告白
健二がユグドラシルに拉致されて三ヶ月ほどが経ち、健二たちが完成した突入艇ブランチと共にドビュッシーに戻ってきた。
エアロックでアキラが出迎える。降り立つ健二とサーシャとチビ。
「皆お疲れ様。あれ? 健二君、見た目変わってないんだね?」
いっしょに大会議室に向かって歩き始める一同。先頭に立つサーシャが答える。
「そうなんですよ団長。予定では健二師匠も小型化するはずでしたが、強硬な反対で。仕方なく妥協しました。まあ大きい分だけ筋力はありますが」
「肝っ玉の小さい男にゃ」
「心臓が無いなんて。もうお嫁に行けない……」
「まーだそんな事言ってるんですか。万事終わったら元に戻せるって言ってるじゃないですか」
「それ、元の俺の体じゃないじゃん」
「無意味な事を。人体なんて骨以外は一年もあれば全部新しい原子で置換されてますよ。骨だってせいぜい10年です。〈静かな波〉による置き換えと何が違うって言うんですか」
ぐだぐだ言い合う健二とサーシャ。アキラも少しあきれて、
「君たち、ユグドラシルでもずっとそんな言い合いしてたのかい?」
「だってサーシャが……」「だって師匠が……」
チビが後を引き取った。「子供にゃおまえら。そろってアラサーのくせに、恥ずかしいにゃ」
黙り込む健二。自分の年齢を今更ながらに思い出したらしい。いい年した自衛官が、とか思ったのかもしれない。
そうこう言ってるうちに、大会議室に到着する。
「でチビさん。突入の準備は出来たと思って良いのかな?」
「ああ、こっちはオッケーにゃ。人員輸送船は?」
アキラは、会議机上にスクリーンを出した。ドビュッシー周りに待機している船のリストが表示されている。
「ごらんの通りに用意した。人員輸送船を1万5千人分と、救出した船のメンテナンス用にドック船を二隻用意してある。他に作業員や補給品を積んだ船を四隻、病院船を一隻。あと念のために武装した駆逐艦を三隻」
「ずいぶん沢山用意したのにゃ」
「念のためにね。何せターゲットは年代物の古い船が多いと予想される。船の構造や当時のコールドスリープ技術についてもあまり資料が残っていない。なので少し多めに資材を準備した、という訳だ」
「うんうん、賢明にゃ」
「お褒めにあずかり光栄だよ。近代史の学者とか機械工学者とか言語学者とか、来たがる人間が多すぎて選抜が大変だったらしいがね。あと残念ながら、若干マスコミも入れざるを得なかった。ただ救助の連中はドビュッシーには立ち入り禁止にしてある。リィンについてはともかく、君たちと百合子さんについては公表していないからね」
横に共鳴コンバーターのスクリーンが灯る。
『いつでも空間遷移が可能』
それを見てアキラは宣言する。
「よし、それじゃあ明日ドビュッシー時間で0800に出発という事にしよう」
「わかったにゃ」「了解にゃ」 猫とサーシャ。
「了解です」 と暗い表情の健二。
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その晩。ドビュッシーの船員食堂で久しぶりに人類のレプリケーター製の夕食を食べた健二は、少しだけ元気が回復したようだった。リィンに魔改造されて反応速度などは10倍以上になっているが、味覚など五感はそのまま残してある。そんな健二にとって、木でリィンから提供される食事は全く口に合わなかった。サーシャは気にせず食べていたが、健二には単なる栄養サプリメントにしか思えない味だったから。
一緒に食事していたサーシャにそれを伝えると、「それは解ります。私も以前は何の疑問もなく摂取していましたが、草加煎餅を食べて世界が変わりましたにゃ」
まさか草加煎餅を考案した人も、異星文明との架け橋になるとは思いもしなかっただろう。
「他の、人類の食べ物も素晴らしいですにゃ。味覚など毒物探知センサーくらいにしか考えていませんでしたが。いつか地球を訪れて食べ歩きしたいものですにゃ」
「そうだな。前もレプリケーターで作れない菓子の話とかしたけど、これが終わったら一緒に地球行こうか。まあ俺にとっても今の地球は知らない星だから大して案内もできないけどな」
「師匠。それはフラグと言うものですにゃ。特異点から脱出できず死んでしまいます」
「……ほんと、そういうの良く知ってるよな。チビの間違った教育のたまものだよ」
苦笑いする健二と、それを見つめるサーシャ。そんなサーシャの首元に、透明に光るネックレスがかかっている事に健二は気づく。
「あれ、お前そんなネックレスしてたっけ?」
言われたサーシャは、ネックレスのチャーム、飾り部分を手にとった。透明な水晶のような形。
「これは、以前お渡しした鼻歌データと同じものですにゃ」
「あー、あれか」
「最初は、あの旋律が何なのか私にもリィンにも不明でした。なので人類の皆さんに解析を依頼した訳ですが。今やこれが百合子さんの欠片の情報なのは分かってますからね。もうこれ自体に大した意味はありませんが、お守り代わりです。女性はアクセサリーを付けるのが普通らしいので」
「そっか。うん、そのシルバーの髪に似合ってるぞ」
「ありがとうございますにゃ」 と微笑むサーシャ。
しばし食後の煎餅を囓る二人。それはデザートではない、と突っ込む猫はここにはいなかった。
「……師匠」
少し真面目そうな口調で話し始めたサーシャ。調子の違いに顔を上げた健二。
「どした?」
「私と一緒に地球に行ってくれる、と言って貰えるのは大変嬉しいです。しかし……」
「しかし?」
「師匠は、本当は復活した百合子さんと地球に帰りたいのではないですか? 私などではなく」
真剣なまなざしで健二を見つめるサーシャ。言葉に詰まる健二。
「サーシャ……」
「この層まで塔を登ってきた記録は、チビ師匠に見せて貰いました。命がけ、綱渡りの連続ですよね。私には愛というものは良く分からないのですが、それでも百合子さんを本当に思いやっていなければ、とても出来ない事だと思います」
健二は何も言えない。
「正直に言いましょう。私は生物学的に師匠を好んでいるようです。発情、というのでしょうか、その兆候があります。なかなかに強い肉体反応で少々困惑しているのですが。しかし、もし百合子さんが復活した場合は師匠とツガイになる訳にもいきません。2030年当時も3002年現在も、人類は一夫多妻制ではありませんから」
淡々と、顔を赤らめる事もなく述べていくサーシャ。彼女には、恥ずかしがるとか憎むとかの負の感情が無い。それが存在し得ない環境で育ったからだろう。こちら側のほうが赤くなっていそうだ、と健二は頭の片隅で考える。
「ただ、ご承知の通り百合子さんを救出できるかどうかは賭けです。うまく欠片を打ち込めたとしても、元の人格が再生されるかも不明です。師匠がお怒りになるのを覚悟で言いますが、もし仮に百合子さんが復活しなかった場合は私の事を選択肢に入れて頂ければ、と考えています」
人類の知識だけは大量に得たが、社会的な機微は全く経験の無いサーシャらしい物言いだった。腹芸も何も無い。逆に微笑ましかった。
「ありがとうサーシャ。そう言ってくれるのは嬉しいよ、本当に」
サーシャは、自分の言うべき事は言った、とばかりに沈黙している。
「俺はね、認めたくは無いけど所詮は塔によるコピーだ。百合子の事は実感として覚えているし慕う感情もある。それが偽物とは思わないが、しかし本物でもない。作り物だ」
サーシャの目は語る健二を真剣に見つめ続けている。
「百合子は、やっぱりオリジナル健二のものだと思うんだ。いやまあ彼もOKを貰った訳でもないだろうから「彼のもの」というのは違うかもしれないけど。仮に百合子が彼を拒否したとしても、だから次は俺がチャレンジ、って事にはならないよ」
「ふーむ、そういう物ですか? その辺の微細な感情は私にはまだ良く解らないです」
「そういうもんなんだよ、俺的には。だからと言って、百合子がダメだからサーシャを選ぶ、ってのも違うだろ。サーシャはサーシャという独立した人格であり、百合子の代わりなんかじゃない。お前に失礼な話だよ」
サーシャは首を傾ける。
「うーん、さっぱり理解できません。別に私はスペアでも全然構わないのですが」
「うん、サーシャらしいよ。そんな世俗の汚れが無いサーシャが、俺も好きだよ。ただ生物学的に、と言われるとそれはまだ考えられないんだ」
サーシャ、腕を組んで考え込む。
「解ってはいた事ですが、やはり私には人類社会の文章化できない経験値が圧倒的に不足しているようです。師匠の考え方は良くわかりませんが、ただ先ほど師匠は「まだ考えられない」と仰いました。つまり将来的には可能性もある、という事ですね。私は待ってみる事にしましょう」
無垢過ぎるというか、けなげ過ぎると言うか、真っ正面からの物言いに少し呆れる健二。
「サーシャ、それも一種のフラグなんじゃないか?」
サーシャ、目を剥く。
「おお、確かに。人類のお約束という物はなかなかに難しいですね」
「とりあえずは、今まで通りに頼むよ」
「了解です、今後とも宜しくお願いしますにゃ。ところで師匠」
「なに?」
「師匠の好みの服装ってどんなものでしょう? ロイデから戻ったら試してみたいのですが」
「さっき待ってみるとか言ってたよね? 自重しないね? あなたは」
「私、戦場から戻ったらフランス風ミニメイド服着るんだ」
「だからフラグ立てるなって」
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サーシャと別れて自室に戻った健二。
「よ、色男」
猫がからかってきた。そりゃまあ聞いてたか。
「自分はサーシャの保護者みたいなもん、とか言ってたくせに。節操ないにゃ」
「うるせ」
レプリケーターの消去機能で体表面の汚れを落とし、就寝パジャマに着替えてベッドに突っ伏した。この時代、風呂やシャワーの習慣がほぼ無くなっているのが残念な健二である。
「俺とどうこうなるとかには関係なく、サーシャには幸せになって欲しいんだよ」
生まれてすぐに親を失い、人の温もりの無い環境で育ち、ようやく人間と出会ったと思ったら死地に赴かなければならない。酷い話じゃないか。健二は、自分の立場も大概だがサーシャも報われるべきだと思っていた。
「まあ、その意見には賛成にゃ。彼女はロイデで固まってる連中以上に被害者だよな」
「そうなんだよ」
「俺様もサーシャ嬢ちゃんには感謝してるにゃ。長いこと塔で過ごしてきて、お前以外とこれだけ会話できてるのは初めてにゃ。今、結構楽しいのにゃ」
「そっか。そうだよな。考えてみればお前もかなり酷い立場にいるもんな」
「塔の端末なんて、何度も辞めたいと思ったにゃ。猫だって別れが続くのは辛いんにゃ。でもオリジナル健二に伝われば、作り直されるだけにゃ」
「ブラック過ぎる職場だなあ」
「究極のブラックにゃ。24時間営業、給料無し、退職制度無し、労基無し。ブラック強制ボランティア、奴隷以下にゃ」
ちょっと、明日はオリジナル健二に説教してやる必要がありそうだ。立場は理解できるが、やって良い事と悪い事がある。
そして生き延びて菓子を食いに地球に行くんだ。
「フラグにゃ」
「フラグだな」




