?』

「社長、なんで知ってんの。本人から聞いた?」

『耳に入ってくるべや。その手の話は。あのくたばったばあさんも、知らねえわけじゃねえしな。俺がいくらかわかってんのは、何年だか前に死んだ旦那のほうだけどよ』

「社長は誰とでも知り合いだなぁ」

『ばあさんの娘からは連絡あったけどな。親、くたばって、帰ってこねえっておめえ、血も涙もねえ女だべや、あんなもん』

「言うねえ」

『ろくてねえ。かわいそうなばあさんだ。あの家なら、ぶっ壊して土地だけのほうが高く売れるべや』

「うん? 家が古すぎて、価値ないからってこと? てか、なんで社長がそんなこと」

『ばあさんの土地、処分してえっつうから、知り合いもいるしよ』

「社長が仲介するってこと?」

『乗りかかった船だもんだ、しょうがねえべよ』


 その船に社長を乗せたのは私なので、ごめんね、という気持ちもありつつ、そこまでするのは異常と言うほかなく、感心を通り越して恐怖すら感じる。

「長生きしろよ、社長……」

『俺だっけおめえ、肝臓の値も何もかもワヤだからな。早死にするべや』

「マジ? ちょっと、ほんとに気をつけないと」

『どうだっていいんだって。あれだ、ぜろ、おめえ、頼まれたことあってよ。そんで電話したんだって』

「頼まれたこと? 何?」

『話、聞くだけでいいんだ。時間あんのか?』

「時間はあるけど」

『そしたら、あれだ。場所教えるからよ。そこに行って、相談に乗ってやれ』

「それはぜんぜんいいけど」


 奇異に感じはしても、社長には借りしかないし、断れるわけもない。

 というか、社長が振ってくれる頼まれごとは十中八九へんてこで、私の頭では理解できなかったりもするが、謝礼は払われる。

 たぶん、そのあたりは社長が前もって先方に言い含めてくれているのだろう。


 私はシャワーを浴びて髭を剃り、身支度をすると、車で指定の場所へと向かう。


 社長に教えられた隣市のタクシー会社は知っているし、その会社のタクシーを利用したこともある。

 ただ、このタクシー会社の営業所を訪れるのは初めてだ。

 来客用のスペースにクルマを停めて、営業所の建物に入ると、二十歳かそこらの若い女性が応対してくれる。

「はーい、何すかあ?」


 紺色の制服なのかもしれないかちっとした服を着てはいるが、髪を赤と青に染めていて、鼻ピアス、唇にもピアス、耳はもちろんピアスだらけだ。

 私は一瞬、気圧されそうになるが、とっさに作り笑いを浮かべる。


「どうも。社長……じゃなくて、芦浦さんから依頼を受けてうかがった者なんですが」

「足の裏っすかあ?」

「いえ、あの、葦浦施設整備さんの」

「足の裏の止血製品?」

「じゃなくて、ええと、あ、し、う、ら、し、せ、つ、せ、い、び」

「あーしーうーらー、しーせーつー、せーびー?」

「そうそう。会社の名前なんですけど。その社長にですね、こちらに行ってくれと」

「はあ? うち、タクシーの会社っすけど、なんか間違ってないっすかあ?」


 私はだんだん自信がなくなってくる。

「ちょっと、すみません、今、確認してみますね……」

 スマホを出して社長に電話しようとしたら、いきなり若い女性が「まっ」と言う。


 あっ、じゃない。

 ちゃんと、まっ、と言った。


「思いだした。なんかふっくーが言ってたわ。誰か来るかもって。それっすか?」

 この女性、目が据わっているというか、半開き状態で、微妙に怖い。


 でも、負けてたまるか。

 彼女はどう見ても二十歳そこそこ、私はおっさんだ。

 年齢だけならダブルスコア、親子ほど離れていて、順当にいったら私のほうがずっと早く死ぬ。

 だから、何?

 とにかく、なんか悔しいし、ここで負けたくはない。


「はい。ふっくーが言ってたそれです。おれがその誰かです」

「そっすか。ふっくー呼びますね」

 女性はまったく動じることなく、どこかへ行ってしまう。

「ふっくー。ふっくー。お客さーん。ふっくー」


 私は前屈みになって両手で左右の膝を押さえる。

 勝ちも負けもないとは思うが、負けた感じがしてしょうがない。

 完敗だ。

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