表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第二章 太平洋戦争
6/33

1944年11月


 健二はペラペラの布団の上で目が覚めた。


 上半身を起こす。狭い和室。破れを補修したふすま。年期の入った木の窓枠。茶色く変色して所々ほつれた畳。すえた匂い。天井には三角フードの白熱電球。なんだこれ、昭和の博物館か? とまだぼやけた頭で考える。カーキ色の制服のような上衣を着ていた。就寝する格好じゃないぞ。


「ようやく起きたか、この怠け者自衛官。お前のその現代風の目つき、この時代じゃ特高に引っかかりそうにゃ」


 傍らの畳の上に見覚えのあるトラ猫がいた。


「……そういえばこんな奴いたか。それにその喋り方、可愛げがカケラもないぞ」


「こんな奴とはご挨拶にゃ。お前の脳みそのアップデートが間に合わなかったようだな、いや、ようだにゃ。いいか、今の貴様は『城ヶ崎真一』という17歳のガキにゃ。そして俺は、無能な飼い主を導く高次の高貴な存在……まあ、使い魔だとでも思え」


 とたんに混乱が襲って来た。記憶が二つあった。一つは健二のもの、中学校の塔に入って校舎の階段を登ろうとした事を思い出した。そうだ、次の瞬間ここで目が覚めたんだ。もう一つは知らない人間のもの。城ヶ崎真一、17才。大泉で母親と二人暮らし。父親はとうに出征していた。戦死の知らせはなかったから、まだ生存しているのだろう。

 真一本人は学生だが、学校はとうに閉鎖されていて、学徒動員で近所の工場で荷運びとか専門性のない仕事をさせられている。


 なんだこれは。


 意識自体は健二のものだ。これは憑依なのだろうか。としたら、本来の体の持ち主である真一はどこに行ったのか。そもそも何故自分はこんな所にいるのか。


「混乱してるツラがマヌケにゃ」


 横で何か言ってる奴がいるがそれどころではない。真一の記憶をあさる。今日は1944年11月10日。終戦の前年だ。国は戦況が日本軍優勢と伝えていたが、肌感覚としてそれを信じる人間は少なかった。食料が少ないのは戦時なのである程度仕方ないとしても、鍋釜まで徴用して弾丸を作るなど、あきらかに兵站が破綻しかかっている証拠、と真一は考えている。


 練馬の工廠や西にある武蔵野町の中島飛行機製作所にも大勢動員されていた。もう学校なんて機能していない。教育のできなくなった国が勝てる訳がないと真一は思っていたが、もちろんそんな事を口にすればただでは済まない。憲兵隊が飛んでくるのだろう。


---


 一緒に住む母親と質素な朝食を終えると、健二は記憶に従い近所の軍需工場に向かう。


「いってら~」


「いや、お前使い魔じゃないんかい」


「別に工場に猫がいてもやること無いしにゃ~」


 まあいいけども。真一は学徒勤労動員として飛行機の部品製造を補助する作業をさせられていた。補助、という名の荷運び・力仕事だったが。製造された部品は飛行機製作所に納入されていた。


 真一の体にある意識は間違いなく健二のものだったが、動作や口調は真一のものだった。真一の人格の上に健二がオーバーライドされているというか、混ざり合っているくせに独立もしている。不思議な感覚だった。


 真一の体格は、まだ短い期間ながらも自衛官として訓練してきた健二にとってはかなり貧弱だった。工場での荷運びが辛い。食糧事情が悪いせいか筋肉量が圧倒的に足りない。そりゃあアメリカにも負けて当然だよな、と納得してしまうようなヒョロい体つきだった。


 工場の昼休み。工場の外の資材置き場に座って持参したおにぎりを頬張る。他の工員たちもあちらこちらで食事を摂っている。


「先月の大本営発表、聞いたか?」


 若い工員の一人が隣に話しかけ、もう一人が答える。


「ああ、聞いた聞いた。フィリピン沖海戦で大戦果ってやつな」


「そうそう。でもなあ、夏のサイパンといい、こないだの台湾沖といい、発表の通りだったら空襲が増えるのはおかしいよなあ」


 話しかけられた工員は、慌ててもう一人の口を塞ぐ。


「バカかお前は。そんな話聞かれてみろ、憲兵隊にしょっぴかれるぞ!」


 言われたほうも不用意な発言だと気づいたようで口をつぐんだ。近くには工場長がいたが、彼は聞こえなかったふりをしていた。


 太平洋戦争の細かな日付を覚えている訳ではないので前後があやふやだったが、工員の会話からして今はサイパンが陥落してレイテ沖海戦で大負けした直後という事だろうと理解した。健二の記憶が確かなら、レイテ沖は1944年10月だったか。11月末には中島飛行機製作所を中心にこの辺一帯が空爆されるはずだった。練馬の中学生は皆郷土史で教わる事だ。


 しかし真一=健二にはどうにもできない。母親を置いて逃げるのは無理。なんとか空爆を避けなければならない。何より正確な日付を覚えていないのが問題だ。空爆まであと何日残っているのか。思い悩むものの如何ともしがたかった。


 家に戻ると、チビは真一の部屋で寝ていた。


「おかえり」


「ただいま、ってずっと寝てたのか」


「まあ今のとこやること無いし」


 簡素な配給の夕食を終える。チビはちゃっかり母親の朝子にネコメシを貰っていた。


 部屋に戻ると、チビに気になっている事を聞いた。


「なあ、月末に空襲があったと思うんだが、正確な日時は分かるか?」


 チビは毛繕いをしながら返答する。


「そりゃあ分かるが。無料って訳にはいかないにゃ」


「…使い魔ってそういうもの? じゃあ明日の魚を半分やる」


 猫の目がキラーン! と光る。


「そうそう、そう来なくちゃなご主人様よ」


「調子いいな」


 いや、ほんとにこいつは。


「で空襲な。今月24日の正午過ぎに一回。これは大した被害は出なかったな。次が12月3日の午後2時くらいで、この時は爆弾が増えて結構な被害になったはずにゃ」


「たしか爆撃目標は武蔵野市の飛行機工場だったよな?」


「そうそう。中島飛行機武蔵製作所な。ちなみにどっちも強風かつ高空からの投下だったんで、爆弾散らばって米軍的には大失敗にゃ」


「つまり流れ弾? 流れ爆弾? がここにも落ちる、と」


「そゆこと」


 迷惑な、というのも変だが。どうやって避けるか考えないといけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ