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はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第八章 特異点
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新たな和音


 特異点を囲んでいた金色の障壁。その中央に、新たな存在となった百合子だったモノが浮かんでいた。


「? ? ?」


 体が無い。何の予備知識も無い。特異点だった時の記憶は無かった。周囲の障壁の仄かな光だけがあたりを照らしている。混乱する。


「夢? いやそれにしては意識がはっきりしてるよね。どうなってんの」


 意識を周囲に向ける。傍らには、コピー健二とチビの潰れた体が浮いていた。


「うげっ! 何これ! 汚な! 交通事故?」


 酷い言い草である。まさか自分が潰したんだ、なんて思ってもいなかった。


 健二もチビも生物学的には文句なく死亡していたが、しかし機械的には死んでいなかった。そもそも全身がほぼナノマシン製の二人。活動可能なナノマシンが一定量残っていれば修復可能だった。

 にじにじ、みちみち、と健二とチビの体から銀色の粘液がしみ出して来る。健二の胸郭が盛り上がり裂けた皮膚が再生していく。飛び出した眼球が頭蓋骨に収まり直す。一部がすり潰された脳細胞もバックアップから復元されて行く。

 チビも潰れた胴体が膨らみ始めていた。破裂した腹腔が塞がり、内臓が急速に修復されていく。


「うげー、きも」


 実にグロい光景だった。しかし百合子は目を逸らす事ができない。そもそも逸らすための目が無い。全方向が同時に見えている。


 そんな風に戸惑って何もできずにいる百合子の脇に、別の力場が現れた。


【……百合子なのか?】


 百合子にとって、聞き覚えのある声のような、そうでも無いような。


「誰?」


【まさか。こんな。諦めていたのに。こんな方法があったとは。ああ、百合子よ。君なんだな】


 誰だか知らないが、人の横で勝手に喋っているのは何だかなあ、と不思議に思う百合子。そう言えば、こんな風に人の話聞かない奴がいたな。


「もしかして、あなた健ちゃん?」


【そうだ、覚えていたんだな。五百万年の間、また会えるのを待っていた】


 姿の見えない健二に戸惑うも、自分だって体が無いっぽい。良く分からないがまあいいか、と深く考えない百合子。


「五百万年って、関西のおばちゃんじゃあるまいし。大げさね。ついこの間会ったばかりじゃない」


【……】


 ああ、このテキトーさ、確かに百合子だ。一瞬で記憶が再現され、五百万年の時を飛び越え健二の感覚が中学生に戻る。


「ところで、この死体って何なの?」


 指を向けられないが、まあ他に何も無いし分かってくれるだろう、と考える百合子。


【ああ、これは俺のコピーと塔の端末だ。そして死んではいない】


「は? 分からないわよ。相変わらずあなたの説明は不親切ね」


 二人の体は、だいぶ修復が進んでいた。形を取り戻し始めている。その小さい方を見て百合子は気づく。


「え? これチビちゃん? どういう事? なんでチビちゃん潰れてるの? 人の方は…これ誰?」


【だから、コピーの俺】


 さっぱり理解できない百合子。「健ちゃん? この人が? 嘘はいけないわ、顔も違うし、こんな大人の訳ないじゃないの。大体そうしたらあなたは誰なのよ」 そう、百合子の意識はまだ中学を卒業する間近でしかないのだ。


 しかし、元が中学生であっても、今の百合子は力場生命体。生まれたばかりだった感覚が次第に最適化されて行き、思考も高速化して行く。特異点だった周囲に漂う健二とチビが残した知識を吸収していく。見えないもの・聞こえないものが感知できるようになってきた。

 そこで意識に入ってきた、真空中で鳴り続けている首輪のオーナメントとネックレスのチャーム。


「ふーん、ふんふん、ふふーん」


 合わせて歌ってみた。虚空に響く3つの鼻歌。3つのメロディで構成された、新しい和音。


「これ、私の鼻歌よね。いつの間に録音してたの? 健ちゃん著作権法って知ってる?」


【……】


「あ、でも声が私じゃないわね。メロディも少し違うわ。どういう事? ……え、何だか変ね。知ってるわこれ。あれ? ううん、でも」


 自分が何を感じてるのか分からない百合子。力場生命体として再構築が完了し、そこに鼻歌で統合された欠片たちの記憶がなだれ込む。


「え? 何? 痛い、痛い痛い! 頭が痛い! え、やだやだ、やめて、入って来ないで!」


 百合子の思考に、別人の記憶がなだれ込む。戦争中の私、医者の私、間諜の私、航宙士の私、庄屋の私、宇宙人の私。

 私であって私じゃない。それは中学生の百合子にとっては未知の異物。精神が人格の流入に反発する。


「いやー!!」


 欠片の記憶を拒絶する。しかし自分の意思ではどうにもならなかった。既にそれらの人格は全て百合子なのだから。


 人格が中途半端に統合された百合子。気持ち悪い。だが、しかしオリジナル百合子は諦めなかった。何か逃れる方法は、と考える。周囲を探す。そこにコピー健二のインベントリがあった。


「何、これ、おもちゃ箱? なんかガラクタばっかり入ってる……」


 その中に、光る簪があった。そこから微かに知っている音が鳴っている。自分の中の庄屋の私が反応している。この簪、私の心が乗ってるわ。


「あ、これ、これよ! よーし、ここにまとめて押しつける!」


 全ての欠片から自分以外の人格を引っぺがして、簪を触媒にして押し込める。


「たくさんの私が入っちゃってるけど、うまくやってね!」


 神に匹敵する能力に対して、非常に無責任な行動と物言い。隣でオリジナル健二が呆れている。もしかしたら宇宙に悪魔が解き放たれたのかもしれない、と戦慄する。


---


 その横では、コピー健二とチビの修復が完了しようとしていた。宇宙服は壊れたままだが、ナノマシンは外部環境の変化を感知して真空中への適応を追加していた。


 血だらけのコピー健二が目を覚ます。


「あれ? 俺なんで……ここどこだ? まだ特異点の中?」


 周りを見回そうとする。と、そこで自分のヘルメットが大破している事に気づく。


「おわ! メット割れてんじゃん! やばやばやば」


 慌てて口と鼻を塞ごうとする。その横で猫が目覚める。健二と同様に全身血まみれ粘液まみれの酷い姿だが、内部は復帰していた。


「あー。あー。身体チェック、塔へのアクセス確認、記憶レストア、うーん死ねなかったかー。周囲状況確認。なるほど? これはまた面白い事になってるにゃ」


 となりでジタバタと手足を振り回しているコピー健二に声をかける。


「おい、あほ健二。いつまでやってるにゃ。別にこの体に空気なんて要らないにゃ。落ち着け」


「え? チビ? どゆこと?」


【お前たちは自力で身体を再生したのだ】 船の中で聞いたオリジナルの声が伝わってくる。そう言えばここ真空中だよな。なんで普通に喋れてるんだ?


【声帯で話している訳ではない。リィンが「星の音」と呼んでいるゼロ点振動波を使っている。まあ理屈はどうでもいい、気にするな】


「え、あなた船の中で暴れてくれちゃったオリジナルの俺だよね? ずいぶんフランクになったな?」


【その節は申し訳なかった。我の精神に掛けていた全てのプロテクトを解除し、メンタリティを人類にリセットした。多少は話しやすくなっただろう】


 器用だな、オリジナルの俺。


 そして、オリジナルの隣? に別の力場生命が浮いていた。これって。


「やっほー。健ちゃんズ、とチビちゃん。五百万年ぶりらしいわね、記憶無いけど。また会えて嬉しいわ」


 忘れもしない脳天気な喋り方。


「百合子? お前百合子なのか? だって2030年の衝突で死んでたって……もう復活できないって……」


 すぐには信じられないコピー健二。チビもここまでの経緯を取得してはいるが、やはり信じ難い事だった。


「うーんと、その通りで実際私は死んだのよ。でも霧散しちゃう前に、分裂してた情報体が別の人生経験で変異してて、それが死んでた私に合体したのね。ちょっと着地点が狂った。別の存在として再生しちゃったの。だから今の私は早川百合子じゃないわ。ニュー早川百合子なのよ」


 明るく説明してくれる情報生命百合子。


「ださ」 思わず口に出してしまうコピー健二。


「ちょっと、健ちゃんのくせに言ってくれるわね。じゃあ何なら格好良いのよ」


 チビと顔を見合わせ、二人で首を捻る。


「ネオ早川百合子?」

「早川百合子ダッシュ?」

【超早川百合子?】


「どれも似たようなもんじゃないの」 と百合子。


 そしてコピー健二は思い出す、ここにいないサーシャの事を。彼女を消去したのはここにいるオリジナル健二だが、しかしその時の彼には人格が無かった。恨みに思わなくは無いが、言ってみれば事故なのだ。

 せっかく百合子が復活したのに。サーシャだって会ってみたかったはずなのに。やっぱり俺がここに生き残ってる意味なんてもう無いんじゃないか、と思うコピー健二。


 そんなコピー健二の内面の葛藤を余所に、馬鹿っぽい話が続いている。


 そこに突然、巨大な気配が現れた。〈静かな波〉。


 オリジナル健二も、ニュー百合子も、それなりに大きな精神体だ。人類個人をあらゆる面で遙かに凌駕した超知性。だが間近で相対したリィンの巨大さ・底知れなさは比較にならなかった。

 星の音、とリィンが呼んでる技術を使えるコピー健二とチビにもそれは理解できた、いや理解できない事が理解できた。初めてコンバーター越しじゃないリィンに相対した二人。リィンは正しく化け物だった。サーシャはこんなのと一緒に育ったのか。


『濃い時間の音が消えたのでここに入って来る事ができた。ユニット・健二、ユニット・チビ、やり遂げたのだな』


 ほぼ人間のように話しかけてきた〈静かな波〉。最初の頃のチグハグさは何処へやら。


「え。何これ。大きすぎるよね。逃げたほうがいい?」 百合子が慄いているが、とりあえず無視してコピー健二は話す。


「ああ、特異点はなんとかなったよ。〈静かな波〉の協力のおかげだ、ありがとう」


 感謝の言葉をなんとか口にする。背景の障壁が、エネルギー化した莫大な情報量でゆらゆら歪んで見える。百合子とオリジナル健二が押しやられている。


「しかし済まない、サーシャを死なせてしまった。あんたの娘みたいなものだったのに」


 そう伝える。しかし、〈静かな波〉から返って来たのは意外な一言。


『死なせた? 否定。わたし・わたしたちの解決しない音は消滅などしていない。君が持つ器具に封入されて凍結はされているが』


「は? 封入? 器具? それはどういう……」


『君の時空凍結器具から解決しない音が複数鳴っている』


「?」


 そこでニュー百合子が声を上げた。


「ああ! 言うの忘れてた! 情報体に乗って私に入ってきた人格、全部引っぺがしてあなたが持ってる銀の簪にまとめて詰め込んでおいたわよ」


「「え」」 チビと一緒にポカンとしてしまう。


「いやあ、入り込んで来るのが凄く気持ち悪かったもんだから。言うの遅れてごめんごめん、あはは」


 あっけに取られるコピー健二とチビ。

 そして二人は思い知らされた。

 ああ、そうか、こいつは百合子のように喋ってはいるが、もう百合子のデータを持つだけの別の存在なのだと。

 引き剥がした、と言っている人格は生きている人間なのだ、そんなに軽く扱って良いものではない、という感覚を失っている。人間味が全くない。軽妙なのは上辺だけ。そのすぐ下には深い闇。

 やはり百合子は、大泉であの時死んだんだ。ここにいるのは新たな音だと心の奥で悟る。


「……ああ、そうなのね、悲しませちゃったね。ごめんね、あなたたちの心が見えるわ。薄々思ってたけど、やっぱりもう私は百合子でも人間でも無いんだね」


 悲しそうに百合子は語る。その悲しみは人間のものなのか、シミュレーションなのか。もう百合子本人にも判別できない。


「んー、私は人間のそばにいちゃダメっぽいね。でも死ねないし消えられないし、どうしたもんか」


【馬鹿を言うな!】 オリジナル健二が声を荒げる。


【人間じゃない、というなら俺も同じだ。それにお前はまだ生まれたばかりだ。巨大な情報量を獲得していても、まだたったの15才なんだ】


「健ちゃん……」


【少しは俺を頼れよ。五百万年も待ったんだ、多少の人間味の無さくらい気にしないぞ。俺の擦り切れ具合に比べれば遙かにマシだよ】


「おっと健ちゃん、それは愛の告白かい?」


【お前って奴は昔からもう…… ああ、そうだよ! 俺はずっとお前が好きだったんだよ! 文句あるか!】


「健ちゃん、五百万年遅いよ。でもまあ許す」


 一同ぽかーん。いきなりのアオハルな超展開にあっけに取られっぱなしのコピー健二とチビ、に〈静かな波〉も加わった。


「えーっと、おめでとう?」 とコピー健二。

「目出度いにゃ?」 とチビ。

『生殖器官無しでも愛という感情は成立するのか?』 と〈静かな波〉。


「キミたち、何故に疑問形かな。まあいいや、しばらく旅に出る事にするよ。時間はいくらでもありそうだし、ガイドさんもいる事だし」


【ガイドさん……】


 愕然とするオリジナル健二。前途多難だけど頑張れ、と心の中で応援してしまう一人と一匹と一力場。もちろんそんな思考は百合子には筒抜けで。


「キミたち、結構失礼だよね」


 百合子の意見には誰も賛成しなかった。




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