解任
旅立つ事になったニュー百合子とオリジナル健二。
既に特異点を囲む障壁は解除され、捕らわれていた地球の船も解放されていた。多くの船が通常空間に出現し、今頃はアキラ団長を始めとした救助隊が慌てて動いている事だろう。
「さて。もう私たち行くわ。31世紀の地球なんて見知らぬ場所だろうし、とりあえず銀河系をのんびり一周してみようか、健ちゃん」
【そうだな。俺もずっとここに閉じ込められていたからな。知識としては銀河系の隅々まで知っているが、実際に訪れるのは初めてだ】
二体の力場生命体がワープフィールドを展開した。遷移で移動しないのは、飛んでる最中の景色を見たいからなのだろう。
【あ。百合子、ちょっと待って】
超空間に潜る直前に止められた百合子。急停止に情報体がひしゃげる。
「ちょ。痛ったー。何、なんなの」
【すまない、忘れ物だ】
「もう、忘れるって何を」 目に見えていたら、唇を尖らせていそうな百合子。
姿の見えないオリジナル健二が、こちらを見た、ような気がしたコピー健二。
【チビ】
何か言われるとは思っていなかった猫が驚いた顔をする。
「お? なんにゃご主人」
【それ】
「? どれ?」
【お前の、情報体収集機構端末の任を解く。端末リンクのロックは解除した。収集機構自体はそのままにしておくから、消去するなり電池として活用するなり好きにするがいい】
「え」 固まるチビ。
【もう俺はお前の主人ではない。後は好きに生きろ。収集機構の全記録は見た。今更謝罪のしようも無いがそれでも、長い間拘束して申し訳なかった。俺は本当に酷い事をお前に強いていたんだな】
「ご主人……」
【だからもう主人じゃないって。チビは、小学生の俺の大切な友達だったはずなのにな。どうして忘れてたんだろうな。あんなに可愛がってたはずなのに】
チビが呆然とした表情で虚空を見つめている。
【お前がねこいらずを誤食して死んだ時は、本当に悲しかった。なんで自由に外出させてたんだろう、って後悔もした。でもスズメとか鳩とかネズミとか捕まえて持ってきては得意げなお前を見てたら家に閉じ込めるのも躊躇われてな。良い飼い主じゃなかったかもしれないが、それでも俺はお前を愛していたんだ。今までごめんな】
「ご主人……」
【だからもう……】
「いや、端末じゃなくなってもあんたはご主人にゃ。イエネコだった頃の記憶はうっすらとしか残って無いけど、それでもあんたが撫でてくれた手の感触はちゃんと覚えてるにゃ。名前を呼んでくれた声もちゃんと覚えてるにゃ。俺様は……あんたが大好きだったにゃ」
人間の体だったら涙を流していたのかもしれないが、それが出来ないのが少し残念なチビ。
【ありがとう。チビは人間だった頃の俺の一番の友達だったよ】
「……一番は私じゃないの?」 横で空気を読まない百合子が呟くが、全員が全力で無視する。
【今のお前は無限の命だ。また宇宙のどこかで会う事もあるだろう。それまで元気でな】
「ああ、大丈夫にゃ。下僕もいるし、そのうち会いに行くにゃ」
【楽しみにしてる。じゃあ、今度こそ行くよ。またな。百合子待たせた。行こうか】
「うん、みんなまたね!」 笑顔が見えるような明るい声で百合子。見えていたら「にぱっ!」って感じだったのだろうか。
改めてワープ入りするオリジナルと百合子。通常空間から消え、光速の一万倍ほどの速度でゆっくり遠ざかって行く。
黙って見送る一人と一匹と一力場。周囲にはもう金色の球も特異点の歪みもない。ロイデ星が近くで燃えている普通の空間。一同しばらくそのままたたずむ。いろいろあったが、ようやく終わった。長かった、としみじみする一人と一匹。
二人の気配が無くなった所で、コピー健二がチビに聞いた。
「なあチビ。お前は二人について行かなくて良かったのか?」
チビが首を回してコピー健二を見る。
「相変わらずアホだなお前は。新婚さんだぞ、いくら猫でもお邪魔虫ってもんだろ。それに、俺様はこの体が気に入ってるの。付いてくために情報体になったら煮干し食えないにゃ」
「別にあいつら結婚した訳じゃないと思うが」
チビは少しやせ我慢してるようにも感じる健二だが、そこは指摘しないでおく。ただ先の会話で気になった点は聞いておきたかった。
「あとさ。下僕って俺のこと?」




