再会1
ユグドラシルで二日ほどが経過して、カズトのレストアが完了した。健二とサーシャのように体組織を新規に作る訳ではなく人類に戻すだけだったので比較的簡単に終了した。余計な物、例えば血管内や肝臓内の脂肪とか、まだまだ小さいデキモノとかは再現されていないので、そこそこ健康にはなったはずである。
カズトの目覚めは混乱だった。まず目の前にトラ猫がいた。
「お、カズトちゃん目覚めたにゃ」
! 目覚めたにゃ?
「猫が喋った……のか?」
何がどうなっているのかさっぱり分からないカズト。自分の部屋でくつろいでいたはずなのに、意識がプッツリと切れて次の瞬間変なカプセルで目覚め、起き上がってみれば周りは直線や平面の無いウッディな部屋。カプセルの横のこれまた木製のコンソール?っぽい台にはドビュッシーで飼育されていたはずの希少種のトラ猫が座っている。
「いやー、今までお前さんの体を借りてたにゃ、悪い悪い。話すと長いし、まだ体も本調子じゃないだろうから今日は一晩休んでもらって、明日はこれまでの経緯を説明した動画を見てもらうにゃ。ある程度理解してもらったら、人間の船に戻すよ。ドビュッシーからは6,500光年ほど離れてるからすぐには帰れないけど、アキラ団長とかはその辺にいるからね」
そう言われてもまるで理解できないカズトだが、異星人とコミュニケーションする訓練を受けているだけあって混乱はしても錯乱する事はなかった。
次の日、その動画とやらを見せられた。今時珍しい完全二次元な上、妙に古くさい編集で、わざとらしい効果音や派手なテロップ、意味の無い爆発シーンなどが入っていて鬱陶しかったが、なんとか内容は理解できた。つまり「塔」とかいう未来の設備に体を乗っ取られていて、用が済んだから返してくれた、という事らしい。
ほぼ信じていなかったが、それでも異常な事態だというのは分かる。なんとか心の準備は出来てその後シラユキに移動する事になった。初めての異星文明とのコンタクトに通訳として色々準備して来て、はりきって職務に臨むつもりが、気がついたら全て終わっていてリィンはフレンドリーな存在に化けていた、と自分の半生が否定されちゃったような有様になっている。オリジナル健二による被害者の一人であった。
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健二とサーシャの再構成には、カズトより長い時間を要した。カズトと異なり二人とも新たな脳と体を形成しなければいけなかったし、そこに人格を移植するのも初の試みだったからだ。
二人の身体パーツ構成はほぼ一緒だったので、完成も同じ日となった。隣り合ったカプセルで同時に目覚める健二とサーシャ。それを横のコンソールから見守っているチビ。
身体構成はほぼ一緒、という事は、健二にも心臓や肝臓が二つあるという事だが、とりあえず明かしていなかった。〈静かな波〉だってゴネる健二の相手はしたくない。面倒ごとは先延ばしにしたいのだ。
「おお、ようやく起きたにゃ。具合はどうよ二人とも?」
健二がカプセルから上体を起こしてチビを見る。既にレプリケーターにより病院着のようなものを着せられていた。
「あー。ちょっと気持ち悪いけどなんとか。俺、ちゃんと21世紀バージョンに戻ってる? 鏡ある?」
〈静かな波〉が健二の目の前にスクリーンを出現させた。そこに現在の健二の顔が表示されている。
「おー。久しぶりだなあ、この顔。良かった、再生は成功したんだな」
自分の顔をペタペタ触りながら、しみじみ呟く健二。
「そうだ、サーシャはどうなった?」
「うしろ」 とチビ。
カプセルの反対側を振り返る。そこにはここ一年の間ずっと見慣れたちっこいシルバーブロンドがあった。サーシャも既に病院着のようなものを着ていて、無表情にこちらを見ている。
「サーシャ。良かった、本当に良かった。消えた時にはもう」
涙ぐみそうになってしまう健二。しかしサーシャは平坦な目のままだ。
「申し訳ありません、状況的にあなたは健二師匠だと思われるのですが、そのー、余りに見た目が異なり、反応に困ってます」
「あー」
そりゃあそうだ、カズトはどちらかと言えば研究者であり、いかにもデスクワーカーな細身の体型だった。しかし健二は経歴は短いながらも体が資本の陸上自衛官。マッチョ、とまでは行かないがそこそこ筋肉質である。声だって全然違う。確かに別人に過ぎる。
『これならどうだ? 声が違ってても星の音なら』
サーシャの目が見開かれた。
『おおー。その音は確かに師匠。しかし見た目との違いに大変混乱してしまいます』
『そうだよなー。まあ中身は一緒だから、追々慣れてくれ』
「がんばりますにゃ。その見た目は、それはそれでアリかもしれませんにゃ」
健二だと確信した途端、なんかいきなり言い方が砕けた。
「……サーシャさん。あなた結構節操ないね? そんなだと、お父さんは心配だよ」
「いえ、あの時死んだと思いましたので、再チャンスが貰えて嬉しいのです」
まあ分かりやすいのがこの子の良さではあるな、と思い直す健二。互いにカプセルを出て、屈伸したり上半身を回してみたり、体に異常が無いかチェックする。
「ところで、一つ師匠にお知らせがあります」
なんだか改まってサーシャが言う。
「なんだい」
「私は、サーシャでは無いようなのです」
は? なんだか消える直前の百合子みたいな事言い出したぞこいつ、と少し警戒する健二。
「なんのこっちゃ。俺と違って、お前は見るからにサーシャ・アルファだが。初代のひょろいバージョンではないけど」
「私を再生する際に使用されたデータですが、どうも不純物が混ざっているように思います。どういう経緯か教えてくれませんか?」 これは〈静かな波〉への問いかけだろう。
『こんな早く気づくほどだったのは予想外。細かい経緯は後で渡すが、ユニット・サーシャ再構成データには他の欠片のオーナー、上坂環・東山澪・新田千代・百瀬遥・矢内絹、の人格データが混入している。分離は不可能だった』
聞いた事無いのがいるぞ?
「〈静かな波〉、新田千代って誰よ」
『お松、と名乗っていた倒幕派密偵の本名だ』
「へー。あいつ、そんな可愛らしい名前だったんだ……」
健二が感慨深げに呟く。頓着せずに〈静かな波〉は解説する。
『ほとんどの人格は数%しか残存していない。記録によれば百合子本体が欠片の融合を拒否して排出し、この時ほとんどの人格は削除されたようだ。結果として後から直接注入されたユニット・サーシャのものが大半を占めている。削除しきれなかった残りは記憶としてユニット・サーシャによる検出は可能だが、意識は持てないだろう』
まあ、今となってはそれで良かったのか、と思う健二。
『ただ』
〈静かな波〉が続ける。不穏な接続詞。
『唯一、矢内絹のデータのみ20%ほど残存している。これは人格として表出可能と思われる』
サーシャが〈静かな波〉の言葉を引き継ぐ。
「はい、そうなんです。先ほどから知らない人が表に出たがっているのです。なるほど、これが『お絹』なんですね」
突然の知らせに動揺する健二。確かにあの時点では惹かれていた人だ。しかし二度と戻れない、取り返しが付かない人でもあり、忘れようとしていた。忘れるしか無いと思っていた。それが、ここにいる?
「スイッチします」とサーシャが言って目をつぶる。
長い長い数秒が経過。次に目が開いた時、そこには違う光が宿っていた。
「ここは……いったい……」
きょろきょろ周囲を見回す。もし彼女がお絹さんなら、記憶の最後は旅籠での別れだろう。それがいきなりこんな木だけの部屋に放り込まれれば、それは混乱する。健二は、そっと声をかけた。
「お絹さんなのか?」
サーシャの目が、正面の健二を捉える。サーシャの表情ではない、強い意志を感じさせるまなざし。たしかにこれはサーシャではない、白河でさんざん見てきた凜とした目つきだ。健二は目が離せない。サーシャの口が言葉を紡ぐ。
「あなた様は一体、どなた様だばい?」
何度も聞いた江戸時代の白河弁。確かに、この人は矢内絹だ。健二の目が湿ってくる。
「信じられないかもしれないが、私は富山の薬売り、立山屋宗次郎だよ。見た目が全然違うのは申し訳ない」
目を見開くお絹。
『……そんなばがなことが、あるわけねぇぞい』
あ、念話も使えるんだ、というか強い疑問の思考がサーシャの力を乗っ取って星の音になった感じか?
『そうだよな。馬鹿な事だよな。でも、本当なんだよ。お絹さんは生まれ変わっちゃったんだ』 と念話で返す。
見開いた目を、更に極限まで拡大するお絹。眼輪筋が断裂しないか心配になるほどだ。
「その声は、たしかに宗次郎さん……。ここは、山の宮なんだべか……?」
『山の宮?』 とチビに聞く。『昔の白河のあたりでの天国の事にゃ多分』『あー』
『混乱するのも当然だ。大丈夫、お絹さんは死んでないよ。俺が白河の村を去る時に、あなたの心の一部がこっちに付いて来ちゃったんだ。お絹さん自体は白河で庄屋さんの勤めを果たしたはずだよ』
〈静かな波〉が割り込む。
『人類のデータベースを検索した。1963年に出版された歴史家の論述に、神代(くましろ)村の庄屋である矢内家の記述がある。少し長いが引用しよう』
そのままデータを読み始める。
『……特筆すべきは、現在の白河市郊外にあたる旧神代村の庄屋・矢内家の記録である。
天明の大飢饉という未曾有の惨劇において、周辺の村々が壊滅的な打撃を受ける中、神代村だけが驚異的な復興を遂げた背景には、寛政期に同家の実権を握っていた一人娘・絹の存在があった。
地元の伝承によると、彼女は20代前半の若さで在方代官の不正を暴き、白河藩庁から直接救済米を引き出したという劇的な過去を持つ。その後の彼女は村政を主導する立場となり、さまざまな理由で親を亡くした子供たちの集団養育や、冷害に強い農法の導入など、極めて先進的な善政を敷いた。
村の境界にある道祖神の信仰を大切にし、民衆の精神的支柱を護り続けた彼女は、後世の旧神代村において『神代村を救った賢女』として長く敬愛されており、当時の奥州農村における女性リーダーの極めて稀な成功例として、今もその名が刻まれている……』
へー。やっぱりただ者じゃ無かったんだなあ、と感じ入る健二。その前で唖然としているお絹。
「お絹さん、申し訳ない。そんなつもりは無かったんだが、結果としてあなたをここに連れてきてしまった。今は西暦3002年、と言っても分からないよね。天明三年から1200年ほど後の世だ。戻してあげる事はできないんだ」
「…………」
「あともう一つ伝えなきゃいけない。今のお絹さんの体は、あなただけのものじゃない。サーシャという別の人間と共有している」
「…………」
固まり続けるお絹。いくら稀代の才女とは言え、江戸時代の村娘でしかない彼女には情報量が多すぎるだろう。
「まあ急ぐ事はない。ゆっくり学んで、少しずつこの時代に馴染んで欲しい」
チビが突っ込みを入れる。
「平成生まれのお前が偉そうに言うにゃ、って感じ。かっこ笑いかっこ閉じ」
お絹は毒を吐く猫をまじまじと見つめる。
「福猫様も、いるんだべか……そしてやっぱり喋ってるんだべな……」
チビの存在がダメ押しになったようで、お絹は迷っていた表情を引き締めた。
「わかったでごんす。新たな生を生きろ、という事でがすね。宗次郎さんがいてくれるならお絹は頑張れるだばい」
熱の籠もった目で健二を見る。そのまま手を伸ばそうとするお絹。
「ダメにゃ!」
突然大声を上げるお絹、ってこれはサーシャか?
「ダメにゃダメにゃダメにゃ! 師匠は渡せないにゃ!」
それきり、お絹は表に出てこなかった。人格の主導権は完全にサーシャが握ってるようだ。
「サーシャ、そもそも俺はお前のものじゃ無いんだが……」
「それはそれ、これはこれにゃ。お絹とはみっちりと話を付けてくるにゃ。また後で!」
と言うと、ぴゅーっと走って部屋を出て行ってしまった。
あっけに取られてそれを見送る健二。
「色男」『すけこまし』 とチビと〈静かな波〉。
「ちょ! チビはともかく〈静かな波〉まで何言ってんのさ!」
『こういう場合に適切と思われる語句を選択したのだが、用法に誤りがあっただろうか』
「誤ってないにゃ。健二はすけこましにゃ」
「お前ら……」
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その後。まるまる2日ほどサーシャは姿を見せなかった。
カズトは先に枝宇宙船でアキラ団長の元に帰していたが、そろそろ健二も報告に戻っておきたいと思っていた。あかつき船団の救助状況も気になっている。
そろそろサーシャを呼びに行かなきゃなあ、と思っていたその時、木の洞の奥からサーシャが現れた。それも和服姿で。
踵が少し高めのベージュの草履を履いてしずしずと歩いてくるサーシャ。あっけにとられる健二とチビ。
サーシャが着ているのは、うっすらと薄い藍を帯びた、鼠色の縮緬(ちりめん)だった。
遠目には無地に見えるが、近づけば縮緬特有の微細なシボが光を乱反射させ、絹ならではのしっとりとした風合いを出している。
柄は、裾のあたりに『どうろく様』の守り木を思わせる笹の葉がわずかに白抜きで描かれているだけ。派手な京染めではなく、実直で奥ゆかしい仕立てであった。
そして。短い銀色の髪を無理矢理結い上げた頭には、あの銀の簪が刺さっていた。データを吸い上げた後で〈静かな波〉に返却されたのだろう。
「え。サーシャ、どういう事よその格好?」
サーシャが動くたびに、上質な縮緬の生地が優しく波打ち、彼女の小柄ながらも引き締まった背の線を柔らかく包み込む。
「お絹と和解したにゃ」
サーシャの声がゆっくり響く。にゃ、という事はサーシャ側なのだろう。お絹さんにはにゃーにゃー言って欲しくない気がする。
「和解? それで和服?」
「同盟も締結しましたにゃ」
「同盟? なんか不穏な響きな気がしますよ?」
サーシャが、目を閉じる。数秒して目を開くと、そこにはお絹の眼光が宿っていた。
「私・お絹は、サーシャ殿と離れる事はできない、それなら理解しあい、仲良くすべき、という結論に至りました。困難な交渉でしたが」
え。白河弁どこ行った?
「お絹さん、その言葉使いは一体……」
お絹は僅かににっこり微笑んだ。以前雨が降った時に、屋敷の軒先で見せてくれた笑み。
「サーシャ殿と私とは、知識を共有しています。共有リソース、とか言うそうですね。この時代についてもかなり理解しましたし、この時代の言葉で話す事もできるようになりました。こうしてこの時代の言葉を話してみると、白河弁は語彙や表現の幅が狭く、もう戻ろうとは思えませんね」
いやいや、別人すぎん? 健二は唖然と聞いている事しかできない。
「ただ、どちらの人格が表出しているか分かりにくいので、私については標準と思われる地球語を使用し、サーシャ殿のみメイド語とするよう取り決めました。これでどちらが話しているか区別が付くでしょう」
「メイド語って何だよ」
「なるほどにゃー」 チビがようやく声を出す。「脳味噌は一つだからにゃあ。片方の知識はもう片方でも習得済み扱い、という事だろうなあ」
〈静かな波〉も口を出す。
『大変興味深い。ヒト種の多重人格の症例はいくつか調べたが、このように真に複数の外部人格が混ざった状況は人類史上初と思われる。貴重なテストケースとなるだろう』
「テストケース言うな」
『否定、これは経過観察が重要。同一の脳を別々の人格が共用している場合、人格間の独立性がどこまで保たれるか不確定。境界が融合していく可能性もあり得る。その際に何らかの障害が出る可能性は排除できない。放置は危険』
お絹が目をつぶる。目を開いて今度はサーシャが話し始める。
「融合の可能性は認識してるにゃ。ただ、その事自体はどうしようもないし、その時はその時、同じ欠片同士うまくやっていけるんじゃないか、とは同意してるにゃ」
「大人だ……」 健二は、その決断に感心する。自分の中に別人格がいたら耐えられそうにない、と健二は思う。
「師匠はお子ちゃまですからにゃ」「健二はガキだからにゃ」『ユニット健二は未成熟に思える』
三者から突っ込まれた健二。立場が弱い、と改めて感じさせられる健二。いや21世紀の人間なら誰だってこんなもんだと思うけどなあ。
とりあえず一件落着なのだろうか。健二はもう一つの疑問を聞いてみた。
「まあ大体理解したが。それで、何故に和服なん?」
「ああ、これはお絹の希望にゃ」 目をつぶりスイッチ 「レプリケーター、なるものの存在を聞きまして。どんな服装でも作れるというじゃありませんか。それなら是非着てみたいものがあったのです」
「それが、その着物?」 というか、ユグドラシルにもレプリケーターあったんだ。なんだか海賊版的な匂いもするが……
笑顔の大きくなるお絹。片袖を広げてその場でゆっくり一回転。裾が控えめに翻る。銀の簪が光る場所を遷して行く。
「はい。一度、本式の縮緬を着てみたかったのです。矢内家は苗字を許された庄屋ではありましたが貧乏な山村でしたから、贅沢などできません。私も幼少の頃から木綿がせいぜい、絹など夢のまた夢だったのです」
ああ、あの村ならそうかもしれない。貧相な村の情景を思い浮かべて頷く健二。
「亡くなった母上が一枚だけ、輿入れのときに実家から持参した縮緬の着物があったのですが、一つ前の飢饉の際に売却して米と交換してしまいました。それが鼠色、このような生地でした。私は子供の頃から一度母上の縮緬を着て見たかったのですが叶いませんでした」
予想外に重い話だった。健二もチビも黙り込むしかない。
「今、母上のものと同じ意匠の着物に、形見である桜と雪輪の簪。長年の願いが叶いました。これだけでも、この時代に来られて本当に良かったと思うんです」
嬉しそうに思いを言葉にするお絹。
静かになる一同。少しおいて健二が口を開く。
「うん、とても良く似合ってるよ。願いが叶って良かったね」
お絹が満面の笑みを浮かべた。
「はい!」 そのまま健二に近寄り手を取ろうとする。と、
「はいそこまでー」 サーシャにスイッチした。「お絹、油断も隙も無いにゃ」
「サーシャ、大人げないなあ」
まあとりあえず大事にはならずに良かった、と思う健二とチビと〈静かな波〉。まだまだ先は長い。
「じゃあ、とりあえずアキラ団長のとこに行って情報共有しようか」




