再会2
ユグドラシルから枝宇宙船で、救助隊の司令船であるドック船シラユキに移動した一同。結局、突入艇ブランチはあの後発見されなかった。砕け散ったのかどこか遠くに遷移されてしまったのか。でもまあ、もう不要なスペックの船ではあった。宇宙怪獣と戦闘しないなら小枝で十分。
今やロイデ第二惑星の軌道上に停泊している救助隊の周辺空域は大混雑であった。結局、ロイデに凍結されていた人類の船は48隻にも上った。あかつき船団の20隻に加えて、探査船やたまたま通りがかってしまった船など、年代もサイズもバラバラ。
幸い、全て人類の船であった。これで新たな異星人とか解凍された日にはアキラ団長は白髪になるか禿げるかしてしまっただろう。
シラユキにドッキングした枝宇宙船。結局健二たちが特異点に特攻していたのは健二の時間でも短く済んでおり、リィンの時間障壁が張られたロイデ星系の外ではほぼ一瞬だった。その後特異点が消え、健二たちの再生もろもろに半月弱。
もの凄く長い時間を過ごしたような気がする健二だが、実際にかかった時間はそんなもの。交渉団の面々は何も変わっていなかった。お疲れではあったが。
エアロックから出た健二、チビ、サーシャ。構内作業員以外誰もいない。そこに小さなウィンドウが開きアキラが音声連絡してきた。
『手が離せなくて出迎えできなくて申し訳ない。ブリッジにいるので上がってきてくれたまえ』
ドック船・シラユキは大きな船だ。修理が必要な宇宙船をまるごと収容できる。ユグドラシルに比べれば小さいが、それでも全長は300mほど。
シャトル用の発着デッキからブリッジまでだけでも50mほどあった。てくてく歩く一同。
「でっかい船ですにゃー」
周りを見回しながらサーシャが感嘆の声をあげる。
「それには同意だけど、ユグドラシルのほうがデッカイだろ」
「いいえ、あれはほぼ枝と葉っぱですから。住める部分は全然ちっさいですにゃ」
「まあそこを比べればそうか」
どうでもいい会話をしているうちにブリッジに到着。司令席にいたアキラ団長が立ち上がって近づいて来た。
「やあ、皆さんお疲れ様。ええっと、連絡は受けていたが、君が健二君の中味、で良いんだよね?」
別人となった健二を見てアキラは言う。
「別人ですみません。こっちが本体です」 とニュー健二。
「ふーむ」 健二を見回すアキラ。
「ずいぶん逞しくなったものだ。そう言えば、元は軍人なんだっけ?」
「はい、入隊したてでしたけど」
「そうか、あのキビキビした行動力はそういう所から来てたんだなあ」
サーシャとの絡みで自衛官らしくない醜態を散々見られていた気もするが、黙っておく事にする健二。
「とにかく、特異点の解消は本当にありがとう。人類の船も全て回収できたよ。一息ついたら、ドビュッシー内々で改めて感謝の式を開催するよ」
「いや、そんな。こっちの個人的な行動の結果たまたまですし」
「いやいや、本来なら人類全体で祝いたい所なんだが、君たちの事をどこまで公にするかは人類協同機構の理事会でも論争になっていてね。結論が出るまではステーション内だけで宴会くらいは開くよ。まあとにかく、悪いようにはしないつもりだよ」
うーん、どちらかと言えば加害者的な立場だしあんまり感謝されるのもなあと思う健二。技術的な点で逃がしたくない、というのも大きいのだろうけど。
「何にしても、しばらくはゴタゴタしそうなんだ。遭難した船にも色々問題があってね」
アキラは苦い顔をする。心労が溜まっていそうだ。
「まず、救助した宇宙船だが、ほぼ全ての船体に損傷が出ていてね」
不思議そうなアキラ。健二は
「ほぼ全て? 時間が停止してたから?」 と聞いてみる。
「なんだか船体が前後に引っ張られたような、逆に押しつぶされたような歪みがあって、酷いのは気密が破れてたりしてたんだよ」
足下にいたチビが手近の椅子に飛び乗る。
「あー、なるほどそれはありそうにゃ」 椅子の上でしゃべり出した。
「どういう事?」
「特異点って百合子ちゃんが反復横跳びしてて時間の流れに疎密波があったろ。それが外にも伝搬して、時間の進みが早い所と遅い所が混在してたのにゃ」
サーシャがぽん、と手を打つ。
「なるほど、擬似的な潮汐力が働いた、という事ですね?」
「そうにゃ。特異点からは距離があったから人体には大した影響無かっただろうけど、でっかい船体にはでっかい応力が入ったはずにゃ」
アキラは納得したように頷いた。
「なるほどね、まだ離れてる時点で凍ったのは不幸中の幸い、って事か」
「そだね」
「とにかく、それでドック船はフル稼働。今もこのシラユキには一隻大きいのが入ってるよ」
『当該艦はヒノデ』 〈静かな波〉が割り込んできた。
それはまた健二には懐かしい名前だった。「ヒノデかあ。乗員は無事?」
『肯定。コールドスリープの乗員は全て客船に移されて、いまシラユキに乗船しているのはスタッフだけ』
健二は複雑な気分だ。会いたいが、楠井海斗だよって伝える訳にもいかないし。
「俺が乗っ取っていた、楠井海斗はどうなってるんだ?」
『そのまま存在している。ユニット・健二が憑依していた間の事は忘れているので、脳障害扱いされている模様。ユニット・チビについては別の、ただの猫となっている』
あはは、そこは申し訳ないな。そのうち機会があったら謝りたい、と思う健二。
「ま、元気だって分かっただけでも良いじゃにゃいか」 とチビ。
あれ? でも。
「ねえねえチビさんや、塔の各階層は現実のコピーって言ってなかった? なんで憑依とか残ってるの?」
「ああ、リィンのせいにゃ」
『肯定。「リィンのせい」と言われるのは若干不本意だが、我々の認識が各階層を統一してしまったのは事実。この宇宙ではコピーとされた平行宇宙が本物となっている』
「ふーん」 さっぱり理屈の分からない健二。〈静かな波〉が言うなら真実なんだろうけど。
その話が終わったと見た疲れた表情のアキラが続ける。
「まあそんなこんなで船の修理が立て込んでいてね。てんてこまいさ。あと、特に面倒だったのがね、停止してた船の中に海賊がいたんだよ」
「わくわく」 これはサーシャ。
心当たりがありまくる健二。
「あのー団長、もしかしてそれ、『鉄鯨』とかって名乗ってませんでした?」
驚くアキラ。
「なんだ、連中を知ってるのかい?」
「ヒノデに乗ってる時に、連中に襲撃されました」
「本当かい! はー。まだまだそれぞれの船の話は詳しく聞けてないんだよ。そんな事があったんだね」
大きく驚くアキラ。
『あいつら、襲撃の後であかつき船団の航跡を追跡したんだろうなあ。ハルトマンの手前一旦は引いたが、後になって気が変わったとかだろう』
念話で健二。チビも『そんなとこかもにゃ』と答える。
アキラが続けている。
「連中、こちらの指示に全く従わないで離脱しようとしてね。怪しかったので拿捕しようとしたんだよ。その際砲撃までして来てね。まあ原始的な粒子砲だったのでこちらには全然被害は無かったんだが。降伏しないわ、弱いくせに言う事聞かないわ、死亡させないように鎮圧するの、ほんと面倒臭かったよ」
連中も、まさか相手が700年後の駆逐艦だとは思いもしなかったに違いない。悪事七千光年を走る、ってとこだな。
「ああー、艦砲射撃戦、見たかったですにゃー」 とサーシャ。彼女の感性が良く分からない。
「いや、散々百合子の砲撃食らったじゃんよ」
「あれはピカピカ光るだけで格好良くありません。やはり砲塔から伸びる光跡と轟音、反動で後ろに下がる船体、命中して砕ける敵艦、その辺が醍醐味ですにゃ」
うっとりと言うサーシャ。
「いや、砕けてないからね? そもそも撃たれたのは味方艦だからね?」 とアキラ。
「轟音はしないからね?」 と健二。
「ロマンの分からない師匠ですにゃ」「ロマンの分からない奴にゃ」
ちびっ子と猫から集中非難を浴びる健二。ほんとこの猫教育に悪いよな。
「というか、百合子さんと砲撃戦したんだ君たち。その辺是非知りたいね。そのうちレポートとか期待してるよ」
とアキラは言う。サーシャは途中死んでたし、猫が書類なんて書くわけないから自分が作るんだろうけど。酷い体験であんまり思い出したくない健二である。
---
数日後の晩。夕飯を食べに、シラユキの船員食堂に来た健二とサーシャとチビ。アキラも誘ってみたが、無理だった。ブリッジで弁当で済ますとか。お疲れ様である。いつの世も管理職は辛い。
シラユキの船員食堂は、作業員が多いせいかドビュッシーの食堂より遙かに広い。明るくて清潔、かつ未来的過ぎない落ち着いた空間だった。そしてその時間は混み合っていた。そんな中で、メイド服を着たシルバーブロンドの子供(中味アラサー)とトラ猫を肩に乗せた健二たちは非常に目立っていた。隅っこのテーブルに付き、その場でレプリケーターに注文を出す。
別にわざわざ食堂に来なくても食事は入手できるのだが、食堂のレプリケーターは食事に特化していて、出力バリエーションが多いのだ。それで余程時間に余裕が無い人以外は、ここで食事を摂る事が多い。
「どうしよっかな。サーシャはどうする?」
「今日は、お絹の好みで注文する日なのですにゃ」 瞬きでスイッチ 「私は、海の魚が食べてみたいです」 とお絹。
「そっか、山奥の村じゃ珍しいもんな。じゃあまずは食べやすいところで焼き鮭とかにしてみようか。どう?」
「はい、お任せします」
焼き鮭定食を二つ入力する。即座に焼いた鮭の載った定食がプリントされた。ご飯、茄子の味噌汁、ふきと油揚げの煮物、お漬物、と純日本風な品揃え。日本茶も付属していた。
『俺様は煮干定食、季節のちゅー○を添えて』
一応今のところ、百合子がらみはドビュッシーのみの機密事項なので、チビは念話だけで猫のフリをしている。
「そんなん、あるのかよ」
と言いながら、それぞれ単品で出力させてみる。中皿に盛られた煮干と、平皿に紅色のち○ーるが出力された。1000年経っても○ゅーるがあるとは。ロングセラーにも程があるのでは。
『これにゃ』
そのままかぶり付くチビ。お行儀が悪い。
「「いただきます」」 健二とお絹で唱和する。
お絹が箸に左手を添えながら持ちあげる。切り身にそっと箸の先だけを入れる。上品な所作だ。山育ちと言ってもさすが庄屋の娘。サーシャの、フォークとスプーンを両手で持って貪り食うのとは別人のようである、いや正に別人なんだが。
上品ながらも素早い動作で鮭を口に入れていく。気に入ったらしい。
「海のものは久しぶりに口にしますが、これは何とも美味しいですね。作り物とはとても信じられません」
「そうだよね。俺もこの時代に来て良かったと思うのは食事だなあ。その上洗い物も無いときたもんだ」
「なるほど、そうなんですね。私は自分で給仕をしたことは無いのですが、下女が大変そうだったのは見ていましたからわかります」
そうだった、お絹さんは正真正銘お嬢様なのだった、サーシャのせいでつい忘れがちになるが。
そんな風に皆で食事していると、隣のテーブルに三人組が着席した。彼らのうち一人が、こちらに声を掛けてきた。
「あれ? そこで煮干食べてるのはチビじゃないか? ヒノデの船室にいたんじゃないのか?」
顔を上げるチビ。振り返る健二。
そこにあったのは懐かしい面々。ヨルゲン、ノア、サラの三人だった。話しかけてきたのはヨルゲン。
ヒノデでの記憶が健二の脳裏を次々と通り過ぎる。思わず以前のように話しかけそうになるが、ぐっとこらえた。今の健二は海斗とは別人だし、百合子関係の事はまだ機密事項だ。
「チビをご存じなんですか?」
名前は被るが、後でうっかり名前呼んでボロを出しそうだったので名前はそのままで素っとぼける事にした。
「え、本当にチビ? なんでこんな所にいるんだ?」 とヨルゲン。
「どういう事でしょう。この猫は以前からずーっとステーション・ドビュッシーの猫なんですが。別の猫とお間違えなのでは?」
3人が猫を凝視する。
「いや、これチビちゃんよね?」 とサラが指摘する。そりゃそうだ、本当にチビなんだから。
「同じ名前で似た猫が、そちらにもいるんですね?」
「そんな馬鹿な。似すぎてるだろ。 おーい、チビチビ、ヨルゲンだぞー」
「チビちゃ~ん、ノアですよ~」
ヨルゲンとノアが呼びかける。がチビは無視する。さすがにここで混乱させるような事は自重してるようで何よりだ。澪の首輪をしていたらヤバかったが、あれは特異点で血まみれになった上に金具も壊れているので外してある。危ない危ない。
「あれー。無視されましたね」
「いやあ、本当に別の猫なのか?」
「だと思いますよ。世の中にはそっくりな猫が三匹はいるって言いますし。血が繋がってるのかもしれませんね」
我ながら苦しい事を言ってる自覚はあるが、ぎりぎり三人には納得してもらったようだ。サラはチビと健二を交互に見比べて猜疑心全開な表情をしているが。ほんとこの人苦手。話題を変えるに限る。
「ああ今更ですが初めまして。私ドビュッシーの西野健二と申します。皆さん、ヒノデのクルーなんですか?」
チビを見つめていたヨルゲン、諦めたのか顔を健二に向ける。
「ああ、そうだ。私はヨルゲン、ヒノデの機関士だ。こっちは同じくノア、で通信のサラ。宜しくたのむよ」
「私たちはドビュッシーのリィン交渉団の者です」
「ああ、異星人とコンタクトする交渉団、って言ってたな。なんでも異星人に育てられた通訳がいるとか」
あ、そこに触れちゃうかー。 向かいの席でお絹とサーシャがスイッチする。
「それ、何を隠そうこの私。えっへん」
健二の子供か何かだと思ってたヒノデの面々は、キョトンとして反応できない。メイド服なんて時代錯誤に低身長。絶対に子供の悪ふざけだと思われてる。
「そっかー、お嬢ちゃんが異星生まれの子なのかー」 とヨルゲン。全然信じていない。
「うんうん、そのお洋服可愛いですよね!」 話を逸らそうとするノア。まさか相手が自分の倍の年齢だとは思いもしない。
サラだけが、じっとサーシャを見つめている。いやこの人には何が見えてるんだ。ヒノデの頃から底の知れない人だったが、ちょっと怖い。
「皆さん災難でしたね。時間停止に巻き込まれて、出られたと思ったらはるか未来とか。皆さん、西暦何年から飛ばされたんですか?」
話を逸らすのに必死な健二である。サーシャはつまらないと思ったのか、お絹に再スイッチして食事を再開した。いつのまにかチビは煮干を追加している。食い過ぎ。
「うん、2306年だ。まさか700年も凍ってたなんて未だに信じられない気分だよ」
「船体がぎしぎしバキバキ言い始めたと思ったら、いきなり周りに見慣れない宇宙船が沢山いて、びっくりしました」
しみじみ語るヨルゲンとノア。ノアは2303年当時で13才だったから、今は16才か。言葉遣いの節々にはまだ幼さも残るが、すっかり立派な青年になっている。
その後も、2300年代と3000年代について他愛の無い話をする。あのヒノデの食堂を思い出す。一旦は死んだと思っていた元同僚が生きていて、こうして再会できた。とりあえずは十分満足だった。お絹さんも食べ終わったみたいだし、ぼろの出ないうちに退散しよう、と健二は立ち上がった。
「さて、そろそろ我々は行きます。お話聞けて楽しかったですよ。さあ、お絹さん、戻りましょう」
「はい健二さん。それでは皆様、お邪魔いたしました」
お絹が立ち上がり礼をする。さきほどの、いかにもチビッ子という態度から変わり果てた淑やかな物言い。ヒノデの面々はあっけに取られる。
「お、おう。俺らもためになったよ。ありがとな」
「またお会いできればいいですね!」
ヨルゲンとノアが挨拶してくれる。サラはというと、それまで余り話には加わらずにいたのだが、最後に
「西野さん、チビさん。以前どこかでお会いしませんでした?」
と聞いてきた。一瞬言葉に詰まる健二。それを見て、ニヤ、っと口をゆがめるサラ。
「あー、初対面のはずですよ」 と健二は答えたが、もう遅かったらしい。サラはニヤニヤ顔のまま、
「こりゃまたお会いできそうですね。楽しみですよ、海斗っち、チビちゃん」
どうなってんだ、この人。本当に人間なのか?
「サラ、何言ってんだ。名前間違えちゃ失礼だろ」 とヨルゲンは言うが、サラは表情を崩さない。
「いいえ、構いませんよ。では」 と健二は言って、そそくさと退散しようとする。
「にゃいうー」 チビは特徴的に鳴いて答えた。こっそりウィンクする。サラはニヤニヤ顔から、本当の笑顔になった。
……あとで〈静かな波〉に相談してみよう、と考える健二。まだまだこの宇宙には色んな隠し事がありそうだった。




