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はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第一章 塔
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 そして塔の出現から1年が経過した。


 国外からの調査隊はおおむね撤収していた。成果が皆無で今後も何かが明らかになる可能性も低いと思われたからだ。現地には国内の研究者、主に大学系の調査隊だけが残っていた。掘削も進んではいたが、惰性感も否めなかった。


 健二は、引き続き校庭の受電施設の保守を監督していた。あまりやることも無くなっているのだが、現地の巡回は任務のうち。週に一回程度の頻度で母校を訪問していた。

 塔への警戒は現場でも相当緩んでいて、健二でも塔に近づく事ができた。壁面に触ってみる。抵抗だけがあって何かに触れている感触がない。固い空気、といった所か。自分が子供のころ駆け回った校庭を睥睨する塔に、他の人とはまた違う感想を持つ。そういえば体育祭で丁度ここを囲んだ円を作ってフォークダンスしたっけ。百合子とも何度かペアを組んだ事もあったなあ、と思い返す。


「にいゃうー」


 小さく猫の鳴き声が聞こえた気がした。周りを見回すが、どこにも猫などいない。野良猫が入り込んでいてもおかしくはないが、どこだろうといぶかしむ。


「島田二曹、今の聞こえました?」


 並んで歩いていた健二の指導役である島田二等陸曹に聞いてみる。


「西野三尉? 何か聞こえましたか?」


「いえ、動物の鳴き声が聞こえた気がしたんですが、何もいませんね。忘れてください」


 手持ち無沙汰とは言え任務中である。猫の鳴き声を気にするなんて弛んでると思われかねないだろう。


「まあ、野良犬や野良猫くらいはいるかもしれませんね。気温も上がってきましたし」


 島田はそう言うと施設の見回りに戻った。健二も後を付いて行くが、その猫の声は頭に残っていた。口をすぼめて鳴き終わる独特の鳴きかた。なんか聞いた事があるような... そうだ、小学生から高校生のころにかけて家で飼っていた雄のトラ猫・チビがあんな声だった。最後は近所に撒かれていた殺鼠剤を食べてしまって死亡したが。猫いらずに自分が引っかかるとか呆れた猫だったが、健二はずいぶん可愛がっていたのだった。



 次の日。少し気になって健二は再度塔に来ていた。鏡面の壁は相変わらず曇りの一点もない。

 壁を見つめていると、また猫の鳴き声がした。


「...にいゃうー」


 空耳じゃない。猫だ。

 問題は、それが塔の中から聞こえたような気がする、という事だ。そんな馬鹿な。壁面に声が反射した? でも周囲には何もいない。背後も確認したが、他の作業員しかいなかった。誰も鳴き声には気づいていないようだ。


 健二は、前日と同じように壁に触ってみようとした。

 鏡のように輝く塔の側壁。そこにそっと手を当てると、手のひらが抵抗なく壁の中に沈み込む! あわてて手を引っ込める。


「! いったいこれは...」


 何かの錯覚かもしれない、と思いもう一度触れてみても、やはり手は塔の中に消える。一旦塔から離れ、島田二曹を呼びに行った。


---


 二曹を連れて塔に戻る。「見ていてください」と言って塔に触る。手が沈み込む。


「これは! 今まで見たことのない現象ですね。ちょっと私も...」


と島田も壁に触るが、しかし何も起こらず手は遮られている。


「三尉だけ? これは早急に報告する必要がありますね」


 健二は朝霞を呼び出し、事の次第を報告した。すぐに駐屯地施設科トップの後藤三佐がすっ飛んで来た。三佐と日本の調査隊の目の前で現象を再現する。塔の出現から1年が経過して初めての糸口に、調査隊は色めき立ったが、三佐は全員に箝口令を敷いた。


「島田二曹、西野三尉。当面このことは他言無用とする。隊の連中にも話してはいかん」


「了解です」


 現場には急遽壁が作られ目隠しが行われた。施設科ならではの早業。一方、三佐は駐屯地に戻り駐屯地司令に報告。その後の動きは尉官などには知らされなかったものの、その日から調査隊からの事情聴取と精密な身体検査が始まった。他の人間では、島田と同様手が沈み込む事はなく猫の声が聞こえる事もない。考えられるあらゆる身体検査が実施されたが特段何も発見できなかった。


 調査隊と陸幕と政府で対応が検討されたが、結局は誰でも思いつくような手立てしか考えられなかった。つまり健二の特攻。まずカメラを持って腕を入れてみる。結果次第では頭部を壁に侵入させて可能なら内部をさぐる。次に全身を入れて調査。リスクが高いと思われたが、他に方法を思いつく者はいなかった。


 決行当日。健二はカメラやセンサーをまとめたアーム?のようなものを持たされた。これを塔に入れる。特に問題なくカメラは壁に沈み込む。

 しかし、カメラは内部に入ったものの何の画像も拾わなかった。センサーも同様。正確には拾わなかったのではなく動作が止まっていた。カメラの内蔵時計は塔に入っている間止まっていた。時間が進んでいない? しかし手の血流は停止したりしていない。何らかの意思が感じられる結果だった。


 であれば、もし塔の創造者がいるのなら健二に危害は加えるつもりはないのだろう、と推察された。健二は頭にカメラを初めとした各種測定機器を配置したヘルメットを装着。フルハーネスベストを着用して脱出用のハーネスとデータ転送用の太いケーブルを装着。背中には酸素ボンベを背負い口には鼻まで覆うマウスピース、と物々しい出で立ちにされた。当初は宇宙服にすべき、と提案されたが、地上で運用するには重すぎる上に体格に合わせてオーダーしないといけないので時間がかかる。状況がいつまで続くか不明なので、時間が優先された。


 準備が完了した健二は塔に踏み出した。迷彩服に身を包んだ「物理学者にして自衛官」。それが健二の今の肩書きだ。


「西野三尉、突入します」


 調査隊と自衛隊幹部が見守るなか、まず手を壁に付けた。分厚い手袋を装着していてもそのまま手は壁に沈んだ。頭を近づける。まずヘッドライトと一体化したカメラが壁面に沈む。そのまま思い切って頭を入れた。塔内部の光景が目の前に広がる。


 その光景は、しかし最も想定していなかったものだった。そこは相変わらず中学校の校庭だったからだ。それも快晴で、さっきまでいた校庭の曇り空とは異なる。別の時間か、それとも仮想空間なのか。校庭の北?には自分が通っていた見慣れた三階建ての校舎。敷地の外には何もなかった。明らかに現実ではなさそうだ。


「にいゃうー」


 そして目の前には白地に茶色縞のトラ猫がいた。その模様は忘れもしない、うちのチビだ。ねこいらずの毒を食べてしまい健二の目の前で尿をまき散らしながら息絶えた猫。あっけにとられて体が固まる。


「おい、いつまで口を開けてるんだ。バカ面を晒しに来たのか? 健二」


「……え?」


 健二が驚愕したのは、死んだはずの猫がいたからだけではない。その猫が、極めて流暢に、しかも上から目線で喋り出したからだ。


「チビなのか? 猫が……喋った……?」


「心外だな。単なる『猫』と一緒にしないでくれ。俺様はお前のあまりに低い理解力を補うために、わざわざ親しみやすい姿を借りてやっている、高度で高級な情報端末だ」


「親しみやすい? チビの姿で俺をバカにするのがか?」


「ふん。まあいい。ここは塔の第一層。百合子嬢ちゃんがバラバラにされて色んな時代の中に放り込まれた。彼女を救いたいなら、ここの階段を登るんだな。……あ、言い忘れたが、その不格好なボンベは置いていけ。ここの空気はちゃんと吸えるようにデザインされているからな」


 何言ってるんだこいつは、って百合子?


「この塔は百合子と関係があるのか!?」


「当たり前だろ。お前だけが入れた時点で他に何があるんだよ」


 この猫を問い詰めたい。が、自衛隊員としての自分が待ったをかける。今は作戦行動中だ。名残惜しいが予定通りに一旦頭を引き抜かなければならない。


 猫が続ける。


「要するに、お前の初恋の女がバグったから直しに行くんだよ」


「百合子は初恋ではないぞ。初恋は幼稚園のミカン組の...いや何言わせんだ。とにかくよくわからんが、俺は任務中なんだ。一旦戻る。またな」


 と言って頭を引き抜く。

 はずだった。しかし頭を後退させても景色が変わらない。後ろを見ると、そこも校庭だった。ハーネスもデータケーブルも、途中で切れて垂れ下がっていた。


「壁が無い...閉じ込められた?」


 後ろの空間を手探りするも、なんの感触もない。小走りで校庭の外周に行ってみたが、外側は灰色の空間。フェンスの上には見えない壁があるようで出る事は出来なかった。


「無駄にゃ。あ、『にゃ』って語尾いいな、いやイイにゃ」


 高度で高級が何か言ってるが無視。


 残るは、そびえる校舎。まったく人の気配はない。昇降口の前にたどり着く。

 そろそろヘルメットが邪魔になってきた。任務だから勝手に脱ぐのは違反ではあるがケーブルも切れてしまっているし、装着している意味は無いだろう。

 ヘルメットを脱ぎ、マウスピースも外してみる。用心しながら呼吸してみるも、問題は無さそうに思えた。普通の土の匂いだ。


「な? ボンベもメットも邪魔なだけだろ?」


 ヘルメットのカメラを調べてみたが、電源が入っていない。ケーブルから映像を送信するとともに自分でもメモリーカードに記録しているはずなのだが、電源ボタンは何も反応しなかった。


「点検しても無駄にゃ。職業病乙。ここには時間の流れなんか無いからな、機械は動かない」


 ハーネスも外して、ただの作業服に戻る。鉄帽はもちろん無い。武装も一切無い。ナイフくらい持ってくれば良かった、と思うものの仕方ない。

 昇降口から校舎に入る。半長靴で廊下に上がるのは少し躊躇われたが、恐らく現実の校舎ではないだろうからいいか、と思い直す。


 足下を見ると、猫が付いてきていた。足下を右回りにぐるぐる回って邪魔をする。チビの癖だった。いやもうこいつはチビでいいか。


「いいか、健二。この塔は『愛』とかいう非論理的な感情を、物理定数に変換して維持されている。お前が百合子を見つけるたびに、塔は次の層を構築する。……まあ、お前の根性次第だがにゃ」


 なんのこっちゃ。そんな物理定数は知らない。


 昇降口の目の前は上階への階段。猫と一緒に足をかける。チビの姿をした何かが言う。


「いっちょ行こうか相棒」


「いや相棒なのかお前」


 登り出した所で意識が途切れた。




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