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はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第二章 太平洋戦争
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毛皮の供出


 終戦まで一年を切っている時期、学徒勤労動員に休日などなかった。真一と環が工場に出ている時に隣組の寄り合いが開かれ、そこで嵐谷が


「城ヶ崎の家では、未だに猫など飼っている。この非常時に許されない贅沢な話だ。ただちに毛皮にしてお国に供出するべきだろう!」


 と主張していた。真一の母親・朝子は、彼が子供の頃から可愛がっている猫を殺すなんてとんでもない、と主張したかったがそれは嵐谷に「非国民」のレッテルを貼る絶好の口実を与えてしまう。実際、嵐谷の主張はこの時代としては正しいものではあった。朝子はいったん頷くしかなかった。


 散会後、嵐谷は真一の母親について家に入り込んだ。プライベートなんて概念は彼にはない。すべてがお国のために正当化されると心の底から信じていた。


 しかし、家の中にも庭にもチビはいなかった。ほっと(心の中だけで)胸をなで下ろす朝子。舌打ちする嵐谷。


「見つけたら連れてこい。匿ったりするんじゃないぞ!」


 吐き捨てて嵐谷は出て行った。朝子は深く息をつく。良かった、チビいなくて。

 ...でもほんとどこに行ったのかしらね? と思う朝子である。


---


 工場から戻った健二は、母親から昼間の出来事を聞いた。


「今日、隣組の寄り合いがあってね。嵐谷さんがチビを毛皮にして供出しろ、って。家に踏み込んできたわ」


「え。それでチビは?」


「にいゃうー」


「え?」


 後ろに猫が座っていた。それを見て母親が驚きの声をあげる。


「チビ! あんたどこ行ってたの?」


「ににゃー」


 一声鳴いて顔を洗い始めるチビ。


「昼間はいなかったのよ? おかげで連れて行かれずに済んだけど、嵐谷さんきっと明日も来るわ。どうしよう」


「うーん、家に置いておくのは無理だよね。どうしたものか」


 とんとん。その時玄関を叩く音がした。がらがら戸を開けると、そこに立っていたのは環だった。


「チビのこと、お母さんに聞いたわ。ちょっと入れてもらっていい?」


 答えも待たず家に入ってきて玄関を閉め、小声で話す。


「嵐谷さんに聞かれたら面倒だからね。ちょっと相談しましょう」


 協力してもらえるのはありがたい。しかし二人とも昼間は不在だ。どうするか。


「まず、しばらくは飼う場所を変えましょう」


「変えましょう、って言われても。どこに?」


 環は小指を口に付けて考える。またその仕草。でもそれは後回し、百合子の事を頭から振り払う。


「裏手ちょっと行ったとこに神社があるじゃない? あそこの更に裏に家あるの知ってる?」


「そうだっけ?」


「そう、あそこ先月疎開して、今無人なの。」


 無人なの、と言われても。


「いやいや、さすがに留守宅を勝手に使うわけにはいかないぞ?」


「そんな訳ないでしょ。そうじゃなくて、そこ小さな防空壕持ってたのよ。もう誰もいないし、嵐谷さんの家の反対側だし裏路地使って行けるから見つかりにくいと思うのよ」


「ああ、なるほど。猫を隠しておくにはいいかもしれないな」


『いやにゃ』


 おおう、頭の中にチビの声が。テレパシー? 念話?


「今夜、物置に餌と水を多めに置いてきましょう。目立つと嫌だから私だけで行くわ。」


 環にはチビの声は聞こえていないらしい。


『そんなジメったとこ、まっぴらごめんよ? 高貴な俺様には似合わないにゃ』


 いや気持ちは分からんでもないが。まあこいつなら人間に遅れなんて取らないか。


「あー、あー、いや環、こいつなら放って置いても大丈夫な気がしてきた」


 いきなり意見を翻す健二をマジマジ見つめる環。呆れたような不審なような目つきだ。うん、そりゃそうだね。


「ちょっと、何言ってるの? 大丈夫なわけ無いじゃない、猫なのよ? こないだからあなたどうしたの?」


「いや、それはそのだな、」


 言い訳が思いつかない。そりゃあ猫様が拒否してるから、なんて言える訳もない。


 …その時、チビが毛を逆立てて唸り声を上げだした。居間を飛び出ると流しの上の棚の後ろに飛び乗って隠れてしまう。


ガラガラ!


 玄関が突然開かれた。挨拶もなくそこに立っていたのは嵐谷。無遠慮に部屋を見回す。環の事もチラっと見るが、それは特に何も言わない。


「猫は戻ってきたのか? 連れて行くから出せ」


 誰もそんな略奪の権限を彼に与えてはいない。しかし彼は当然のように要求した。


 母親が玄関に出る。


「申し訳ありません、全然戻って来ないんですよ。戻ったらご連絡します」


「本当だろうな?」


 嵐谷は靴を脱ぐと許可もなく居間に勝手に入ってきた。隅々まで見回す。台所も検分するが、高い場所に隠れているチビを見つける事はできなかった。


「ふん。戻ったら持ってこいよ?」


 そう言い捨てると扉をガシャンっと手荒に閉めて立ち去った。完全に気配が消えるのを待って、環が息をつく。


「憲兵さんより偉そうよね」


「うにゃ」


 チビが居間に戻ってきた。


「そう、チビちゃんは嵐谷さん嫌いか。でも良く来るの分かったわね?」 と言いながら背中を撫でる。


「にゃ」


 猫を撫でる環の表情が緩む。


「頭いいよね、チビ」


 そう、ちょっと猫としては異常なほどにね、とは言わないが。


「なるほどね。真ちゃんの言ってる事も分かったわ。確かにこれなら大丈夫かも?」


『嬢ちゃん、良く分かってるな。将来有望にゃ』


 環が帰ったあと、チビは部屋の隅の茶箱に入って寝てしまった。気楽な奴だ。






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