突入
減速して金の球にゆっくり接近するブランチ。
表面まで残り数km、という所で周囲がゆがんだ。それまで見えていたロイデ星や第一惑星が消え漆黒に囲まれる。見えるのは自分の船体と球だけ。
「PNR通過。もうシャバには出られんにゃ」
同時に船体が震え始めた。チビが声を上げる。
「おうおう、元気に反復横跳びしてるにゃ。まだ障壁の外だってのにこれかー」
コンソールを見ているサーシャが報告する。「重力波の変動に巻き込まれてますにゃ。まだ全然許容範囲内ですけど」
「時空遮断フィールド、アクティベートにゃ」
ブランチの周りにある耐時間フィールドの外側に、もう一層幕が張られた。百合子に接触するための、球と同じ色の障壁。
ブランチが球に近づく。サーシャが距離を測り続けている。
「ブランチ、障壁に接触しますにゃ」
「んじゃ、入るにゃー」
時空遮断フィールド同士が接触、融合した。球に穴が空く。中は真っ暗だった。そのまま中に入り込む。後ろで穴が閉じた。
「うんうん、うまく動作してるにゃ。さすが俺様」
猫、平常運転の自画自賛。
ブランチの振動が更に大きくなる。
「ブランチ外郭の重力加速度、現在振幅頂点で18G」
全然そんなGは感じない。どろどろに溶かされた甲斐はあったという事か。
「で、百合子どこさ」
健二が聞くも猫は振り返らず、
「いや、体無いからな。見えないよ」
「え、じゃあどうやって打ち込むのさ」
そもそも打ち込むってのが良くわからない健二。
「球の中心に、時間の穴がありますにゃ。可視化するにゃ」
サーシャが言うと、スクリーンに球と中心の点が表示された。
「あそこに、健二にひっついてる力場情報体をまとめて遷移させるにゃ。いくよー」
健二の体を例のデジタルノイズが包んで、すぐ消えた。と、チビの横に階段でおなじみの百合子パネルが現れた。
「百合子ちゃん復元率75%~」
「? 白河と一緒じゃん」
「いや、階段の復元率は集めてた量だけの話で、今見てるのは実際に復元してる値にゃ」
健二はぽん、と手を打つ。
「ああ、なるほど。あとはサーシャの持ち分を移せば良いってことね」
「よーし、じゃあ続けて行くよー」
サーシャの体も一瞬だけノイズが包んで消える。百合子パネルの顔が全て塗りつぶされる。
「百合子ちゃん復元率99%~、え? 99? そんな馬鹿な」 チビが慌てる。
健二がよく見ると、百合子パネルのアホ毛のあたりが塗られていない。
「な! 余裕で100%超える量を転送したのに、何で……」 チビは言い切ることができなかった。
ズドン! ボコン! ブランチが大きく揺れる。
「おわ!」 健二とサーシャの体が振り回され、シートベルトがそれを押さえつける。チビだけはコンソールに根が生えたように固定されてる。どういう仕組みなんだろう、と意識の片隅で考える健二が大声を上げる。
「なんだなんだ、何が起こった?」
また船が衝撃に揺れた。
「攻撃されてますにゃ」 とサーシャ。
スクリーンでは球の中心、時間の穴と言ってた場所が虹色に光り始めていた。短波長側はガンマ線に達する虹。その端がピカっと光った、と思うや否やブランチがまた揺れる。
「攻撃って、誰に? オリジナル健二?」
チビが首を振る。「いや、これ百合子嬢ちゃんにゃ」
光る頻度が次第に上がる。今や光の点滅はマシンガンのようだ。ブランチはまさに激流に振り回される木の枝のようになっていた。
「なんだって百合子が攻撃してくるんだよー! 欠片を集めて復活したいんじゃ無かったのかー!」
叫ぶ健二。これじゃあ本当に宇宙怪獣だ。
「百合子ちゃん復元率98.9%、98.8%、98.7%、なんでにゃ、下がってくにゃ!」
「球の外に一時撤退しますにゃ」
そうサーシャが言うと、ブランチは改めて遮断フィールドを張り直して球から脱出する。攻撃は届かなくなったものの、球は攻撃により振動を続け、その余波はブランチをまだ揺らしていた。
「百合子嬢ちゃん荒ぶってるにゃ」
「どうなってんのよ、これ」
訳が分からない健二。
「うーん、100%になるのを拒否してる?」
首を捻る猫。
とその時。
【チビ】
船内に強大な思念波が響き渡った。
【何故、ここにいる】
聞き覚えのある声、でも虚ろな声。何かが船の空間を圧迫しているが姿は見えない。これは……
「ようご主人、出て来るの遅かったにゃ。1万年ぶりだな、元気だったか?」
現れたオリジナル健二に、チビが語りかける。
【あとは情報体収集機構のアバターと欠片の宿主か。チビよ、情報体収集機構はどうした】
なんの感情も感じられない平坦な言葉。
「なんだい、挨拶も出来ないほど削れちまったのかよ」
残念そうに呟くチビ。
「んで塔な。あー、すまん。リィンに壊されたにゃ。でも情報体は全て集めたよ」
少しの沈黙の後、オリジナル健二は話し出した。
【そうか。長期の作業ご苦労だった。しかしもう分裂した情報体は不要となった。役目を終えたアバター共々消えるが良い】
「ふざけんな!!」 健二は叫ぶ。
「不要って何だよ。せめて説明しろよ」
姿こそ見えないものの、何かが健二を見下ろす感覚があった。
【作り物にいちいち説明する必要はない】
何かが健二を取り巻こうとした。しかしそれは健二に届かない。サーシャが飛び込んで来て、シートベルトを引きちぎって健二を突き飛ばした。ベルトに引っかかったネックレスがちぎれて飛ばされる。改造した肉体のなせる力技だった。
「「サーシャ!!」」
健二とチビが驚愕に叫ぶ。力場に捕捉され輪郭がブレて透けていくサーシャ。自分の手が消えていくのを見て呆けたようになり、改めて健二の方を見て寂しげな笑顔を作った。
「健二師匠ー、地球にご一緒できなくて残念ですー」
最後にそう言い残してサーシャがノイズと共に消えた。
「サーシャ……」
健二は見えない空間に叫んだ。
「何しやがる! 俺とチビは確かに作り物かもしれんが、サーシャはこの宇宙の住人だぞ! お前は俺の元なんだろ? なんでそんなに人間性無くしちまったんだよ!」
【人間? 検索……ああ、確かにこの身は元はヒト種だったようだな。しかし出自など些細な事】
「何言ってんだお前? 百合子を取り戻すんじゃなかったのかよ。人間じゃ無くなったなら百合子戻ったって意味無いだろうが?」
「そうにゃ。たった一万年で、どうしてそこまで摩耗しちまったのにゃ?」
【百合子? 百合子とは何か。ああ、そうか百合子を復活させるために情報体収集機構と端末を地球に派遣したのだったな】
人ごとのように話すオリジナル。欠片を覚えてるのに百合子の事は忘れてる? 話の内容がチグハグだ。チビがびっくりした顔で話しかける。
「おいおいおい……一体どうしたのにゃご主人。百合子嬢ちゃん忘れてるって何があったらそうなる。五百万年頑張ってきたんじゃないのか?」
【記憶レストア開始……完了。ああ、ああ、せっかく封印したのに。お前たちはまた我を突き落とすのだな】
オリジナルの口調が少しだけ変わる。微細ではあるが感情が感じられるようになっていた。……絶望。
「記憶を封印、って、どうしてにゃ。何でそんな事したにゃ?」
【そうだな。お前たちにも聞く権利くらいはあるな。良かろう】
暗い口調。だが、まだまだ人間からはかけ離れている。オリジナル健二は語り出した。
【我は長い間、特異点となった百合子本体を解析していた。そこに飛散した力場情報体を再封入するシミュレーションを何億回も行った。力場情報体の内容が未確定なので百合子の再現は様々だったが、どう操作しても完全に集合させると百合子は消滅する事が判明した】
あっけに取られる健二とチビ。「は? 消滅?」
【そうだ。簡単な話だったのだ。そもそも2030年の百合子に力場生命体が衝突したとき、百合子は死亡していたのだ】
チビが反論する。
「いやいや。色んな時代の百合子嬢ちゃんは生きてたぞ? それが実は死んでる?」
【それは欠片だからだ。百合子の投影に過ぎない。本体はとっくに死んでいる。今そこの特異点障壁の中にいるのは本体の残滓だ。これに欠片が集合して本体が再現されてしまったら、それはただの死体に落ちる】
「そんな馬鹿な」 信じ難い内容。百合子がとっくに死んでるなんて。
【我は必死で試行錯誤した。なんとか生き返らせようと実験を繰り返した。だが、そもそも肉体の死亡ではなく、我と一体化する前の力場生命体に存在確率ごと抹消されていたのだ。2030年以前に戻ってもそれは復元できない。どうしようも無かった。レストアできるだけの情報も残っていなかった】
五百万年の努力の末の絶望。コピー健二には計り知れない深淵。
【その力場生命体は、今や我そのもの。我は記憶をアーカイブして削除、特異点を守るだけの存在となる事にした。こいつに永遠の贖罪をさせるために】
チビがうなだれる。がっかりしたように呟く。
「なるほどにゃー。それじゃ俺様が一万年の間やってきた事は無駄だったってことかにゃ。あーあ。脱力にゃ」
【今、本体が暴れて抵抗してるのは無意識に分かってるからだ、欠片が100%になったら自分が消滅する事を】
「「……」」
【せめて残滓とともに眠って過ごすのが我の望みだ。先ほど欠片の宿主を削除してしまった事は申し訳ない】
全く申し訳なさそうに聞こえない口調で謝罪された。
【お前たちにはもう役割は無い、自由にするがいい。だが、ここは墓地だ。もう来るな】
そう言い残すと、オリジナルの気配が船からかき消えた。唖然と立ち尽くす健二とチビ。
「まいったにゃ」
「百合子が死んでる、サーシャも死んだ。俺もう生きてる意味ないじゃんか……」
二人だけになったブランチの船室。もう馬鹿な冗談を真顔で言う奴はいない。ようやく暗い感情が押し寄せる。この瞬間まで健二にとってもチビにとっても、失ったものの大きさが分かっていなかった。こんなのに耐えて生きていける訳がない。オリジナルの気持ちが少しだけ理解できた。これが絶望か。
決意した健二が猫に話しかける。
「なあチビ」
「なんにゃ健二」
猫も健二に向き直って、ちゃかす事無く答えた。
「俺、思いついたんだけど」
「奇遇だな。俺様もにゃ」
「オリジナルの考えは良く分かった。同情もする。でもやっぱり特異点は消さないとダメだよな」
「そうだにゃ」
「百瀬さんやヨルゲン師匠は救い出さないと」
「だにゃ」
オリジナルが去ってから、初めて互いの目を見つめる一人と一匹。
「消えたサーシャの持ってた欠片、まだ残ってるよな」
「ああ。消えた時にお前に移動してるにゃ」
健二もチビも理解していた。欠片の遷移、なんてリィンの生ぬるい方法を使ったのが前回の敗因だ。
「百合子に突っ込もうぜ」
「初めて意見があったにゃ」
健二は、サーシャの座ってた操縦席に移動した。脳裏にアホの子の笑顔がよぎる。ああ、そうか、俺は。
「百合子、サーシャ、今行くぞ」




