出撃
翌日、ドビュッシー時間0800。
ドビュッシーから3kmほど離れた場所に停泊しているユグドラシルとブランチ。その周辺には人類製の各船舶が待機している。
健二たちはユグドラシルに乗っていた。ブランチに近い場所にある部屋? というか洞? で待機している。木の節を蔓と葉で覆われた椅子に座って、目の前に表示されたスクリーンを見ていた。そこにはユグドラシル周囲の状況が映し出されている。
アキラは、ドック船の一つ・シラユキを司令船として搭乗していた。交渉団トップが前線に出る事には反対もあったが、救出された大勢の人々に31世紀代表として、責任を持って対話可能なのが彼だけなのも確かだった。
健二は、スクリーンの前に生えている葉っぱ型マイクロフォン?に向かって話しかけた。
「こちらユグドラシル、司令船シラユキ・アキラ団長、準備は宜しいですか?」
スクリーンから応答が返ってくる。
『いつでもOKだ。やってくれ』
健二は、横に座っているサーシャに頷く。サーシャも頷くと、別のスクリーンにリィンのメッセージが表示された。
『カウントダウン開始。60・59・58・………』
カウントダウン表示を見ながら、健二はポツリと漏らす。
「カウントダウンするとか、なんて言うか、ここ一年でリィンも人間っぽく、というか俗っぽくなったよね」
「はい、〈静かな波〉も人間の作法を直接対話でかなり学びました。傍観者気質が変わった訳ではありませんが、人類の真似をするのも、これはこれで新鮮で楽しいんだそうですにゃ」
「柔軟だなあ」
『42・41・40・………』
健二、更に口にする。
「そう言えばさ、リィンの空間遷移って、あかつきとかの超空間ジャンプと何が違うの?」
チビ、呆れたように答える。
「今聞くのがそれかい。人類のジャンプはワープフィールドによる次元潜行にゃ。光よりは速いけど有限の速度にゃ。リィンのは人類の言葉に無理矢理直すと、仮想EPRペアによる存在確率強制置換にゃ。無限の速度、というか動いてないから速度って概念が無いにゃ」
「ほが?」
「まだヒトには無い概念なの。大丈夫、健二には未来永劫理解できないから」
『19・18・17・………』
「てことは、オリジナルの俺も知らない?」
「あー。似たような事は塔の設置や階段でやってるにゃ」
「じゃあ理解できてるんじゃんか」
『7・6・5・………』
「確かに。宇宙の七不思議だにゃ」
「お前なあ」
『0。遷移』
スクリーンの情景がぶれた。映る船の輪郭がノイズのように荒くなっていく。
『あ、これ百合子が消えた時の……』
『そ。白河でお前が消えたのもこれ。リィンのほど洗練はされてないけどにゃ』
一瞬ブラックアウトしたスクリーンは、しかしすぐに復帰した。周囲の船との相対位置は全く変わらない。しかし背景に明るい恒星が一個増えていた。
「ロイデの主星にゃ。ずいぶん近くにジャンプアウトしたんだにゃ?」
『かなり無理をした。しかし限界、気分が悪い。そろそろ嘔吐すると思われる』
ゲロとか、なんかリィンが冗談言ってる……と思ってたら、サーシャが慌てていた。
「〈静かな波〉の嘔吐は冗談でもギャグでもありません。この辺一帯の星間物質が吹き飛びます。外縁の惑星も危ないですにゃ」
「マジかー!」「うにゃー!」 慌てる健二とチビ。
「もう離れていいから! 無理しちゃダメー!」
『お言葉に甘えて星系から退出する。通信はそのままなので心配無用』
嘔吐のスケールが違いすぎる。でもここまで近づいてくれれば、特異点はブランチならすぐだ。
念のためアキラに通信を送る。
「アキラ団長、聞こえますか? 問題はありませんか?」
少しだけ間が空いて、アキラの通信が返ってきた。
『あ、ああ、こちらシラユキ。まだ各船のチェック中ではあるが、問題は無さそうだ。すごいな、リィンのジャンプは』
少し息が荒い。初めての体験で緊張してたのかもしれない。
「これから特異点に突入します。後は宜しくお願いします」
「ああ。君たちの武運を祈る」
武運、とか言わないで欲しいなー、と思う健二。戦いになって欲しくない。健二1号とも、宇宙怪獣百合子とも。
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ロイデ星系はコンパクトな惑星系だ。主な惑星は4つしかなく、ハビタブルゾーンにあるのはあかつきが目指した第二惑星だけ。残りは岩石惑星で資源採掘に好適と判断されていた。それら岩石惑星は第二惑星に近く、水星や金星のように暑すぎる事もなく、海王星や天王星のように遠すぎもしない。開発にはもってこいの未開地だった。
第四惑星のすぐ外側にジャンプアウトした一行。宇宙服を着た健二、サーシャ、あと毛皮のままのチビがユグドラシルからブランチに移動し即座に発進、仄かに光る葉っぱが枝を駆動し、亜光速で星系内側に進み始めた。軌道力学を無視した強引な直線進路。第四惑星の内側に入った所でリィンからメッセージ。
『60秒後に第四惑星軌道に時間勾配フィールドを展開。以降通信は不可』
「了解、手配感謝します。突入します、後よろしく」 と健二は返し、通信を切った。
今のところ予定通り。ブランチ内部に耐衝撃フィールドが充填される。液体では無いが、健二の周囲をジェルのような力場が覆う。
さらにブランチの周りにはチビ製の耐時間フィールドが包む。恒星ロイデ目指して光る木の枝が突き進む。
「ところで、特異点ってどこにあるの?」 健二が操縦室のコンソールに座ってるチビに聞く。
「見たところ、第一惑星の軌道の更に内側だね。ロイデ星に近づいてエネルギー源にしてるんだろうね」
「捕らわれてる船はどこ?」
チビ、腕を組む。だから猫はそんなポーズしません。
「うーん、よくわからん。第二惑星のあたりから特異点の勢力圏みたいだから、その辺で裏返されてるんじゃないかにゃ」
「裏返される?」
「この時間平面に接してるけど時間ベクトルが裏返ってて相互作用できない感じ?」
なんだそれ。
「気にする事はないにゃ。2040年あたりの物理学しか知らんお前には解らなくて当然にゃ」
「どんまいですにゃ、健二師匠」
二人とも俺の扱いが雑。
とか言っているうちに、第二惑星のそばを通過した。既に特異点の影響範囲内のはずだ。耐時間フィールドは正常に動作しているらしい。
眼下には通り過ぎて行く青と白の星。海があって空気がある。大陸の形以外は地球にそっくりだ。そりゃあ無理してでも開発しようとする勢力も出て来るか。でもそれが原因でハルトマンは死亡した。複雑な気持ちになる健二。
「綺麗な星ですにゃ」 サーシャが呟く。
「ああ、本当にな。ここがヨルゲン師匠や百瀬さんが目指した星なんだな。ところで惑星は特異点で停止しないん?」
「大きさは力にゃ」
「適当だなあ。さては説明するの面倒になったな?」
「解ってるじゃまいか。後で勉強しとけ、1万年くらい」
あっという間に第二惑星を通り過ぎて、第一惑星の軌道も通過。遠方に微かに、金色に光る球が見えてきた。枝が減速する。
「あったにゃ」
「ありましたにゃ」
「えー、あんな分かりやすいものなん?」
宇宙的な特異点、なんて言うから空間がぼやーっと霞んでるとか、黒い渦巻き的なものとかがあると想像していた健二だが、なんだか俗っぽいメタリックな球が出てきた。コンソールで見る限り直径はせいぜい100kmくらいだろうか。
「あれは特異点を囲んでるオリジナル健二の障壁にゃ。特異点そのものはあの中」
「あそこに突っ込むって?」
「そう。近づいたら、特異点を解消しない限り二度と出られないにゃ」
覚悟は出来てるが、改めて言われるとちょっとビビる健二。チビが真剣そうな声で続ける。
「今ならまだ引き返せるにゃ。どうする健二?」
健二を見上げるチビ。しかし健二は猫の鼻が微妙にヒクついているのを見逃さなかった。
「……いや、お前、そのセリフを言ってみたかっただけだろ」
目を見開くチビ。
「なんと見抜くとは。成長したな健二よ」
「健二師匠も物の理が分かるようになったとは。お母さんは感慨深いですにゃ」
二人してわざと大げさに驚いている。相変わらず緊張感のない面々である。健二は口の端に少しだけ笑みを作った。
「誰がお母さんか。まあ今更だよ。んじゃあ百合子サマにご対面と行こうか」
「「おおー」」 片手を振り上げるサーシャとチビ。だから猫はそんな(以下略)。




