地球へ
ロイデ星系での色々、ほんと色々が終了して、ユグドラシルと地球の船は一旦ドビュッシーに戻っていた。
あかつき船団については、改めてロイデに入植する手はずになっている。ただし今更2300年台の装備で送り出す訳にもいかないので、その辺をある程度近代的に整備してから、改めてドビュッシーから出発、という事になった。3000年台の技術であればコールドスリープの必要も無く到着できるらしいので、冬眠区画を撤去し単なる居住区に改装するとのこと。
他の船についても直接地球に遷移させる事もできたが、そうしなかったのは受け入れで揉めていたからだ。ハルトマンの娘など一部はロイデに入植を希望したが、大半は地球への帰還を希望した。しかし彼らの生まれた国は既に殆ど存在していない。一旦は人類協同機構預かりとなったが、扱いはなかなか難しそうであった。
海賊・鉄鯨についても難しかった。犯罪の証拠は彼らの船から色々見つかってはいたが、当然地球ではとっくに時効となっている。だからと言って野放しにもできない。超法規的に何とかするしかなかったが、これまた揉めに揉めていた。
そんなこんなはあるにしても、少なくとも健二たちにとっての懸案事項は無くなっていた。そうすると問題なのは、今後身の振り方をどうするか、である。健二・サーシャ・チビの身の安全と自由は保障されている。地球圏としても、自国に囲い込みたい勢力はあるし、各国間で駆け引きはあるようだが、そもそも〈静かな波〉が後ろ盾となっているサーシャに危害を加えたり拘束したりできるような集団など人類には存在しない。マルクスのテロが成功しかけたのは、〈静かな波〉がまだ人類と距離を取っていたからだ。〈静かな波〉が人間に馴染んだ今となっては不可能である。
何をしても何処へ行っても良いとは言うものの、健二としては、はいそうですか、とはならない。不死となってしまった自分たちは、いずれは人類から離れるのだろうという予感もあった。それならばせめて最初のうち、ヒトとしていられる間くらいは世の中の役に立ちたい、と考えていた。
アキラ団長から、地球で人類協同機構の総会や研究会に出てくれ、と懇願されているのもある。正直なところ、サーシャとチビはともかく自分がそんな大層な場所に出席しても仕方ないような気もしたが、リィンにとってはサーシャがリィン側代表で自分が人間側代表という扱いになっているらしい。それならまあ、話せるだけの事は話そう、と思っていた。
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久しぶりのドビュッシー、サーシャの船室。いつもの面子で応接コーナーに座り、のんびりしていた。
チビはテーブルの上で、以前会議室で使っていた豪華な京座布団に座っていた。気に入っているらしい。
「地球、楽しみですにゃ」
ほくほくしながら喋るサーシャ。楽しそうだ。
「ついに、菓子食べ歩きが出来ますにゃ」
「それは良かったよ」
健二は相づちをうつ。本当に裏表のないサーシャは、健二には少々まぶしい。
「お絹さんはどこか行きたい所ある?」
サーシャ、スイッチ。
「私は、神代村の跡地に行ってみたいですね。勿論村の名残など跡形も無いのでしょうけど、せめてどうろく様が残っていればお参りしたいです」
〈静かな波〉が割り込む。
『旧神代村、今では白河市の郊外。残念ながら当時の建築物は天災や戦災で神社仏閣含めて一切残存していないが、道祖神は数体保存されている。位置情報を送っておく』
「日本って国はもう無いのに、白河市はあるんだ?」 と健二。
『肯定、旧日本国周辺は、現在東アジア共和国となっているが、そのうちの日本県福島支庁白河市、と名称変更されている』
なんだかもう、どの地球人よりも地球に詳しい〈静かな波〉。
「へー。んじゃあ、是非行ってみよう。俺も改めてどうろく様に挨拶しときたいや」
サーシャにスイッチした。
「白河と言えば、松平定信ゆかりの『南湖だんご』ですにゃ。レプリケーターに無い銘菓らしいですにゃ」
「キミ、食い物の事だけは良く調べてるよねえ。でも天明の飢饉で定信公には世話になったもんな。俺も食べてみたいかも」
「各地方のレプリケーター無許諾の銘菓はリストアップ済みですにゃ。まずは日本のお菓子を、北海道から沖縄まで蹂躙するまでは帰りませんにゃ」
健二とチビ、長くなりそうな旅程を思い少し遠い目になる。しかし二人ともサーシャが楽しそうなのは見ていて嬉しい。互いに顔を見合わせて、少し笑う。
「♪Coming home, to Terra, Coming home, to Terra」
上半身を揺らしながら、健二の知らない歌を口ずさむサーシャ。当然のようにチビには分かったようで、
「おお、映画版の方とは。お主なかなかやりおるな」
「ふっふっふ。拙者に死角は無いのにゃ」
「テレビアニメ版の方は、センスオブワンダーの点でイマイチなんだよにゃあ」
「激しく同意しますにゃ、特にエンディング」
昭和オタ二人には付いていけない健二。お絹さんも諦めているようだった。
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リィンと交渉する、というドビュッシーの任務は終わり、もう当該宙域に居残る意味は対リィンとしては無くなっていた。
共鳴コンバーターも今やほぼ完成されていたが、しかし星の音自体はまだまだ研究が必要であった。〈静かな波〉は、ドビュッシーごと地球まで遷移させようかと提案していたが、星の音の研究には星間物質の密度の低いこの場所が好都合だったため、ドビュッシーはこの宙域の研究施設兼中継ステーションとして残される事になった。
そして、凍っていた船のうち地球に戻るものと一緒に、ユグドラシルは地球の月軌道に遷移した。地球自体の衛星軌道に乗る事もできたが、さすがにその辺りは他の衛星も多いので遠慮してもらい、結局月軌道のラグランジュポイント・L4近くに出現した。
既に地球に連絡は行っていて、L4では儀礼船?を先頭に戦艦やら駆逐艦やらが並んでいた。別にユグドラシルを威嚇するためではなく、単なる大規模テロ対策、という名目になっている。裏には国家間の駆け引きとかありそうだったが、とりあえず見た目は綺麗な光景だった。
健二にとっては初めて見る3000年台の宇宙船群。ドビュッシーでも駆逐艦やら輸送船やらは見ていたが、戦艦を見るのは初めてだった。駆逐艦は、いかにも宇宙戦艦でござい、という船っぽい見た目だったが、最新の戦艦は全然異なり、全て球形だった。直径50mから200mほど。赤道部が帯状に膨らんでいて、そこには各種の武装があるようだった。チビとサーシャはスターダストⅡがー、とかタイタンがー、とか騒いでいたが、どうせ昭和な話だろうから無視する。
その後、地球に降りて、各種行事やら会議やら調査やらを沢山こなした。レポートも、煮干をむさぼる猫の横で沢山書いた。〈静かな波〉による時空間技術のデモでは、丸一日だけ地球そのものが月と人工衛星ごと土星のすぐそば、おおよそエンケラドス軌道上に飛ばされた。夜空に広がる巨大な土星と輪。その人類技術との余りの能力差に地球人は震え上がった。それによって、リィンと敵対しよう・敵対できる、などと思っていた勢力も一掃された。
一通りの行事をこなした一行は、その後旧大泉学園町を訪れ、旧神代村も訪ねた。それぞれ全く昔の面影は無く、もう地球は故郷じゃ無いんだな、という感慨を健二と絹に残していた。
ちなみに塔は相変わらず大泉にあった。中学校はとっくに無くなっていて、モアイ像とかナスカの地上絵みたいな単なる謎の遺跡扱いとなっている。チビ関連施設と判明して一悶着はあったが、もう何の機能も無い。中味も無い。チビは「そのうち撤去するからゴメンにゃ」とかテキトーに言って誤魔化していた。地元には塔による観光収入もあったため、千年分の土地の貸借料払えとかは言われなかった。でも撤去するとなったらなったで、また面倒な事になるんだろうなあ、と不安な健二。
そしてサーシャ念願の菓子食べ歩き日本編を数年かけてコンプリート。航空機を使ったのは最初羽田から福島と、そこから稚内に移動した時だけで、あとはほぼバスやローカル線、そして徒歩。
人類協同機構は、警護上勘弁してくれ、こちらの提供する乗り物を使ってくれと泣いていたが、サーシャは地元の移動方法にこだわり、頑として譲らなかった。彼女に言わせると「食は周りの環境あってのもの、品物だけ食べても心は分からないにゃ」とかなんとか。嘘つけ、どこの食通評論家だよ、と周りは思ったが賢明な事に口にはしなかった。
とても長い道のりだった。最後は石垣島で泡盛ゼリーの食べ比べ。遺伝子のロックが外れて成長するとか豪語していたサーシャだが、実際にはこの数年では全然大きくなっていなかった。そのため、見た目小学生でアルコール入り泡盛ゼリーの年齢制限に引っかかりそうになったが、人類協同機構の特別身分証明書を出して事なきを得たり得なかったりした。
このツアー、最初はサーシャのリストアップした銘菓だけを巡っていたのだが、マスコミの報道やら噂やらで、自分の所のも食べてくれ、という地方の菓子屋が殺到。結局当初の予定の倍以上の菓子を食べる事になってしまっていた。
これだけ食べていて、何故サーシャも健二も太らないのか。〈静かな波〉によると『余剰糖分や脂質は適宜排出されるよう設定されている』だそうで。俺もかい、どんな改造されてんだ、と今更ながらに気づく健二。気づくのが遅い。
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ゼリーその他を爆食べした後、石垣港の岸壁で食休みする一行。季節は夏、快晴の空と濃紺の海。日差しは強いが海風は涼しく心地よい。足下には打ち寄せる小波。たまに上空を翼の無い飛行機が無音で飛んでいく。港を行き交う船にも内燃機関などとうに無く、波をかき分ける音以外は静かだ。うるさいのは専らカモメやアジサシ。
そんな場所で、つい今し方ゼリーを大量に食べたばかりだと言うのにサーシャの話題は食い物だ。
「次は欧州連合に渡りましょうか。やはり菓子と言えば本場は外せませんにゃ。その次はアジア一周ですかね」
30年間、ユグドラシルで栄養剤だけ食べていた反動が来ているのだろう。百合子とは別の意味で怪獣だった。
「このペースで全世界とか、終わる気がしねえよ」 と健二が零せば、
「うむ。俺様も甘い菓子には興味無いからにゃあ」 とチビも少し憂鬱そうだ。
そんな二人をジトっと横目で見ながら、サーシャは
「健二師匠もチビ師匠も、行く先々でお菓子以外の名物は食べまくってるじゃないですか。昨晩も川平湾で石垣牛とノコギリガザミ盛大に食べましたよね?」
「「う」」
「沖縄でだって金武のタコライス大盛りでフィーバーしてましたよね? チビ師匠だってパヤオでウチワエビ買い占めてましたよね?」
と指摘する。その辺を突っ込まれると痛い二人。確かにチーズを皿から溢れるほどかけて、更にお代わりもしていたが。平たいエビも貪り食っていたが。
「まあ二人とも。お菓子は別としても31世紀の地球をくまなく見物できるんですから良いじゃないですか。私たち時間は無限にありますにゃ」
いくら不死で無限の寿命があると言っても、そんな何十年かかるか分からない旅路には気が遠くなってしまう健二。幸か不幸か、技術移転の対価で食費は死ぬほどあった。日本中全ての菓子店と菓子メーカーを買収してもおつりが来る額。無限の寿命に無限の飲食費。終わらない食い倒れのスパイラル。
石垣港に立ち、ここまでの旅路を思い返す健二。大泉学園の中学校から始まった長い長い塔を登る道行き。まさかこんな終わり方をするとは。健二とチビは石垣島の吸い込まれそうな群青の空を仰ぎ見て呟く。「……どうしてこうなった」「……どうしてこうなったにゃ」
そんな健二たちの心労なんてお構いなく、未だにちっこいままのサーシャは石垣港の岸壁に打ち寄せる波に向かって、左手を腰に右手を斜め上に上げて宣言した。
「次は世界を獲るにゃ!」




