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雑に生きしまうがいいさ  作者: 十文字青


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12/28

第12話 いけないよ

 たみさんはタクシーを呼んで自力で病院に辿りつくと、すぐに意識を失って危篤に陥り、あっという間に息を引き取ってしまったらしい。


 だから、連絡を受けた孫の流美さんが最終列車に飛び乗って病院に到着したときには、とっくに亡くなっていた。

 病院側は、伝手がないのであればということで、地域の葬儀屋と連絡先をまとめた一覧表のようなものを見せてくれた。

 そうはいっても、さすがに流美さんがいきなり葬儀の段取りをつけられるものじゃない。

 とりあえず自宅に遺体を運んでもらい、葬儀等々はそのあとで、ということになった。


 ただ、それからも大変で、何しろたみさんの家は軽いゴミ屋敷状態だ。

 遺体を運び入れるのにも、布団を敷いて寝かせるにも、溢れる雑多な品々をどうにかしないといけない。


 まあ、あくまでも、通り道を作って、居間に布団を敷けるだけのスペースを確保しただけとはいえ、いかにも非力そうな流美さん一人では、かなり骨が折れる作業だったに違いない。

 結局、葬儀屋の人も、本来の業務ではないものの、いくらか手を貸してくれたという。


 おかげで、たみさんはゴミに埋もれてはいなかったが、ゴミに囲まれて安らかに眠っていた。


「ああ、たみさん……」

 私は胸がふさがれた。

 誰が悪いわけでもないのだろうが、あんまりと言えばあんまりだ。


 とりあえず、布団のそばまで行って膝をつき、瞑目して合掌してみたが、お顔も拝見したのでじゃあ、という気分にはなれない。


「流美さん」

「はい」

 流美さんは私から一メートル程度離れたところに立っている。

あらためて見ると、薄幸そう、頼りなげな流美さんの印象は、もともとの容姿もあるにせよ、疲れ果てていることも影響していそうだ。

おそらく、この一日でだいぶやつれてしまったんじゃないか。

メイクは崩れているというより薄化粧しかしていないようだが、目の下に隈ができているし、ひっつめた髪は少々ほつれている。


「ぼく、片づけさせてもらっていいですか」

「はい?」

「そのうちまた、たみさんが呼んでくれるじゃないかなと思ってたんですけど、残念ながらそれはもうなさそうなんで」

「あ、はい、そうですね、本人が亡くなってしまったので、それは」

「これが最後ってことになってしまいそうで、ぼくとしては名残惜しいんですけど、片づけさせてもらっていいですか。捨てていいものとかはだいたい把握してますし、処分しちゃまずいものを勝手に処分したりとかはしないので」

「え、でも、本人がもう亡くなってますし」

「そうなんですけど、たみさん、まだここにいるじゃないですか。このあと、いろいろありますよね。このままっていうのも、それはそれで厄介だったりしませんかね」

「それは本当にそうなんですけど。あたしもどうしていいか、途方に暮れていたというか」

「ですよね。わかります。人が亡くなるとね。ぼくも経験あるんで。流美さんお一人であれもこれもってなると、厳しいものがありますよね。お子さんならまだ自分の親だからしょうがないっていうか、そういうのもあると思うんですけど、お孫さんですもんね」

「や、でも、そんな、悪いです。あたしは孫ですけど、向井道さんはご近所さんで、血縁とかもないわけですし」

「そうなんですけどね。ぼく、今たまたま時間あるんで、手伝わせてもらっていいですかね。もちろん、流美さんのご両親とかがいらっしゃったら、そのときはさっと退散しますんで」


「じつは」

 流美さんは言いづらそうに、その表情にほとんど絶望すら漂わせて、かぼそい声を出す。

「今のところ、誰も来る予定がなくて。来ないことは、さすがにないと思うんですけど。あたしの親も、叔父も叔母もいとこも、それぞれ遠くに住んでますし、仕事の都合もあったりして、すぐには無理だって」


 私はたみさんの死に顔を眺める。

 眠っているかのよう、と言いたいところだが、どう見ても生きているようには見えない。

 死んでいる人間の顔だ。


 私は立ち上がる。

「片づけますね。あと、どこの葬儀屋さんですか? このへんのだと、ぼくも知ってるとこだと思うんですよね。事情話して、融通してもらったりとか、なんとかできるはずなんで。知り合いに口利きしてもらうこともできますし」

「そんなこと、できるんですか」

「頼めばどうにかしてくれそうな人に心当たりはあります」


 私の頭には我が同級生、エネルギッシュな社長の顔が浮かんでいる。

 社長ならこういうとき、間違いなく手を貸してくれるはずだ。

 しかも、驚くべきというか、恐るべきことに、社長は助けた相手に恩着せがましいことを一切言わない。

 どうやら、人のために何かしてやるのはいいとして、それを誇るのは体裁が悪い、非常に恰好悪いことであると、社長は本気で信じているようだ。


 かくして私はたみさん宅の大掃除に取りかかる。

 何回もやってきたことだから慣れたものだ。

 流美さんという協力者もいるので、どんどん進む。


 どう考えてもゴミでしかないものは、ゴミ袋に詰めこんで外に出してしまう。

 といっても、家の前にゴミを積み上げるわけにはいかないから、ひとまず横手や裏手をゴミ置き場にする。


 郵便物を含め、ゴミかどうか判断がつかないものは、居間と続きの仏間にいったん集め置く。

 衣類やタオルはちょっと迷ったが、流美さんと相談の上、基本的にはぜんぶ廃棄することにした。


 好むと好まざるとにかかわらず、しばらくだらだらだしていたので、体力は若干衰えているだろうが、終わりが見える仕事はやり甲斐がある。

 これ、仕事なのか?

 というのはさておき、やるべきことが明確だから、やりやすい。


 印とか、わけわかんなかったからな。

 勝手に印をつけるやつを想定して、その行動を読むつもりで探し、結果も一応出たわけだが、あれだってわからんしね。

 まったく的外れで、偶然、印が見つかっただけなのかもしれないし。

 坂口が失踪せず、続けていたとしても、五日間で十万八千円稼ぐペースを維持できていたかどうか。


 これもまた根拠はないのだが、無理だったんじゃねえの、と思わなくもないよね。

 だって、五日間で十万八千円というのも、一日あたりでいったら、せいぜい五時間程度しか稼働していなかった。

 真剣に印探しをしていたのは、三、四時間かもしれない。

 四時間として、掛ける五の二十時間で十万八千円、時給に換算すると、ええ、いくらだ、五万四千円か。

 もし一ヶ月フルに働いたとしても、百二十時間労働で、掛ける六だから、六十四万八千円だよ?

 うますぎじゃない?

 ありえなくね?


 なんかよくわからんことさせられて、十万八千円もらいました、ということだよな。

 そう考えると私、運がよかったね。

 ラッキーすぎるよね。


 片づけはたいして頭を使わないので、私はそんなことも考えたりして、気分がよくなってくるという嬉しい誤算もあった。

 一人だと、ダレたり、飽きてしまったりするだろうが、流美さんと一緒なので、集中力も途切れない。

 いや、そこまで集中しているわけでもないのだが、片づけはやりつづければ確実に進捗する軽作業だ。


 会話する余裕もある。

 ぜんぜんある。

「流美さんはどこにお住まいなんですか。あ、うかがっちゃいけないかな、こんなこと。個人情報ですもんね」

「いえ。大丈夫ですよ。今はC市です」

「ああそうなんですね。列車で来られたんでしたっけ。車は?」

「ないんです。免許は持っていて、結婚していたときは相手と共用していたんですけど」

「なるほど。そうですか」

「向井道さんは?」

「ぼくは、軽ですけどね。ここらへんだと、けっこう不便なんで。車がないと、どうしてもね」

「そういえば、おばあちゃんも昔、運転してました。何年か前に免許を返納したって」

「聞いたことあります、その話。旦那さんより、たみさんのほうが運転上手かったとか」

「たしかに、おじいちゃんじゃなくて、おばあちゃんが車を運転して、どこかに連れてってもらった記憶があります。運転中、すごく口が悪くて、びっくりしました」

「ぼくは、たみさんの歯に衣着せぬ物言い、わりと好きでしたよ」

「あたしも嫌いじゃなかったです。お母さんとは喧嘩してばっかりでしたけど」

「ぼくは所詮、赤の他人だし、肉親とはまた違うでしょうからね」

「おじいちゃが亡くなったとき、お金を市に寄附して、それで揉めたんですよね。おじいちゃんがそうして欲しいって、おばあちゃんに頼んでたみたいなんですけど」

「そんなことが。ううん。それはねえ。難しいですね、なかなか」

「たいした額じゃないのに、なんでそんなうるさく言われないといけないんだって、おばあちゃんは怒ってて、でも、お母さんは額の問題じゃないって」

「まあ、まあ、感情的なものとかね。いろいろあるでしょうし」

「あたしは額の問題なんじゃないのと思ってました。何百万かでも入ったら助かるって、お母さん、あたしには言ってたから」

「ああ、そりゃねえ。助かりますよね。数百万あったら。ローンの繰り上げ返済とかね。車、買い換えたりとか、家を直したりとか、何にだってお金はかかりますからね」

「そうですね。でも、だったら、そう言えばいいのに」

「それだけじゃなくて、気持ち的な部分もあるってことなんじゃないですね。なんかこう、人と人が揉めるのって、原因が一個ってことはないんじゃないかと思うし」

「私はおばあちゃんの孫でしかないですもんね。親と子の間には、たくさんのことがあったでしょうし」

「そうですねえ。ぼくなんか、親が家を遺してくれたんで、それだけですごい助かってますけど。おかげで生きてられてるんで」

「向井道さん、お一人なんですか?」

「ぜろでいいですよ。みんなそう呼ぶんで。たみさんも、ぜろちゃん呼びだったし。ええ。ぼくはずっと一人ですね」

「そうなんですね。意外です」

「そうですか? だろうなってよく言われるんですけど」

「すごく話しやすいし」

「ハードル低い人間なのかもですね」

「あたし、人見知りするほうで、友だちともそんなにたくさんしゃべれないんです」

「そうなんですね。ぼくも普通に話しやすいですけどね。話してて楽しいですけど」

「あたしもです。おばあちゃんの前で、こんなこと言うのもなんですけど」

「たみさんだからなぁ。あたし、ここでくたばってんだよ、とかなんとか言いそうですけど。怒りはしないんじゃないですか」

「ですよね。あたし、初孫で、だからかもしれないですけど、おばあちゃんにはずいぶんかわいがってもらったから……」


 流美さんは手を止めて涙ぐむ。

 私は彼女の顔から目をそらして片づけを続ける。


 いかん、と思う。

 いけないよ、こんなの。

 たみさんがすぐそこで永遠の眠りについているというのに。


 孫の流美さんのこと、好きになりつつあるじゃないの。


 というか、もう好きになっている。

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― 新着の感想 ―
午後に読むと言いましたが、あれは嘘です。急すぎる。春巻さんはいいのかとか思いつつ。後一話で公開している全部でしょうか。今日には読み終えます。
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