転調
再突入前。チビが説明する。
「やることは単純にゃ。まずブランチで特異点の中心に突っ込む。そこで俺様とお前が船外に出て百合子に食われる。奴の内部からなら欠片を拒否できないにゃ、たぶん」
「たぶんかい。あと何故お前も食われなきゃいけないんだ?」
こちらを見上げて、少し間を置く猫。若干の躊躇を挟んで健二に言う。
「……欠片がちゃんと消化されるように胃袋の中から制御しなきゃいかんだろ」
努めて明るい声で言ったが、嘘だった。チビは自分だけ生き残っても仕方ない、一緒に消滅するのが、今まで消してきた10,288人の健二に対するせめてもの贖罪だと考えていた。
「リィンの遷移で打ち込む方法だと、今の百合子なら遷移自体を打ち消せるみたいだからな。でも生身で直接ならそうもいかないはずにゃ」
「なんだか薄い希望だけど、ま、それしか無いか」
チビがコンソールを操作し、時空遮断フィールドを再展開、船を前進させる。ブランチの操船には複雑な操作などない。口頭で指示、もしくは手でなんとなくジェスチャーしてやれば、船が良い感じに解釈して実行してくれる。サーシャは何かキー入力とかしていたけど、アレは単なる趣味だったんだろうなあ、猫由来の。本当は操縦桿とか付けたかったに違いない。
再度、球に接近して行く。振動がブランチを揺さぶり始める。
「内部に入ったら、また攻撃受けるよね。近づくの大丈夫?」
コンソールに仁王立ちしているチビに聞く。
「だいじょばない。だけど同じ攻撃ならフィールド張ってる限り葉っぱが多少傷付く程度で幹は破壊はされないにゃ、長時間じゃなきゃ。問題は船外に出る時だな、生身で攻撃されると厳しい」
「だよね。あんな攻撃、避けられないだろうし」
百合子がどんな方法で攻撃してるのか分からないけど、最低でも光速で叩いて来てるだろう。ピカピカ光ってるしタイムラグ無いし。
「一応対策は考えてはある。一旦船ごと食われて、消滅する前に中身を残して船郭だけを遷移で外に放り出す」
それは生存する手段がなくなると言う事。しかし二人に迷いは無かった。
「なるほど、それならエアロック要らずでお得だな」
「そゆこと」
船体の周りに張られた障壁が金の玉に接触、融合した。ブランチが再度内部に侵入する。
途端に受ける多数の砲撃。船体が大きく揺さぶられ続ける。
「な、溶かされといて良かったろ?」
チビは言う。その通りだとは思う健二だが、未だに嫌な事には変わりない。複雑な心境であった。
「乱数機動開始」 とチビ。
「なにそれ、格好良い」
「ランダムな加減速と方向転換を繰り返すにゃ。だいぶ命中しにくくなるでしょ」
外の景色がめまぐるしく入れ替わる。秒間数十回のベクトル変更により位置を変え続けながら中心に接近して行くブランチ。その都度船内に数十Gの加速度がかかる。もちろん船自体の加速度は数万Gで船内に充填されたフィールドで緩和されてるに過ぎない。しかし船の中にいる健二には何が何だか分からない。
それでも多くの攻撃が命中する。加減速の揺れと攻撃の揺れで、船内はしっちゃかめっちゃかだった。
「目が回るー。気持ち悪い、吐きそう」
チビがジロっと健二を一瞥した。途端に吐き気が収まる。
「三半規管ブロックしたにゃ。ヘルメットの中で吐かれるのは見てる俺様の気分が悪いにゃ」
「お、おう」
ランダムな加減速で揺れるよりも、攻撃を被弾して揺れるほうが楽、とは言えない健二。
「オリジナルが介入してくる前に片付けるにゃ」
更に中心に接近する。幸い攻撃方法が変わる事もなかった。相変わらずのマシンガン。
「MMOのレイドボスみたいに、最後攻撃方法が変わるとかなくて良かったよ。範囲攻撃とかさ」
「今の嬢ちゃん抜け殻だからな。たぶん作戦とか戦術とか頭に無いにゃ。脊髄反射で攻撃してるだけ」
「頭も脊髄も無いだろ」
特異点という名の百合子の中心に到達。自分の内部領域には攻撃できないようで、船の揺れが止む。代わりに周囲が分厚い力場で囲まれていた。船体に押しつぶす圧力が加わり、ブランチが軋む。
【何をしている!】
オリジナルの声が船内に響いた。
【それは残りの欠片……どうしてだ、どうして放って置いてくれない】
チビがコンソールから離れ、健二の肩に飛び乗る。そこで中空に向かって言い放つ。
「はっ。ご主人、そんな事も分からなくなっちまったんだなあ。残念にゃ」
健二も続けて声をあげる。
「俺たちは、捕らわれてる人たちを救いたいだけなんだよ」
【特異点周りのステイシスフィールドの事か? そんなもの、どうでも良いじゃないか】
完全に人間としての属性を失っているオリジナル。彼はもう単なる物理現象だ。悲しいが、もうチビにも健二にも掛ける言葉は無かった。
「んじゃ、船を消すぞ、相棒」
「おお、やってくれ、相棒」
【止めろー!】
もうここは百合子の中だ。特異点の中心。オリジナルであっても外から遷移の力場は展開できなかった。
船体が消える。健二とチビが中空に放り出された。
特異点となった百合子から何万気圧もの縦方向圧力が加わる。プレス機に放り込まれたような状態。すぐに潰れてしまわないのはチビがシールドを展開しているためだ。
「んじゃあ、シールド消すにゃー」
「ああ。世話になったな。来世でもよろしくな」
「それはもう勘弁にゃ」
シールドが消えた。健二の胸郭が一瞬で潰される。ヘルメットも割れ、強化された頭蓋骨が軋みつつ変形しながら潰れていく。痛い。意識が遠ざかっていく。百合子はちゃんと欠片食ってくれたかな、と最後の細い思考で考える。
隣ではチビの体も押し潰されて破裂していた。口や鼻から胃液やら血液やらが噴き出している。既に目に光は無かった。
と、そこで急に圧力が無くなった。百合子の攻撃が停止する。しかしもう健二にもチビにも意識は無い。生命体としての活動は完全に停止していた。
その静かになった真空の空間に、かすかに音ではなく場として鳴る振動があった。それはチビの首輪。圧力で半分潰されたオーナメントから、澪の鼻歌が流れ出している。
『ふーん、ふんふん、ふふーん、ふん。ふんふん、ふふーん。ふふふふーん』
そしてもう一つ。船に残っていたサーシャのネックレスのチャーム。ここからもビット列が流れ出す。
『ふーん、ふんふん、ふふふんふんふん。ふーふーふふふん、ふふふふんー』
潰れた健二から流れ出した残りの欠片が百合子の残骸に入り込もうとする。しかし流れるメロディが欠片を変質させる。それは百合子の和音を解決させず、別の調号に転調させた。
百合子の音と、澪の音、サーシャの音が混じり合う。欠片が過ごした各々の時間で育まれた新たな音が、別の調号で別の和音を形成する。
変奏が始まった。それは百合子であり百合子でない何か。新たな存在確率を得ようとする何か。特異点を構成している死に向かっていた場が、別の場へと収束していく。そして。
ぽんっ! 収束した力場が安定した塊を作る。そこに意識が宿った。
「あれ。ここどこ?」
特異点が消滅し、新たな百合子がそこにいた。




